□ 第二巻 古き遺跡の都 - 第四章 16.迷宮 ティルーナは、悩んでいた。 「うーん……」 とっても、すごーく、悩んでいた。 顔が真っ赤になるほど、悩んでいた。 「……どう、しましょうかね〜」 彼女は、足と頭がひっくり返っていた。ぶらーんと両手を下に、バンザイの形にしたまま、だいたい十分が経過していた。 「頭って、案外血がたまると抜けないんですね……」 彼女の背中にあったリュックは肩に食い込み、なんとか体を支えていた。 十分前、優雅にスカイダイビングを楽しんでいたその後。パラシュートが爆発の影響でジグザグになった壁にかすり、ビリビリと破けながら引っかかってしまったのだ。ヘルメットや、クッション代わりになったリュックのおかげで傷一つ負わずにすんだのは幸運だが……。 「うう、弾けそうです……」 さすがに辛くなったティルーナは、適当に助けを呼ぼうとした。息を吸い、それから思う。 (あれ? 誰呼べばいいんでしょうか) ガイルはどこにいるかわからない、先ほどのヴァインドも、ここからでは声が聞こえるのかどうか怪しい。 またもや、一人。 「う、ううう〜、最近なんかひどいです。いつもいつも調子のいいところで私ばっかり……う〜」 このままでは髪の毛の方へ涙が流れていってしまう。髪の毛についてから乾くとカピカピになるんだよな〜とか頭の隅で考えつつ、 「……いっそ泣き叫びましょうか」 ショックで目玉破裂したってかまうもんか、と投げやりにずいぶんヤバイことを考え、ティルーナは息を吸う。 すると。 「い、いたぁ〜っ!」 「ふぇ?」 「あなたね……って顔!? 顔ヤバいってちょっとぉおおっっ!?」 あのヴァインドの少女が、周りにランプ代わりの火の玉を浮かべながら近づいてきた。 クリオーゼンは無理な体勢でのホバリングを強制されることとなったが鼻息荒く顔を真っ赤にして(もともと赤いが)耐えた。 パレセアは鋭いナイフでパラシュートのロープやワイヤーを断ち切りなんとかティルーナ救出に成功した。 「あ、なたねぇ……一体なんなのよ」 「えぇ? 人間ですけど」 「見りゃわかるわよそれぐらいっ! じゃなくて、見た目じゃなくて中身よ中身、頭の中! なんでこんなとこに躊躇ちゅうちょせず飛び込めるのかしら」 「女は度胸です」 「知った風な口聞かない。あんたは図太いのよ、そして天然よ絶対」 スパンと軽くティルーナの頭をはたき、パレセアはため息をついた。 「ったく、上の方も、ようやく騒がしくなってきたわね」 「上……?」 「ええ、なんとか住民なだめすかしたり避難させたりできたから、『エリス』の一部が動き出したみたいなの。遅いったらありゃしない」 パレセアは舌打ちをしつつ、爆弾犯が開けた大穴を見上げる。ここに飛び込む直前、おそろいの制服を着た人々が何十人も集まってきていた。そろそろ、準備を終わらせて突入してくるだろう。 「さて、と。あとは『エリス』の人たちに任せて、あたしたちはさっさと戻りましょうか」 「そーですねぇ。はぁ、せっかく生の古代地下遺跡が見れたのに……ガイルさん、残念ですねぇ」 「……ねぇ、さっきから言ってるそのガイルって誰?」 「え? えー……あの、あなたが先ほど戦っていらした、緑の髪した人ですけど」 「知り合い、なの?」 「ええ〜。まぁさっさと白状すれば、一緒に遺跡観光に来てた人で」 「……えー」 「あ、さらにいいますと〜……」 ティルーナはここでやっと、パレセアのガイルに対する誤解を解くことにした。ティルーナによっていくらか脚色されてはいたが、そのすべてを聞いたパレセアとクリオーゼンは最後、 「……ゴメンナサイ」 「……うむ」 「本人にもちゃんと謝ってあげてくださいねー」 小さく小さくつぶやいたという。 『……起きなさいって』 コロコロとキッツの持っていた鞄から転がり出た宝玉が、きらめきながら声を発する。 「んにゃ……くぴ」 「ふにゃ〜」 『……起きろっつってんだろこのザコが』 声が鋭さを増す。 水晶越しとはいえ、身の毛がよだつほどの殺気を叩きつけられたキッツとトッツは飛び起きた。 「はぅああああっっっ!? って姐、姐さんんんんん!? いいいでっ」 「あ、わわすいませんでしたー!! ごごごご用件は!?」 『ったく、手間かけさせんじゃないわよ。あなたたち、まだ爆弾持ってたわね? 今どこよ』 「えっあっすいません! さ、最後の一個、残ってたのあのとき気づかな」 『言い訳なんざ聞きたくないのよ、さくさく答えなさぁい。……今どこだ』 「う、わった、たぶんイースティト地下遺跡内部ですっっっ!」 『なんですって』 声が急に小さくなる。 『一体なんで?』 「じ、実は……」 緑頭のおっかない剣士に追い回されたあげく、うっかりセットし忘れた爆弾を処理しようとぼやぼやしている間に時間が切れて爆破、逃げ遅れて遺跡に落ちたと説明する情けない双子。 『……バカじゃん』 「「……」」 返す言葉が無い。たとえあったとしても、彼女には一言だって、一動作だって逆らえば……死ぬ。 『けど……緑頭の剣士、ね』 「あ、姐さん、その……」 『あなたたち、そこからさっさと逃げられるんでしょーねぇ』 ギクリと、二人の肩が震える。 さすがに二人の小さな脳みそには、イースティト地下遺跡の構造など欠片も入っていない。その上、二人の仕掛けた爆弾によって遺跡はまったく原形をとどめていないのだから、その足で脱出しろというのは酷である。 『まぁ無理なのは分かってるって。 あなたたちに今捕まってもらうと、ちょっとめんどーだから手伝ってあげるわ』 脱出の手伝い、と聞いて、二人はまず喜ぶより先に怖気を感じた。 ((あの姐さんが手助けぇぇぇえええっっ!?)) 『あの方』からの命令や、なにかしらの利益がある場合のみにしか行動しない彼女がザコと言い切る自分たちを助けると言っている。 むしろ夢であれ。 『それじゃーこっちで しかし声はさっさと指示を出すと、ブツリと通信を切った。 「あ、あああ姐さんっっ!?」 「ねねねぇ兄さん、これってマジかなマジなんでしょうかマジ!? あれ? でもチェルフロアって遠距離からも使えたっけ……あ、兄さん傷開いてるよっ」 「知るかよっ! あ〜傷ならほっとけ。……まぁ、姐さんが逃がしてくれるってんなら、おとなしく」 「どわぁ〜れ〜が〜逃がすって?」 二度あることは、 ((三度あるっっっ!?)) 高速で二人が振り返れば、やはりというか、宝玉の光にぼんやりと照らされたガイルが。 落ちた際の傷か、左腕と顔の右半分は赤黒いもので染まっており、右足も引きずり気味である。荒い息のガイルは、双子を左目だけでにらみつける。 「なんっでてめーらはこうもキレーに無傷なんだろーなぁオイ?」 「兄さんはかすり傷じゃないって。十分重傷の類に入るよ?」 「いいいや確かにあそこから落ちればそれぐらいケガはすると思うけどっ! まぁかすり傷の俺たち言っても説得力ないけどさぁあんたまず休め!? そして静か〜に眠って見逃してください俺たちを!」 「倒置法使って懇願したって返事はノーしかねぇっつの!」 言うなりガイルは持っていた棒を構え、瓦礫を飛び越えてきた。キッツとトッツはがっしりと頼みの綱の宝玉を握ったままガイルが迫ってくる分、バックステップで距離をとる。 「ていうかなんで俺たちの居場所わかったの!? 真っ暗じゃんっ」 「真っ暗な中なんかピカピカ光ってたりぎゃーわー絶叫聞こえてりゃ誰だって不審に思うわっ!」 つっこんで、さらに走ろうとしたガイルだったが、いきなり全身の力が抜けてばたりと倒れてしまった。 「!?」 「え、ちょ、おいっ!?」 「血が足りないんだよ! だ、大丈夫ですかー!?」 ぐわんぐわんと、ぼやけたりやけにはっきりしたりとグルグル回る視界にとまどうガイルは爆弾犯にして敵と認識していた双子がダッシュで近づいてくるのに気づかなかった。 (んな……) なつかしい、嫌な感覚。 まだ大丈夫と、無理矢理ねじ伏せたはずのもの。 ばくばくというこめかみや首筋の血管の音で、他の音はかき消される。 (ヤバ……い) ぼわっと、自身の瞳と同じ色で視界が埋め尽くされた。 「えっ……」 「ちょっと、今はダメだって……!」 身じろぎ一つしない、あの短気でめちゃくちゃコワイ剣士にあと一歩というところでキッツとトッツは宝玉の光に包まれた。 敵のはず。 追う側と、追われる側のはず。 なのに。 『いいかぁっ! どんなときでも、死にかけのヤツや困ったヤツ無視すんじゃねぇぞっ!』 『ボス〜、それって思いっきり善行ッスよねぇ?』 『そーですわ。それじゃ大盗賊としての面子めんつ丸つぶれですわよ?』 『てめぇしゃべんなキモいっ! ま、まぁ確かに盗賊は悪役だが、……〜〜〜〜〜〜っっっとにかくよい子になりなさいっ! つかするぞ!? 目指せよい子!』 『……ボス、あんたぜってー悪役になれねぇって』 父がいつもいっていたこと。 お金が大好きで、宝石も大好きで、美味しい物も大好きで、ちっちゃな悪事イタズラも大好きで。そんな父が教えてくれた、『一番まともな事』。 「……っ死ぬんじゃねーぞ、バカ剣士!」 完全に光にのまれる寸前、キッツは顔をゆがめて吐き捨てた。 敵だけど。 さんざん追いかけられたけど。 怪我だって、させられたけど。 自分たちが巻き込んだ人。 (ゴメン) 光が消えた。 (……やりずれー相手……) ぼんやりとかすむ意識の中、ガイルはまた暗くなった瓦礫の間で思った。 あの盗賊もおかしいと思ったけれど、やっぱりその子供もおかしくて。 (なんでこんなことしてたんだろーな) 闇が、のしかかってくる。体が、締め付けられる。 ガイルはゆっくりと目を閉じた。 ……しばらくして、今度は温かな赤い光で照らし出された。 「……ガイルさんっ!」 その声を耳にした瞬間、認めるのはひどく癪だったけれど、安堵したガイルは意識を失った。 |