□ 第三巻 清き森の謎 - 第四章 12.反撃の兆し ゼンシュは驚き、混乱していた。 あのステントラという男、ぎこちなさも、何も感じさせない様子でスラスラと南部訛りを使った。 イースティト南部での『組織』の中では、一番南部訛りを上手く扱えるゼンシュから聞いても、完璧としか言えない発音。 (生まれて二十年近く南部にいたから、なんとかこの言語を習得できたっつーのに……くそ、なんだ、あの若造!?) 自分と変わらないか、少々年下に見えた。言葉の端々にヨーゲンバード特有のクセもあったため、髪や肌、格好こそ異国風であったものの、ゼンシュは彼をヨーゲンバード人だと思いこんでいた。 「もう、南部関連で、俺のことも単なる運び屋とは思っちゃいないだろうな」 太い木の枝の上を、猿顔負けの身体能力で飛び移りながら、ゼンシュは舌打ちする。 「だが、まぁいい。俺が誰かはまだ分からんだろうからな。俺の背後も、まだ……出身がイースティト南部だからといって、推測できるほど単純じゃない」 にしても、と、彼は足を止めて木の幹によりかかり、盛大なため息をついた。 「あんなに詰め込まれてたとはな。姐さんも、よほど腹に据えかねたらしいな。で、俺は俺でそれをみすみす逃がし、しかも動揺のあまり追求に耐えられず、逃げ、だし……」 そこまで自分で言っておいて、ゼンシュはガクガクと震え始めた。 指示自体の名称は『人物調査』。だが、『あの』女性はそんな、自分の計画に二度横やりを入れてきた相手にいちいち探りを入れてから襲撃をかけるなど、そんな七面倒くさいことを考えたりはしない。 事実、女性は指令内容を言い終わった後、ゼンシュにこう付け足した。 『ま、コレあげるんだから、本当にただの「調査」なんかで終わらせてくるんじゃないわよ?』 そう言って渡されたアレは、化け物を入れた運搬用の木箱。 実に、実に遠回しだったが、明らかに『殺ってこい』という意味であった。 (どーしよう俺あまつさえ化け物逃がして、全滅させられて、目標も殺し損ねて、自分も逃げて、なんかイロイロばらしかけて……って、これ真正直に報告書に書いたら本気で俺が『バラ』されるよな? 五体満足じゃ、ぜってーいられねぇ……) 「ち、ちくしょう。このままじゃ『組織』からも追われるはめに」 と、思わずしゃがみこんでしまったゼンシュの耳に、馬の駆ける音が聞こえてきた。 「…………?」 こんな地元の人間でも滅多に入らないと言っていた森に、旅人がやってきたとは考えにくい。ましてや、その森を抜けた先には恐怖の『変人の町』が待ちかまえているのだ。 野生の馬などいるわけもなし、となると。 「おい、おい……俺ってば、どこまで不幸?」 ぼそりとつぶやくゼンシュの眼下には、四頭の馬と、それにまたがる『ガレアン』隊員たちが見えていた。 「……副リーダー、俺たち、ちゃんと町に帰れますよね? 案内人いませんけど」 「ネーリッヒをここまで連れてこさせるわけにはいかないだろう。それに、もう一人の案内人はすでに森の中だというからな」 「ていうか、さっきの銃声もステントラでしょう。この近辺の町村探し回ったって、銃を扱える人間はステントラくらいしか」 「それは知っている。だが、今俺たちが調べることは、その銃声の原因だ。……あいつがそう見境もなく、発砲するとは思えない。テッドやウィリンを探している間に、何かあったんだろうな。ネーリッヒが言うには、もう十発以上銃声が聞こえたらしいから」 副リーダーと呼ばれた長い白髪の男が、部下らしい三人の隊員に淡々と告げる。そして、二人の部下に道なりに進むよう指示し、もう一人の部下と共になにやらボソボソと話し合っていた。 (『ガレアン』、しかも、副リーダーときましたか) それに、聞こえた名前にはどれも心当たりがありすぎる。ステントラ、テッド、ウィリン……ネーリッヒは知らないが。 とにかく『ガレアン』まで出てきてしまって自分もこの有様なのだから、さっさと退散してあの女性に拝み倒すしかないと、ゼンシュはフードで顔を隠しゆっくりと立ち上がった。 と、目の前の木の幹に見覚えのある『モノ』が、べちゃり、と張り付いた。 「―――――ッ」 目を見開き、小さく舌打ちをして後ろの木に飛び移ろうと振り返る。だが、振り返った瞬間、胸部を強く殴られて、ゼンシュは木から叩き落とされた。 「お、おっ!?」 (無差別……俺まで殺る気かよ!) 「なんだっ!?」 ガサガサと盛大に音を立てながら枝の間を落下し、ゼンシュは背中から地面に落ちた。空気の固まりを吐き出しながらも、ゴロゴロと左に転がる。 茂みをかき分けて近づいた『ガレアン』隊員は、一瞬前までゼンシュのいた場所に落ちてきた化け物と目があった。 「う、わっ」 「シュッ!」 ぼう然としている間に化け物は触手を繰り出し、隊員はそのままはじき飛ばされた。 「どうした」 はじき飛ばされた隊員がもといた茂みから、今度はカッティオが顔をのぞかせる。そして、再度触手を構える化け物を確認し、眉根をよせて素早く剣を抜いた。 「原因は、これか」 化け物のそばへ飛び込もうとしたカッティオだったが、頭上からさらに枝が折れる音が聞こえピタリと制止する。そこを狙って、目の前の化け物が一度に四本の触手を繰り出してきた。 「副リーダー!」 「チッ」 二本はカッティオ自身が斬り飛ばし、もう二本は隊員の決死の氷魔法で動きを封じ込めた。 奇声を上げながら触手を元に戻そうとする化け物にとどめをさそうと、一歩踏み込んだ瞬間、カッティオは頭上から伸びてきた新たな触手に剣を絡み取られ、首を締め上げられた。ぐっと見上げれば、目の前にいるものとそっくりな化け物が、木の上で大きく口を開けている。まるで嗤っているかのように。 「ご、ほっ」 (上と下、両方から攻撃されれば、少々きついな。さて、どうするか) 徐々につり上げられていく視界の中には、化け物二体、気絶している隊員一人……そして? 「お、前?」 「くそっ、暴走してんじゃねぇかよ、俺まで吹っ飛ばすなんて」 ブツブツと悪態をつきながら、ゆっくりと身を起こすターバンを巻いた見知らぬ男が、一人。 (こいつか) カッティオの目が、ふっと閉じられる。 次に、目を開いたその瞬間。 「『不浄討滅(クルセイド)』」 つぶやきと共に、カッティオの眼前に白く発光する球体が現れた。みしり、と首への圧力が強まるが、カッティオはお構いなしに十字をきった。 「大神の意志よ 魔を滅し 癒しの恵みを」 球体は二つに分かれ、光の軌跡を描きながら化け物たちへ一直線に向かっていった。光に貫かれた化け物は、二体とも跡形もなく消え去り、カッティオは自由の身となった。着地と共に剣を拾い、カッティオはゼンシュと向き合う。 「お前、一体ここで何をしていた。あの化け物共はなんだ。魔物だとしても、気配がないのはおかしい。なにか、知っているだろう」 「あ、あ〜……『ガレアン』で、副リーダーで、クルセイダー……俺、もうダメかも」 ゼンシュは両手で頭を抱えていたが、唐突にその手を振り下ろした。そこから放たれたのは、無数の暗器。 「っ!」 気絶している隊員に向かって乱れ飛ぶ暗器を、剣ではじき飛ばすカッティオだったが、その隙にゼンシュはとっとと逃げ去ってしまった。 その後、地面に散らばる暗器をしばらく見、やがて剣を収め、隊員を楽な体勢に直しながら、カッティオは忌々しげに舌打ちをした。 「くそ、一体何なんだ」 銃声が響くと同時に動きを止めた化け物へ真横に一閃、とどめをさしたガイルは、心底疲れ切った表情でため息をついた。 「四体、じゃあ、きかなかったな」 「最終的に、いくつ出てきたんですかぁ……このうねうね」 「私の記憶にブレがなければ、戦闘開始の四体を含め、十六体のはずですが」 「じゅ、十六って、そんっなに化け物だらけなワケぇ!? 信じらんない、もぉっ!」 他の面々も肩で息をしている状態で、額に汗を浮かべながら困惑した表情をつくっている。 「こうグダグダじゃ、ゼンシュを追うなんざ無理だな……くそ。何体いやがる、あの化け物共」 「だいぶ減らした、とは思いたいんだが」 と、そのとき、どこからか馬の蹄の音が聞こえてきた。息を詰め、五人は音を、気配を辿る。それはまっすぐ五人のいる場所を目指していて。 「あ、いましたいましたー! ガイルさんたち発見……あ、テッドさん、ウィリンさんもいらっしゃいましたか!」 「おっ、これでもう任務完了か〜。ガイルさん、ティルーナさん、ステントラさん、うちのタラシの副リーダーが無茶苦茶な要望を押しつけまして、すいませんでした」 そこから現れたのは、馬に乗りそれぞれ剣、警棒を携えた四十代ほどの『ガレアン』隊員だった。五人は安堵のため息をつき、二人に手短にこのトールの森で起きている異変について伝えた。 大まかに話を理解した隊員は、真剣な表情で互いの意見を言い合う。 「なるほど、今この森に、謎の魔物がはびこっていると。では、これから腕の立つものを討伐隊に選び、すぐに調査を」 「レイドさんも引っ張りださなきゃな。書類が残ってるとか言ってたが、たまには不眠不休で働く下っ端の気持ちも知ってみろってんだ」 「あとはゼンシュという、ターバンを巻いた二十歳過ぎのアサシンの男ですね。なんらかの組織との繋がりあり、と」 そして、同時に頷いて意見交換を終了し、隊員の一人がティルーナとウィリンを呼んだ。 「では、まずは皆さんを町に送りましょう。二人は私どもと一緒に馬に乗ってください。疲れているでしょう」 「なぁ、別行動のカッティオ副リーダーにも『鳥』で連絡をしておかないと……」 「レイドじゃなくてカッティオが来てるのか?」 ステントラが驚いて言う。普段、こういう状況で現場に現れるのは、決まってレイドの役目だったはずだが。 「レイドさんがこの間、勝手に経費使ってリーダー室を改造しましてね。おかげで腰抜かしたリーダーが寝込んじゃって、メルティナさんがぶち切れて、支部に監禁されてるんですよ。それを知ったカッティオさんも、それなら書類仕事は任せたって言って、いつもと変わって現場の方を多く取り仕切っているんです」 「……どんな改造したんだよ」 「なんでも、電気を付けたらシャンデリア型だったり、椅子に座ったら『プピー!』と音が鳴るクッションをおいていたり」 「まるっっっきりガキのいたずらじゃねーかよっ!」 「あれ、でも私達に依頼をしにきたとき、誰も監視の人、いませんでしたよ? レイドさんお一人で」 「あ〜、それじゃあ今頃メルティナにこってり絞られてるんじゃないでしょうか。まだ怒りは収まっていないはずですから、きっと逃げ出してきたんだと思いますよ。なにしろ、私の知る限り、もう十日は支部から出してもらえてないんですよね」 「女好きのレイドが、男だらけの職場に監禁……あいつにしてみれば、窒息死寸前といったところか」 どうでもよさげに言うガイルの隣で、何かずっと考えている様子だったステントラが「ああ」と言葉を漏らした。 「そうか、カッティオか」 「? カッティオが、どうかしたのか」 眉をひそめる一同の顔を見て、ステントラはいつもの通り、ニヤリとした笑みを浮かべて言った。 「ティルーナちゃん、ウィリン、テッドはおっちゃんたちと帰っててくれ。で、おっちゃんたち、俺とガイルはこのままカッティオと合流したいから残らせてもらう。……カッティオなら、たぶん化け物を一掃できるはずだ」 「レイド」 「……はい」 「私はまだ怒っています」 「……はい」 「リーダーは、ようやくおかゆを口にしてくれるようになりました」 「……はい」 「彼が復帰するまで、あなたは副リーダーとして彼の代わりを務めなければならないのです」 「……あの、カッティオ、は〜」 「カッティオには、通常の書類を半分に減らし、あなたの分の現場指揮を任せています」 「で、その減った書類半分が」 「現場指揮ができないのですから、当然でしょう。リーダーの書類も、あなた自身の書類も、カッティオの書類の半分も、あなたが目を通しておいてください」 「…………」 「もう一度逃げようものなら、容赦はしません。……返事は」 「……はい」 |