STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第三巻 清き森の謎 - 第三章 7.後悔先に立たず
サァァ ……

(なんだろ、これ)

冷たい、とても冷たいものが、全身を撫で、通り過ぎていく。

(おちた、んだっけ)

刺すような冷たさも、慣れてくれば愛撫する温かな人の手に思えてくる。

(なん、で …… ――――)

唯一。
不快なのは。

(なん、だ……!?)
『ゴ、ガッ』

意識がはっきりしたガイルは叫ぼうとするが、口から出てくるのは声ではなく泡。水の中にいると理解したとき、急に息苦しさを覚えた。

(まず……このまま、じゃ、窒息死だぞ!)
『グ、ゴボッ』

ザリザリと小川の底に沈んでいる小石をはねのけながら進む『それ』……先ほど倒したはずの魔族は、その触手すべてを使ってガイルを拘束していた。引きずられるスピードは尋常ではなく、このままどこかの岩に叩きつけられれば一瞬でミンチだな、などとガイルは考えていた。

(ちく、しょ……剣!)

なんとか柄を探り当てるが、水と触手に圧迫され抜くことが出来ない。ガイルは舌打ちしようとするが、水中なのを思い出し止める。
このまま永遠に引きずられるのでは、と恐怖したガイルだが、ふと魔族の泳ぐスピードがゆるんだ。

(チャンス!)

ガイルは剣を諦め、ベルトに隠し持っていた小型ナイフを素早く抜く。そして、それを右肩に絡みついていた触手へ突き立てた。触手と本体がびくんっ、と震える。そのままナイフを抜かずぐりぐりと傷口を広げながら、ガイルはもう一本のナイフを取り出そうとして
グニャ

(……ぁ)

視界が暗くなった。

(空、気、足んね)

必死にもがく。だが、その拍子にナイフを放してしまい、ナイフはガイルのほおを浅く斬りつけて流れ去っていく。

(死ぬかな。くそ、こんなへんてこな死に方かんべんだぞマジで)

寒さと酸素不足でどんどん身体の感覚が消えていく。そして。
ざぱ……

「っはぁ!」

体に絡みついていた触手が離れ、何かに髪を強く引かれた。腰に手を回され、岸に運ばれる。

「おい、ガイル!」
「……あー、ステン?」

しかし、呼び声の主はガイルの視界のなかにいなかった。代わりに響き渡るのは、銃声。
ドンッ! パパ、パンッ!
ようやく脳にまで酸素がいったらしく、意識が急に冴え渡った。勢いよく起き上がり、周囲を見渡す。すぐ左隣には、薬草を握りしめほっとした表情のティルーナがしゃがんでいた。

「ガイルさんよかった〜。あんまりぼんやりしてたら、口の中にコレ押し込むところでしたよ?」
「お前な、酸素足んなくて意識落ちそうだったヤツにそんな強硬手段とろうとするな。死ぬぞ」
「死んでほしくないからですよ、これも優しさです」
「……。いや、わかるんだが、やっぱ押し込みはヤメロ」

そしてガイルは、右隣に立って二つの銃を構えるステントラを見上げた。マントもズボンもジャケットもびしょ濡れで、しかしその重さを感じさせない動きは熟練した戦士を思わせる。
なんか久しぶりにコイツ頼りになるな〜とか思いつつ、「ステントラ」ともう一度呼びかけた。

「おい、ステントラ」
「…………」
「どうしたんですか?」
「……いや」

そこでようやくステントラは銃を収め、二人に向き直った。……気のせいか、一瞬肩が震えたようで。

「アイツは沈めた。やっぱ一体だけじゃなかったみたいだな」
「悪い、油断してた」
「いや〜実に多彩な身の隠し方だよなぁ。最初は木の上で、次は川の中……考えたくもない」

最後の一言がゾッとするほど底冷えしていたので、ガイルとティルーナは思わず鳥肌をたてた。ハッとしたステントラも、ばつが悪そうにバリバリと髪をかき回して、マントの水気を絞った。

「次のポイントは、またちょっと複雑なところにある。だから……」

真剣な声。二人は思わず聞き入った。

「かなり、手の込んだ自信作たちが待ち受けているぞっ!」
「お前自信作ってまた罠のオンパレードなのかよ!? そこまで雰囲気持っていって最終的にそれかっ!!」
「複雑な上にまた罠……どーしてそう泣きっ面に蜂なことをするんですかぁ」
「お、ルーちゃん難しいこと知ってるねぇ。じゃーご褒美に、そっちの脇道にあるスペシャル落とし穴連発ロードのことを教えてあげよう!」
「……お前、もう黙っとけ」

ガイルは呆れ果てた目でステントラを見、さっさと自分が流されてきた川を辿っていこうとした。だが、その後森の入口同様綺麗に落とし穴にはまり、泥だらけになってステントラを殴り飛ばした。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「はぁ〜、やっぱ仕事の後の一杯はいいね。ま、お酒じゃなくてコーヒーなんだけど」

ごくごく

「……おい」
「ん? なんだいカッティオ、もう戻ってきたの」

バサバサバサバサッッッ

「俺はこれから部下二十人くらいシェンズにつれてく……というのは表向きで、実際にはお前にさらなる嫌がらせとしてこの仕事を置いていってから、トールの森へ向かう。お前この処理明日までに終わらせておけ」
「え、ちょ」
「じゃあな、サボるなよ。メルに殺られたくなければ。どうせまだ許してもらっていないんだろう」
「…………」

カツカツ……  ガチャ、ガッチャン

「……副リーダー」
「なに」
「やっぱ、素直に森へ逃げていればよかったんじゃ」
「言わないでくれる?」