STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第一章 2.来訪の鐘
午前十時。ガイルはピキピキと額に青筋を浮かべたまま、馴染みの肉屋で解体のバイトをしていた。 ドゴッ! ドゴンッ!! と盛大な音をたて、イロイロなものを作業場にぶちまけながらきっちり肉塊をバラしていく。

「・・・・本当に、今日は不機嫌だね。というかガイルくん、君、ここのバイトの時ってやたら不機嫌じゃない?」
「ああ、親父さん・・・・いや、本当、偶然偶然。はっはっは」
「ガイルくん血、血ぃ飛び散ってるよ。ものすんごい虚ろな目でやるのやめてくれ。見てる方がゾッとしてくるから」
「はい? 俺の目のどこが虚ろか」
「現在進行形でどんよりだよ。はい、いったんここ掃除して、包丁も洗って研ぎ直して・・・・いや、こっちに向けなくていいからね」

扉の影から満面の笑顔で話しかけていた肉屋の店主も、ガイルが「わっかりました」と言いながらふらぁりと体を 揺らし始めたのを見て、笑顔固定のまま颯爽と作業場から離れていった。思わずデジャヴ。
あの後、ティルーナは唐突にガイルのベッドに倒れ込んで眠りに落ち、飛ばされたステントラは帰還せず・・・・。 結局ガイルは二人のことを放置して仕度をし、久しぶりのバイト巡りに出かけたのだった。 その二件目が、よくガイル自身も買い物に来るこの肉屋。その次に配達業の手伝いと、町の中心にある喫茶店でウェイター をする仕事が待っている。
・・・・合間合間に続けてはいたが、例の盗賊団襲撃事件やイースティト爆弾事件での負傷、つい先週のトールの森での 事件のおかげで、ガイル宅の収入は一時期真っ白になってしまっていた。 それでもあの同居人たちの暴挙は止まらない。かさむ赤字、脳天気な笑い。・・・・いろいろガイルも限界だった。
その矢先に、旅芸人一座の来訪である。

(確か、ステントラの情報『ガレアン』にも流れたんだよな。なんかかんか警備するらしいけど、 ひょっとしたらウェイターより稼げるか・・・・)

勢いよく流れる水道の水ですっかり血を洗い流し、新しい肉塊に手を伸ばしながらガイルはうーむとうなり声を上げる。

「・・・・ま、考えておくか」

そうして、また包丁を振り下ろした。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「こんにちはー、ガイルさんはご在宅でしょーかぁってか、ガイルさんいないんスかー?」

間延びした少年の声が、ガイル宅の玄関前から響いてくる。 少年は二、三度ノックをした後、軽く首をひねって、またノックを始める。 そんなことを、すでに二十分以上彼はくり返していた。
・・・・ちなみに、玄関から一メートルほどしか離れていない郵便物入れのふたに、『全員出払い中 こそ泥が盗むもんはねぇ だが菓子類、銃器類、酒類はむしろ盗んでいけ』と書かれた紙が貼り付けられていることには、全く気づいていない。

「あ〜・・・・どうしよっかな。玄関前に適当においておくのも悪いし」

そういって、少年がぶんぶんと振り回すのは黒塗りの一本の棒・・・・もとい、ガイルの愛剣である。

「ゴーゼンのじいさんも、どうして僕なんか・・・・」

ブツブツとつぶやき続ける少年であったが、ふと顔を上げ、分厚い手袋と手甲で覆った右腕をさっとあげる。
やがてばさりばさりと大きく羽ばたきながら、タカによく似た、しかしそれよりも一回り小さな鳥が、がっしりとそこに留まった。 少年はにっこりと笑いながら、剣を扉に立てかけ、左手でくちばしの横をそっと撫でる。

「よう、雨李うい。おかえり〜」
「クゥ〜」

雨李と呼ばれたその鳥は、目を細め、自分からも少年の手にくちばしをすり寄せた。しばらくの間そうしていて、ゆっくりと 次第に声を高めながら、雨李は何事かを話し始めた。それを聞いた少年は「あちゃあ」とつぶやき、ため息をつく。

「ガイルさんはバイト巡り、ステントラは行方不明、ティルーナは旅芸人の情報集め、ね。見事にバラバラ・・・・って」

そこで彼は、雨李に「クアッ」と郵便物入れを示されて、ようやく自分の間抜けさに気がついた。

「あ、そかそか。うーん、・・・・とりあえず、寝て待つか」

しかし、特にそれを恥じる風でもなく、少年は剣を抱えたままひょいひょいとガイル宅の屋根の上へと上り。

「おやすみ〜、あ、雨李三人が帰ってきたら教えてね〜」

そのまま本当に眠ってしまった。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



真紅の髪が、少しずつ肌寒さを感じさせ始めた風を受け、ふわりとなびく。
エイルムは気だるげなため息をついて、いつも通りテッドの診療所のドアを開けた。

「ああ〜、いらっしゃいエイルムくん。今日は定期検診だったっけねぇ」
「いつも通りの薬でいいから。試薬は入らないからね」
「ええ、今回のはなかなか力作なんだけど。ほら、エイルムくんの髪の色と一緒〜」
「・・・・あまりにも鮮やかすぎて、もうツッコミたくないんだけど。というかむしろ」
「血の色っぽいですよねぇ」
「自覚あるんだね。というかそんな薬よくまぁぽこぽこ作るもんだよ」

エイルムは先ほどの者よりも一層深いため息をつき、眉間を右手の人差し指でもみほぐした。
そのとき。

ピリッ

「ッ!?」
「どうしました?」

がちゃがちゃと器具の準備をするテッドは、突然石のように硬直してしまったエイルムを見て、眉をひそめる。 器具を机の上に戻し、肩に手を置いてそっと揺する。

「エイルムくん、おーい? ・・・・このまま薬注射しちゃいますよ〜」
「それだけは勘弁ッッッ!!」
「おや、正気に戻りましたか」

といいつつ、テッドは心底残念そうな表情でエイルムから手を離した。しかし、エイルムの顔色を見て、ぴくりと眉を動かす。

「何が」
「・・・・いや、なんだか、これは・・・・」

エイルムはぎゅっと目をつむり、再度開いた。その瞳に浮かぶのは、苦痛と、それに次いで戸惑い。

「ああ、治まった。なんだったんだろう? ひどく不安になる魔力の流れだったけど」
「不安定な、ではなく?」
「うん、術の仕組み自体は、かなりのものだね。けど、その術の効力が、その先が不安でしようがない」

エイルムの淡々とした言葉を聞いて、テッドはうーんとうなり声を上げた。 この町で、魔術の類に関する知識を最も有するエイルムが感じ取り、その上で不安感をかき立てる魔術とはいかなるものなのか。

「そういえば、ステントラの情報網で、今日の内に旅芸人一座がフィロットへやってくるそうですね」

テッドはエイルムに肩を貸し、診察椅子に座らせてポンとその頭の上に手をのせる。

「なにやらまた事件の匂いがしてくるのですが・・・・どーなってんでしょうねぇ」
「さぁ」

エイルムはどこか疲れたような表情で、ぼんやりと相づちを打った。そして、思う。
願わくば、夏のはじまりのような大混乱が起こらぬことを、と。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



その日の昼過ぎ。
ガラァァーン・・・・! ガラァァーン・・・・!

「わぁ、本当に来たよ。すごいなぁ・・・・」

見張りやぐらの上で、来訪の鐘を鳴らすフランツは目を見開いた。
彼の眼下には、色とりどりの衣装をまとい、何台もの馬車を率いて踊りながら町の中へと入ってゆく旅芸人一座の姿があった。