STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第二巻 古き遺跡の都 - 第三章 11.勘違い
「ちょ、待ってよ姐さん!? 捜し物……ここにもないって!?」
『そーよ、もういいわ。あなたたち、自分でなんとかしてね〜』
「むっ無責任ッスよ姐さーん! トッツともはぐれちまったし。ていうか、どしてココにないと?」
『うーん、他のところに向かわせてた人が、こっちにあるっぽい、てか絶対こっちだ、っていうからぁ』
「あるっぽい、じゃないスか!」
『でも、証拠を何もつかんでないあなたたちよりも、向こうの方が信憑性があったのよ』
「うーうううぅ」
『あ、そうだ。爆弾は使い切ったの?』
「……姐さんの指示通りにやりましたのでね」
『あら偉い。じゃ、クルマの方も適当にどこかにぶち込んでぶっ壊しておいて? というか、どこかの川とかに突っ込んだ方がいいかもしれないけど』

大破し、無惨な姿をさらすイースティト大神殿。……その広間の中央でフードをとり、顔をさらす青年キッツはある人物と会話をしていた。といっても、彼の視線は彼が持つ薄水色の宝玉にそそがれ、妖しげな女性の声もその宝玉から響いていた。

『そうそう、もう一つ教えてあげるわ。あなたたちの大切な人、脱獄成功したみたいよ?』
「えっ」

その報告を聞き、キッツは思わず満面の笑みを浮かべる。
しかし、次に女性の言葉を聞いてそれをこわばらせた。

『まぁ、失敗した人をのうのうと生かしておくなんて、私的にはすごーく不満なんだけれどねぇ』
「あ、姐さん、お、親父は」
『ふふ、大丈夫よ? 「あの人」は殺すな、殺す労力が惜しいって言っていたから。それに、あの程度の盗賊団なら、いつでも潰せるし』

楽しげで、しかし冷徹な女性の言葉に、キッツは身震いする。……確かに、彼の父が頭領の盗賊団は、この女性や今自分が身を置く盗賊団の足下にも及ばない。

『ま、話を最初に戻すけど、あなたたちは「用済み」。というわけで、自力でなんとかしなさいな』
「……ってあれ!? 姐、姐さんんんん!!?」

ぶつんと、宝玉の淡い光が途切れた。キッツはがっくりと膝をつく。

「ちょ、待ってよ姐さん。俺たち、いや、自力でなんて」
「……てめぇか」

無理無理ぜってー無理とか思っていたキッツの背後から、今一番聞きたくない声が投げかけられる。ギギギ……ときしむ音が聞こえそうなほどぎこちなく、彼は後ろを見た。
真っ先に目に飛び込んできたのは、鮮やかな若草色。

「ほぉ〜、へぇ〜、見事にぶっ飛ばしてくれたなオイ? ……今度は逃がさねぇ」

その人物、ガイルは素早く剣を取り出し、抜き取る。鞘をベルトに挟み込んで、構える。

「はっ」
「ひっ」

尋常ではない殺気、闘気を叩きつけられ、キッツの本能が悲鳴を上げる。恐れのあまり絶叫する本能のまま、ガイルの繰り出す攻撃を紙一重で避ける。するとガイルは、ふ、と目を細めて、キッツの右太ももを突こうとした。

「っっっ!」

勢いよく右足を跳ね上げて、それをかわした瞬間。左足の膝が無理矢理な重心移動に耐えきれず、ガクンと曲がった。

(ま、ずっ)

転ぶのを防ぐため、とっさに右足を大きく後ろにつける。
そして。

「終わりだ」

ドッと、左腕に衝撃がぶち当たった。
ぐらりとキッツの体が後ろへ倒れ込む。その間に、衝撃は灼熱の痛みへ変わった。

「あ、ああぁぁぁああああっ」

キッツは痛みに身をよじり、左腕を見る。ガイルの細身の剣が、キッツの腕と地面を縫いつけていた。

「……お前、どうしてここにいる。反対方向へ走っていっただろ」

痛みで遠のきかける意識の中、数秒してようやく、ガイルの問いを理解する。ばちりとキッツは目を開け、痛みを忘れて叫んだ。

「反対って……トッツか!?」
「?」
「俺と同じ顔の、やけにビクビクした野郎だよ!」
「ああ……そうか、もう一人の。双子なのか」

ガイルは納得したようにうなずく。しかし、すぐに表情を厳しいものにして言った。

「じゃ、そいつも追うとするか。お前はしばらく、地面にひっついてろ」
「なっ」

それを聞いたキッツは、顔面蒼白にして叫ぶ。

「やめ、やめろっ! あああ、あいつは俺が無理矢理手伝わせてたんだ! 俺みたくは」
「ふん、そんなことで、『お前ら二人』が爆弾犯だったことにかわりはないだろ」

冷たく言い放ち、ガイルはさっさと背を向ける。
その瞬間。
ズシュッ
ハッとしてガイルが振り返っても、遅い。キッツは引き抜いた剣を放り投げ、激痛に顔をゆがめながらその場を逃げ去った。ユウシェー遺跡の時と同じ、見事な逃げっぷりで。

「……くそ、だーっっくそったれーっっ!」

焦って、未だ意識をはっきりと残すキッツから目を離した自分に対し、ガイルはしばらく自己嫌悪に陥った。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



音もなく大神殿の床に降り立ち、パレセアは瓦礫の影から『それ』を見る。

「くそ、くそ、くそったれ……また失敗した」
(また、失敗……?)
「この慌て症、死んでも治らないな……くそったれ」
(慌て、症……)
「あー、アイツも外で待ってるんだろうな……うーん、警備員が来ると、いろいろ厄介だからなぁ」
(……)

パレセアは、最後の一言で確信した。
爆弾犯だ。
そう思って、クリオーゼンを瓦礫の影に残し、飛び出した。そこに立っていた人物は、ひどく驚いたようにこちらを向く。さらりと、パレセアでも見た瞬間に羨ましい、そう思ってしまったほどに美しい若草色の髪がなびく。
けれど、隙は一切ない。
ガッキィ……!

「っ!?」

パレセアは思わず舌打ちをした。彼女の攻撃は完全に読まれ、若草色の髪をした青年は剣の鞘でそれを軽く受け流した。

「なんだ、お前……?」
「ヴァインドのパレセアよっ! 覚悟しなさいこの爆弾魔っ!」
「……って、はぁああああ!?」

いったん間をあけて、パレセアはチャッと自分の両手を掲げる。直径二十五センチほど、盾のように少しだけ盛り上がった形の円盤が手袋に取り付けられていた。

「それ、って」
「ふふ、レカットのこと知ってるなんて、さすがは爆弾犯さんね」
「いやだから、俺違う! 俺は爆弾犯じゃねぇって! ていうか今逃げていったんだよ! そっちの方人がいかなかったか!?」
「そんなの信じないわ! こんなところでぶつくさつぶやいてる人間がいれば、誰だって怪しいと思うっての!」
「だぁかぁらぁっ!」
「それになに? 警備員が厄介? むしろ警備員を呼ばなくてはいけない状況よコレは! そんな頼るべき彼らを『厄介』なんて……怪しいにも程がある!」
「……………………………………………………………………………………あ〜、そいや、言ったっけ?」

青年は冷や汗を流す。
言った。
確かに、言った。
……最悪だー。
いきなりガチガチに固まってしまった青年を見て、パレセアは満足そうにうなずいた。カチャッ、と彼女の両手につけられたレカットが音を立てる。
レカットというのは特殊な金属でできたブーメラン系の武器である。円盤をそのまま投げつけたりもするが、最近では改良が加わり鎖で一気に引き戻すことが可能になったり、投げる瞬間円盤の周りに金属片が飛び出してきたりするものなど様々だ。

「じゃ、おとなしくしなさいっ!」
「だーくそ面倒だなっ」

びゅんっ、と勢いよく投げつけられたレカットを、青年、ガイルは注意深く観察する。レカットと彼女の手袋を結ぶように、細い鎖が見えた。

(タイミングが外される……受けとめるかっ)

迫る円盤の片方を弾き、もう片方を左腕で受け止めようとした瞬間。
ジャキッと、鋭い刃が飛び出してきた。

「両方かーっ!?」

慌てて伏せて、円盤の下を駆け抜けようとする。
だが。

「遅いっ!」

パレセアがぐん、と右腕を振った。その動きは鎖を伝わって、円盤の軌道を変える。凶悪にきらめく刃が、ガイルの背中めがけてくる。

「〜〜っ」

ガイルはジャケットをバッと脱ぎ捨て、迫る円盤に投げつけた。ジャケットは無惨に切り裂かれるが、勢いを失った円盤はガイルにかすりもせず地面に落ちる。

「へぇ……うまいのね」
パレセアは少しだけ目を大きくさせて、円盤を手元に戻した。
ガイルはしゃがみ込んだまま、パレセアを睨む。カラ、と指先に何かが当たった。見もせずに正体を理解したガイルは、鞘をベルトに挟みなおし、それを右手で取る。
ゆらりと立ち上がったガイルが右手に握るのは、先端に血がべったりとついた剣。パレセアは息を呑み、眼光を鋭くさせた。

「誰か、傷つけたのね」
「だから、これは爆……」
「しゃべんな!」

ぶち切れたパレセアは、左手の円盤だけガイルに投げつけた。それはパレセアの手を離れた瞬間に、鋭い刃を現す。時間差か、と思いつつ、ガイルは飛んでくる円盤をぎりぎりまで待つ。
ガクン、と軌道が変わった。

(ここだ)

ガキッと剣で腹部を狙ってきた円盤を地面に叩きつけ、めり込ませる。

「!」

今まさに右腕の円盤を発射させようとしていたパレセアは、左腕……および全身の動きを固められたのに気づく。手袋を引いてみても、鎖は一向に戻らない。最大限までのびた鎖は、パレセアをその場に固定する『枷』となったのだ。
しかし、パレセアもすぐに対処法を考え……口笛を吹いた。

「?」

首をかしげるガイルの前に、真紅の羽根をきらめかせたオープ族が一匹。

「ふん」

クリオーゼンは驚くガイルを一瞥すると、勢いよく翼を羽ばたかせ始めた。もうもうと舞う土埃、ガイルはそれにのまれた。
クリオーゼンより後ろに立っていたパレセアは土埃を受けることなく、勝利を確信して右手の円盤を投げた。円盤は一瞬で土埃の中に飛び込み……ガキッ、と何かにぶつかって勢いを無くした。こちらまで封じられては、とパレセアは慌ててそれを引き戻す。ちらりと見えたのは、鎖に絡んでこちらに引き寄せられる長い棒のようなシルエット。

(アイツの獲物ね)

いきおいよく、引く。だがそれが、はっきりとその姿を見せた瞬間。

「……鞘?」
「あーそうだよ」

背後から声がした。
ごくりとつばを飲む。クリオーゼンが、上空からパレセアの名を叫んだ。冷たい感触が、のどに。
ガイルはパレセアの背後に回り込んでおり、そののど元へ剣を突き立てていた。……でたらめな、速さだった。

「ふ、ふん……もうすぐ、あなたの嫌う警備員が来るわ。わ、私なんか足止めだけで」
「…………」

ガイルはパレセアの言葉など一切聞かず、カチャ、と剣を鳴らす。

(……あー、死ぬ、かな?)

パレセアがそう思い、目をつむったとき。
ひょいと肩越しに腕が伸びてきた。

「へ?」

腕はそのまま、パレセアが持っていた剣の鞘をつかむと引っ込んでいく。いつの間にか、のど元にあった剣もない。
バッと振り返れば、ガイルは嫌そうに剣を見て、ハンカチでせっせと血を拭き取っていた。それが済むと、ぱちんと鞘にしまい込む。

「たく、ジャケット無いんじゃ隠せないな。まったく、またこの剣のことで警備員にぶつくさ言われたらお前らのせいだからな」
「………………………………………………へ?」
「別に爆弾犯だったから警備員が厄介なわけじゃねぇよ。単に、許可もらってないもの見つかるとイロイロ面倒だったからだ……あ、もらったか、許可。まぁいいや」

いかにも面倒くさそうに、ガイルは言う。

「ちょ……じゃ、あの……血は?」

あそこまで自分を追い込んでおいて、あっさり引き下がった。……それでなぜか、彼が危険な人物に見えなくなって。パレセアはポカンとした表情で、ガイルに聞いた。

「ああ、あれはだからさっきまでココにいた爆弾犯の。あいつ逃げ足早くて、なんとか捕まえたって思ったんだけど、ほら、あっちの方に血が点々と」

ガイルの指さす方を見れば、確かに血の跡がある……しかし、それも途中で途切れてしまっていた。

「ちなみに、俺は観光客。のんびり遺跡巡りでもしようと思ってたのに、爆弾犯にぶち当たるのも、これで二度目だ」
「に、二度目?」

パレセアはそれを聞いて、あ、とつぶやく。昨日の夜、夕食をとった宿のラジオで緊急の放送があった。なんでもリーゼ付近の遺跡に爆弾犯が出て、国外からの観光客がそれを初めて目撃しただとか。目撃証言は確か、灰色のマントをすっぽりかぶった二十歳程度の男。マント、はどうにでもなるとして……。
まじまじと、パレセアはガイルを見る。

「ねぇ、あんた歳いくつ?」
「ん? さーな、年齢不詳なんだよ……嘘じゃないからな」
「…………」

見た目、ガイルの『顔』は少年と言っても差し支えないが、『体格』は立派な大人のものだ。うーん、と目の前の怪しい剣士の言葉を信じるか否かを悩んでいたパレセアだが。

「パレセア、なにやら外が騒がしい……警備員がなかなか来ないのも、そのせいか?」
「え?」

ガイルが表情をこわばらせ、パレセアがきょとんとしていると。
ドガッ……ドガッドガッドガッ!
地面が激しく揺れ始めた。本当に近くから聞こえた爆音は一つ、他はしばらく間をおいて、遠くから聞こえてきた。

「あいつらっ」
「このようだと、まさか、町までっ!?」

パレセアが驚きをあらわにつぶやくと同時に、ガイルはその場を駆けだした。一瞬で見えなくなる彼の姿を見て、パレセアも我に返る。

「あ……く、クリオーゼン! 私たち、も……」

よいしょと彼の背によじ登って、パレセアは気づいた。地面の揺れが、収まらない。
少し考え……とある結論、最悪の展開に思考が至った瞬間。

「まさか」

ガゴンッ!
大神殿の床に、ばっくりと亀裂ができた。