□ 第三巻 清き森の謎 - 第四章 13.聖騎士合流 ティルーナ、ウィリン、テッドを隊員に預けたステントラは、ガイルを連れて森の奥へと戻ることにした。 「おい、『ガレアン』が出張ってくるのに、なんでまだ俺たちが探索しなきゃならないんだ?」 「『ガレアン』のヤツらで、あの化け物に対抗しうる腕の持ち主、何人でてくる?」 「……レイド、カッティオ、メルティナ、フェラード。あとは複数人固まって、なんとかか」 「だろ。おまけに気配が読めないときたら、俺たちが事前に情報を与えておいていたって、やられる可能性の方が高い」 茂みを乱暴にかき分けながら、二人は隊員に教えられた、カッティオとの合流予定ポイントを目指す。 「あと、カッティオがどうとか」 「ああ〜それな。あいつの職に関係がある」 「職?」 ガイルはカッティオの職を思い出し、首をひねった。確か、彼の職は聖騎士(クルセイダー) という、神族の力の一部を行使できるものだったはず。 そこで、ピンときた。 「カッティオの力で、一気に浄化するつもりか?」 「本当はミリルもいれば万全なんだけどな〜。あの手の化け物は、聖騎士や聖職者の討滅が一番効く」 「じゃあ、あれやっぱり魔族ってことなのか……」 「それは、違う」 半分独り言のように口から出た言葉を強く否定され、ガイルは顔を上げる。ステントラは振り返らないまま、続けた。 「言っただろ。もし俺が思ったとおりなら、神族も魔族も黙っちゃいないほど、タチの悪いものだって」 (……またか) ガイルは眉をひそめる。この森に入ってから、何度こうギスギスしたステントラの声を聞いただろう。 彼の過去について、ガイルは何も知らないし、知らされることもない。だが、この化け物の件については十中八九、こいつ自身の過去にも関わりがあるのだろうとガイルは検討をつけていた。だが、この様子では『関わりがある』どころの話では、ないような気がする。 と、そこでガイルとステントラは同時に身をこわばらせた。前方の茂みから、自分たちへ向けて殺気が放たれている。思わず獲物に手が伸びかけたが、化け物からは殺気を感じないということを思いだし、二人は顔を見合わせてゆっくりと茂みをかき分けた。 「……お前たちか」 「お〜カッティオ、大丈夫だったみたいだな。いやよかったよかった」 「まぁ、な。だが」 カッティオはうっすらと汗の浮かぶ額を乱暴に制服の袖で拭い、木の幹に寄りかからせている隊員を視線で示した。ステントラは小さくため息をつくと隊員に近づき、ぴたぴたと軽く頬を叩いた。 「頭でも打ったのか」 「さぁ、打ち所はわからない。が、気絶する寸前に魔法も使ってくれたからな。精神的な疲労もあるだろう」 「魔法?」 ガレアン隊員がわざわざ魔法を使うような事態にでも遭遇したのか、とガイルが思っていたら、カッティオは無表情のまま肩をすくめ、口を開いた。 「俺たちも、たぶんお前たちが知っているのと同じモノに襲われた。ジェル状の気味の悪い化け物にな」 「もうぶち当たってたか」 ステントラは今度こそ深いため息をつき、カッティオと向かい合った。 「正確な数は分からない。何か知っているらしい男にも逃げられた。気配がないから奇襲を免れるのは困難……この森に、あんなのうようよされてちゃ、フィロットは旅人どころか国自体から目を付けられないなオイ」 「ああ、まぁ、ただでさえ恐怖の『変人の町』なんてついてるからな、あだ名」 「おい、話がずれてきている。俺はいったん、こいつを町へと届けたいんだが」 カッティオは気絶した隊員を指し示しながら言う。 「おぶってか? そりゃ無理があるだろ。俺たちはちょいと片付けがあるから、お前についてくことはできないぜ」 「馬がいたんだが、逃げられた。どうも落ち着きがないと、森に入る前から思っていたんだが」 「カッティオ、何が言いたい?」 淡々と言葉を連ねるだけのカッティオに、ガイルは眉根をよせながら詰め寄った。遠回しな言い方というものが、基本的に気に食わないのである。 「ステントラ、お前、俺を見て『来てたのか?』とかじゃなく『大丈夫だったみたいだな』って言ってただろう。俺がこの森に来ていることを知っていたらしいということは、別行動の隊員から聞いたんだろうが」 「うん、そうそう」 にやにやと笑いながら、ステントラは相づちを打つ。ガイルはまだ眉をひそめたまま、カッティオの言葉を待っている。カッティオは、小さくため息をつきながら、言った。 「それでその後、『よかった』と一言。いや二言か。まぁ、言い方からして『無事でよかった』というより『会えてよかった』という印象の方が強かったんだが……ステントラ」 カッティオはやはり表情を動かさないままで。ステントラは、より一層笑みを深くして。 「隊員から俺のことを聞いて、合流できてよかったと思って……ひょっとしなくてもお前、俺をさっき言っていた『片付け』に参加させる気なんだろう」 「うんうん、なんか色々と遠回しに解説しまくってようやく納得してくれたって感じだけど、まぁそういうこった。お前クルセイダーだから、一応」 「一応とはなんだ」 「カッティオ、あんまりややこしくベラベラしゃべらんで、頭の中で整理してくれ」 「悪いなガイル。俺は口を動かした方が、混乱しかけてるとき冷静になるタイプなんだ。ネファンとは違うからな」 「別にネファンとお前を比べてるわけじゃねぇっつの」 ガイルははぁ、とため息をつきながら「しかし」とつぶやき、先ほどカッティオが示した隊員を見やる。 「こいつをこのまま放っておくわけにもいかないな。さっきのヤツらに預けようにも、向こうもいっぱいいっぱいだったし」 「レイドやメルティナ辺りだったら呼んでも大丈夫だろうけどな〜」 「来られたとしても、お前やネーリッヒがいなければ意味な……あ」 ここでガイルは表情を変えないままで、気づいてしまった『あること』を口に出そうとした。 「おい、ステントラ、お前」 「ちょっと待ってガイルくん、いや、なんか俺も嫌な予感するんだけど」 同じく気づいたステントラの額から、一筋のイヤーな汗が流れる。 たとえ応援を呼び、『ガレアン』の力を借りて化け物どもを狩りにかかったとしてもだ、この森の奥地で迷わないでいられる人間といえば、フィロットの町ではステントラとネーリッヒの二人しかいない。 道案内の二人がいないのにも関わらずこの森に入ってこようなどと思えるのは、 瞬間移動(チェルフロア)を使用できる魔術師か、とち狂って遠足にでも行くような気分で薬草摘みにくるマッドサイエンティストぐらいである。 今現在、ガイルとカッティオと気絶した隊員はステントラがいるので、その辺りなんの心配もいらないが、少し前に二人が別れたあのメンバーは……。 「安心しろ。俺たちが道案内がいない場合のことを考えていなかったとでも思うのか、お前たちは」 どーしよっかあいつら飢え死にかね? などとのんきに相談なんかしていたガイルとステントラだったが、カッティオの言葉に首をかしげ、振り返る。 「あ、大丈夫なの」 「当たり前だ。それぞれの隊員にエイルムが作ってくれたチェルフロアの魔術文書(スクロール)を持たせている。……『ガレアン』をそこまで阿呆な集団と思わないで欲しいところなんだが……」 「いや、ただ心配してただけだ、うん、心配」 「ガイル、お前の口からその四音が出てくること自体おかしいし、第一棒読みだぞ。絶対心配とかしてないだろ」 「あーうん、それじゃあカッティオ、今から俺の中で『ガレアン』の訂正をさせてもらう。『阿呆な集団』じゃなく『一部・阿呆なヤツがいる集団』」 「……一部が誰なのかもう分かり切っているのが腹立たしいが。あいつらだろう、どーせ例のことしゃべったんだろう」 「『フェラード執務室プチ改装事件』?」 途端不機嫌になったカッティオのとなりで、ステントラがにやにや笑いながらつぶやく。 「あのくそったれのせいで俺がこんなところまで出てきてああでも執務も結局俺がやってるんだったな畜生あの野郎女の尻追いかける前にもうすぐ三十なんだからいい加減責任というものを……」 「か、カッティオ、ストップストップ!! そこで真っ暗にならんで、殺気オーラを俺たちに振りまくんじゃねぇっ!」 「黙れ不審者、お前の余計な一言のせいでもあるだろーがっ」 ガイルはステントラの腹に拳を一発おみまいしてから、ブツブツと高速で愚痴を唱えており、端から見たら「誰か呪い殺すんじゃないだろーか」という勢いのカッティオの肩を叩く。 「カッティオ、まずは正気に戻れ。あのタラシを呪殺するのは後からにして、今は森の化け物をどーにかするのが先だ」 「…………」 のろのろと振り返るカッティオに、痙攣しつつも意識だけは手放さなかったステントラが言う。 「ご、ごほっ……か、カッティオ、俺な……神々の力を扱うことができる聖職者系の職を極めてるようなヤツ、ならな? あの妙な化け物の気配も分かるんじゃないかと思ってさ。あとそのまま一気に浄化してくれれば事件解決だなって。いや、回りくどくてすまんかった。ごほ」 「どうしてナイトじゃダメなんだ」 ガイルは不思議そうな表情でステントラを見下ろしたまま問いかけた。もちろん、痙攣中の彼に手をさしのべるようなことはしない。 「あの〜、ビミョーな違いなんだけどねぇこればっかりは。ナイトとか武闘家とか物理系の攻撃を鍛えるヤツらにとって、気配っつーのは『感情の揺れ』……これはガイルくん分かるでしょ」 より簡単に言えば、殺意や闘気などを敏感に察知する、人間が進化をしていくうちに逆に『退化』してしまったともいえる、いわゆる本能的な『勘』のことである。 しかし、魔術師や聖職者の場合、気配の読み方どころか察知する気配まで微妙に異なってくるのだ。 「魔術師は世界に漂う魔力の流れを感じ、聖職者は精霊たちの神力の広がりを感じる。まぁ、魔力や神力を感じるなんて、確かに剣術武術の鍛錬をしただけじゃ無理な話だが」 「ふーん……って、あの化け物の気配をたぐるんなら、魔術師の方がいいんじゃないか? 魔力の流れを読むんだろ」 カッティオの補足説明を聞いても、いまいち理解していないようなガイルから、再度質問がでた。それを聞いたカッティオも、同じように頷いてステントラを見る。 立ち上がったステントラは、にやにや笑いを引っ込めて、どこか引きつっているような笑みを浮かべていた。そして、今まで皆にぼかしながら伝えてきたことを、ゆっくりと話し始める。 「別にエイルム呼んだっていいんだがな。あいつらは……『ティカ』の魔族とは違う。完璧に外れちまってるんだ。人間も神族も魔族も関係ない。関係したら最後、死ぬなんてものじゃすまされない。あれはまだごく小規模なヤツらだから俺たちで何とかなるかもしれないんだがな」 最後はボソボソとほとんど唇を動かさないままに言ったステントラに、ガイルは眉をひそめた。そして何かを問いかけようとして、やめた。代わりにため息をもらす。 「お前一体なんでそんなことわかるんだよとか、もういいか。どっちにしろ、あの化け物は邪魔なんだからな。というわけでだべりはこのくらいにしよう。カッティオ、手伝えよ」 「ガイル、お前俺がどうしてここに足止め食らってるのか、もう忘れたとか……」 「そいつ一人にターゲット絞ってチェルフロア使えばいい。そうだな、ネーリッヒのところにでも落ちるようにすれば」 「…………お前、意識ないヤツを一人だけで飛ばすって無情なこと考えるな。まぁ俺もそう思っていたが」 うわーあの隊員可哀想、とステントラが心の中で合掌している間に、二人はてきぱきと準備をし、スクロールを唱え隊員だけを転送した。 「さて、荷物がなくなってさっぱりしたところで、あの化け物探すぞ。さーカッティオ、ヤツらはどこだ。そろそろこの森も飽きてきた。面倒だ」 「だいぶぶっきらぼう……いや、苛立ってきているな、お前。まぁ、大体見当はついているんだが」 そこでカッティオはちらりとステントラを眺め、躊躇いがちに口を開いた。 「小さな神力の乱れが、ちらほらあるんだが……もう少し東のほうで、やたらでかい乱れもある。そのでかい乱れから、小さい乱れが生まれているみたいだ」 「でかい、乱れ?」 「ああ、小さいのはたぶんあの化け物なんだろうが、でかいほうは、なんなんだろうな」 瞬間、ステントラの顔が真っ白になったように見えた。ごくりとつばを飲み込み、彼はガイルとカッティオの服の襟元をひっつかむ。そして、そのまま疾走を始めた。 「おいお前なにっ、息、息ッ!?」 「…………」 ガイルはじたばたともがくが、カッティオは蒼白なまま引きずられていった。 (成人男性二人引きずって、なんだこのでたらめな速度?) 自分一人で、フィロットにある『ガレアン』の訓練場を全力疾走しているのに近い速度だとカッティオは思った。ステントラの力にぼう然としている間にも、カッティオははたと我に返って身震いする。 (近い) 得体の知れない気配が、ステントラいわく人間にも神族にも魔族にも属さないという気配が。 くす くす くす …… 小さな小さな笑い声が、広く暗い部屋に響く。 部屋の中央に置かれた一人用のソファに座った人物、その手の上には、小さな水晶玉。 「本物の『闇』は、魔族とは違う。一筋縄じゃ、敵わないのよぉ……?」 くす くす くす …… |