□ 第二巻 古き遺跡の都 - 第四章 13.勘違い、再び ヤオタはふと、食器を洗う手を止めて眉をひそめた。 一瞬、地面が細かく振動したように思えて。 イースティト内陸部に位置するリーゼやフレリアは極端に地震が少なく、人の一生のうちに一度起こるか起こらないかの確率ぐらいだった。というか、地震というメカニズムを全く知らない大人も少なくない。 しかし、ヤオタは何度か前に出会った旅人から耳にしたことがあった。火山活動や地殻変動などによって引き起こされるとする、自然現象。 けれどヤオタの直感は、それを否定していた。 (……なんなんだろ?) 「ぅおーいヤオタ〜! 食器追加だかんな〜」 「あ、はーい」 料理長の声を聞いて、ヤオタは慌てて止めていた手を再度動かす。 まぁ、気のせいだろ、と口の中でつぶやきながら。 「ふふ、うふふふ、そこの二人が爆弾犯ねぇ……」 静かに、壊れたように笑いながら、パレセアはゆっくりと高度を下げてくる。その途中、瓦礫の山の近くでポカンと口を開けてこちらを見ている少女と目があった。 パレセアは瞬時に判断、そしてクリオーゼンの背を叩く。クリオーゼンは一気に加速し……ティルーナの脇を飛んでいった。 「なっ……」 ガイルは驚きながらクリオーゼンを目で追う。パレセアは抱きとめたティルーナを自分の後ろに座らせていた。 「ねぇ、大丈夫? 避難しそびれちゃったの?」 「え? いえーあたしは」 「それとも、あの変な剣士か爆弾犯に何か……」 「いえですから」 「そう、そうなのね。うふふ、ちょっとそこの緑頭! あなたの方がこの子と近かったわね。この子、どうするつもりだったの!」 「シカトですか〜」 「おいティルーナお前もうちょっとはっきりしゃべれ! あらぬ疑いがかかってるじゃねーかよ俺にっ!」 先ほどまでの脱力感はどこへやら、ガイルは爆弾犯に背を向けて、ティルーナを指さす。そのとき、服の袖で見えなかった『エリス』特製発信器がキラリと。 「……ねぇあんた、そのブレスレット、どっかで見たことあるよーな気が」 「あれは確かこの国の……罪を犯した疑いがあるが、証拠がない者を一時的に釈放させ、逃亡不可能なように細工された発信器では」 「…………」 「……えーっと、そこの緑頭さん、ひょっとしてお仲間?」 キッツの方が、ぼそっとつぶやく。瞬間、今度こそ本気で『角』が見えたような気がした。 「だぁれぇがぁお仲間だあああぁぁぁっっ!!」 「「ぅんぎゃ―――――っ!!」」 剣とその鞘を両手に握り、勢いよく振り回す。 一本の剣では、一つの死角をついたところでもう一つの死角へ逃げ込まれた。だが、二刀流であれば同時に二つの死角をつくことができる。ただでさえ無駄の少ないガイルの剣戟に、キッツとトッツは今度こそ追い込まれていった。 それなのに。 「結局あんたも犯罪者かー!」 絶叫したパレセアは、まるで指揮者のように両手を振り下ろした。そこからレカットが勢いよく発射される。 「ガイルさーん、危ないですよー」 「ん……っておぅわっ!?」 「んきゃー! ななななになにゆーふぉー!?」 「ばかったれありゃレカ……おうぎゃあっ」 ヒュゥンッと空気を切り裂きながら飛んできたレカットは今にも勝負がつきそうだった三人を、左右から挟み込むように襲った。 すでに学習済みのガイルは脱兎の勢いでその場から離れる。しかし、片方のレカットはそのままガイルを追いかけてきた。 「ちっ」 舌打ちをしながら、振り返りざま叩き落とす。 キッツとトッツは二人同時に、ポケットから小石のようなものを取り出し 「うりゃっ」「えいっ」 レカットに投げつけた。キッツの方ははずれ、トッツの方が命中する。瞬間。 ゴッ 小石……爆弾が爆発した。レカットは砕け、クレーター内では白煙が視界を奪った。クリオーゼンは羽ばたきながら白煙を吹き飛ばし、パレセアはレカットを回収する。一方はガイルの攻撃でへこみ、もう片方は鎖しか戻ってこなかった。 「…………」 「えーっと、お姉さん? 大丈夫ですかー? その沈黙がコワイデス」 ボロボロになった己の武器を、穴を開けるような鋭さで(というか穴は開いているが)睨んでいるパレセアに、ティルーナは話しかけてみる。 パレセアはくるりと振り返って、不自然な最高の笑顔で答えた。 「ふふ、だーいじょーぶよー……うん……」 (わお、この人目がマジだ) ボソッと口の中でつぶやきながら、ティルーナはつっこむことを止めた。逃げ遅れた町の子供扱いでも、なんだか今のこの人に絡むのは危険だ。 上空で、少しずつ風船に空気を入れていくように殺気がふくらみつつあることにガイルは気づいていたが、とにかく今は……。 「ちっ」 (やっぱ逃げられたか……くそ、どこ行きやがった!) 白煙に紛れて逃げ出したキッツとトッツを追うべく、ガイルもその場を走り出そうとする。 しかし、その一歩前に火の玉が降ってきた。 ドゴッ! 「…………」 思わず沈黙して、空を見上げる。殺意の込められた炎弾は、そこから……。 「ふふ、逃げようなんて考えるんじゃないわよぉお」 「おいなんかキャラ変わってるぞ、周りの空気がどろどろじゃねーか。ていうか、逃げるんじゃねーって爆弾犯追いかけようとしてるだけだっつの!」 「ふぅ、そんな言い訳聞き飽きた……その手の発信器、それが動かぬ証拠でしょっ!」 「だぁからこれは……ちょ、ルー! ぼんやりしてないで弁護しろ!」 ガイルはパレセアの後ろで沈黙を保っているティルーナに話を振る。 ティルーナはどこから取り出したのか、マーカーでボードになにやら書き始めた。くるりとガイルに書いたものを見せる。 『我関せず。だって死ぬかもしれないし』 私、関係あーりませーん。 ぶちっとガイルの脳みその奥で何かが切れた。 「てってめー!」 「ふん、何を言ってるのか知らないけど、とりあえずとっ捕まりなさい!」 「ち、くしょ……っ」 パレセアの振り回すレカットの鎖が、ヒュンヒュンと鋭い音を立てながら陣を張る。いびつな魔法陣が空中にできたかと思った瞬間、そこから炎弾が発射された。ガイルは目を細め、半歩右にずれる。それだけで、炎弾はかわされる。 「っ! これならっ」 パレセアはむきになって、鎖をさらに大きく振った。先ほどよりも大きな、しかしさらに形の崩れた魔法陣からは、一気に四つの炎弾が発射される。炎弾はジグザグに、しかし確実にガイルに向かって飛んでいった。 「ふーん、的に当たりゃ、軌道は最短でなくてもいい、か……」 しかしそれも、ガイルはまるで踊るような足の運びで軽々とかわしてしまう。 ドゴドゴドゴドゴッ クレーターの中に、また小さなクレーターができた。そして、土埃がもうもうと。 「っあ!?」 「あ、逃げましたねぇ」 ティルーナがのんきにつぶやく。確かに、土埃がクリオーゼンによって払われた数秒後にはガイルの姿は跡形もなく消えていた。 「ふ、ふふふふふふふふ……」 (あー、やっぱり怖い、この人コワイ) どんよりとした空気をまといながら、ずっと笑い続けるパレセアを見てティルーナはそっとクリオーゼンの羽根をつかむ力を、少し強めた。 |