□ 第三巻 清き森の謎 - 第一章 2.ジジバカ到来 ガガガガガッ、と通常の食事ではあり得ない音を響かせてティルーナは朝食をその小柄な体に詰め込んでいった。 居間の端っこで、まだ桶を抱えているステントラは実に気持ち悪そうに、桶とティルーナを見比べていた。いつもであれば「あっはっは、すげぇ豪快〜」といって軽く流すのだがそれすらもできないほど消耗しているらしい。 「……テッドのところ行けば?」 「ふっふざけてるのかいガイルくん!? こんな状態であのマッドサイエンティストのとこ行ってみ? ぜってー抵抗する間もなくバラバラになるって!」 「一生ガラス瓶の中に漬けられてろ」 「ええ俺もはやその域までウザがられてるっ?」 言った瞬間また吐き気が襲ってきたらしく、うつむいて低い声でつぶやく。 「……へん、やっぱ根本的なとこは変わってねー……」 「なんか言ったか」 「いやなんも」 「あむ、ふぇ、ごちそうさまでしたー」 ステントラが即答すると同時に、ティルーナがようやくフォークを置いて両手を合わせた。満面の笑みを浮かべたまま、ハンカチで口元を拭く。 「ガイルさん、今日はバイトの予定入ってないんですか〜?」 「ああ、ゴーゼンのところへ行こうと思ってな」 「え、ゴーゼンさんのとこですか?」 食器を台所へ下げに行こうとして、ティルーナは足を止める。ガイルはてきぱきとエプロンを外し、ほとんど物置状態のクローゼットからあの黒塗りの剣を取り出した。 鞘も柄も真っ黒で、まるでただの黒い棒に見えるそれは、間違いなく剣。しかし、観光へ行く前は光沢を放っていたそれだが、今は細かい傷がびっしりと刻まれており鞘から現れた刀身は半ばから折れてしまっていた。 「あの遺跡の穴から落ちたとき、こうなったらしい。爆弾犯を探してたときに『エリス』が偶然見つけてくれててな。……けど、使えないだろコレ」 先っぽは行方不明のまま、と言って、すっかり傷だらけになってしまった愛刀を軽く振る。 「ということで、コレをまた鍛え直してもらって……まぁ、いいのがあれば新しいのももう一本」 「ガイルくん、俺が機械都市で買ってきてあげた剣は、何で記憶から抹消されているの」 「ごてごてしていて使いづらい。しかもお前、鍔に『おみやげ〜』って書いてあったぞアレ」 「……チッ、ばれてたのか」 「剣が観賞用か実戦用かなんて普通に分かるだろーが」 「分からない人もいるみたいだよ? ヒュゼンにおんなじのあげたら「ふははははガイル待ってろこの剣でぶった切るぅうっ!」って叫んでたし」 「…………気づいてない、のか?」 「絶対あれは素だ。兄貴がああだもんよ」 「ケゼンさんも結構おバカですからねぇ。兄弟そろってホント、顔以外もそっくり」 ティルーナがさっくりと、ステントラの伏せた台詞を言ってしまう。 「あ〜、まぁ、そゆことなら行ってらっさい。俺ちょ、ティルトとかに薬草もらってくる……」 「ああ、そういう無難な道もあったか」 心底残念そうに、ガイルはため息をつく。剣を鞘へ戻して、いくらかの現金を入れた鞄を肩にかける。 「ティルーナ、お前はどうする?」 「私は今日、アデレーナさんのところでちょっとお手伝いがあるので〜。じゃ、先に行ってきます〜」 ティルーナは鼻歌を歌いながら、さっさと家を出て行った。ガイルもその後に続いて家を出ようとし……頭だけ後ろに向けた。 「ステントラ、出かけるのはぜってーその桶ピカピカにしてからにしろよ。 お前の吐瀉物まで処理するつもりは毛頭無い」 「いや、そこまで俺も非常識じゃないから。ぅいしょっと」 ステントラが立ち上がったのと、ガイルが外に出て玄関の戸を閉めたのは同時だった。 ティルーナが使った、水につけられただけの食器を丁寧に洗って、シンクにものがなくなったあと桶を洗い始める。ざばざばと流れる水を眺めながら、ステントラはハァ、とため息をついた。 「……そっかー、体の方は『力』が残ってるんだっけか」 ステントラはおもむろに、マントとジャケットをまくり上げて自分の腕を見る。そして何を思ったか、そばにあった果物ナイフで浅く傷つけた。 スッと一筋の血が流れる。そして、その血がシンクに落ちる前に、その傷はふさがっていた。 「ま、さすがにこういうことは、ないか」 彼自身は、意識しなければこの『力』は使えない。だが……。 「……ぁやべっ!? 水道代水道代っ!」 ザバザバと流れていく水を見て、ステントラは慌てて蛇口を閉めた。 あの守銭奴ナイトと生活を続けていると、どうも倹約精神がうつってくるらしい。 家を出たガイルは、迷いのない足取りで鍛冶屋へ向かっていた。 この町で唯一鍛冶屋を営んでいるゴーゼンは町中の人間から頑固ジジイだの偏屈ジジイだのと呼ばれている。ほぼ一日中仕事場の中に引きこもっており『ある人物』に会うとき以外は外に出ること皆無な人間である。 ぶっちゃけた話、ガイルはあのジジイが苦手であった。『嫌い』とまではいかないのだが、鍛冶仕事の依頼を受け手もらうのに一苦労も二苦労も三苦労もするのだ。 最短距離の解決法である『ある人物』を通して頼み込んでもらうというのも、『ある人物』の機嫌が最高な状態で行わなければ失敗の確率九割九分である。 (……あー、すげぇ面倒) ガイルは知らず知らずのうちに猫背になり、小さくため息を連発しながら鍛冶屋の前にやってきた。 フィロットの中でもはずれに位置しているゴーゼンの鍛冶屋は、彼の人間嫌いを象徴しているかのようにかなり険悪な雰囲気を漂わせていた。薄暗い部屋の中からは、ガァーン、ガァーンと鉄を打つ音がひっきりなしに聞こえてくる。 ガイルは意を決して、怒鳴りながら鍛冶屋の中へ入った。 「おいゴーゼンっ! 一本また頼みたいんだがっ!」 しかし、鉄を打つ音が止むことはなかった。ガイルの依頼をさらりと無視して、それどころかまるで小馬鹿にするようにカァァーンッと一際大きく音が響く。 「ジジイ耳遠くなったかっ!? 打ってくれっつってんだろーがっ!」 カァーン、ガァーンッ 「…………あ、ウィリンが来た」 「ウィリンちゃあああああああんんっっっっ!!?」 ぼそりとガイルがつぶやいた瞬間、奥の作業場から鎚も鉄も放り投げて一人の老人が飛び出してきた。 白髪を一、二センチ程度にまで短く刈り込み、タオルをはちまきのように頭に巻いてタンクトップにぶかぶかのズボンを着ていたゴーゼンは、驚異的な身体能力でダイブする。 「ウィリンちゃんどこだぁぁあいっっ! もう一週間も会ってなくておじいちゃんすごく心配」 「いねーよジジバカ。つか、一週間顔合わせなかっただけでこういう反応が返ってくるのか。……ウィリン、同情するぞこりゃ」 背後から冷静にガイルがつっこむ。その瞬間ゴーゼンは、鍛冶屋から十数メートル離れた地点でズザアアアアアッッッ、と見事なヘッドスライディングを披露してくれた。 ガイルはそれを助けに行こうともせず、ぼんやりと彼の復活を待った。 「……いい度胸じゃぁねぇかクソがきゃ、ウィリンちゃんをダシに俺をおびき寄せるとはなぁ」 「分かってるくせに飛びつくのかよ」 「だがなぁっ!? そう簡単に何度も俺をだませると思うんじゃぁねーぞ。今度こそぶっとば」 「あ、ウィリン薬草摘みに来てる」 「ウィリンちゃんおじいちゃんも手伝うよぉおおおおっっっ!!」 「待てっつってんだろジジイっっっ!? てか、簡単にだまされてるじゃねーかよ。 お前の脳内どうなってんだ」 「本能二割、剣三割、ウィリン十割」 「総合十五割ってどういうことだよ!? 百五十パーセントっつー意味で、もはや容量(キャパ)オーバーじゃねーかっ!」 あまりの馬鹿馬鹿しさに、ガイルは目を覆う。 ガイルに向かって駆け出そうとし、勢い余ってずっこけたゴーゼンは「ふんっ」と言いながら両腕をバネにしてまた立ち上がる。六十過ぎのじーさまとはとても思えない動きである。 「あ〜、ゴーゼン? 悪いんだがコレ見てくれ」 「てめぇ俺をさんざ騙したあげく勝手に話ば進めやがってうぉおおおおっっっ!?」 いちいち言動がやかましいゴーゼンは、慌ててガイルの取り出した剣をひったくるように手にした。 「……お、お〜、どーいうこった葉っぱ頭……こりゃひでぇ」 「葉っぱいうな。いや、こないだイースティトから帰ってきたんだけど」 「あのやけにボロボロになって帰ってきたヤツか」 「あーそうそう。まぁいろいろあって……そうなった」 「そこ省くなぁっ! つか、俺が丹精込めてつくった剣、よくこんなぽっきりと……。どんだけ激しく打ち合った?」 「いや、ちょっと高いところからヒューって落ちて、パキッと」 「てめふざけてんかーっっ!!」 一通り言い争いが終わってから、ゴーゼンはがみがみと文句を言いながら作業場へ引っ込んでいった。 「あ、なんか代えってあるか? 腰になにもないとちょっと」 「ッチ、あとで使えそうなの適当に研いで、てめぇん家に持ってってやらぁ。 そんとき追加料金払えよ」 「ああ、んじゃよろしく」 ガイルはほぅ、と息をついて、鍛冶屋を後にした。後ろから、カァーン、カァーンという音がまた響き出す。 ……彼は、帰宅後これ以上に『面倒くさいこと』に巻き込まれるとはつゆほども思っていなかった。 |