□ 第三巻 清き森の謎 - 第三章 8.出会い頭に…… 「あのー、たぶんこの川だと思うんですよね〜、えっと」 「ゼンシュ」 「あーはいはいゼンシュさんね、うん」 「なんでそう人の名前反芻するのに、ウザったいぐらい音つけるんだよ」 ウィリンのあとから茂みを抜け出してきた男……ゼンシュは、もともと血色の悪い顔をさらに蒼白にさせて目線を落とした。 (ていうかさ、なんなのこの子。この歳にしてこの破壊力は何、やっぱフィロットってヤバイわ〜っつかガキでこの意味不明さなら大人はどうなの? 常識期待していいのか悪いのか……) 彼もまた、変人の町の住人より被害を受けた人物となった。 しかしウィリンは全く気づかず、鼻歌交じりに小川に沿って道を下り始めていた。 「ゼンシュさん、こっちこっち〜」 「あー、はいはい。……帰りてぇ」 サラサラと流れる川の音と共に、ゼンシュのつぶやきはウィリンの耳に届くことなく流れていった。 ガイルたち三人が川を上り、ウィリンたち二人が川を下り、鉢合わせる数十分前。 「はぁ〜、このへんの薬草、ど〜こいっちゃったんでしょう?」 グルグル牛乳瓶底眼鏡にバサバサ茶髪のオールバック、やけに痩(こ)けた頬が哀愁を漂わせる白衣姿の男が、茂みをかき分けながら森の中を歩いていた。 その男、テッドはずり落ちかけた眼鏡をくい、と押し上げ、もう一度盛大にため息をつく。 「はぁあ〜、いつの間にやらウィリンさんともはぐれてしまいましたし。全く、これだから彼女は落ち着きがないと」 ちなみにはぐれてしまったのは、何もウィリンだけのせいではない。 しかし、そんなことは欠片も思わず、テッドはぶつぶつと文句をつぶやき続ける。 「にしても、今日は薬草がやけに少ないですねぇ。動物たちの仕業にしては、多すぎるし荒っぽし」 ちらりと自分が肩から提げる薬草袋を見下ろし、首を振る。 昨日までは何ともなかった。薬草密生地で必要な分だけ収穫、次のポイントを巡り……と繰り返しているうちに迷ってしまったのもいつも通り。 しかし今日、一昨日かそこらに打ち身用の薬草を採ったポイントが、ひどく荒らされていた。踏みつけられ、むしり取られ、土を掘り起こされ……周りの木々にも、何かに締め上げられたような傷跡が残っていた。 「なにか、魔族でも住み着きましたかね?」 うーんと首をかしげ、テッドは次のポイントにたどり着く。 ……すでに、そこには先客がいたが。 「―――――ッッッ!!」 ギャグギャギャギャァッ! 「……おい」 「……ん?」 「……あれ、なんですか」 「おおこうもり〜、元はただのコウモリだったんだけど、色々あって突然変異……平たくいうところの、魔族?」 「この森、魔族いたのか」 「ときどきねぇ。ほ〜ら見ろ。俺の罠も役に立ってる」 ガイルたち三人の目の前には、ごつい鎖でがんじがらめになってしまっている魔族、おおこうもりがぶら下がっていた。 むあ〜っと漂ってくる魔族特有の異臭に、魔族慣れしていないティルーナは当然、久しぶりにお目にかかったガイルとステントラも顔を引きつらせた。 「どうするんだよ、これ」 「ん〜、罠外したらたぶん問答無用で殺ろうとしてくるよな〜。錯乱してるし」 「さっきの紫のは思い切り化け物でしたけど、これまだ見た感じコウモリ……うぇっぷ」 「ルーちゃん、むこう向いてなさい。そして耳塞いでて〜。ほれガイル、ルーちゃん守ってて」 「ああ」 二人がステントラとおおこうもりに背を向けている間に、銃声が三発ほど。 それからは、おおこうもりの威嚇声も聞こえなくなり、しばらくガサガサだのズルズルだの、あまり想像したくない音が響いていた。 「終わったぜぃ……ってルーちゃんマジで大丈夫?」 「しばらく何も食べれません」 「町に戻ればいくらでも食うだろ。背負うか?」 「いえ、いいですそれはもう結構で」 「……そこまで拒絶するか? 別にいいけど」 妙に鉄臭いその場を逃げるように離れた(主にティルーナが)三人は、しばらく歩いてようやく会話ができるようになった。 「けれどステントラさん、私この森に魔族がいるって聞いたことありませんでしたけど。私達がフィロットにやってくるのにここ通ったときも、気配なかったんですよね?」 「そーだな。つーか俺も、張ってた罠に魔族が引っかかってるの初めて見たって」 「というか、おおこうもりって普通洞窟とか、もっと暗い森にいるだろう。なんでこんな日の光さんさんと入ってくるここで、罠にかかってたんだ?」 「…………。なーんか、魔族の動きもおかしい、ってか?」 ステントラは何か気に入らない様子で、歩きながら銃の作動確認を始めた。 「そういえば、ラジオでも何かやってたっけ?」 「あー、ガレアン隊員が町でなんか噂してたのは聞いた。なんでも、諸外国でも数ヶ月前から少しずつ、魔族の動向がおかしくなってるって。おとなしかったヤツらが村に攻め入ったり」 「えー、でも魔族って、ここ数百年間人を襲うようなことはなくなったって伝説にありますよね? 実際、町や村に攻め入った魔族たちの集団なんていませんでしたし」 「まぁ、『聖魔の戦争』で、神族の力も魔族の力もごちゃ混ぜになって弱くなったらしいからな。おかげで地上の魔族は、その異形の姿を見られないようひっそりと暮らすようになりました、ってな。なぁステントラ?」 ガイルの口から『聖魔の戦争』という単語が出た瞬間、ステントラがびくりと肩を震わせたように見えた。 「……まーな」 「そういえば、お前この手の話詳しかったっけ。……魔族の動向がおかしくなるって、どういう時期なのか知ってるか?」 「あ〜、まぁ」 「え、知ってるんですか!」 ステントラの後ろでガイルと並んでいたティルーナは、駆け足でステントラの隣に立つ。ステントラは眉をひそめ、言いづらそうに答えた。 「そんなにはっきりとは分かってないさ。ただ、魔族が狂った動きをしたり、精霊たちがいなくなったりしたとき、原因はだいたい一つかな」 「なんなんだ?」 ガイルが問いかけた瞬間、木々が揺れた。 「……『すべてを生みだせし者』」 ステントラが、一息に言う。そして、彼が振り返った瞬間、ガイルとティルーナにはその姿がぶれて見えた。音もなく、ステントラの姿が揺れて、揺れて……目眩のようなその感覚に戸惑っている間に、姿が元に戻り始めた。 マント、足、胴、腕、最後に顔……。 ((え?)) 金。 その強い輝きに、気圧されて。 「ガイル、ティルーナっ!?」 二人そろって尻餅をついたところを、ステントラが慌てて支えた。 (まだ、頭がぐらぐらする) 「ぅう、今の、なんですか〜」 「はぁ? 今のって、なんかあったのか? ルーちゃん」 「ステントラさんがぶれぶれのガクガクでぇ〜」 「へ?」 ステントラはワケが分からないという顔で、とりあえず二人の体を引っ張り上げる。 「俺がガクガクって……そんなジジババじゃあるめーし。目眩かなんかかぁ?」 「たぶん、な」 「おいおい、これから名前どころか個体数すら分からん魔族と対決だってーのに、しっかりしてくれよ? てか、町戻るか?」 「それはいきすぎだ、いくぞ」 ガイルは憮然とした表情のまま、川岸を一気に駆け上った。その後ろから、慌ててステントラが走ってくる。ティルーナは問答無用でステントラの背中の上。 「このへんから引きずられてったのか」 ガイルは一人、まだ川岸の草に残されていた足跡を確認し、ステントラたちを待つ。 ……その背を狙い、ゆっくりと何かが忍び寄ってくる。 「…………」 カシャ 「「ッッ!!」」 ガイルが振り返ると、そこには奇妙なローブをまとい、ターバンをかぶった男がしゃがみ込んでいた。男は鋭く息を吸うと、ふところから短剣を抜き放ち、ガイルに向かって突進してくる。 ガイルは腰の剣に手を添え、男が間合いに入る瞬間を待つ。 「っら」 「そこだ」 男の気合いと、ガイルの冷静な言葉がぶつかり、短剣が宙に飛ぶ。男は舌打ちをすると、腰のベルトから今度は二本の短剣を取り出した。 (暗器の携帯……殺気の隠し方といい、こいつアサシンか?) 厄介だ、と口の中でつぶやき、ガイルは剣を構えなおす。その後ろから、ステントラとティルーナもやってきた。 「ガイルお前なにいきなり走りだしちゃってっていきなりバトってる!?」 「ステンもうちょっと空気読めっ!!」 「いや十分読んでるっつーの……あ」 男が再度攻撃を仕掛けようと踏み出すのと、ステントラの不吉なつぶやき(「あ」)が重なった。 かちり 「……へ?」 間の抜けた男の声に続くようにして、茂みから巨大な木の杭が振り子のように飛び出してきた。 「ぎゃあ罠ぁっ!? 嘘だろこの俺がトラップ発動だなんてぇっ!!?」 「確かに暗殺目的の職であるアサシンになっておきながら、それっくらい綺麗に罠発動させられるのって逆にすごいわ」 ガイルのつぶやきと共に、第二、第三の杭もブォンッと勇ましい音を立てて男の頭上をかすめていく。 「ちょ、まままま待てって待ってお願い待ってください止めてぇっ!!」 「ガイル〜、ああ言ってるし、そろそろ罠とめても」 「ダメだ。あと一時間は串刺し振り子地獄を味わってもらう。俺に不意打ち食らわせようとしたんだからな」 「ガイルちょっとあんたドSっ!!」 と、ぎゃあぎゃあとやかましいアサシンを冷たい目で眺めるガイルの耳に、なにやら懐かしいようなもう聞きたくないようなそんな声が届いた。 「―――ぃる〜……」 「え、なに、何々なんなの今の?」 ガイル同様耳のいいステントラも、辺りをキョロキョロと見回す。 「……ガィル〜〜〜……」 「……あ、この声は」 ようやく声が聞こえたティルーナ(耳は一応常人並み)は、少しばかり嬉しそうな表情になる。 「……ステントラ、俺はなんだか猛烈に帰りたいぞ」 「あっはっは、同感」 「……っおいガイルと隣の不審者ぁっ!!」 「俺は不審者決定かいぃっ!!」 「どー見たってそれ以外のナニモノでもないでしょうよっ! その人さっさと解放しなさいっ!」 「あ、ウィリンさんだ」 ガザザッと盛大に茂みを揺らしながら飛び出してきた白衣少女、ウィリンは、両手にカラフルな試験管を構えながら言った。 「さぁ、早くその振り子止めないと、あんたたちにこの特製火薬くらってもらうわよ」 「あら〜? ウィリンとうとう自分の作ったフォンター火薬って認識した」 「違うわこれはこれで火薬として作ったのよさぁもう時間食らえぇええっっ!!」 「って早ぁっ」 ガイルの渾身のツッコミも軽く流して、ウィリンはポイポイっと五つほど試験管を投げ込んだ。 カツッ カチャッ 試験管が地面にぶつかり、割れた瞬間、辺りが光に包まれる……。 「ぅわ」「おおっ!?」「わぁ〜」「な、なん……」 シュワァアアアアアッッッ!! 「いっけえええぇぇぇぇ…………ええ?」 シュワシュワワアアァァァ…… 膨れあがった光は、そのまま試験管の近くに突っ立っていたガイル、ステントラ、ティルーナを包み込むと、そのままあっけなく消えてしまった。 「な、なな何よぉっ!? また失敗!?」 「……なぁ、ウィリン」 「なによっ!」 マジ泣きのウィリンに少々引きつつ、声をかけたガイルではなくステントラが答えた。 「これ、さぁ、ほんまもんのフォンターじゃねぇの? すっごい体、ラクになったし」 「……………………へ?」 ウィリンはゆっくりと首をかしげ、それから実に嬉しそうにポンと手を合わせる。 「すごいじゃんあたしっ!!」 「「なんでだよっ!!」」 「っぎゃぁすっ!!?」 「あ、なんかアサシンのおじさんが吹っ飛ばされましたよ」 おじさんいうなぁあああ〜……の一言が、空高く振り子の力で舞い上がったアサシン男から地上へと投げつけられた。 |