STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第三巻 清き森の謎 - 第一章 3.迷子以上の遭難以下
彼は、じっと息を潜めてそれを見ていた。
風が吹く度、サラサラとなびく若草色の髪。
ときおりあくびをしながら、それはのそのそと、まるでカメのように歩いている。
彼は、持っていたものに力を込めた。
できる限り、気配を絶ち、無心になる。
ぐっと、両足に力が入り……。
それが振り返った。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「しつこい」

振り返った瞬間に、ガイルはそう言ってやった。だが、相手がこちらの言い分に耳を貸さないことも重々承知していた。

「ガイル今日こそぶった斬るぅううっっっ!!」

そう叫びながら茂みから飛び出してきたのは焦げ茶の髪と目をした『見た目』ごく普通の青年。
しかし、その目はギラギラと闘志や敵意に満ちていて、手には歯車のモチーフが至る所に取り付けられている、やけにごてごてした剣が握られていた。

「……あ〜、ヒュゼン、お前一つ言ってやるがその剣」
「るっせぇガイル今日こそはああああっ!!」

せっかく真実を教えてやろうとしたガイルの言葉を遮り、ヒュゼンは勢いよく飛びかかってきた。

「…………」

ガイルはいっそ、突進してきたヒュゼンが気の毒に見えるほどさらりと攻撃をかわす。
憎々しげに顔をゆがめたヒュゼンは、踏み込んだ左足を軸にして振り下ろした剣を今度は右へ切り上げる。
しかし、ガイルはその二段攻撃にまったく動じることはなくこれまた簡単なバックステップでひょいひょいっと避けてしまった。

「に〜げ〜ん〜なぁぁあああっっ!」
「いや逃げてねーだろコレ。つーかよくその剣振れるな、お前」
「ふ、ふっ、この剣で、俺は血のにじむような修行をーっっ!」
「ヒュゼン、(たぶん)同い年のよしみで教えてやろう。ほら柄のプレートになんて書いてある〜?」
「てってめぇそんなんで俺の注意をそらせるとっ・・・・」

言いつつ、ヒュゼンはチラッと柄に取り付けられた歯車を平べったくしたようなプレートを見てみる。
浅く彫り込まれたその文字は
『おみやげ〜』。
そのすぐ下に
『やっほーヒュゼン、いつ気づいたカナッ? Byステントラ』。

――――――――――。

とてつもなく、長い沈黙であった。

「…………しかぁしっ! 俺はまだこんなもんでも戦え……るん、だ?」

いつの間にか、ガイルも消えている。代わりに、先ほどまでガイルが立っていたはずのその場所には、小さな紙切れが落ちていた。
ヒュゼンはしばらく黙り込んだ後、その紙に殴り書きされていた文……というか単語を読んだ。

『ドンマイ』

「ちきしょー、泣けてくるー、しかも俺出番これっぽっちかぁ〜。どっちかっつーとメインキャストなんですけど、駄キャラ扱いかよ〜」



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



本日何度目になるか、両手足の指の数は軽く超えているであろうため息をついてガイルは自分の家のドアを開けた。

「やぁ、おじゃま〜」

閉めた。

「ちょっと? なんでそこで閉めちゃうかな〜。あ、このお茶美味しいね、どこで買ったの?」
「……今日はなんだ? 厄日か? つーかてめぇ人様ん家で勝手にくつろいでんじゃねーよ」

かっと目を見開いて、今度はドアをぶっ飛ばすぐらいの勢いで開けた。
そこにいたのは、椅子に座ってほこりをかぶっていたはずのティーセットを使って優雅にお茶を飲んでいるレイドであった。

「にしても、君の家って案外イロイロあるんだねぇ。ねぇ、このティーセット使ってるの?」
「俺の記憶が正しけりゃ使用経験皆無だ。 ただ、ミリルとティルトからティルーナへの誕生日プレゼントだぞそれ」
「へぇ、そうなんだ〜」

レイドは残っていた紅茶を飲みきると、丁寧に盆に載せて台所へ持っていく。

「あ、ポットにまだお茶残ってるから」
「なぁ、俺としてはどうしてお前がうちで勝手にカギ開けて 午前中から茶を飲んでいたのか聞きたいんだが」
「うん、ちょっとお願い事が」
「帰れ」
「……今のは早かったねぇ。ていうか、せめて内容だけでも聞いてよ」
「この間は内容を聞いてさんざんな目に遭ったんだよ」
「ああ、例の観光? ステントラのおみやげ話とか」
「……もう、どうしてお前がそういうことまで知ってるんだっつーのは、いいや」

がっくりとうなだれるガイルを前に、レイドはからからと笑いながら。

「そりゃあステントラが吹聴してたからね。あれ、なんだっけ? なんか黒っぽい金属片まみれの」
「爆弾のかけら。変な石よりいいってうれしがってた」
「さすが変人……じゃなくってメカニック」
「お前に言われたんじゃステントラも嘆くぞ、前半のポロッと出た一言」
「ま、なんか話題がそれたんだけど、ほんだ」
「帰れ」
「……えっと、十二行前にまた戻ってるよ?」
苦笑するレイドに、ガイルは胡散臭げな視線を投げかける。

「大体、お前の依頼っていっても『ガレアン』の残業押しつける気だろ」
「残業ってわけじゃないんだけどねぇ。まぁ話聞くだけでも」
「なぁ、俺ん家のはずなのに窓にブラインドがあるのはなぜなんだとか、どうやってお前二人分のカツ丼とライトスタンドをテーブルに設置したんだとか……てか、これ思いっきり訊問セットじゃねーかっ!? 俺がお前の話を聞くんじゃねーのかよ!?」
「はーい、イライラしない。落ち着いて落ち着いて」
「その満面の笑みを見てると苛つくどころか殺意を覚えるんだがな。というかお前一体何したいんだよ。はいライトこっちっ!」

ガイルはダイニングテーブルの上に置かれていたライトスタンドをずるずると自分の側に引きずってくる。
ライトを向けられたレイドは、眩しげに目を細め

「でもさぁ、見た感じ僕の方がやっぱ問いただす側って感じじゃないか。ライト没収〜」
「だからお前は何がしたいと言ってるんだがもう徹頭徹尾シカト決め込んでる?」
「ガイルさーん、ただいま帰りました〜」
「うわぁさらに状況ややこしくするヤツが帰ってきた」

ティルーナは若干ねじがゆるんでいるらしいドアを開けて家に入ってきた。
ブラインドからうっすらと入り込む太陽光、そしてダイニングテーブル上のライトしか光源のないリビングを見てティルーナは首をかしげる。

「あれ? レイドさんどうしてうちにいるんです?」
「やぁティルーナちゃん、久しぶりだね〜。観光楽しかった?」
「人の話聞けや」
「……ゴメン、分かったから。えーっとね、ガイルには帰れとしか言われなかったんだけど、ちょっと君たちに頼み事が」
「待て。俺だけじゃなくてティルーナもなのか?」
「まぁ一番協力して欲しいのはステントラなんだけど……君たちも一緒の方がいいかなって」
「いいえステントラさん一人でじゅーぶん事足りますって」

ティルーナは勝手にパクパクとカツ丼を食べ始め、実に幸せそうな顔をする。

「ていうか、お前やけに早かったな。アデレーナの手伝い、簡単だったのか?」

ガイルは頬杖をつきながら、すでに二杯目に手をつけているティルーナに聞いてみた。ティルーナは一瞬箸をとめ、残った白米を一気にかきこみ、飲み込んで。

「……飽きたのでばっくれてきましたっ!」
「なんだよその『一仕事終えたぜイエー』みたいな顔。てかサボりかっ!? ふざけんなよそんなことしたら俺の方に苦情が」
「がんばれ〜ガイル」
「黙れ色ボケっ」

それを聞いたレイドは、少しだけ傷ついたように胸を押さえると

「いや、色ボケはないでしょ」
「じゃあナルシスト」
「なんでみんなそう言うの!? 僕は別に自分大好き人間ってわけじゃないしっ」
「のわりに、自分のことを大々的に自慢するの好きだよな?」
「……。いいじゃん別に」
「開き直ったかっ」

ガイルは話にならないとでも言いたげにいつの間にか取り付けられていたブラインドを取り外しにかかった。
つまようじを口にくわえて、ゆっくりと上下させていたティルーナは傷心レイドにとりあえず聞いてみる。

「レイドさん、結局ステントラさんになにして欲しかったんですか?」
「うう、やっと本題に入れるよぉ」
「あんたがさっさと話進めなかったんだろーが」

ボソリとティルーナが低い声でつぶやく。しかしレイドはそれに気づかず、話を続けた。

「ちょうど……四日前といえば、君たちが帰ってきた日だったかな? ウィリンとテッドがトールの森へ薬草を採りに行ったまま、帰ってこなくって。 ほら、あの森って二人みたいな超絶方向オンチじゃなくても、よく迷うでしょ? ネーリッヒとステントラなら迷わないって部下が言ってたからさぁ」
「ああ、あいつ確かによくネーリッヒの使いっ走りやってるからな」

ガイルは最後のブラインドを乱暴に引きはがしてつぶやく。
ネーリッヒはトールの森の管理人という立場の老婆でもともとは町の方に住んでいたらしい。だが、何があったのか森の入り口に小さな小屋を建ててそちらに住み始めてしまったのだという。
一応フィロットではアデレーナに続く常識人と言われているのだが男を単なる労働力としてしか認識していない面があり、よく町の外へ出るステントラなどをこき使っている(給金ゼロで)。

「……というか、またあいつら行方不明に?」
「まぁ、行った場所が分かるならいい方じゃない? 前は二人そろって同じこと言っておきながら、ウィリンは断崖絶壁、テッドは滝の裏洞窟の奥にいたからねぇ」
「いつの話だそれ」
「ん? 君たちが分からないなら、半年以上前なのかな」

まぁ用件伝えたし、と続けて、レイドはライトスタンドを持ち立ち上がった。そのとき。

「はぁ〜さすがティルトッ! も、あのだる〜い感が完璧に払拭されたよ! いや、テッドの方も確実なんだけど、薬草の方がやっぱ……ん?」

朝とは違いやけにハイテンションで、鼻歌まで歌いながらステントラが家に飛び込んできた。そして、山と積まれたブラインド、空っぽのどんぶり二つライトスタンドを持つレイドを見て

「……えっと、事情聴取?」
「事情聴取っていうか交渉かな。ステントラ、ちょうどよかったよ」
「ん? はい?」
「あのねぇ、四日前にウィリンとテッドが、トールの森に行ったまま帰ってこなくて」
「なああぁぁぁぁああああっっっ!!!?」

突然の絶叫に、家の中にいた四人はビクッと肩を震わせた。ステントラがゆっくりと、自分が入ってきたまま開けっ放しの玄関戸の方を見る。
そこに、代えの剣を抱えたゴーゼンが真っ青になって突っ立っていた。

「……あー、ゴーゼン? 僕らちゃんと」
「レイドぉおおおおおおっっっ、てめっ、ウィリンちゃん帰ってきてねぇえだとぉおおおっっっ!!?」

ゴーゼンは勢いよく家の中へ飛び込み、ステントラをはねのけてまっすぐレイドへ突進する。そのまま制服の襟首をつかみあげ、思い切り締め上げた。

「ぐぇぇぇえええええ」
「ゴーゼンさんいっけ〜! 女性の敵を討つべし!」
「ルーちゃんそこを煽ったらダメだっつのっ! おーい保護者さん止めて〜」
「いいじゃないか。今こそ善人の皮をかぶった悪を滅ぼすとき」
「ちょっと何そのヒーロー調の台詞!? 何気にガイルくんヲタ?」
「おたってなんだ」
「いや機械都市にいっっっぱいいるなにやら家にこもって自分の趣味にイロイロ没頭する人たちアレ違う?」
「どーでもいいがらだずげでよぉおおおお」

レイドの顔が紙のように白くなったところで、ガイルとステントラはゴーゼンを押さえこんだ。げほげほと咳き込むレイドに、ゴーゼンは思い切り拳を振り上げる。

「てめぇ『ガレアン』の副リーダーだろぅがぁあっ!? 何ウィリ……町の人間の安否見失うぅううっっ!?」
「今あんたは明らかに人として理性失ってるよ。まずは落ち着きやがれ」

乱暴な口調で言ったレイドは、二回深呼吸をしていつもの笑顔になる。

「うん、なんでもフランツが門前で止めたらしいんだけどね ウィリンにフォンター突き出されて、そのまま町の外へ通しちゃったんだって。ネーリッヒにも連絡したんだけど、二人はそのままトールの森に入っていって……迷子?」
「いや迷子違うって。遭難だろ?」
「遭難はやっぱ行き過ぎじゃない? ……まぁそんなこんなで、森に二人を捜しに行ってくれる人を探していたんだけど」
「てめぇらが探せぇえええっっっ!! 責任放棄ですかぁっ」

ゴーゼンが孫関連の事に関して、ようやくまともなことを叫ぶ。しかしレイドは、さらに笑みを深くして

「いいえぇ、『ガレアン』でもさすがにあのトールの森で人捜しできないって。迷うから。でもね? 今ココにちょうどトールの森で迷わない人が」

ドタバタと暴れるゴーゼンと、それを必死に押さえていたステントラがピタリと止まる。

「……ネーリッヒか? あいつぁもう歳だし、あんま歩き回れねぇだろ」
「いえいえ、その人によくパシられてるそっちの黒い人で」

ゴーゼンの首がぐるりと、ステントラの方を向く。彼は口元を引きつらせて、思わず飛び退いた。しかし、このスーパーおじいちゃんの方が素早かった。

「おいステントラぁああっ! 頼むからウィリンちゃん連れて帰ってきてくれよぅ俺もあの森きれぇなんだよ マジで頼むからああああっっ!」
「いや俺だってさっきまでグダグダで、まだ体の調子が」
「あれ? さっきティルトの薬草はよく効くぜ〜♪って歌ってなかった?」
「れれれレイドぉおおおっっ!」

だんだんその笑顔に黒さをにじませながら、レイドはガイルの方にも顔を向ける。

「ということで、ステントラ一人だけだったら荷が重そうだから君も一緒にね? ガイル」
「はぁ? なんで俺まで」
「ガイルっこの葉っぱ頭ぁウィリンちゃんにかすり傷一つでもつけやがったら 二度と剣打ってやらねぇぞぉおっ!?」
「ちょっと待て、ちょっと待て!? ジジイ何俺まで勝手に巻き込んで」
「まぁまぁ、軽い運動だとでも思って、また三人で行ってみましょうよ。 私もちょっと、このまま町にいてアデレーナさんに見つかるとまずいですし」
「お前も何をっ」

ガイルが怒鳴り声をあげようとしたその瞬間に、ジジバカモードのゴーゼンの叫びが重なった。

「てめぇらぶつくさ言わずにさっさと行きやがれぇえええっっっ!!」

……目の中に入れても痛くないという言葉があるが、コイツの場合はそれを遙かに超えている。おそらく目どころか脳みその中にいれて自分がいかれてしまっても平気であろう。まぁまず、ウィリンが嫌がるだろうが。
結局、ガイルたちは流れ的に無理矢理、ウィリンとテッドの捜索を任されてしまった。