STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第一章 3.暗躍開始?
響き続ける、旅芸人を歓迎する鐘の音。
 ゆっくりと心地よい音量と速さで大気を伝わるその音を、丘の上に立つ人物は顔をしかめて聞いていた。

「何これ。うるっさいたらありゃしないわ。つーかもう町の中に全員入ってんじゃないのよ!? 止めッ!」
「ここで怒鳴っていても、しょうがないだろう」
「ディオ、あんたね、あんたもそのやる気のない顔どーにかしなさいよ。こっちにも陰気〜な感じがうつるじゃないっ!」
「その顔で陰気、といわれてもな」
「……燃やすわよ。それとも何、氷漬け希望?」

 にたり、と笑うその女性は、真っ黒なローブのフードを取り払った。
 その下から現れたのは、金色に見えなくもない薄い茶色の髪・・・・だが、所々一房ずつ漆黒に染まっている。不気味な笑みを浮かべている顔立ちは整っているのだが、黒と紫の染料でこれでもか、と目元をきつく強調させている。唇を彩るのは、毒々しいほど赤い紅……。

「『ゼト』筆頭魔術師、イルミカ。お前の魔術はそうほいほいと使ってよいものか」
「うっさいわね。気が立ってんのよ。ふん、今のところはジョーダンってことにしといてあげる」
 巨大なハンマーとモーニングスターを十字に背負っている男、ゴルセディオに向かって、イルミカはふん、と鼻を鳴らしそっぽを向いた。
 二人もまた、『ゼト』より送り込まれた人材であった。イルミカはゴルセディオが言ったとおり『ゼト』に所属する魔術師たちを統括する筆頭魔術師、ゴルセディオは、その腕と口の堅さなどから表世界から引きずられてきた、『ほぼすべての武器を操る』という 武具鍛冶士(ブラックスミス)。
 二人が上から命じられたことは二つ。
『若草色の髪の剣士など計画妨害に関わった者、これ全員の処分』
『「ガレアン」フィロット支部の機能停止』
 たった二人だというのに、この命令。それは、上の信頼度合いと共に、二人の実力も如実に表していた。
 事実、イルミカとゴルセディオは、どちらの命令も明日の昼頃まで……つまり一日程度でカタをつけられるだろうと考えていた。『ガレアン』の機能停止など、支部を直接叩くなりしてとっととリーダー共を消してしまえば済む話、妨害者の処分も同様だと。イルミカの探索魔法があれば、その所在を掴むことも造作ないこと。

「にしても、お姉様ってばずいぶんご立腹の様子で。そりゃ、ゼンシュが突然音信不通になっちゃって、フィロットが化け物に襲われた様子もないってくれば……あいつがどーなったかは想像つくけれど」

 イルミカはふと、自分と同期だったアサシンの顔を思い出す。下っ端のようにこき使われながらも、実はイースティトの南部訛りを始め様々な言語を扱う者として、結構重宝されていた。実力は比ぶべくもなかったが、『お姉様』の指示を確実にこなす彼を見て、イルミカが少しばかり嫉妬したこともあったのだ。

「……偵察組からは、『闇の欠片』の解放はあの森の中であったらしい、と。そこかしこに痕跡が残っていたそうだな。発生源は、神力を受けて完全につぶされていたとも。だが」
「連絡の途絶えたアイツがどこへ行ったかは分からない、ってねぇ。お姉様でも、探索できなくなってるってことはもう死んでるとしか考えられないんだけど」
「……銃器の類を、扱う者もいるようだと」
「ああ、それも聞いたわ。確か『白い小鳥』の件でも、報告書にあったそうね。全身黒装束の銃使い。まったく!」

 忌々しげに舌打ちをし、イルミカはざくざくと地面をかかとの高い靴でえぐり始めた。そんな彼女を見て、ゴルセディオはため息をつこうとし、何か思い出した様子で「あ」とつぶやきを漏らす。

「なによ」
「……お前、そういえば誰かを捜していると言っていなかったか」
「はぁ? 確かに探してるわよ。それが?」
「どんなヤツだったか。詳しく教えてくれないか」
「なんでこんなときに……ッ」
「あの方から詳細を聞かされたとき、処分対象の人間で何か引っかかった者が」
「それ、本当でしょうね」

 途端、イルミカの目に光が宿った。しかし、それは希望などとはほど遠い、濁った憎悪の光。

「赤い髪、黒い瞳、高度な魔術を扱う、私の記憶に違いがなければ、二十五歳より上くらい。けれど、それよりは若く見えるはず」
「……ああ、いた。そいつだ。ドーセインたちを魔術で足止めしたと。名は」
「天賦の才、エイルム=ハイド!!!」

 イルミカの憎悪の光が、一瞬歓喜とすり替わる。ゴルセディオは無表情のまま……内心、冷や汗をどっと吹き出しながら、イルミカを見下ろした。

「イルミカ」
「ふ、ふふ、こんなとこに、いたのね。あの悪魔の子……っふふふ」
「イルミカ」
「昔とは違うのよ。今だったら、あれに屈辱を味わわせることぐらい、たやすい」
「目的は、一人では」
「行くわよディオ。ふ、ふふふ! もう、待機なんてしてらんないわ」

 不気味な低い笑い声を響かせて、イルミカはさっさと丘を、フィロットに向かって降りていった。その後ろを、ゴルセディオが渋々といった様子で追いかける。

(……少し、手間取るか)

 そう思って、心の中で盛大なため息をついた。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 幾本ものろうそくが、宙に浮いている。
 なんの比喩でもなく、小さな炎を灯したろうそくたちは、溶けることもなく空中に留まっていた。
 そのろうそくの間を、一人の女性が靴の音も高く鳴り響かせて通り過ぎていく。

「ペルソナ様」
「……ああ、お前か」

 双子やゼンシュには『姐さん』、イルミカには『お姉様』と影で呼ばれている女性が、とろけるような笑みを浮かべて跪いた。

「フィロットに、筆頭魔術師とブラックスミスを向かわせました。まぁ、魔術師がどういう行動を取るか、丸わかりですが」
「才なき者が、才ある者を羨望し、憎悪するのは過去から変わらぬこと。そのあたりは気にせん」
「そうですわね。さて、今回はどうなってくるのでしょう?」
「……そうだな」

ろうそくの光にうっすらと照らされた黒い影が、もぞりと動く。女性はそれを見て、思わず身震いした。

(あーっっっ!! この美声、もうたまんないったらありゃしないッッッ絶対絶対、顔もいいはずなのにぃいい!!)

恍惚とした笑みを浮かべる女性に、影は全く動じることもなく淡々と続けた。

「黒装束の銃使いが、どう動くか……」
「は?」

女性は笑みを消し、訝しげな表情で影を見返した。

「あの」
「当然、魔術師と鍛冶士が命を無事遂行させたならば、そちらも報告を挙げろ。だが前回の暗殺者のようなことになった場合」

影はそこでいったん言葉を切り、ぐっと威圧感を増した声で告げた。

「貴様にも、責任をとってもらおう」
「そりゃもう喜んで!!!!」
「……は」

女性は条件反射のごとく叫び、次いで顔を赤らめた。うっすらと、影がたじろぐような気配がしたが、気づいた様子はない。

「ああ、ペルソナ様、失礼いたしました。ですがどうぞ、責任を迫るならば私、どのような拷……」
「戻れ。我の言いたいことは言った」

途端、女性は心底落胆した様子でがっくりと肩を落とし、「では」と一言つぶやいて、とぼとぼとろうそくの間を戻っていった。
残された影……ペルソナは、しばらく沈黙し。

「……あの女、一体どういう精神を」

と、苦悩に満ちた言葉をぽつりとこぼした。
外の世界に溢れる単語、それにもう少し触れていれば、彼女の精神を表すににぴったりなものもたやすく分かったことであろう。