□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第二章 5.大脱走 ピュイーッ ピュイーッ! 「旅芸人一座『ピリッテント』! フィロット中央広場にて第一幕開演だよー!」 翌朝、笛や太鼓を叩きながら、十五、六歳の少年少女が町中を駆け回り客寄せ活動を早々に始めていた。 彼らの威勢の良い声に、町はにわかに活気づく。時計台の鐘が鳴らされる頃には、珍しく町はもう目覚めていた。 「初めて見るから、ホントに楽しみです! ね、ガイルさんっ」 「あー、そうだな、勝手に楽しんでろ」 「昨日から引き続きむちゃくちゃ不機嫌そうですね」 「心配そうな声色で言ってもその満面の笑みじゃ全部ぶち壊しだろうが」 ガイルはちっと舌打ちをして、持っていた黒塗りの愛剣の先を、ガツッと地面に突いた。 「ちょいとー、ガイルさん? せっかくゴーゼンさんのとこから持ってきたのに、また傷つけないでくださいよ」 瞬間、ティルーナの隣を歩いている昨日ガイルの元へ剣を届けに来た少年が、困ったような笑みを浮かべて釘を刺した。ガイルは、今度はため息をついて、剣を腰のベルトに差し込む。 「悪い、蓮。だが、お前こそこの剣俺以上に乱暴に扱ってたような記憶があるんだが?」 「あっはっはー、そんなん気のせいですよ。うん気のせい! 別にくるくる振り回してたり寝てる間に屋根からボロボロ落としまくって、雨李に拾ってもらったなんてねぇ」 「ああ分かったよ覚えてろ小僧」 ・・・・ちなみに、蓮は日が変わる頃バイトを終えて帰ってきたガイルの頭上に、先ほど漏らしたようにぽろっと剣を落とし、あわや串刺しにしかけたりもしている。その後、面倒だからと言ってそのままガイル宅の居間に泊めてもらい、朝食までいただき、ティルーナに誘われて興行を見に行こうとしているところだった。 「ステントラさんも私並に楽しみにしてたはずなんですけどねー。一体どうしたんでしょう?」 ティルーナが首をかしげながらつぶやくと、ガイルは心底どうでもよさそうに「知るか」と返した。 ステントラは三人が眠った後に家に戻ってきたらしく、朝目覚めてみたら彼の部屋に気配があった。だが、なぜかしくしくしくしくと、うざったい勢いで泣き続けていた。こちらから関わろうとするのも億劫なので、結局放置してきたが。 「ガイルさんー、そっちは広場じゃないですよ?」 「俺は東通りの警備があるんだよ。お前らはとっとと広場に行け。そろそろ始まるだろ」 「はっ、本当です。では蓮さんいきましょう!」 「そうだね!」 二人は楽しそうに笑いあって、バタバタと走っていき曲がり角で見えなくなった。ガイルはさっさと別方向へ歩き出している。 「東通りには、誰だったか・・・・ああ、メルティナが指揮してるんだっけ。うわ、キツ」 そんなことをブツブツと口から漏らしながら。 フィロット町長の家の庭で、一人の道化師衣装を着込んだ少年が、必死に一輪車に乗る練習をしていた。 ビリーは何度も何度も、近くの木を手すり代わりに一輪車にまたがって、キコキコ・・・・とペダルを二、三度こいではバランスを崩し、勢いよく地面に倒れ込んだ。 「・・・・ったぁ」 涙目で起き上がり、衣装についた土を払う。座ったまま一輪車を引き寄せて、それを支えに体重を預け、はぁーとため息をつく。 「本当に、僕って落ちこぼれだよな」 「ウォンッ」 すると、ビリーのつぶやきに反論するように、目の前の檻の中でじっとしていた真っ白な毛並みの犬が吠えた。それに続くように、周囲の檻から次々と、旅芸人が町長に預けた動物たちの鳴き声が聞こえてくる。 呆然とその声を聞いていたビリーだったが、やがてパッと顔を赤らめると、恥ずかしそうにはにかんで立ち上がった。 「ありがとみんな。うん、僕がそう思ってたら、ずっとそのまんまだよね」 そう言って、また真剣な表情になると一輪車を抱えて、近くの木へ近づいていく。そのとき、最初に吠えた白い犬が、またウォウ・・・・と何かを訴えるように唸った。 「え、木よりも、檻の方がいいって・・・・でも、僕が倒れてぶつかったりしたらすごい音しちゃうよ?」 言った瞬間、大丈夫! とでもいうように動物たちが一斉に鳴いた。ビリーはまたにこりと笑って、ひょこひょこと檻の方へ戻ってくる。 「うん、それじゃーお言葉に甘えて・・・・わ、笑わないでね?」 ビリーは一輪車を左手で立たせて、体を支えるべく右手を檻へと伸ばしていく。 そして、その小さな手がぎゅっと檻の格子を掴んだその瞬間、突然目眩がして「あれ?」と思った頃にはしたたかに体を格子にぶつけていた。 そして、ビリーの体が動物の檻にぶつかったその一瞬で、まるで電気のような銀色の光が、隣り合った檻へ次々と伝播していく。 「振動伝播・施錠破壊・混乱発生」 痛みに顔をしかめていたとき、ビリーはどこからともなくそんな女性の声が響いてくるのを聞いた。だが、ビリーはそんな声のことなど、すぐさま頭から吹き飛んでしまった。 「みんな!?」 ガシャガシャガシャッ! と檻の格子や錠前が砕けて、檻が本来の役目を果たせなくなる。すると、中から警戒心丸出しの動物たちが、次々と飛び出してきた。先ほどまでビリーを温かく応援してくれていたはずの動物たちだったが、今その瞳にはただただ怒りの感情ばかりが、溢れんばかりに浮かんでいる。 「どうしちゃったのさぁ!」 ビリーが叫ぶのと同時に、檻を飛び出した動物たちは狂ったように鳴き声を上げながら、あっという間に庭から姿を消してしまった。 真っ青になってその場に立ちつくしていたビリーだが、はっと我に返ると、慌てて庭から町長の家の方へと駆けていった。とにかく、この事態を誰かに伝えなければ。確か、この周囲には『ガレアン』隊員が何人か・・・・。 「お、君、『ピリッテント』の・・・・」 「隊員さん、大変なんです! 一緒に、広場・・・・団長のところまで!」 「へ!?」 庭の隅でのんびりと見張りをしていた若い『ガレアン』隊員は、ビリーのあまりの剣幕にやや怖じ気づきながらも、わかったと言って、他の警備隊員に『鳥』(『ガレアン』で使われる魔法伝達具。見た目はメモ帳とペン)で連絡をし、彼と手を繋いで、その場を離れた。 二人の姿が遠くなってから、がさりと、庭の植え込みが揺れた。 フィロットの中心に位置する、そのままなネーミングの中央広場。そこで旅芸人一座『ピリッテント』は、午前中の公演の山場に差し掛かっていた。 くるりくるりと、色とりどりのリボンや布が舞い乱れる。シンプルな純白の衣装に金色のアクセサリーをつけた少女たちが、舞台の真ん中に立つその女性に向けて紙吹雪を投げた。その女性、団長クランは両手に銀色の棒を持ち、素早く回して宙に放り投げたり、お手玉のように操ったりしていた。 しばらくして棒を近くの少女たちに、ポンと投げ渡し、軽やかに舞台の上を舞い踊る。少女たちが投げたリボンを数本掴み、艶やかな笑みを浮かべて―――。 「団長危ないっ!」 「え?」 警告の声と共に、舞台近くの客席で小さな悲鳴が上がった。続いて困惑の声。 ゥバウヴァウンッ! その吠え声を聞いたクランは、一旦舞いの手を止めて目を見開いた。舞台の端に駆け寄り、客席を見下ろす。まっしぐらに舞台を目指し駆けてくるのは、町長の好意で庭に置かせてもらっていた動物たちのうち、二頭の犬。 犬たちはよだれを垂らしながら激しく吠え続け、勢いよく舞台へ飛び込んだ。少女たちが悲鳴を上げて、足をもつれさせながらバタバタと逃げていく。 「やめなさい! ロウ、カーズ、大人しく・・・・」 クランは一人、うなり声を上げる犬たちを両手で牽制しながら、ゆっくりと近づいていった。 「ダメだよ団長、離れて!!」 「ビリー!」 と、背後から舞台の上によじ登ってきた少年の顔を見て、クランの意識が一瞬、犬たちから離れた。その隙に、二頭はクランに牙をむいて飛びかかる。 「ヴォウッ」 「っきゃあぁ!?」 なんとか牙はかわしたが、その拍子にクランは舞台から転がり落ちた。そこでようやく広場警備の『ガレアン』隊員がやってきて、二頭の犬を取り囲む。隊員の一人が短く詠唱すると、犬たちの目が虚ろになり、ぱたりと倒れて眠り込んでしまった。 ビリーは涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにゆがめながら、ゆっくりと身を起こすクランの元へ駆け寄った。 「団長、ごめんなさい、ごめんなさい!」 「ビリー・・・・一体、何が」 ビリーは嗚咽を交えながら、事の次第を話した。クランは最後まで話を聞いた後、ビリーの肩をしっかと掴み、真剣な表情で問いかける。 「暴走して逃げていった動物たちの中に、シュリンメルトはいた?」 「い、いいえ、シュリンメルトは、奥の方にいたから、檻も壊れて、なくて・・・・でも、それ以外はみんな」 「それなら、まだ最悪の事態じゃないわね」 クランはビリーを安心させるようにニコ、と笑ったが、すぐに顔をしかめて、右足首に視線をずらす。 「まずいわね、足、ひねってしまったみたい」 「団長殿、この犬たちはどこに連れて行けば?」 「とりあえず、どこか頑丈な檻の中に入れておいて・・・・一座の人間に、水とエサを馬車の中から持って行かせます。残りの者には、暴走した動物を追ってもらいましょう」 自分もそれに加われれば、と苦い表情でつぶやくクランの隣で、『鳥』を使っていた中年の隊員がメモ帳から顔を上げ、にやっと笑って告げた。 「副リーダーに報告したところ、指示が来ました。『「ガレアン」は無論、己の力に自信のある住民たちも総出で動物を捕まえろ、なるべく傷つけないように』・・・・とのことです。それまでは、興行も休んでいただこうと」 「え、それは」 「・・・・補佐官ー、なにやらびっくり仰天、すごく自分としましても信じたくないような報告が、各区域で警備をしていた隊員たちから送られてきましたー」 ぴらぴらと複数のメモ帳を振りながら、曖昧な笑みを浮かべる通信隊員が三人に近づいてきた。補佐官と呼ばれた中年隊員は、眉を寄せながらちらりとクラン、ビリーを見下ろし、軽く手を振って報告を促す。 「えー、つい数分前から、突然町中の動物たちが暴走を始めておりまして、至急、各区域の隊員たちは捕獲に乗り出せーとのことです。はい」 通信隊員がため息をついて報告を終えたちょうどそのとき、広場のあちこちからも、家々から動物の鳴き声が狂ったように響き始めた。 |