□ 第二巻 古き遺跡の都 - 第三章 9.疾走 オートコントロールの浮遊車に揺られて、爆弾犯の二人はぐったりとしていた。 「……兄さん、きぼじわるいよお〜……」 「言うんじゃねーバカヤロー……なんとか、意識しないで持ってるんだっぎゃふっ!?」 浮遊車がぐいんと無理矢理軌道修正して、全開な座席に革製のベルト一本で留められた二人の体が大きく跳ね上がる。その衝撃で、ベルトはより深く、二人の腹部へ食い込んだ。 「うぉおおおおおじょじょじょじょーだん抜きに出るにに兄ちゃぁーん!」 「バカせめて兄さんと呼べってあれぐぉおええええええ」 あまりの気持ちの悪さに、思わず二人は脇道へ顔を向ける。勢いよく走る浮遊車の両端からダーッと……あまり描写したくないもの、一言で言えば二人の吐瀉物が線を引いていった。 荒い息で、なんとか復活した助手席に座る方が、我慢できなくなって灰色のフードを取っ払った。 「あーもうあっついって太陽まぶしっ!?」 「ドアホー! お前なに顔おもっくそさらしてんだよ!? ちくしょう俺もってまぶっ!」 それを見て、運転席に座っていた爆弾犯も勢いよくフードを外し、思わず太陽を直視してしまう。 短く刈り込んだ赤銅色の髪に、濃いグレーの瞳、爆弾犯の二人の共通点はそれだった。だが、運転席に座っている方がつり目気味で強気な雰囲気を見せているのに対し、助手席の方はやや垂れ目気味で弱気な印象を受けさせる。 爆弾犯の双子、兄のキッツと弟のトッツ。背が高いのでガイルと同い年ほどにも見えるが、その顔はまだ幼げで、だいたい十六、七歳ほどだった。 キッツは鋭い目尻をさらにつり上げて、隣に座るトッツを睨む。 「ったく! お前なぁ俺たちが顔さらしてたら、どーなると思ってんだ!?」 「で、でも、兄さんだって外して」 「お前が外していいんなら俺だって外していいだろ!?」 「ああううう……」 しょぼしょぼと、狭い助手席の中でさらに縮こまっていくトッツを身ながら、キッツは少しだけ眉尻を下げる。 「……悪かったよ。でも、フードはもうかぶっておけ。昨日からぶっ続けて走ってたから、そろそ……って」 「ん? 兄さんどーしたの?」 急に口が止まったキッツを見て訝しみ、トッツも同じように前方を見てみる。 常人には、ただ地平線が広がっているようにしか見えなかっただろう。だが、獣のように鋭い視力を持つ二人には、はっきりとフレリアの城壁が見えた。キッツのハンドルを握る手に、力がこもる。 「……あそこが、最後なんだ」 「うん、そうだね。がんばろう!」 「おうよ!」 対照的な二人は、浮遊車のスピードを上げる。フォオオオオオッ、とエンジンのまわる音がして、浮遊車は一瞬で三倍の速度に変化した。 ンギャー! と叫ぶ二人を無視して、スピードアップした浮遊車はただひたすらに。間違った進路を設定され、わざわざ遠回りの道を選んできたそれは。最後の舞台へ突っ込んでいく。 ガイルはガタガタと優しく揺れる馬車の中で、うっすらと目を開けた。『とある記憶』のせいで、馬車の中ではのんびりできないか、とも思っていたが、対して不快には感じなかった。 右隣からかかる重さと温かさを、そっと確認する。ティルーナもまた、ゆっくりと移動する馬車の中で、まるで最高のゆりかごの中で眠っているかのような穏やかな表情で目を閉じていた。 「…………」 ガイルはどうしようかと数秒考えたが、その場を動かないことに決めた。 向かいに座る別の客から、だいたい出発してどのくらいたったかを聞いてみる。 「うん、うーん、二時間半、かね? 最短距離を進んできたからの、もう二十分あればフレリアにつくだろうな」 ほっほ、と笑いながら、答えてくれた老人はガイルとティルーナを眺める。 「ご兄弟にしては、似ておりませんな。髪の色からしても」 「こんな腹黒娘と兄弟関係なんぞ結びたくもないわ。……ただの連れだよ」 「ほぅ、やはり遺跡観光で」 「ああ、知り合いから、まぁ、チケットを『もらって』な」 ガイルはそこで、苦虫をまとめて百匹くらいかみつぶしたような表情になる。それを見て、老人はまた笑った。 「ふっふ、その知り合いとは、長のつき合いのようですな」 「……まぁ、な」 適当に答えて、ガイルは会話を強制終了させた。しかし老人は、まだ二人を見つめたままニコニコニコニコしている。 「……なんだ?」 「いや、いや、楽しそうですなぁと思っての」 「はぁ?」 ガイルは露骨に顔をしかめる。ずっと無表情だったと思うが気づかぬうちに笑ってでもいたのか……いや、絶対顔には出してないはずだ。 理由を問おうとしたガイルの前で老人は「お」とつぶやき、御者台に乗っていた男に声をかけた。 「すまんが、ここで降ろしてくれんか?」 「はぁ、ここにゃあなーんもねぇって。も、ちょいでフレリア着くからよ、じいちゃん、座っててくれや」 「この近くに用があるんじゃ。この場車が、直行とはいえ一番近くを通り過ぎるルートだったんでなぁ」 御者は結局、老人の笑顔に押し通されてしぶしぶ馬車を止めた。 すんませんなぁ、と他の乗客に頭を下げながら、老人は馬車を降り、草もまばらな荒野へ向かっていく。 「降ろしちまったけど、大丈夫かなぁ……この辺、村も町もなんもねぇのに」 御者はチラチラ老人の歩いていった方角を見ながら手綱を引いた。 「ん……?」 がこん、と大きな石の上に車輪が乗りあげ、馬車が跳ねると同時にティルーナが身じろいだ。 「起きたか」 「あふ、着いたん、です?」 「まだだ。けど、もうすぐだと言っていたな」 「はぁ……じゃ、私、もちょっと寝ます」 「ああ」 再びすやすやと穏やかな寝息を立て始めたティルーナを見て、ガイルは目を細める。 「……楽しそう、か」 ガイルが一言、馬車の中でつぶやいたとき。 老人は小さな革袋を背負って、荒野をトコトコと歩いていた。 「ほぅ、ほぅ……の二人が、のぅ」 ボソボソとつぶやきながら、老人は目元を和ませる。 「なかなか、いいコンビのようじゃないかね。さて、さて、ステントラもけっこう楽しんでおるようだなぁ」 ぶわっ、と強い風にあおられて、土埃が舞う。 土埃にのまれた老人は、それが収まると同時に、消えていた。 |