STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第三巻 清き森の謎 - 第二章 5.森を荒らすモノ
三十分も歩けば獣道すらなくなり、すでにちらほらと黄色みをおびてきた葉をつける木々や、早すぎる夏の終わりを示す寒さに対抗するように、今も力強く咲く花々ばかりが見えるようになった。
いくつかの嫌がらせとしか思えない罠(考案:ネーリッヒ、制作:ステントラ)をくぐり抜け、さすがに疲れたと訴えたティルーナのため、三人は十分ほど休憩をとることにした。

「あの、ステントラさん?」
「ん、なに?」

ステントラは分けてもらったネーリッヒお手製クッキーをかじりながら、ティルーナを見る。

「ウィリンさんとテッドさんを見つけるって言っても こんな広い森のなかどうやって探すんですか?」
「……適当に歩き回る、なんざ御免だからな」

ガイルは木の幹に寄りかかりながら、いかにもやる気ありません、という目でステントラを睨んだ。ステントラは二枚目のクッキーを口に放り込み、食べ終えてから答える。

「いや、あいつら薬草探しに来たんだろ? 薬草の生えてるトコぐらい知ってるから、そこをグルグルまわって行こうかと。……ま、方向オンチだったらどうなってるかわからんけど」
「エイルムさんに頼んで、空間移動魔法(チェルフロア)のスクロールでも作ってもらえばよかったのに。 お二人とも、自分は方向オンチじゃないって言い張るんですもんね〜」
「さんざん町の中で迷うくせしてな」

三人は休憩を終え、ステントラの言う薬草密生地の第一ポイントへ向かおうとした。そのとき、ティルーナは妙にステントラがぴりぴりしていることに気づく。

「どうしました?」
「……いや、なんか違和感が」
「そういえば、森に入ってからあんま動物を見ないな。冬ごもりにはまだ早すぎるだろ」

それを聞いて、ステントラは空を……もっと詳しく言えば、背の高い木々をじっと見つめた。

「この辺、鳥もいないか。いつもは俺がいても、別に怖がるような感じはないんだがな」
「その真っ黒な服ででもですか」
「そーだよ。何〜ルーちゃん、ひょっとして俺のせいで動物いないとか思ってたりする?」
「はい」
「いいよもう、ストレートでハートブレイクばんざいだよ!」

ステントラは両手を挙げて手のひらを振っているが、実際それほど気にかけてはいないのが見て分かった。ティルーナも口ではこう言っているが、心の中でそれは違うと断言できていた。ガイルもそうである。
不思議なことに、ガイルやティルーナよりも全身黒装束のステントラの方が自然に馴染んでいるのが明らかなのである。彼の周りの空気が、ほどよく風景に溶けているというか……違和感の欠片も感じさせられない。まぁ、ぱっと見ただけでは確かに浮いているように見えてしまうが。

「…………」

ステントラはゴーグルを通して、ちらりとガイルを見た。ガイルは特に、まわりを警戒している様子はない。

(この感じ、どっかで)

動物のこともそうだが、ステントラは森に入ってから感じているこの不快な気配に苛ついていた。もしも自分が感じているモノが『あれ』であったら、少々……いや、かなり厄介なことになるかもしれない。
ステントラは自分たち三人をゆっくりと追ってくる、不気味な気配に対して小さくため息をついた。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



密生ポイントにたどり着いた三人は、とりあえず人の気配や人が訪れた痕跡を探した。しかし、それらしいものは一向に見つからない。
「ここには来てないのか」
「あ、これティルトさんが言ってた二日酔いに効く薬草ですよ。摘んでおきますね〜」
「あ、ガイル〜これ脂っぽい料理と一緒に食べるとさっぱりする薬草だぜ。 ルーちゃんコレも入れて」
「お前らな、俺らの仕事は人捜しだろ、なにのんきに薬草摘んでんだよ!」

ガイルは楽しげに薬草を摘みまくっている二人に向かって怒鳴りつける。しかし、そんな彼も二人から少し離れた場所の木の根元にやけどにすり込むと効果がある薬草花を見つけた。

「…………」

結局『あいつらやってんなら俺もいいか』という集団心理により、二秒ほど悩んでから花に向かって歩き出した。
そのとき。
ステントラのずっと感じていた気配が、動いた。彼の顔が跳ね上がる。

「ガイルッ!」
「?」

突然ステントラに怒鳴られたガイルは、まさか俺はダメとか理不尽なこと言うんじゃなかろーな、とうんざりした目で彼を見る。
その一瞬で。
彼の意識が花からステントラに切り替わったそのときに。

ヒゥンッ!    ビゥウンッ!

「ッ!!」

視界がいきおいよく左へ流れていった。否、彼の身体が右に吹っ飛ばされていた。
ガッ

「か……」

頭から近くの木の幹に激突し、ガイルの視界が揺れながら明滅した。ティルーナの叫ぶ声、続いて銃声。

パンッ!
       パンッ!
  パンッ!

「っち!」
「ガイルさん!」

ティルーナがガイルに駆け寄る。その後ろで、ステントラがまた発砲した。

「大丈夫ですか、ガイ」
「ティルーナ下がれ!!」

ガイルの視界がようやく落ち着いたとき、目の前を鮮やかなオレンジ色が通り過ぎていった。今度は、ガイルがはじき飛ばされたのではなく。

「くそったれ!!」
「っ!」

ステントラの罵声、そこでガイルは立ち上がり、剣を抜いた。
ガイルの上を通り過ぎたティルーナは、宙に浮いていた。首と腰とに、暗い紫色をした気味悪い触手が絡められている。右腕は腰と触手の間に挟まれているので、自由な左手で必死に首の触手をひっかいて、嫌そうな顔をしていた。しかし、ティルーナの顔はみるみるうちに白く、血の気が失せていく。

「ひゅっ」

鋭く息を吸って、ガイルはティルーナとの距離を詰めた。触手はティルーナをぶら下げたまま、素早く移動しようとする。だが、ステントラの発砲で一瞬その動きが止まった。

「とっ」

その隙を突いて、ガイルの剣が二本の触手を断ち切る。ガイルはそのままティルーナを抱きとめると、その場を駆け抜けた。一拍おいて、ビクビクと震える触手から深緑色の液体がほとばしる。

「うぇ……おい、ティルーナ無事か?」
「ぐ、げほっ。い、一応ダイジョブです。 ガイル、さんは? 顔面流血状態ですけど」
「ま、目に入ってないからいいだろ」

ドバンッ!

二人がその轟音に驚いて振り返るとステントラがニヤリと笑いながらリボルバーを取り出していた。 牽制用(けんせいよう)の自動式拳銃は彼の足下に落ちており手元のリボルバーからはうっすらと煙が漂っている。

「落ちたぞ、アレ」

彼が歩く先には、しぼんだ風船のようにぺたんこで、しわまみれのモノが落ちていた。本体から適当ににょきにょきと伸びている触手から、自然の草とは違う毒々しい色の体液をまき散らして、完全な黒に染まっている。
それにステントラが、あと二十センチというところまで近づいたとき。
シャッ

「ステ」ドゴッ!

べしゃり、とステントラの顔面を突き刺そうと迫った触手は、地面に落ちた。『死んだふり』をしていたそれは、そこでやっと息絶えた。 ぶくぶくと不気味な泡を浮かべながら蒸発していくそれから、ティルーナは目を背けた。ステントラはふっとリボルバーの銃口に息を吹きかけ、ジャケットの内側にしまう。
ティルーナの持っていたハンカチを裂いて、包帯代わりに頭に巻いたガイルはピストルを拾い戻ってきたステントラに問う。

「なんだ、あれ。……全然、気配が分からなかった」
「あ、やっぱガイル分からなかったのか?」
「えっと、ステントラさん、気づいてたんですか? ひょっとして」

のど元を押さえつつ、頬に赤みが戻ってきたティルーナがステントラに聞いた。ステントラはばつの悪そうな顔で

「あー、まぁ、なんか変だな〜、くらいに」
「なんで言わなかったんだ」

ガイルが険しい顔で問い詰める。

「だってさぁ、間違いかな〜って思ったんだもんよ。俺より鋭いガイルが気づかなくて、なんてさ。気のせいかなとも思うじゃん」
「だけど、今回は例外らしいな。触手が見えたあとも、『俺はコイツの本体の気配が察知できなかった』。木の上、というのぐらいは見てわかったがな。……魔族、か?」
「たぶんな。気配とか、姿とかからして。ていうかそれ以外あり得ないって」

ステントラが投げやりに答える。ガイルはいらだたしげに頭をかこうとして、ハンカチが邪魔になったのでさらに舌打ちをした。

「とりあえず、あの方向オンチペアさっさと見つけるぞ。襲われていたら、さすがのあいつらでも対処しきれないだろうからな」