□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第一章 1.早朝 「ガイルさんガイルさんガイルさんってば―――――ッッ!!」 「・・・・珍しくやかましいなオイ? 普段あの不審者ばりの低血圧っぷりを披露してるっつーのに。つぅか黙れ、うるせぇ」 ガイルは額に青筋を浮かべながら、自分のベッドの上、さらに言うなら自分の腹の上でバンバンバンッと 布団(当然ガイルの体も)を叩きまくっている少女、ティルーナを睨みつけた。 そこらの通りがかりのミジンコも本能から逃げ出しそうな視線だったが、つきあい始めて半年以上、経験値豊富な ティルーナはあっさり受け流し、その上で今度はガイルの寝間着の襟元をがっしとつかみ。 「この『変人の町』・・・・絶望の権化とか死霊都市とかなんかイロイロ変な噂の絶えない町に、旅芸人が来るんですよ!? びっくりですミラクルですありえないです!!」 「まずはその手を離せそして俺の体を振り回すなぁっ!! 設定十四歳のガキが大人をどつき倒してんじゃねぇっ!?」 ぶっすーと頬を膨らませながら、ティルーナはぽいっとガイルの体を放り出し、ベッドの上からずれて、端の方に腰掛けた。 「大体、いつどこからそんな情報入ってきたんだ。昨日は静かだったから今日なんだろうが、まだ日が昇ってあまり経ってねーだろ」 「え、この手の情報通が一つ屋根の下で一緒にいるじゃーないですかぁ」 「いぇい呼んだカイッ!?」 とティルーナが言うと同時に、スッパーンと清々しいほどの音を立てて扉が全開になった。 その向こうには、この時刻確実に一番グダグダしているはずの全身黒装束な男が、顔面のゴーグルをきらめかせて立っていた。 「誰もテメーなんか呼んじゃいねぇよ。とっとと俺の気が変わらないうちに気に入ってる酒でも抱えて、まずは失せろ」 「・・・・今日は珍しくガイルくんの方が低血圧っぽいねぇ。牛乳飲むかい?」 「俺の頭を痛めてるのは、それこそお前らの珍行動だ。なんなんだお前ら。朝っぱらから、そんなに旅芸人 の話題はおもしろいか。引っ張りがいあるか」 言いながら、ガイルは部屋のすみにある洗面台で顔を洗い始める。髪をまとめ、幾分さっぱりした表情で テンションの高い同居人たちを見やる。 こうしてみると、朝というのを抜きにして、普段の様子よりもやかましい。一体何なんだと頭を抱え・・・・ふと思った。 「・・・・おいステントラ、お前その旅芸人の話題、いつ持ってきた」 「んあ? ふっ、そりゃもー当然・・・・昨日の夜中だっ!!!」 当然じゃねぇ、とつっこもうとしたところで・・・・何か分かった気がした。 「・・・・お前ら」 「ん?」「はい?」 満面の笑みで振り返る二人。ガイルは盛大なため息をついて、二人の脳天に拳を一発叩き込んだ。 ドゴッと鈍い音が響き、ティルーナとステントラはそのまま床に伏せ、痙攣し始めた。 「昨日から一睡もせずにハイテンションなまま朝を迎えたわけだな? で、俺が起きるまで何してやがったテメーら」 「ごふぅ・・・・い、いや、俺は、ティルーナちゃんと共に即席でつくったビラを町中へばらまきに」 「ティルーナ、お前もほいほい不審者についていくなと耳にたこができそうなぐらい言っておいたはずだが」 「ぅっおーいッッ!! 不審者って誰のことだオラァッ!? そういうのは身も知らぬ真っ赤な他人」 「すみませーんお菓子詰め合わせにつられちゃって、えへ」 「ルーちゃんそれ禁句。ってガイルくん? どーしたのゆっくりまったりにじり寄ってきたりなんかしちゃって。 嫌だな俺はルーちゃんにそんな『ルピエ』の一袋八百イザする人気スウィーツ詰め合わせセット見せびらかしてたりなんて〜」 言った瞬間、ステントラの体は勢いよくガイルの部屋の窓をぶち破り、キラリーンと輝く星と化した。 「お前も、その菓子出せ。廃棄処分してやる」 「とっくに処分されてまーす。私の胃袋で」 頭に特大のたんこぶをのせたまま満面の笑みを浮かべ、ティルーナはゆっくりと立ち上がった。 そのままフラフラとぶち破られた窓のそばに歩み寄り、外の景色を眺める。 「でも、お菓子のこと抜きにしても、そんなおもしろそうなものがこの町に来るなんて・・・・って思うと」 ガイルはそこでふと、まだ出会って一年足らずのこの少女をじっと見つめた。 ガイルも、ティルーナも、ステントラと出会ってこの町にやってくるまで『おもしろい』と思うことなど無きに等しかった。 だから、今のこの生活は、かけがえのない―――――。 「一体どんなどんちゃんドキドキはらはらな難解大事件が起こるのかな〜って、もう楽しみで楽しみで」 本気で脳みその奥が凍ったような錯覚に陥った。 ぐらりと傾きかける体を何とか支え、ガイルは左手で顔の全面を覆い必死に言い聞かせる。 (馬鹿な、俺たちはこの町にやってきてからというもの事件事件の連続で、もう十年くらい平穏に過ごしたってまったく バチは当たらないくらい厄介事に巻き込まれてんだぞ。その上でコイツはおもしろいとか言いながら事件が起きないかなどと ほざいてやがるのか―――――ッッッ!!!?) むしろこのオレンジ頭が事件を呼び寄せているのか、と根拠もないのにそんな結論に至ってしまう始末。 それほど今のティルーナのうきうきとした言動は、起き抜けガイルの精神を揺さぶっていた。 よろよろと歩いてクローゼットの取っ手にすがりつくガイルのことなどお構いなしに、ティルーナは粉砕された窓の 内側から、ニコニコと事件を待って空を見上げていた。 「姉さん、僕だけど。入るよ〜」 のんびりとした青年の声が、しんとした教会の中に響き渡る。すみれ色の髪と瞳を持ち学者用のローブとガウンをきた メガネの青年は、教会聖堂の端にぽつんと存在する、少々小さめの扉をノックして、背をかがめながら中に入った。 「・・・・姉さんってば、読んだ本はちゃんと僕のところに返してって言ってるでしょ」 「あ、ティルト。ごめんなさい。いくつも並行して読んでるんだけれど、その度その度で感想が変わっていて、ね。 本当に書物はおもしろいわ」 小さな机と椅子とランプ、そして大半を大量の本や巻物で埋め尽くしてあるその小部屋の中で、青年ティルトとうり二つな 法衣姿の女性、ミリルが、申し訳なさそうに目を伏せた。 ティルトは「ふぅ」とため息をつくと、ミリルのすぐ近くに散乱している書物の題をざっと確認した。 「『創世記』なんて、また変わったものを読み返してるね。姉さんなら、もうそらで言えるじゃないか」 「ん・・・・それでもやっぱり、たまには見てみないと。結構忘れてしまってるお話しもあるわよ」 「それでも限度ってもんがある。今何時だと思ってるのさ」 「え?」 ミリルは法衣の裏から懐中時計を取り出し、その時刻を見、ティルトの表情を見、そして「まぁ・・・・」とつぶやき口元を手で覆った。 「私、徹夜してしまったのね」 「目、真っ赤だよ。とっとと寝た寝た・・・・といっても、今日はちょっと騒ぎになりそうだけど」 「騒ぎ? また何か事件でもあるの?」 「うーん、なんか変なビラが落ちてたんだけどね。ステントラの仕業らしいんだけど」 ティルトは苦笑しながら、袖の中から一枚の紙を取り出し、ミリルに差し出した。素直に受け取り、ざっと中身を読む。 興味深げに首をかしげた後、ミリルはにっこり笑ってビラをティルトに返した。 「旅芸人一座ねぇ。私達、そういった方々はまだ一度も見たことがなかったわね。ずっとフィロットで育ってきたから、 旅人たちと交流なんてしたこともないし」 「だよね。ちょっと僕も楽しみなんだ。ステントラの情報ならまず間違いないと思うし」 でも姉さんはちゃんと寝てよ〜、と釘を刺して部屋を出て行くティルトの背を笑顔で送り返し、 ティルトの足音が聞こえなくなってから、ミリルは小さなため息をついた。そして、手元にある分厚い本の表紙を撫でる。 『創世記』。 (ホント、どうして今更、これを読み返そうだなんて思ったのかしら) しかし、ティルトがやってきて集中力が途切れたことで睡魔が襲ってきた。ミリルはふわぁとあくびをして、 書物だらけの小部屋を出て行った。 |