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□ 第三巻 清き森の謎 - 第三章 11.生体実験 ドロドロと崩れ、より強い腐臭を漂わせる化け物の死骸を、テッドが所持していた聖水もどきで浄化し、なんとか会話の出来るような状態になったところで、ゼンシュは質問攻めにあっていた。 「あんな化け物、どうやって運んでたんだ」 「そもそも、アレをどう研究するだとか……」 「さすがの私でも悪趣味としか言いようがないのですがねぇ」 「気持ち悪いのよ!! ていうか、一体どう言いくるめられてあんなの運んでたのよ」 「そうですよね~。普通、あんなもの運ぶなんて、どんな運び屋でも拒否しそうですけど」 四名からは疑惑、一名からは明確な殺気を含んだ視線を浴びせられつつ、ゼンシュはなんとか答えていった。 「俺が運んでたときは、背負えるほどの木箱の中に収まってたんだよ。研究に関して、俺は本当に何も知らない。とりあえず目的地に運べと言われたから運んでいただけで、中のことなんか全然……こんな薄気味悪いものだなんて」 「あーそうかよ。ったく、いつまでも同じ事ばっか」 ステントラが怒気をあらわにし、ゼンシュに詰め寄る。 「じゃあよ、この化け物を研究していたっつー機関、それとアレを運ぶ先の機関の名称、さっさと答えろ」 「機関名は極秘、俺は金を積まれたから請け負っただけだっつーの!!」 ゼンシュの苛つき度合いも頂点に達したのか、彼は唐突に怒鳴り声をあげた。 『あーもうさんざんだ!!』 彼にとっては普通のこと、だが、他の五人はきょとんとして……。 「お前、その言葉」 ゼンシュがぴくりと耳を振るわせる。 「イースティトの南部訛り、じゃないか?」 ステントラの指摘に、ゼンシュは思わず彼を睨みつけた。ステントラは一気に脱力した様子で、右手を額にぺちりと当てた。 「……なんてこった」 「ちょ、ちょっとステントラ、イースティトの南部訛りって? イースティト国ってヨーゲンバードと同じ言葉しゃべってるんじゃないの?」 「ああ、大体は同じ言葉をしゃべってる。だがな、ある地域でだけは、イースティト独特の言語が使われている。それが、南部の砂漠地方の町村だ」 四人がきょとんとした表情のままなので、ステントラはポツポツと解説を始める。 「もともとイースティトは、近代に入るまで内戦の多い国だったんだ。そのうち、北と南とで分裂。北部の人間と南部の人間とを区別するため、言語の違いが生まれた……ってことだ。まぁ、今じゃ南部訛りも、イースティト国内でだって分からんやつはうじゃうじゃいるが」 「……お前、よくそんなマイナーすぎる言葉知ってんな」 「しゃべれるもんよ」 「「「「「はぁ?」」」」」 ステントラはゼンシュの方を向き、ニヤリと笑ってつぶやいた。 『わざわざ、国外の田舎からまた田舎への移動ご苦労さん。てか、この調子だったらさっきまでの言葉も全部嘘だろうな? ま、うすうすそう思っちゃいたが』 瞬間、ゼンシュは一気に跳躍、信じられないほどの高さにまで到達すると、手頃な木の枝に捕まり、そのまま木々を伝ってその場を離れていった。 つまりは、逃げた。 「お、い、ステントラ。お前今なんて言ったんだ?」 「ん~? いや、面倒くさいことになったな~とか思って、ちょっとカマかけてみた。案の定、てとこか。あいつ、相当ややこしいところから依頼受けたんだなーって」 「ちょっと、曖昧すぎて何言いたいのか全然分からないわよステントラ!!」 「じゃ、はっきり言うか?」 ステントラはウィリンを見下ろし、無表情なまま言った。 「あいつの言い分は、全部嘘。研究所がどったらとか言うのはまだ分からないが、まぁ、運び屋どころかもっと深いところで、あの化け物と関わりがあるのは間違いなさそうだな……にしても、イースティトの南部ねぇ」 「なぁ、さっきから、なんでイースティト重視なんだよ?」 自分の口からイースティト、という言葉が出た瞬間、ガイルは顔をほんの少しゆがめ、左腕をこわばらせた。 無意識の行動なのだろうが、それに気づいた者……その場にいた全員、そのことについて触れはしなかった。 「テッドは職業柄、聞いたりしたことあるんじゃないか?」 「え~まぁねぇ。イースティトの南部といえば、遺跡や精霊というのを重んじていた北部と違って、もっと科学的に自然やらを捉えようとしていたところでしたから」 「科学的に?」 「ま、機械都市というものがあらわれてから、生体実験等がやたらと活発になったところなんですよねぇ。非人道的なこともやってたらしいですけど、それのおかげで発見された病や治療法があるんですから、また皮肉ですねぇ」 生体実験、と聞いて、先ほど思わずステントラに向かってその言葉を投げかけたガイルは、やや惚けたような表情でステントラを見返した。ティルーナとウィリンは、いまいち理解していない様子である。 「南部訛りが定着するほど南部と関わりが深くて、あんなもの運んでたんなら、単なる運び屋なんて思えない、というか」 「今、思い切り逃げ出したのが何よりの証拠じゃないんですか? ステントラさんの言葉聞いたとき、顔面蒼白でしたもん」 「隠し事に向かないヤツね。バレてもそこをさらりと流すのが一流よ」 「ウィリン、別に隠密活動の講義なんざ誰も聞いてねーから」 なんだと、とでも言うように、ウィリンはガイルを上目遣いで睨みつけるが、結局何も言わなかった。 「なぁ、とりあえず、俺たちは『ガレアン』から押しつけられたウィリンとテッドの回収、という目的は果たしたわけだが」 と、ステントラが相変わらず重々しい声で話し出した。 「あの化け物、まだいると思うか」 沈黙が訪れる。 「……気配が読めないから、はっきりとは言えないがな。俺はまだ残っていると思う」 「鳥たちも、帰ってきてませんしね」 ティルーナが眉をひそめながら、空を見上げる。羽ばたきもさえずりも、一切聞こえない。 「とはいえ、この広大な森の中、ここだけまだ動物がやってきていないだけ、っていうのも考えられますけど」 「私は、ガイルと同じくって感じですかねぇ」 「え、テッドも?」 ウィリンが不思議そうな表情で、テッドを見上げる。他三人の視線も受けながら、テッドはくつくつと笑うと 「皆さんが何体の化け物に遭遇したかは知りませんけど、とにかくまだ三、四体はいると思っていいようですよ?」 「おい、それはどういう……」 言いかけて、ガイルは背筋がひやりとするのを感じた。気配を感じたわけではない。殺気も闘気も、ない。 けれど。 シャッ 銀色の輝きが視界をよぎったのを見て、ガイルもすかさず剣を抜く。 「ほぉらね?」 「て、テッド?」 テッドの飄々とした、だがどこか諦めたような色の見える声、ウィリンの焦る声。 どちらも、ガイルは聞いていなかった。いつの間にか、隣にはここ数時間、ずっと不快そうな表情しかしていないステントラが立っていた。すでに銃は構えられている。 「私は別に戦いが得意、というわけじゃないんですけどね? まぁ、目がそんなに良くないので、日常生活を送るためどこを補強しようかと考えた末に発達したのが……聴覚だっただけですよ」 気配ばかり読もうとしていたから、気づかなかったのか。気配など意味がないと分かっていたはずなのに。 ガイルは舌打ちをしつつ、すっと目を閉じ、耳へと神経を集中させた。 そこで聞こえる、かすかに地面や草木と『なにか』がこすれる音。それは、四つ。 と、そのうち一つが茂みの中から勢いよく触手を突き出してきた。発砲音にしばし遅れ、ガイルの剣がやや細いそれを斬り飛ばす。 「四体……大きさは、最初に倒したヤツと同じくらいか」 「まだ、こんなに、いたの?」 声を震わせながらも、ウィリンは白衣の裏から試験管を取り出す。テッドは試験管の代わりに、怪しい笑みをさらに深めてメスと注射器を両手に構えた。ティルーナはその辺りから拾ってきた木の棒を、とりあえずという風に持ち軽く振る。 「……ガイル、この化け物共さっさとぶっ飛ばしたら、ゼンシュを追うぞ。あの野郎さっさと全部吐いてもらわねーと」 「そうだな」 一言で返し、ガイルは足に力を込めた。 四方の茂みから、紫の化け物たちが姿を現した。 |