□ 第二巻 古き遺跡の都 - 第二章 4.遺跡にて、またも 「ここが、ユウシェー遺跡です」 「へぇ」 ガイルは簡易小屋での身体検査をちゃっちゃと終わらせ、遺跡へ足を踏み入れた。 一部「立ち入り禁止」の文字が書かれた青い幅広テープに囲われているが、そんなものが気にならないほど、朽ちてしまったはずの遺跡は荘厳な雰囲気をかもしだしていた。 「ホント、壁とかボロボロなのに……なんか、立派ですね〜」 猛暑の中、無駄に走ったせいで荒い息を繰り返していたティルーナも、疲れを忘れて見学可能な範囲を歩き回る。 「いろんなところに、この地域で使われていたとされる古代文字が彫られているんですよ。遺跡の中には巨大な壁画もあるそうで、ここは居住区と言うより、神殿のような建築物だったのではないかって調査の結果から言われてます」 「ずいぶん詳しいな」 「僕、ここが好きで、ときどき遊びに来たときに学者さんから聞いたりしたんですよ」 ヤオタは恥ずかしげに、はにかみながら答えた。先へ行ってしまったティルーナを追う形で、ガイルとヤオタも迷路のような遺跡の中を歩いていく。 細やかな文様の掘られた壁、ひび割れながらも未だなめらかさを残す柱、砕けたり欠けたりしている皿のようなもの。 ゆっくり歩きながらそれらを眺め、ふとガイルは眉をひそめた。同じ速度で隣を歩いていたヤオタは、急に立ち止まったガイルを見て振り返る。 「ガイルさん?」 ガイルの視線の先には、粉々に砕けた……もとは大皿のような形のもの。ガイルはおもむろにそこへ近づき、辺りを見回した。 そして、見つけた。 乱暴に破り取られた、「立ち入り禁止」のテープの欠片。 「…………」 ガイルは大皿をまじまじと見つめる。 全体的に、まるで蜘蛛の巣のようにひび割れているが、特に中央の割れ方がひどい。ほとんど砂利や砂ほどまでに砕かれて、ぽっかり穴が開いてしまったようだった。 「ガイルさん、どうしたんです?」 ヤオタが眉をひそめながらこちらへ近づいてくるが、ガイルはまだ大皿を見つめている。それからふと、大皿のさらに奥へ視線をずらした。ほんのわずかに、砂がずれている。人間がここを走り抜けていった証拠だった。 だが、これほどまでに足跡を隠すのが上手いくせに、わざわざテープを引きちぎったり大皿を踏み砕いたりするような失敗をしているというところが分からない。 「……なぁ、あっちには何があるんだ?」 ガイルは自分の後ろに立っていたヤオタに、唐突に聞いた。 「え? あっち、ですか。特になにもなかったと」 「……そうか」 「はい。でも、詳しく見たことないですし、その前に立ち入り禁止になって……あれ、テープがない? はぁ、どうしたんだろうなぁ?」 「…………」 ガイルは軽く首を横に振り、ヤオタの頭をポンと叩いて歩き始めた。 「あの、なにかあったんですか? あっちの方に」 「特になんにも。ちょっとおもしろい彫刻があるように見えたんだがな」 ウソである。だがこのウソを、ヤオタは素直に信じた。 そして二人は五分ほど歩いて、ようやくティルーナに追いついた。ティルーナは遺跡の本堂前で警備をしている男に、なにか言っている。 「お願いですから、中見せてくださいよ〜」 「うーん……最近の事件は聞いてないかい? そのせいでここも警備が厳重になっちゃって、おじさんの代わりがいたら、案内できたんだけど」 「う〜」 ムスッとした表情で、ティルーナは男を睨みつけた。 睨まれた男は肩をすくめ、後からやってきた二人に気づく。 「ティルーナ、無理言うんじゃない」 「いーじゃないですか別にぃ。狙われてるのは大きなとこでしょう? 一時間で回れちゃうようなちっこい遺跡に爆弾犯来るわけないじゃないですかぁ」 「お前自分がなに言ってるかわかってんだよな? それがココにとってどれぐらい失礼な物言いなのかもわかってんだなオイ」 兵士姿の警備員は苦笑しながらティルーナを眺め「参ったなぁ」などと言っているが、ガイルはびきびきと青筋をたてながら叱った。 確かに一時間程度で見学可能区域は一通り巡ってしまったが、すばらしい遺跡であることに違いはない。 「が、ガイルさん落ち着いて……あ、ティルーナさん。そういえばまだ見てないところがありますよ。こっちはまだ閉鎖されてないはず」 「見てないところ?」 ティルーナは首をかしげる。 ガイルやヤオタの先回りをして、大抵のところは走り回ったはずだが。 「レーゲルさん、祭壇の方はまだありますか?」 「ん? ああ、あっちの方ならまだ行けるよ。ただ、前みたく中までは入れないけど……うん、眺めるだけなら十分じゃないかな」 警備員レーゲルはにこにこと笑顔を崩さずに答えた。 「ありがとうございます。ガイルさん、ティルーナさん、こっちです」 ヤオタはレーゲルに一礼して、遺跡の正面から左隣にあった細道へ飛び込んでいった。すぐに曲がって見えなくなったヤオタを、二人は多少慌てて追いかける。細道は一本になっていて、たとえヤオタの姿を見失っても迷うことはなかった。 そして、その先には。 「うわ……」 「わぁ……」 ガイルとティルーナは絶句した。 ガイルの身長よりも五十センチ程度高めの塀に囲まれた円形の広場。寸分違わぬ大きさのブロックがその塀に沿うように埋め込まれていて、その中央には長い年月風雨にさらされていたはずだというのに、ヒビが入るどころか一切の輝きを失っていない祭壇があった。 空の上でぎらついている太陽に負けず劣らず、一見すると椅子のような形をした祭壇は広場に落ちたもう一つの太陽のようで。 「……すごい。なんだここ?」 「『太陽の祭壇』って、学者さんたちは言ってます」 ガイルの隣で、ヤオタは目を細めながら答えた。 「すごく、周りの塀や柱に比べて、輝いているでしょう? あれ、全部『護り石』っていうチャームでできているんです」 「『護り石』……ああ、同じ性質をもったものからの攻撃以外じゃ、絶対に壊れないっていうあれか」 チャームというのは、このティカの世界中に散らばっている特殊な力を秘めた鉱石のことである。 宝石のような輝きを持つものから単なるくず鉄にしか見えないようなもの……見た目もバラバラだが、その効力もまだすべて発見されたわけではない。『護り石』というのは、発見された中でも極めて希少なチャームの一種で、ガイルの言ったとおり、それに込められた性質と同じ性質を持った物質からの攻撃以外では決して壊れることがないといった効力を有している。 「だけど、あんなにどかんと置いといていいのか? 盗まれたりしたらヤバいんじゃ」 「いいえ、あの祭壇、地面の方を見てください」 うん? と二人は祭壇の下部分を見つめる。特にこれと言って、盗難対策の魔法が刻まれているわけでも……。 「あれ、地面の下にもっと大きな塊があるんです。その固まりもやっぱり『護り石』で、祭壇と繋がってるんですよ」 「はぁ? じゃあなんだ、あの祭壇盗むつもりならこの辺の地面全部掘り返していかないといけないのか?」 「そうなんですけれど、この埋め込まれてるブロックにも『護り石』が使われてるそうです。すごいですよね〜」 「……すごすぎ。それじゃここ、最高の防護魔法が施されてるようなものか」 「すごーい。あれ、でもブロックは光ってないんですね」 「『護り石』は、加工しなければただの砂っぽい石にしか見えないそうですよ。たぶん、ここのブロックもたくさん磨けばああなるんじゃないでしょうか。まあ『磨く』というのも『薄く削る』ようなことですから、無理なんですけど」 ヤオタの言葉を聞き、早速しゃがみこんでブロックの砂を払い始めたティルーナは後の言葉を聞いて頬をふくらませる。 「なんだ。ちぇ」 「これだけのもの見てもまだ舌打ちかよ」 「違います! 祭壇はとっても綺麗で、そこには舌打ちなんかするものひとかけらだってありません! ……ま、欠片がもらえれば最高ですけど」 「おーい、なに最後の方ボソボソ言ってやがる」 ガイルはじろりとティルーナを睨むと、もう飽きたとでもいうように視線を逸らした。そしてまた、太陽の祭壇を眺める。 「……にしても、本当にすごいな」 「えへへ、そう言ってもらえると、案内したかいがあって嬉しいです」 「……ありがとう」 「え?」 ヤオタは思わず聞き返してしまった。ティルーナも俯けていた顔を上げる。 優しい声の礼は、しゃがみ込んでいる少女からではなく……。 「なんだ? 俺が礼を言うのがそんなに珍しいか」 珍しい、本当に珍しい柔らかな微笑をヤオタに向けて、ガイルはその頭をポンポン叩く。 「ま、ちょっとはあのゴロツキにも感謝かな。 あいつらが俺たちにも絡まなかったら、今頃ぶち壊された遺跡でガックリ膝ついてたとこだろうし」 「そうですね、いろんな意味で、ヤオタさんと知り合えてよかったです」 若干黒さをにじませながらにこやかに笑うティルーナを見て、それでもヤオタは頬を赤く染めた。 「い、いえ……こっちこそ助けて、もらいましたし……」 なんだか頭の中がごちゃごちゃになってしまって、ヤオタは思わず、照れ隠しで地面のブロックを軽く蹴った。 その瞬間。 ドゴッッンッ! 「はぁっ?」 「えっ」 「う、うわぁ!」 ガイルとティルーナにとっては久々の、ヤオタにとっては初めての爆音。ガイルは音のした方を振り返り、そしてがく然とした。 ここからそう遠くない……遺跡のど真ん中での爆発だった。 「誰だ、んな罰当たりなことするヤツぁ……」 今にもぶっちぎれそうな感情をなんとか抑え込み、ガイルは怒り心頭の様子で走り出した。 「まったく、ゆっくりお休みするはずだったのに、また爆発騒ぎですか」 「え、な、なんで……なんでこんな、無名の遺跡まで……?」 ティルーナは嘆息しながら、ヤオタはただ困惑したままガイルの後を追いかけた。 ガイルは後ろの二人のことなど考えず、ヤオタが案内してくれた細道を一瞬で通り抜けていった。 そして遺跡の正面まで戻ってくると……。 「今の爆発はっ?」 「わからない。しかしあそこは立ち入り禁止区域のはず……」 「爆弾犯に立ち入り禁止なんか関係ないだろ」 ふぅと一息ついて、ガイルはせっぱ詰まった様子で話していた二人の警備員 ―――レーゲルと身体検査をしていた男―――に近づいた。 レーゲルの方がガイルに気づく。 「あ、あなたは……ヤオタくんとお嬢さんは?」 「俺の後から来るだろ。それより、今の爆発」 「ああ・・・・煙がのぼってる場所から見て、たぶん石碑と花の祭壇のあたりだろうな」 もう一人の警備員が、歯を食いしばりながら辛そうに煙を見る。 「どうしてさっさと現場に行かないんだ! もしかしたら犯人がなにか……」 「ここは他の遺跡に比べれば小規模だけれど、それでも一つの農村ぐらいの面積なんだぞ! 今まで有名な遺跡ばかり狙われていたせいで、警備には俺とレーゲルしかいない。だから」 「じゃあ俺が行く」 あっさりそう言いはなったガイルを見て、レーゲルと警備員はそろってあ然とした。 「ちょ、ちょっと待て! あんた一般の観光者じゃ」 「すいませんいきなりですけど、さっきの身体検査ちょっとズルしましてね、ええ」 ガイルはおもしろくもなさそうに鼻を鳴らし、スッとジャケットの背中側から細長い棒のようなものを取り出した。警備員がそろって息を呑むのと同時に、ガイルは左手で支え、右手で抜く。シャンッ、という澄んだ音とともに、銀色の刀身が姿を見せた。 長さは全体的にガイルの腕より若干短いぐらいで、柄は片手でしか握れない程度の長さしかなかった。その代わり、両刃の刀身は最大限まで軽く、長く作られている。 「そ、そんなもの……なんで……」 「護身用」 「護身用ってあなたそんなもん護身用に持ち歩いてるくらいなら銃器の方がまだマトモですよっ!」 ガイルの冷静な答えに、レーゲルがつっこむ。 「ま、こういうのを一つくらい持ってないと、あの町以外じゃなんか落ち着かなくてね。……あーとりあえず、俺は『観光者』として見学に行ってきまーす」 「お、オイ待てっ!」 警備員の制止も聞かず、ガイルは剣を構えたまま煙の立ち上る方へ走り去ってしまった。 「くそっ! アイツが犯人なんじゃないかっ? なにか特別な爆弾でも……はっ、そういえば前、機械都市で遠隔操作ができる爆弾ができたって」 「落ち着け、あんなお仲間のいる人が爆弾犯に思えるのか?」 レーゲルが示す方から、肩で息をしているティルーナとヤオタが現れた。 「彼は爆弾犯なんかじゃない……と思う。俺たちも、あっちの範囲を見回りに行こう」 |