□ 第三巻 清き森の謎 - 第二章 06.役に立たない道案内 「あっはっは! いやーおじさんありがと! あのまま行き倒れてたらぽっくり逝っちゃってたわ!」 「あーどういたしまして。あと俺まだお兄さんという年齢なんだが、そこら辺訂正よろしく」 男はうんざりしながら、自分の持ってきた保存食の大半を食らいつくした少女を眺めた。くすんで、ゆるくウェーブのかかった金髪を右側頭部にまとめて、いたずらっぽい雰囲気の薄茶色の瞳をしている。 『品』としてはなかなかの外見だが。 (こんなじゃじゃ馬、誰も買わねーよなぁ……) 男はすぐさま断念、ため息を一つついた。それに気づいた少女、ウィリンは最後にビスケットを頬張って「ん?」と首をかしげる。 男は『品定め』の間に疑問に思ったことをぶつけてみた。 「なぁ、お前、なんでこんな森ん中で白衣なんだよ?」 袖口やらポケットやら裾やらに、色とりどりのしみがついているしわくちゃの白衣。一見怪しげな研究者にも見えるが着ている人物が少女なので、なんともちぐはぐな雰囲気になっていた。 ウィリンはビスケットの欠片を指先から舐めとって、簡単に答えた。 「ああ、あたしねーアルケミストになりたいの。それで、薬学をベンキョーしてるんだけど……それでまぁ、いつも白衣を着る習慣が」 「アルケミスト?」 アルケミストとは薬草や道具を使い、回復薬や毒薬、爆薬に至るまで様々な薬品を作るのに長けた職業の者のことである。魔法使いとしての知識が主なので、アルケミストは優れた魔法の使い手とも言われている。もっとも、魔法専門職ウィザード、セージには及ばないが。 「それじゃお嬢さんは、まだ魔法使いかなんかか」 「そーなのよぉ。けど、使えるのはフレイムとストームだけ……おまけに威力弱いし。いっぱい練習してるんだけど、うまくならないんだ〜」 ウィリンは男のものより深く、長くため息をつくと、ひょいと顔を上げた。 「そーいえばおじさん、こんなところまで何しに来たの? 首都ならもうちょっと西の方だけど」 「かたくなにお兄さんと呼んでくれないね。ま、ちょっと仕事でね。そうか、首都はあっちか」 男は怪しまれないようにと、適当に話を合わせておいた。さて、このあとどうやって少女から離れるか……と男が考え込もうとしたとき。 「そっか。おじさんも迷ったんだねぇ。この森、地元の人間もしょっちゅう迷うから」 「ああ」 「あたしもさぁ、薬草探すためにテッドって眼鏡医者と一緒に来たはいいけど、いきなりはぐれちゃってね」 「ああ」 「やっと薬草見つけた〜って、小川の方へ行ってみたら」 「ああ」 「なんか紫色の変なの流れてきたし。キモかったぁ、ソッコーで逃げたね」 「ああ……って、ぁあ!?」 男は勢いよく頭を上げ、ウィリンの顔を食い入るように見つめた。ウィリンはというと、いきなり叫んだ男に驚いて、座っていた岩の上から滑り落ちていた。 「うぎゃんっ!」 「お、おい今の! 紫色の変なのってどんなだった!? 詳しく教えてくれぇ!!」 「ゆ、ゆゆゆさぶら、ない、でぇ! わかった言う、言うから!」 ウィリンは男を押しのけて、息を整えてからゆっくりと話し始めた。 「えっとねぇ、なんかのっぺーとしてて、丸くて……そう、スライムみたいなのだったかな。で、なんか上とか下とか横とか、適当なとこからにょろっとした触手みたいのが五本くらい生えてて」 「ビンゴ!」 「はい?」 男は立ち上がって、しばらく異国の言葉で叫んでいた。一通り叫び終えた男はぜぇぜぇと息を切らし、自分を見つめるウィリンと目をあわせた。 「なぁ頼む、探すの手伝ってくれよ。それ……俺が追いかけてるもんだ」 「はぁ?」 「確かなぁ、俺の上司が実験で作ったもので、ある場所に届けてくれって言われたものなんだよ。で、依頼を受けたはいいんだけど、なんか……えっと」 男は眉間にしわを寄せ、腕組みをした。真実を言うわけにはいかないが、手がかりを持っているのはウィリンしかいない。この手がかり、逃すわけにはいかなかった。 あーだのうーだの、続ける言葉を探している男を見て、ウィリンは (この人、相当困ってるんだわ。あんな気味悪いもんでも、すごく大事なものみたいだし……) 「わかった協力する! さぁ、探しに行くわよ!」 「は? えと、まだあんま事情を」 「そんなんで時間を使わなくていいから! おじさん、言いたくなさそうだし、嫌なことは言わなくていいわ。とにかく探すんでしょ? よーし!」 ウィリンは男に負けない勢いで立ち上がったと思うと、ばっと駆け出そうとして。 「……ねぇ」 「あ、なんだ?」 「小川って、どっちなんだっけ?」 男は心の中で、ああこいつダメだと本気で嘆いた。 一方その頃……。 「ここにも姿、形跡はなし、と」 ガイルたち三人は三つ目のポイントに来ていた。途中、ステントラがあの紫色の化け物の気配を感じることはなかったが、三人は神経を研ぎ澄まし、風の音一つにも反応できるようにしていた。 三つ目の薬草密生地では、怪我全般に良く効くというケルー草を発見したため、早速ガイルの額の傷にすり込んだ。 「〜っ」 「我慢ですガイルさん」 「……うえ」 疲労回復に良いとされる茎の部分は全員でかじった。結構苦かった。 そして、次のポイントへ向かう。 「うーん、俺が知ってるとこ、あと五つくらいなんだけど、遠いんだよな〜」 「どのくらいかかります?」 「四つ目のとこは、二十分くらい歩くかも。あ、ちゃんと休憩いれるから」 「ガイルさん、休憩ありますって」 「お前が休め。男の体力なめるなよ」 「女の根性なめるなよ」 「……」 「あっはっは! ガイルくん負けぇ〜」 「るっせぇ」 ガイルは仏頂面で歩みを早めた。 「あ、待て待てガイルっ」 「おいてくのもおいてかれるのも危険ですよ〜、今は」 二人は慌ててガイルとの距離を縮めた。 十分ほど歩いて、三人は一本の小川のふちにまでやってきた。 「わぁ、きれいな川ですね〜。さすがにちょっとひんやりしてますけど。あ〜あ、初夏にまた来たいです〜。あの時期くらいだったら、まだこの森もあったかいでしょうから」 「なんなら今飛び込んだっていいぞ。そらいけ」 「ガイルくん、ちょっと短気すぎるって。ほらスマイルスマイル!」 「お前も顔が引きつってるぞ。そんなに気張るな。気配が分かったら知らせるといい。緊張すると、余計なものにまで気を遣うからな」 ぐ、とステントラが言葉を詰まらせる。ガイルは特に気にも留めず、次のポイントについて聞いた。 「この小川、越えた方が早いか?」 「あー、まぁ短縮はできると思うぞ。ただ、ちょっとティルーナちゃんは一歩じゃいけないかな」 「じゃあ私のことおんぶしてくださいよ。そのままピョーンって」 「乗り物扱いなの!?」 ステントラはブツブツ言いつつもティルーナを軽々と背負い二メートルほどの小川をひょいと飛び越えた。ガイルは頭に巻いたハンカチを少し気にしつつステントラに続いて小川の上を飛んだ。 ザッ 「「「!!!」」」 また、一瞬だった。 ザブァッ 「ガイル!?」 ステントラも慌てて小川の中へ飛び込むがそれは小川の流れに沿ってガイルを引きずっていってしまった。ティルーナが走り出す。 「ステントラさん!」 「ああ」 ステントラは右手にリボルバー、左手に自動式を構え小川から上がった。二人はひたすら、『なにか』に引きずられていったガイルを追いかけた。 |