□ 第三巻 清き森の謎 - 第四章 14.不浄討滅 ティルーナはふと、つい数分前までさまよい歩いていた森を振り返った。 ガイルたちと別れた後、隊員たちが取り出したスクロールによっていとも簡単にネーリッヒの家まで移動できたのだが。 「どしたのルーちゃん?」 「あ、ウィリンさん……いえ、なんでも」 ティルーナはウィリンが弄んでいる試験管に視線を向けながら、はーっと勢いのあるため息をついた。まだあの森に化け物がいるのは分かっている。自分やウィリン、テッドがいれば、足手まといになってしまうであろうことも。 それでも妙に、後ろ髪を引かれるような気持ちになって、気づくと森に向けて歩き出してしまっている始末。 (何が気になっているんでしょうか) ガイルやステントラ、まだ中にいるらしいカッティオやもう一人の隊員は、彼らの強さからいって確実に無事だろう。だから、その辺りは全く心配していない。どうでもよいわけではなく。本当に。 では彼ら以外のことでは? ティルーナは特に、トールの森に思い入れがあるわけではない。 となると……。 「例の化け物、一体なんなんでしょうね」 「ああ、アレね。ほんと気味が悪くてしょーがない。昔話思い出しちゃうわよ」 試験管を白衣の裏に戻しながら、やれやれと肩をすくめるウィリン。ティルーナは首をかしげて彼女に尋ねた。 「昔話、ですか?」 「そーよ。あんのぐちゃぐちゃのドロドロ。じいちゃんが話してくれた話のひとつにね、あんなのがでてくるのあるのよ」 そういって、ウィリンは腕組みをしながら、ゆっくりと口を動かす。 「えーっと、なんだっけ。ああほら、聖魔の戦争のお伽話よ。 大神も 魔王も それぞれがまるで何かにとりつかれたかのように 地上に攻め込んできました 人々に希望を与える光 人々に安らぎを与える闇 しかし そのときだけは すべてが荒々しい暴力となって 人々を襲いました って感じだったかな? ここんとこの本の挿絵がまた気持ち悪くて、神様も魔神もすごい顔して、背中に暗雲しょってるのよ。その暗雲が、どんどん人間を食べてっちゃうの……ん? ルー、ティルーナちゃん!?」 ぱたり、とティルーナの体が倒れた。まるで糸の切れた操り人形のように、力なく。 (大神……魔神……? そして) そして、『聖魔の戦争』。 全身が痛む。いいや、怪我なんかしてはいない。でも、血みどろだ。 力が使えない。もう使い切ってしまった。立つこともできない。しゃべることも、何も。 (な、に…………ッ) ティルーナちゃん? (ウィリンさん) そうだ、自分はネーリッヒの家の前で、ウィリンにお伽話を聞いていただけ。怪我はしてないし、力なんか元々使えない。立てるし、しゃべれる。 大丈――――― ヴヴ……ドッ!!! 「ぐへっ!?」 「ぎゃっ」 「ど、どうしたんだいっ!?」 ティルーナとウィリンの悲鳴を聞いて、ネーリッヒの家で待機していた隊員たちが飛び出してきた。そしてあ然とした。ウィリンは惚けた表情で尻餅をついており、ティルーナはうつぶせに倒れ、その背中にはカッティオに同行していたはずのもう一人の隊員の足が両方ともドカンと載せられている。 隊員たちは思った。なんちゅー不幸じゃ。偶然転送ポイントにいたティルーナはもちろんだが、足手まといと判断され一人だけで転送されてきた隊員もである。 「ティ、ティルーナさん、大丈」 「大丈夫なわけ、ないでしょう?」 駆け寄ろうとした二人の隊員の目の前で、ティルーナは起き上がると同時に転送されてきた隊員を殴り飛ばし、これ以上ないほどの笑みを浮かべ、これ以上ないほど丁寧な言葉遣いでしゃべり出した。 「まったく、もう少しのところで自力で起き上がれたのに、あの人のせいでまた意識落とすことになりましたわ。精神的になんかヤバそうな夢見てしまいますしうふふおほほほほほ……」 「……ルーちゃんが、壊れた」 「ほーほほほほっっ!!」と高笑いを響かせるマジギレモードなティルーナを目の前に、三人と、家の中にいたネーリッヒは言葉を失っていた。 まぁ、ただ一人。 「ふぅむ、本気になると女王様モードですか……なるほど」 と、まったく訳の分からないデータを書き留めているヤツもいたのだが。 ステントラはどさどさと二人を地面に落とし、荒い息でその光景を見つめていた。ガイルとカッティオも、自分ののど元をさする手を止めて目を見開く。 「これ……」 「気色が悪い、どころじゃないな」 そこにあったのは、ひとつの木箱。ぱっと見、そこらの商人が使っていそうななんの変哲もなさそうな。 けれど、その中からあふれ出てくるものは果てのない闇……障気。 目に見えるほどに濃密なそれは、ねっとりとその空間の中を漂い、不意にごぼりと泡立つ。泡立ちはどんどん膨らんでいくと、空中からぼとりと荒れ果てた地面に落ち、ぐずぐずと嫌な音を立ててあの化け物の形をとる。 生まれたばかりの化け物は、まだ形の定まらない触手を地面に這わせ、ゆっくりと移動を開始する。ぐるり、と眼球らしい生白いものが飛び出てきた瞬間、三人は我に返った。 「おい不審者。こんなグロくてシリアスぶってる展開にどーしてなっちまってるんだよ。この辺だったらアレだ。空き缶ボンバーだの爆弾リレーの追いかけっこだのしてる頃合いじゃねーのか」 「いや、いやいやいや、こういう雰囲気が本当のファンタジーなんじゃない? 今までの方がイレギュラーだったんだよ。うんそうそう、あれこそ敵!みたいな」 「のんきに意味不明な会話繰り広げてないで、さっさと構えろ、でないと」 「死ぬぞ」と続けて注意するカッティオとステントラの間を、障気本体から突き出された刃のようなものが通り過ぎる。刃の通過したあとの空間が、陽炎のように揺らめいたのを見たあとカッティオは続ける。 「……なんか、確かに死ぬって感じよりも嫌なイメージだな。思いっきり風景歪んだぞ」 「だから言ってんじゃん、あれはヤバイよーって。てか、あんな状態なのか。こりゃ本体にゃ銃とかって効かないかもな」 ステントラはやれやれとため息をつきながら、マントの裏から取り出しかけたリボルバーを元に戻した。 「カッティオ、援護はなんとかできるところまでするから、主力としてよろしくっ!!」 「がんばれよ〜」 「どうして見せ場俺なんだ。お前らだろこの話の主人公。自覚あるのか」 カッティオはすらりと剣を鞘から抜き放ち、小さく剣先で十字をきると詠唱を始めた。彼の周りに、神聖な精霊の気配が漂い始める。 それを感じてか、障気の方も動きを見せた。ぴたりと一瞬固まったと思った瞬間、今度は一部だけではなく障気全体がぼこぼこぼこっ! と泡立ち始め、化け物の大量生産を始めた。 「げっ」とガイル、ステントラが顔を引きつらせて瞬きをした頃には、彼らは十数体の化け物どもに囲まれていた。 「……ガイル〜、ちっこい方には俺の銃ってまだ効くかね?」 「試してみればいい。俺の剣が効くかどうかよりもあっという間に確認できるだろ」 その会話で最後、二人は口を利かなくなった。カッティオの右脇、左脇で、取り囲む化け物を一瞥する。 チャッ、とリボルバーのハンマーが上がった音で、すべては動き出した。 ドパン ドパン パンッパンッパンッ!! (あーオートもリボルバーもあんまり効かないし。つか、オートの方は傷できてもあっという間に再生かよ。ありえねー) 生産源である障気のすぐそばにいるからか、今までならばとどめとなった一撃を受けても再生して向かってくる化け物を見て、ステントラは舌打ちをする。両手にそれぞれの銃を構えながら連射していたが弾切れはすぐに訪れ、六発撃ちきってしまったリボルバーの方を投げ捨て、もう一丁をホルスターから取り出した。 ガイルの方は近づく触手をなぎ払いつつ、化け物本体に対しては滅多に使わない『職』に関連する技を何度か繰り出した。 (面倒なんだよな……疲れ方が半端じゃないし。でも普通に斬るだけだったら死なねーんだよな) 大気をも切り裂く真空の刃を叩きつけ、一度に二体の化け物を四つの固まりに分けて吹っ飛ばす。幾らか精霊の力も作用しているため、この刃で切られればそう簡単に再生はできない。もちろん、精霊の力をごくわずかとはいえ借り受けるのだから、ガイルの精神疲労も半端ではない。元々術の類を扱うのは苦手なのだから、余計にきつかった。 真空刃の連発で注意力が散漫になっていたガイルは、ステントラの側からおとなしい銃声しか聞こえなくなっているのにようやく気がついた。ちらっと振り返れば、彼の手には小さくシンプルな拳銃一丁が握られているのみ。 (あいつ、尽きたか?) 舌打ちをして、応援にゆこうとするが、化け物の触手がひっきりなしにガイルの体を打ち付けてくる。 カッティオの詠唱はまだ終わらない。うーん絶体絶命、とガイルの意識が飛びかけたそのとき。 ドパラララララララララッッッ!! 「でっ」「っ!?」 ガイルは一気に目を覚まし、詠唱に全神経を集中させているはずのカッティオもびくりと肩を震わせた。 化け物も硬直している隙に、今度は恐る恐るといったふうに振り返ると、ステントラはまた妙なものを抱えていた。 「ふっ、俺はメカニックなんだぜ〜、いつもいつもオートやリボルバーなわけあるかーっっ!!」 ガチャッ、と不吉な音を鳴らしながら、ステントラは再度それ……両手でしっかと構えたアサルトライフルのトリガーを引いた。またもあのすさまじい銃声が鳴り響き、数秒の内に数十の弾丸を撃ち込まれた化け物たちは、一気にぐずぐずになって再生どころか痙攣すらしなくなった。 「どこに持ってたんだそんなでかい銃……つか、最初から使えよ」 ため息をついて小声でガイルがつっこんだとき、チャリ、と剣が地面に触れる音が聞こえた。 「詠唱終了、一発だ」 ビュッと空気を切り裂く音、カッティオは精霊の力を受けて淡く輝く自分の剣を、まるで神聖な儀式でも行うかのような姿勢でゆるく構えた。化け物たちはその姿にひるみ、障気はゆるゆると箱の方へ後退していく。 「不浄討滅」 ぼそりと告げ、勢いよく剣を振り下ろす。クルセイダーの力で具現化された光の刃は、渦巻く障気を薙ぎはらい、障気のあふれ出る木箱ごと包み込んだ。そして、そのまま浄化されていく。 すべての元凶の障気が浄化され始めたのと同時に、その場で体を揺らしていた化け物たちは、ぼろぼろとその身を崩していった。ガイルが斬り飛ばしたものも、ステントラの銃撃を受けたものも、同じように。 「……ふぃー、終わった終わった。お疲れぃ勇者どの〜」 「誰が勇者だ。ま、この状況見る限り、分裂したヤツらも今頃消えていってるだろうな」 「俺はもう、すさまじく疲れた。ったく、確かウィリンとテッドを探して蹴り飛ばして町に帰れば終わりだったはずなのに、なんでこんな面倒なことに」 「あ、俺らの目的って最初それだったか! 忘れてたわ完璧。でもまーこれで終わりなんだから、ほれお二人さん、ちゃっちゃと帰るぞ〜」 「ステントラ、わざわざ歩かなくても俺はまだ自分のスクロール持ってるぞ、っておい!」 上機嫌になってすたこらと茂みの中へ歩いていってしまったステントラの後ろ姿をぽかんと見つめ、残されたガイルとカッティオは深いため息をついた。 「……もう、この森に入って何度目だろうな、ため息」 「あいつなら迷わないんだったな。もう俺たちだけでスクロール使うぞ」 見た感じ古ぼけた羊皮紙にしか見えないスクロールを広げ、カッティオは詠唱を始めた。その間、ガイルはふと顔を上げる。 ピィ―――…… チチチッ この森の住人たちは、すでに帰還し始めていた。 |