□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第二章 4.魔法合戦 旅芸人一座がフィロット中を巡り、明日の朝一番から興行をさせてもらうとビラをまいて、それぞれ町長宅や宿屋にぞろぞろと泊まり込んだ日の夜。 「・・・・本当に、なんなんだろうコレ」 自宅の屋根の上で、いつも着ているマントだけではなく家の中からも持ち出してきた毛布をこれでもかというぐらい体に巻き付けている、もこもこな姿のエイルムがぼやいた。 今日テッドの診療所へ検診に行った際に感じた魔力。一度は途切れたあの魔力が、旅芸人一座が町の中へ入ってからは一度も消えることなく、町全体を覆うかのような動きを見せているのだ。 感じる魔力に関して、系統はエイルム自身の保持しているものとそう変わらず、全体の質となると彼のほうが二、三段階ほど上といったものだった。ただ、コントロールはなかなかのもので、実際エイルム以外でこの魔力に気づいた者はいないらしい。あの神力を受け継ぐ双子でさえ感じ取っていないのだから、その他に誰かがいれば驚きなのだが。 「うっとうしいよね。こんなんじゃ息が詰まりそうで、おちおち寝てもいられないよ」 明日はみんなで興行見物するのに・・・・とぶつぶつ言いながら、エイルムは杖を抱え直した。彼の髪と同じ、真紅の宝玉がはめ込まれたその杖は、月明かりの下でもその色を損なっていない。宝玉自身が、秘められた魔力を光に変え、内から照らしているのだ。 と、エイルムはまた身震いした。どちらかといえば秋や冬の期間が長いフィロットである。病弱なエイルムにとって、今こうして屋根の上で見張りをすることなど自殺行為と等しい。 「さて」 一体なんなのだろうか・・・・と、再度感覚を未知の魔力に向けたところで。 ボッ、と燃え上がるかのように、魔力がある一点で爆発的に高まった。 「・・・・」 やはり、不安になる。なんだろうか、この『禍々しさ』は。 歪んでいる、捻れている。この魔力が発生させる現象に、かぎりなく恐怖してしまう。同じ魔術師であるはずなのに、魔力だってそう変わらないはずなのに、その力のベクトルが、まったく異なる。 エイルムは毛布を屋根の上にたたんでおき、杖を構えて詠唱した。ふわり、と体が浮かび上がる。そのまま、魔力の高まった地点へと飛翔した。別に 三分とかからずに、エイルムはそこへ到着した。 北の、店も住宅も少ないフィロットの中でもひらけた場所の上空である。そこには。 「・・・・ふふ、ふふふふふ、ホント、本当にここにいたのねあんた。うっふふふふふ」 「・・・・」 本当に、勘弁して欲しい。 エイルムは心から思った。どうして今、こんなときに、この人物と相対しなければならないのだろうか。 「えっと、すみません。造作はなんとか覚えてるんですが、名前は忘れてしまいました」 「べっつにー? あんたがあたしの名前覚えてるかなんて、これっぽっちも期待しちゃいないわ。それにもうその名前、使ってないし。つーか」 そこで言葉をきり、漆黒のローブをまとう魔術師イルミカは、吐き捨てるように言った。 「エイルム=ハイド。あんたにあたしの名前を呼ばれたくなんかないわ。さんざん人を馬鹿にしておいて・・・・善人面して。今はねぇ、イルミカって名乗ってるの。あこがれの人から頂いた名前なのよ。前の名前なんかより、ずっとずっと素敵だわ」 「ま、名前のことはおいておくとしまして、イルミカさん、あなたわざわざ何しに来たんですか。僕があの町を出て行って消息不明になって、清清したんじゃ」 「確かに、あのとき『天才』の名をほしいままにしていたあんたがいなくなって、清清したわよ? つい数時間前までは。こんなとこにいるなんて・・・・ふふ、お似合いねぇ、やっぱ天才はこーゆー非凡な町に住むべきって?」 「やかましいですね」 実にはっきりと、エイルムはイルミカの戯れ言を切り捨てた。余裕ぶってにやついていたイルミカの表情が凍る。 「僕の質問に、答える気はないんですね?」 「はん、当然よ。あたし、これでも口は堅い方だし」 ふふん! とイルミカは鼻で笑う。メッシュにド派手メイクな不良魔術師が言っても、それほど説得力はなかった。だが、確かに口を滑らせそうにない。エイルムはため息を一つついた。 「じゃ、僕も明日予定がありますし、危険と判断した要素は・・・・イルミカさん、あなたを含んですべて排除させていただきます」 「あら? できるかしらねぇ。名高き天才エイルム=ハイドでも、あたしの魔術が『どんな効力』なのかは予想できないでしょ?」 直球だった。思わず「ぐ・・・・」と呻いて表情をゆがめる。イルミカは実に楽しそうに笑って、はたと思い出したかのように付け加えた。 「そういえば、この辺一帯どれだけドンパチやらかしても、周囲に気配が漏れないようになってるから・・・・助けとか呼べないわよ」 「あ、そう」 乱暴に答えて、エイルムはふぉんんっ、と杖を振る。真紅の宝玉によって、練った魔力がさらに鋭く、研ぎ澄まされていく。 「フレイム」 キュンッ、と短い金属音のようなものが響いたあと、杖の先端を中心に紅蓮の魔法陣が現れた。燃え上がる魔法陣は複雑な文様を描いており、くるくると時計回りに回転を続けている。 と、出現からほとんど間をおかずに、魔法陣から連続して炎弾が放たれた。魔法陣が一回転する内に五つ・・・・五回転、つまり計二十五の炎弾が、たった一度の詠唱とは思えない威力を持ってイルミカに迫る。 しかし、イルミカは己を狙って飛翔する炎弾を見ても、笑みを崩すことはなかった。 「制御無視・絶対支配・攻撃反転」 両手の中指の先に発生した銀色の輝きを使って、イルミカはくるりと、エイルムの生み出した『フレイム』の魔法陣よりずっと簡単な二つの魔法陣を描く。また二つ、計四つ。 「炎弾吸収」 音もなく、炎弾はすべてイルミカの魔法陣の中へ吸い込まれていった。目を見張るエイルムに、イルミカは中指を向ける。 「指示実行」 「な、んだ? その魔術」 エイルムは少し混乱していた。イルミカのつぶやく言葉は、魔力こそ込められているものの本来の魔術詠唱とはかけ離れていた。 そうこうしている間にも、エイルムの炎弾を吸収した銀色の・・・・今は紅蓮に変化している魔法陣は、エイルムの四方を取り囲んでいた。糸のように魔法陣の光がほどけて、一つの球体をした檻になる。 「どっかーん」 ドォオオウッッッ!! イルミカの一言と共に、エイルムを完全に閉じこめた魔法陣はそのまま爆発した。すさまじい音と閃光が周囲へ広がるが、地上からはなんの反応もない。 ぐぐっとこぶしを握り、イルミカは「きゃっほー!」と子供のように叫んで、空中でジタバタし始めた。 「あっははははっはははやったじゃないあたし! あのエイルムの魔法を吸収しただけじゃなく反射、攻撃まで完璧にコントロールしてやったわぁ!」 「確かに完璧、だったけどね」 ぴたりとイルミカが振り回していた腕が止まる。くるりと素早く仰向けになって、不機嫌そうに眉をひそめた。 「でも、やっぱりまだ死なないか」 「そりゃあ、やり方こそ初めて見る魔術でしたけど、別に対処できないわけじゃありませんし。魔法陣の隙間にチェルフロアを潜り込ませれば、あっという間ですよ」 ふわふわと、イルミカよりも少し高い場所に漂っているエイルムはこともなげにつぶやく。ばたばたと夜風に煽られるマントも、なびく長髪も、どこも焦げていない。 ぎりっと歯がみするイルミカだったが、実際この程度のことでこの天才が倒せるとは思っていない。ただ、彼の高度な魔法に自分もやはり対抗できるのだと、一瞬気分が浮ついて・・・・。 ガキャン! と、イルミカの周囲を包む物理攻撃対策用の結界(エイルム相手に意味はないが、保険)に、何か壮絶な勢いの攻撃がつっこんできた。方向は背中側・・・・仰向いているので、実際には地上から、ということになる。 「なっ!?」 イルミカはエイルムを意識しつつ、結界がはじいたそれを検証した。魔力や神力を帯びているわけでもなかった。ならば弓矢も、投石もあり得ない。地上の家屋が小指の爪ほどに見えるほどの高さなのだ。だいたい、二人が空中で交戦していることなど誰にも分かるはずが・・・・。 『イルミカ』 激しく動揺するイルミカの脳内に、直接地上で待機しているゴルセディオの声が響いた。イルミカの作った魔術具による遠距離通信である。イルミカは訝しげな表情で自分を見下ろすエイルムをにらみ返しながら、ゴルセディオに返信した。 『一体何よ。今の、あたしを狙った攻撃は!?』 『驚きだ。まったく、驚きだ・・・・黒装束の、銃使い』 ゴルセディオの口調は、まったく変わらない。 『打ち合わせの通り、お前が不利になったら地上戦で援護・・・・というのは、少々難しそうだ。この銃使いは、どうにかしてみるが』 そこで通信は途絶えた。 イルミカは、やはりエイルムを睨みつけたまま、何も言わず、何もしなかった。 うっすらと銃口から煙がのぼる回転式拳銃(リボルバー)を、ぷらぷらと気軽に振って、ステントラはゴルセディオを眺めていた。ゴルセディオも同じように、両手に背負っていた武器を持ちつつも『まったく構えず』にステントラを眺めている。 「・・・・あんた、上にいるやつの仲間、なんだよな?」 「ああ、まあ、そういうことになるか」 言葉、というか、態度から雰囲気から何から何までやる気なさそうな男だった。ステントラは銃の持ち手でごりごりと頭をかく。 (まったく・・・・なんでこう、頻繁にこういうヤツらがここに来るかね) エイルムは自分以外、フィロットの町を覆う魔力に気づく者はいないだろうと思っていたが、唯一彼以外でステントラだけが、町の小さな異常に気づいていた。 少しずつ町を覆っていく、ごく薄い魔力の気配。朝方からぽつぽつとその範囲を広げていたのだ。ステントラでも、気づけるか気づけないかという瀬戸際の流れ・・・・しかし一度気づいてしまえば、なかなかうっとうしい感覚であった。 そこで、魔力の流れが途切れなくなった夕方頃から、エイルムと同じように張り込んでいたわけである。そして彼と同じ時刻に、魔力の高まりを感じて、わざわざ走ってここまでやってきたのだ。途中で魔力も、エイルムの気配も感じられなくなってしまったが、代わりにあからさまな『なんの気配もない空間』が現れたため、そこを目指した。そして魔力の流れの源は、この上空にエイルムと共にあり・・・・。 「なぜ、ここが特定できた」 「まぁ〜気配も魔力も神力も、人並み以上に感じられるからかね? おっと、どうしてとかは聞くなよ。これでも極秘情報なんだからな」 ステントラはそういって肩をすくめた。ガイルやエイルムには確かに少々劣るかもしれないが、彼らはそれぞれの感知能力が突出している代わりに、他の気配にはなかなか疎い。その点、ステントラの感覚の鋭敏さは型破りであった。 ゴルセディオはほんの僅かに首をかしげ、やはり無表情のまま小さく舌打ちをした。 「黒装束の銃使い、か。なるほど、確かにどこもかしこも真っ黒だ」 「まるで会う前から知ってるみたいな口調だな、それ。あんたも、やっぱどこぞの組織の人間か」 「・・・・沈黙しても反論しても意味はなさそうだな。とりあえず肯定しておくか」 ゴルセディオは左手に持っていたモーニングスターをひょいと振って、鉄球部分を地面にめり込ませた。それを見ても、ステントラは顔色一つ変えない。 「私はお前が言う『組織』とそれほど関わり合いがある方ではないが、まぁ、それらに対する問いは黙殺させてもらおう。あと、黒装束の銃使い、上からの指令に従って、消えてもらう」 「・・・・悪役全開だなオイ。今までのヤツらとは格が違うってか」 「今までのヤツら、とは」 「知ってんだろ。ドーセイン率いるウザイ名前の盗賊団、その息子、そしてあのアサシン、ゼンシュだっけ」 「・・・・ふむ、『変人の町』、とは・・・・よほど騒動に巻き込まれる運命なようで。不運だな。完全に目をつけられているぞ」 「あの町の人間なら、そんじょそこらの組織じゃ逆につぶされるわ。『ガレアン』も少しずつ動いてきてるしな。推測される組織名も言ってやろうか? ベラベラしゃべる副リーダーが知り合いなもんでね」 ステントラは左手にも自動式拳銃(オート)を構え、一つ一つ区切るように、名前を挙げていった。 「『鷹の目』、『レディウスト』、『水の使者』・・・・これはこないだ潰されたが、残党もまだいるらしいし。『暗影戦団』、『ミチカ』」 「ずいぶん、古くからあるものばかりだな。それに規模も大きい。国相手か、ともすれば大陸全体を相手にしたものもあるな」 「最近、格下の盗賊たちが消えて町村の被害が減った代わりに、首都やらなんやらを標的にした事件が増えてきている。力のあるヤツが、人員かき集めてんだろ。だったら、これぐらいの規模じゃなくちゃな」 「だが、今お前が挙げた盗賊、暗殺集団は、すでに潰されて」 「もう一つ。これらを越える規模でありながら、ほとんど表舞台に名が出ることもなく、いつの間にかその行方をくらました組織があるだろう」 『ゼト』。 「・・・・」 「盗賊、というか、だいぶ暗殺集団よりだったらしいがな」 「『ゼト』か・・・・しかし、それこそ夢のような話ではないか」 「だから言ってんだろ。推測だって、な!」 瞬間、ステントラは両手を前に突き出し、リボルバーから一発、オートから三発ほど撃ちだした。狙いはゴルセディオの両腕・・・・。 「な」 が、弾丸は彼の持つモーニングスターとハンマーの持ち手で、簡単にはじき返された。ギキキキィッン! と跳弾音が響き渡る。 「そういう芸当を見るなんざ、ネファン以来だな・・・・」 「ほう、そのネファンという者も、銃器対抗策を身につけているのか。まぁ、それはいい。どうする? 銃使い。弾切れになるまで撃ち続けてみるか?」 「というかさぁ、その銃使いって止めてくんない? 俺は『メカニック』っつー職なわけ!」 言いつつ、もう一発リボルバーで撃つ。モーニングスターの持ち手の部分が数センチずれただけで、やはり弾丸は防がれた。 (あー、厄介・・・・) たまらず舌打ちをするステントラだったが、唐突な魔力の乱れを感じて、思わず空を見上げる。 そこには。 「銃使い相手なら、ディオもまぁ大丈夫か」 「銃、使い・・・・? まさか、ステントラ?」 イルミカの投げやりな言葉を聞いて、エイルムはひどく驚いた。 「まったく、なんでこうも見破られるのかしら・・・・? あんたはまだ分かるけど」 かなり不機嫌そうに言いながら、イルミカはごそごそとローブの袖の中をまさぐった。目的のものをそこから取り出し、またにんまり笑って、エイルムを見上げる。 「もぉいいわ。魔法で勝負してあんたを越えるっていうのが、あたしとしては一番うれしーことなんだけど、今はもう目的遂行が先ね」 「待って。あなたが今使っていた、新型の魔術? について」 「答える気はないから。というか、答えると思って?」 中指だけではなく、両手の指十本すべてを銀色に輝かせて、イルミカはぐるりと自分を中心に光の円を描いた。高度を下げてそこから抜け出すと、先ほど取り出したものをその円の中央へ投げる。 薄く紫がかった、表面がつるつるしているこぶし大の石だった。 エイルムはそれを見て息を呑む。魔法陣でもなんでもなかった光の円が、その中心を石が通過した途端、一度だけ彼が見たことのある・・・・しかし、使うことの無かった魔法陣へと変換された。 「しょ、召喚術!? 契約召喚ならまだしも、封印召喚なんてあなた何考えてるんですか!?」 魔力を使う魔術にも、神力を使う神法(しんほう)にも属さない召喚術。 基本的に、その発動するためのエネルギーは魔力でも神力でも精霊力でも構わないのだが、莫大な量を消費するため、使うのは歴史に名を残す賢者たちぐらい。召喚者の命には必ず従うという特殊な霊獣を呼び出す術。 ただ、エイルムの言う封印召喚とは、霊獣との契約を結び行う契約召喚よりも、エネルギーの消費は少ないが危険は何倍にも跳ね上がる召喚術のことである。早い話、『何が召喚されるかわからない』のだ。ひょっとすれば、魔界を徘徊する高位魔族なんかを地上に呼び出してしまうことだってある・・・・らしい。所詮書物に書かれていただけのこと、まず、こんな術を使える人間がいるわけないだろうと思っていた。 「召喚者の用意した適当なものを核として、召喚者の注いだ力の強弱関係無しに召喚対象を引きずり出す・・・・。これが普通の封印召喚よね〜確か。でも、あたしのにその心配はないわよ」 ふふふと笑って、イルミカはゆっくり両腕を広げる。 「これこそ本当の意味で『封印召喚』っていうんじゃない?」 「・・・・えっと、まさかその石が、いえ、その石に召喚対象が・・・・?」 「その通り」 イルミカの一言と共に、魔法陣が吹っ飛んだ。驚愕のあまり結界を張り損ねていたエイルムは、その衝撃波をもろに食らって、さらに上空へ。気圧の微妙な変化、薄くなる酸素、体の弱いエイルムは、すぐに意識がもうろうとし始めてきた。 (まずい) そんな不安定な状態のまま、結界を張り、チェルフロアで場を移動、なんとかまともに呼吸の出来る高度にまで戻ってこられた。少し耳の調子がおかしくなったが、そんなことに構ってなどいられない。 イルミカはエイルムのいる場所よりだいぶ下に浮かんでいた。そして、自身の足下をじっと見つめている。彼女と同じものを見て、エイルムは呆然とした。 ごぼり、ごぼり・・・・ ごぼり 注がれた魔力の残滓である光の粒を周囲に浮かべるそれは、なんともおぞましい姿だった。イルミカが召喚の媒体とした石と同じ色で、歪な球形、その表面は止まることなく泡立ち続ける。 と、泡立ちがある一カ所に集中し始めた。ぐぐぐ、と盛り上がり、エイルムはそれを息を止めて眺めている。 ゴボンッ! と、泡が割れた。 「くきゅぅ〜!!」 「やんカワイー!!」 ズルゴケドゲシャッ! ・・・・地上でならこんな感じな音を響かせていたであろう、エイルムのコケっぷり。エイルムは心の中でつぶやいた。ちょっと待ってくれ、この流れで、それはないだろうと。 先ほどまでは確かに、おぞましい姿『だった』。しかし、最後の泡が割れた途端、顔を覗かせたのは実にファンシーな―――細かく描写をすれば、まん丸で黒い大きな瞳、可愛らしい鳴き声を連発している小さな口、ふわふわもこもこなピンク色の体をした―――魔獣であった。不気味な紫色の表面は、ぱんっと弾けて溶け消える。 「きゃーきゃーきゃー可愛いッッッ!! 何コレ可愛いわよちょっと!! きゃーお姉様ありがとー! やっぱお姉様天才!」 「・・・・」 一人ハイテンションなイルミカである。自分が呼び出した魔獣に飛びつき、その体にほおずりまでしている。 「というわけで天才エイルム=ハイド! あたしの召喚したこのかわいー魔獣に倒されなさいっ!!」 「くきゅっ」 「・・・・ちょっと、本当に待って。とりあえず誰か、ツッコミを・・・・」 エイルムは切実に、その存在を求めた。先ほどまでのあの怨念に満ちたドロドロとした空気はどこへいったのだ。知らず知らずのうちに、エイルムの高度も気力と共にどんどん下がっていく。 と、そこで。 「な、なんじゃーそりゃー!?」 「・・・・イルミカ、お前の事前説明じゃもっとおどろおどろしいものだったように思えるのだが」 地上で戦闘中だった二人からツッコミがやってきた。エイルムとイルミカ、そして魔獣は、いつの間にかそこらの二階建ての屋根ほどの高さにまで下がってきていた。ここからなら、姿も声もはっきりする。 「ステントラ、どうして君がここに来れたのかとかイロイロ疑問は残るけど、まずはツッコミありがとう」 「いやいやいや、エイルムさん? 流されちゃダメだぜそんな脱力状態じゃ戦闘不能も同然だろー!」 「あー、僕はこういう状況に対してあまり免疫ないんだよね。だからこう・・・・いいや、もう、この件に関してはもう何も言わない。・・・・ふーん、魔獣ね。厄介なもの召喚してくれましたね」 「そこで無理矢理シリアスなセリフ言ったところで、むしろ状況の勢い加速させてることに気づけよッ」 指先まできっちりそろえて、ビシッと古典的なツッコミを披露したのち、ステントラもうんざりした様子で戦闘体勢に戻る。その目の前では、ゴルセディオもやはり無表情というか、その中にもはや哀愁すら漂わせて、イルミカと魔獣を眺めていた。 ただ、そんな中でも一人、召喚者のイルミカだけは変わらずに、魔獣をせっせと撫でながらエイルムに向けて不敵な笑みを浮かべ続けていた。どぎつい化粧女にファンシー魔獣とは、なんとも気の抜ける組み合わせであった。 「さぁーあ行きなさいファンシーちゃん!」 とうとう名前までつけている。しかも確実にその魔獣がどういう容貌か理解した上で。エイルムは頭が痛くなり、こめかみを軽くさすったが。 「う、わっ!?」 「きゅんっ」 魔獣の攻撃はなかなか鋭いものだった。そのふわもこな体毛に隠されていた漆黒の爪が左右三本、計六本まとめてエイルムに襲いかかる。 とっさに結界を張るが、魔獣の爪はその結界すらも切り裂いて、うち二本が驚くエイルムの右腕と右足を切りつけた。がくん、とエイルムの体が傾ぎ、一気に地上へ落下する。 「あ、ぶね!?」 すかさずそれをステントラが受け止めた。だが、エイルムはぐったりしたまま、固く目をつむっている。足のほうはまだ傷が浅いが、腕は手首から肘に向かって一筋、すっぱり切り裂かれていた。溢れ出る鮮血で、手も服も地面も赤く染まる。 「くそ、ふざけてるわりに深刻・・・・」 「い、痛い、本当に、これ痛いよ・・・・」 「って、意識あるのかよ!?」 エイルムは涙目で自身の腕と足を眺め、高速詠唱で治癒魔法を行使した。あっという間に傷はふさがり、エイルムは身軽な様子でステントラから離れる。 「結構な重傷だったろーが。なんでそんなぴんしゃんして」 「あはは、まぁ、ウィリンちゃんやテッドと毎日のように顔を合わせてれば、それなりに怪我もするということで。簡単に言えば慣れかな?」 「今みたいなばっくりな傷も慣れの一言で済ますのかよ!」 ステントラがひとしきり叫んだところで、魔獣が二人の頭上を、再度爪を構えて襲いかかった。今度は結界を張らずに、爪の攻撃範囲からそろって跳び退る。そのとき、ステントラはオートを三発ほど魔獣の腹部に打ち込んでみたが、魔獣の体から離れたピンク色の体毛が綿になって宙に残るだけで、たいしたダメージにはならなかった。 「銃はともかく、魔術の産物である結界まで無効化するみたいだね、あの爪・・・・かな。あの魔獣、ただの魔獣じゃないみたいだね」 「すでにあの外見からして魔獣という存在否定できるっつの。魔獣ったら魔族に属するものだぞ。あんな可愛いわけある、かぁ!?」 ステントラの言葉が最後、叫び声に取って代わったのは、背後からモーニングスターが迫ってきたためである。一撃粉砕の威力を持った棘つき鉄球は、一瞬前までステントラの頭があった場所を通過し、ドッと地面にめり込んだ。 「あ、あぶねー!! 頭が飛ぶ、飛ぶっ」 「消すと言ったろう。しかし、実に今は隙だらけだったな。先ほど相対していたときとは大違いだ」 「なんかもうあの魔獣のせいでテンションおかしいんだよ! あんなの見ながらシリアスなんぞできるかぁっ!」 「あ、ステンシ・・・・噛んじゃった」 「エイルム、お前もか。お前もそのボケか」 泣きそうな声でステントラは言って、エイルムと共に魔獣の攻撃を避けた。ついでに、ゴルセディオに向かって一発。当然のように防御され、ステントラはぐしゃぐしゃと自分の髪をかきむしった。 「っだー!! 銃器が効かない敵とかホント大っ嫌い!! 腹立つ!!」 「ちょ、ちょっとステントラそんな自棄おこさないでよ! まったく」 全快した右足で地面を蹴り、エイルムは再度浮かび上がった。くるりと杖を回し、その残像を魔法陣に構成し直す。周囲に冷気が漂う。今度は炎の魔術ではなく・・・・。 「アクア」 ドシュンッ! と、魔法陣のど真ん中から水の槍が飛び出した。大気を切り裂き宙を飛ぶそれは、方向転換しようとした魔獣の左脇腹をかすった。「ぎゅうっ」と、魔獣らしい禍々しい鳴き声があがり、つぶらな瞳に憤怒の色が浮かぶ。 水の槍に裂かれた脇腹から、はらはらと漆黒の光がこぼれてきていた。エイルムはそれを見て、ふむと頷く。 「魔獣にはやっぱり魔術、ってことかな。まぁ一番効果的っていえば、やっぱりミリルの使うような神法なんだろうけど」 「あああファンシーちゃん! おのれエイルム=ハイド。あんたこんな可愛い子を傷つけてなんとも思わないわけ!? 冷血漢ー!」 「あんたは少し黙っとけ、厚化粧」 「なっなななななっっっ!!!?」 ステントラはさらりと、あえてエイルムも言わないでいた禁句を放った。ゴルセディオの表情がおもしろいぐらい露骨に、凍る。イルミカはがくがくぶるぶると全身を震わせていたが、唐突に左手を魔獣にかざし、新たな指示を出す。 「エイルム=ハイドよりまずアイツを始末なさいファンシーちゃん・・・・うふふ、問答無用よ。この変質者ッッッ!!」 「へ・ん・し・つ・しゃ・だああああああっっっ!?」 次に、向こうが禁句を放った。ゴキブリよりも不審者よりも、より直接的だった。ずばっとマントをはためかせ、どこからともなくステントラ自身の身長ほどもあるバズーカを取り出した。 「許さんっっ!! 本気でキレたかんな俺も!!」 「ステントラなんかキャラが違うよ! というかそんな物騒なものどこから」 「大人にはヒミツの一つや二つあるのだよ」 言って、ステントラはバズーカの引き金を引く。ズドゴッ! とすさまじい爆音がしたかと思うと、一瞬遅れて閃光、轟音、煙幕・・・・。 エイルムは頭を抱えながらも、風の魔術を使って煙幕を取り払った。そこにいたのは、耳を押さえて顔をしかめているゴルセディオ、あ然としているステントラ、そして、魔獣の陰に隠れて得意げな表情をしているイルミカ。・・・・あの魔獣は、バズーカの一撃すら無効化してしまったようだった。 (いや・・・・?) エイルムはすっと魔獣を見つめる。イルミカとステントラの間に浮かぶ魔獣は負傷したようには見えないが、ぴくりとも動かないでいた。ひょっとすれば、今のバズーカの轟音で感覚が麻痺しているのかもしれない。攻撃を仕掛けるならば、今のうち・・・・。 「アース」 エイルムは地上に降り立ち、素早く指を動かして小さな魔法陣を地面に描いた。とん、と杖でその中心を突き、再度浮かび上がる・・・・というよりも、勢いよく飛び上がった。 エイルムの魔術を受けた地面は、彼の魔力を目標の真下にまで伝え、目に見える形に構成された。つまり、岩の槍、である。腹部を突き上げられた魔獣は、エイルムが先回りしている上空へ吹っ飛ばされた。 「ファンシ」 「四方陣、展開」 杖を持った左手を前に突き出し、半身になって構えていたエイルムは短く詠唱した。音もなく、エイルムの目の前へ十字に位置した五つの魔法陣が浮かび上がる。中央の魔法陣を囲む四つの魔法陣が、反時計回りに回り出し、それぞれ赤、青、黄、緑と鮮やかな色に変化していく。 「ワイド・バースト」 そして、魔獣が完全に射程範囲に入ってきたのを確認して、エイルムは魔術を発動させた。五つの属性を付与された魔法陣が、一斉に無防備な魔獣の体を貫いていく。 「ぎゅごがぁああああああああ」 耳障りな絶叫をあげて、可愛らしい容貌の魔獣は消え去り、最後にぽつんと残された媒体の石は、数秒後、ぱぁんっと砕け散った。 「あ」 「イルミカ、一時撤退だ」 「こ、こ、こんなことってぇええええふざっけんじゃないわよエイルム=ハイドぉ! そこの変質者も、覚えてなさいよぉおおお」 イルミカは髪を振り乱し、鬼女のような表情で二人を睨みつけると、ゴルセディオの隣へ移動、そのままあっという間に消え去ってしまった。後に残されたのは、ほっと一息ついているエイルムと、これ以上ないほどへこみまくっている様子のステントラ。 「・・・・えっと、ステントラ?」 「ぐ、ぅぐ、二度も、二度も、変質者って・・・・」 「不審者とそう変わらないと思うけど」 「エイルム、それは激しく違う、全否定する。ものすごく違う・・・・っ」 ステントラは嗚咽混じりに答えて、結局しくしくと膝を抱え泣き出した。 とりあえずそんな傷心のステントラのことは放っておいて、エイルムは一人首をかしげた。あの二人、一体なにをするつもりだったのだろうか、と。 うっとうしかった、町を包み込む魔力の気配も、全く感じられなくなっていた。 ひとまず、この夜の激しい戦闘は幕を閉じた。 |