□ 第二巻 古き遺跡の都 - 第一章 2.人助け? ガイルとティルーナは飛行艇を降り、イースティトの大地を踏みしめた。 温暖で寒いとも暑いとも違う、ちょうど中間の温度と湿度を保っているフィロットと違い、イースティト国で首都以上に発達している町リーゼは太陽がぎらぎらと照りつけ、空気も乾燥気味であった。 体力はあるがもともと寒い地方出身のガイル、今までヨーゲンバード国の東側から出たことも、首都にすら行ったことがないティルーナは、飛行艇乗り場から離れて中心街へ出た頃にはすっかり汗だくになってしまっていた。 「……暑い」 「……ですねぇ」 ガイルはちらりと周りを通り過ぎていく人たちを見る。 自分たちと同じように飛行艇に乗って観光に来た汗だくの人々、そんな人々を狙って露店を開いている商人たち、日常的な生活を送っている町の住民たち。 「…………」 ガイルは、このざわめきばかりでごみごみとしたリーゼのど真ん中で、ある種の清々しさを感じていた。 (フィロット以外の町って、久しぶりだな……) 「ガイルさん〜、のどが渇きましたよう」 「我慢しとけ。宿に着いてから水道水でも飲めばいいだろ」 「ひどい〜っ。ジュースの一本くらい買ってくれたっていいじゃないですか」 「却下。飛行艇には乗れたが、俺たち大して金なんぞ持ってないんだからな。出費は最小限に抑えたいんだよ」 「観光に来たのにここでも切り詰めですか! この守銭奴!」 「悪いかっ。俺がこういうマメな性格じゃなかったらお前もステントラも飢え死にだぞ! 少しは金の使い方を考えろ! というか覚えろ!」 二人は広場にあった、木陰のベンチに座った瞬間のみ黙り込んだ。 数秒後。 「……買って」 「拒否」 「買って」 「却下」 「……泣きますよ」 「勝手に泣け」 二人の話を耳にしながら通り過ぎていく人々は、非難めいた視線をガイルに向けながら去っていく。だがガイルは一向に気にせず、ごそごそと荷物からボトルを取り出すと自分だけ飲み始めた。 「くださいよー!」 「お前にはこの三倍はやったはずだっ! というか、あの量を飛行艇乗り場で飲みきるか普通。少しは残しておけと言ったはずだからな」 そう言いながら、ガイルは二口ほどでボトルの蓋を閉め、鞄のなかにしまう。恨めしげな視線を受けながら、ガイルは日射病予防の帽子をかぶり直して立ち上がった。 「おい、さっさと行くぞ。この後ウーゴルン遺跡にも行かなきゃいけないんだ。あと三十分後くらいには町を出ないと……」 「はやく、返してくださいっ」 「そう、時間は返ってこないから……て、はぁ?」 突然聞こえてきた鋭い声に、ガイルも思わず振り向く。褐色の肌に金髪碧眼という少々珍しい容姿をした少年が、柄の悪い大柄な男たちを睨んでいる。 「さあ、今僕からスったお金、返してくださいよ!」 「はん、何言ってんだよ小僧。俺たち金なんかスっちゃいねーよ。なぁ?」 「そーそー。そんなことしなくったって、ふところはホカホカだしよ」 下品な声で男たちが笑う。 ガイルは無言でティルーナの服の首下をひっつかみ、さっさとその場から立ち去ろうとした。 「ちょっとガイルさーん。無視ですかー。息苦しいんですけどー」 「ゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だからな。さっさと行くぞ」 だが、男の一人はバリバリ観光者の風体(=カモ)をした二人を見逃さなかった。ガイルの死角からスッと近づき、肩をぶつけ腹部を軽く小突いて立ち去ろうとした。 しかし。 「待て」 ガイルはティルーナの服から手を離し、かったるそうに男を見ながら言った。 「俺からもスるとは、なかなか図太い神経してるじゃないか」 「……はぁ? 兄ちゃんなに言ってんの? そこの小僧とおんなじってか。俺らがなにしたっていうのさ〜」 げらげら笑いながら、男たちはガイルの周りに集まってくる。そして、男の一人がガイルの顔を見てぼそりと言った。 「おやぁ? 兄ちゃんじゃなくて、ホントは姉ちゃ」 答えは、拳で返ってきた。 ボゴンッ! 「ぶへはっ!」 「ちょ、マーシナー!」 「てめぇっ!」 「……おいチンピラ、女と間違えんじゃねーよ。鼻めり込ませるぞ」 かったるそうな雰囲気は変わっていないが、言葉の端々から本物の殺気を放って、ガイルは男たちを一瞥した 「てめっ、めり込ますってもう鼻陥没してるっつーの! これ以上へこんだら人間じゃねーよ!」 「そーかぁ、それじゃあ非人間にでも生まれ変われば?」 そう言いつつ、ガイルは肩を当ててきた男に、全く同じ事をしかえした。 「? おいお〜い、まねっこかい? 一体何……」 そういって、さりげなくジャケットの裏に手を伸ばした瞬間、男の顔が蒼白になった。 「……ねぇっ!」 「お探しものはこれか」 そう言いながら、ガイルは自分の財布と汚れた布袋、上品な刺繍の施された小さな財布を右手にのせた。自分の財布を元の位置にしまって、残りの二つをポンポンといじりだす。 「あ、俺の財布っ」 「僕のも! やっぱり盗ってたんですね!」 少年はギロ、と男たちを睨み上げながら言う。 「このヤロ……ウ?」 我に返りガイルに殴りかかろうとした、財布をスる役割の男はふと下を見る。自分の左脇に、小柄な少女が立っていた。 「うーん」 ティルーナはしばらく悩み、そして。 「ていやっ」 飛び上がって男の脇腹に一発、そして肩に一発拳を決め込み、最後重力にのって男の左肩に膝頭を叩き込んだ。うまいところへ入ったらしく、ゴギ、と嫌な音が響く。 「ぎやぁああああ!!」 「り、リー!」 関節の外れたらしい左肩を強く押さえつけながら絶叫する男、リーに仲間が群がる。それを背に、ティルーナは若干いじけたようにガイルの方へ歩いてきた。 「ガイルさんってば、本当に手癖が悪くなりましたね〜」 「お前は今何をした? 俺のまねか? 別の意味でお前の方がはるかに手癖悪いぞオイ。……ま、俺だって久しぶりにやったがな」 と言いつつ、ガイルは一切顔色を変えずに男たちを眺めていた。案の定、残った男たちはティルーナを見、少年、最後にガイルで目をとめた。 「てめぇ落し前つけてけよなぁっ!」 そろってガイルに殴りかかる。 ガイルの後ろに立っていた少年は、ギュ、と目をつむった。 「うるっさいんだよ」 ゴッガバキドゴッドッゴンッ! 最後、ドサドサッ、と重いものが落ちる音が、それに続くようにパンパンと手をはたく音が聞こえてきた。そして、足音が近づいてくる。 「おい」 「……え?」 少年が目を開けると、目の前に刺繍入り財布が現れた。 「わっ?」 「お前のだろ? たぶんこっちが」 「あ、いいえ……そっちの布袋の方です」 カクッとガイルが器用にすべる。 「こっちかい。ほらよ。そっちの財布は……あのチンピラのか」 そう言いながら、ガイルはごそごそと財布の中をのぞく。確かに『ホカホカ』だった。 遠慮なくその中から紙幣を抜き取り、軽くなった財布を気絶した男たちの山の上に放り投げる。 「ゴタゴタに巻き込んだ分の慰謝料だ。ま、当然だな」 「ガイルさんっ! それで何かおごって」 「さてと、さっさと宿に行くか」 「くれないんですかー!」 またケンカしながら歩き出そうとした、正義の味方(実際はあくどい守銭奴ども)二人を少年は迷いつつ、呼び止めた。 「あのっ!」 「ん?」 「えー……成り行き、とはいえ、助けてくださってありがとうございます」 「別に」 素っ気なく返し、ガイルはかなりどうでもよさそうに男たちを見、そして少年を見る。 「ああ、そうだ。ウーゴルン遺跡へ行きたいんだったな。現地の人に聞くのが手っ取り早いか……なぁ、何か交通手段知ってるか?」 「え、ウーゴルン遺跡……ですか」 それを聞いて、少年の顔がわずかに曇る。 「すみません、ウーゴルン遺跡は、もうないんです」 「はぁ? ない? なんで」 素で驚いたガイルは、だだをこねるティルーナを黙らせて少年からさらに話を聞こうとした。 「えっと……今この国で、いろんな遺跡が爆破される事件が多発してるのは知っていますか?」 「ああ、そういえば、ラジオでもやってたな」 『……同盟国であるイースティトで一部の古代遺跡が破壊されるという事件がありました。 世界的にも貴重なキナの遺跡を始め、すでに三つの遺跡が爆破……』 「ええ、最近じゃ三日に一カ所のペースでどんどん壊されていって……遺跡の見学も、結構規制が厳しくなっているんです」 「……最悪な時期に、観光に来たな」 「そーですねぇ。『あの事件』がなければ、もうちょっと早く来れたかもしれないですけど」 ティルーナもガイルの上着にしがみつきながら、不服そうに口をとがらせる。 それを見た少年はしばし考え込み、「ああ」と言って二人に提案した。 「あの、僕このすぐ近くに遺跡があるの、知ってます。 観光案内本にも載らないくらい小さな遺跡ですけど、結構綺麗なんですよ。えーっと、それで……」 少年はちょっと照れくさそうに頭をかいて続けた。 「今、助けてくださったお礼に、案内させてもらえませんか? それとも、他に行きたい遺跡があります?」 ガイルはあごに手をあて、この先の予定をざっと思い返した。 ウーゴルン遺跡を見た後にリーゼの宿で一泊、翌日連絡馬車を使って首都フレリアへそのまま二日間ほどフレリアを観光し、リーゼに戻って飛行艇でヨーゲンバード国へ帰る……。だがすでに、ウーゴルン遺跡はボツとなった。その次からはまだ狂う確率が低いとはいえ、他にあてのある遺跡もない。 「……それじゃ、お言葉に甘えようか」 「プランBなんか考えませんでしたものね〜 もう予定は一本だけって決めていたから対応できなくて困ってたところなんですよ〜」 「それは俺が考えなしだとでも言ってるのかお前は」 二人のやりとりをおかしそうに見ていた少年は、思い出したように言った。 「あ、僕の名前はヤオタです。それじゃあ、ユウシェー遺跡まで案内しますね。……あ、宿を先に紹介した方がいいですか?」 「俺はガイル。あー、宿を先にするか、やっぱり。頼む」 「ティルーナです〜。親切な人に会えてよかったですね〜。……やっぱり人助けってしておくと楽……」 ティルーナは最後、誰にも聞こえないようにつぶやいてガイルとヤオタのあとについていった。 その『人助け』の結果となった男たちの山は、完璧に放置されることとなった。 |