STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第二章 7.闇の欠片
「フレイム アース 並行発動!」

ドゴンッ! とすさまじい音を立てて、煉瓦で固められた道が盛り上がり、揺らめく炎をまとった巨大な岩石になった。エイルムが手を振ると同時に、岩石(炎つき)は弾かれたかのようにファンシー魔獣へと迫る。

「ごぎゅががあああああ」
「わぁー、すごいですー!」

べしゃり、と先ほどまで散々自分たちを追い回してきた茶色の魔獣が崩れ落ちるのを見て、ティルーナはぱちぱちと拍手をしながらエイルムを見上げた。その隣で、アイルとベリアも胸をなで下ろす。

「たーすかったぁ! ありがとなーエイルムっ」
「エイルムお兄ちゃん、ありがとうございました!」
「えっと、ホント助かりました・・・・」

口々に礼を言ってくる子供たちにひらひらと手を振って、エイルムは小さな笑みを浮かべた。

「いや、みんなこそ、追いかけられてる間に怪我とかしなかった?」
「「「怪我すると思う(います)?」」」
「え、皆さんその返答の仕方はなんなんですか」
「あー、そうだね。よりによってティルーナにアイルにベリアだもんね・・・・うん」
「納得するんですか!?」

びしりと鋭くビリーがつっこみを入れる。エイルムは一人目を見張った。ここまで健気に、この町の人間へつっこみを入れてくれる人材は少ない。ベリアの兄であるフランツが、今のところ健気さナンバーワンである。
と、そこでなにやらベリアが、魔獣落下地点にできあがっている瓦礫の山近くで、しゃがみ込んでごそごそしていた。

「ベリア、一体なにを」
「エイルムお兄ちゃん、これー」

とてとてと戻ってきたベリアは、ひょいと手に持っていたものを四人の前に差し出した。その差し出されたものを見て、ビリーが誰よりも早く反応する。

「ランリ!」

ビリーがランリと呼んだ、茶色のふわふわ毛並みをしたウサギは、ベリアの手に実に適当な持ち方をされて、下半身をだらーんとさせていた。生きているのか怪しい様子である。
慌ててビリーはベリアからランリを受け取り、そっと両腕で抱え込む。ランリの体は、まだ微妙にふくらんだり小さくなったりと、呼吸が続いていることを表していた。そろりと頭をなでて、ビリーは表情を固くさせる。

「えっと、名前エイルムさん、ですよね。魔術師なんですよね!?」
「あ、うん。見ての通り」
「ビリーさん、大丈夫ですよー。エイルムさんなら、私たちが混乱中のその子を追いかけていたら、突然光ってふくらんでさっきの妙に可愛い魔獣になっちゃったーってダイレクトに伝えても、すべてを丸ごと受け止めてくれますから〜」
「え、何その新展開。っていうか、さっきの魔獣この子だったの!?」

エイルムはしげしげと、自分が吹っ飛ばした魔獣だったらしいウサギを観察した。そっと頭に手を添えて、その体に残ったはずの魔力を確認する。

「・・・・確かに、昨日の魔獣と同じ魔力が残ってる。でも一体、なんで?」
「いや、俺たちに聞かれても。魔法の方面さっぱりだし」
「ああ気にしないで。君たちには欠片も聞いてないから、ただの独り言」
「エイルムお兄ちゃんって、たまにものすごーくマイペースに事を運んで、周りをざっくり斬りつける言葉発しますよね!」
「へ?」

きょとんとした顔のエイルムに、やれやれと肩をすくめる子供が三名、なんとなくベリアの言っていることを理解し小さく頷く子供が一名。ますますエイルムは困惑顔になる。

「えっと、とりあえずこのことも『ガレアン』に伝えなきゃ。ひょっとしたら、ほかの動物も・・・・」
「とか言ってるうちに、なんだかまた別の悲鳴が聞こえて参りますよ〜」

ティルーナは実にわざとらしく、耳に手を添えて体を横へ傾けた。そんなことをしなくても、存分に聞こえてくる。
ズガーゴガシャアー! いやー化け物ーっ逃げろ、さすがの花屋のおにーさんでも敵わん!
パパーあれ欲しい! 馬鹿言ってるんじゃありません! ぎゅごおおおがががががグィーン

「カオスだなー」「カオスですねー」「かおすですっ」「カオスすぎでしょう」「・・・・うーわ」

五人は顔を見合わせてそろって頷き、エイルムのチェルフロアで『ガレアン』が警備していた場所へ適当に転移した。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



ザシュンッ! と鋭い・・・・空を切る音が、むなしく響く。

「だあもうムカツクったら・・・・」
「剣ダメ、弓矢ダメ、鞭ダメなんてー! しかもなんか数増えてますよ!? 可愛いからこそなんか不気味っ」

額に青筋を浮かべ、ぶんぶんと剣と鞘とを振り回しているガイルの隣で、涙目の『ガレアン』隊員が叫んだ。彼の手にはショートボウが握られているが、腰の矢筒はほとんど空っぽに近い。
二人の周囲には動物狩りをしていた一般人の姿はとうになく、代わりに他の地区で合流し増員された『ガレアン』隊員たちが、必死に魔獣と応戦していた。魔獣たちはもふもふとした、なんとも愛らしい姿の内に鋭い爪を隠しており、すでに何名かの隊員は負傷している。
すたっと右手に鞭、左手にダガーを構えているメルティナが、二人の隣に並んだ。

「まったく、物理攻撃をまったく受け付けないなど、面倒にもほどがあります。まぁ、もとがあの狂った動物たちなんですから、そう簡単に殺してしまってはいけないのですが」

そう、この魔獣たちも別の場所で子供たちが見たのと同じく、住民たちが追い回していた動物たちが変化してしまったものなのだ。突然その体がふくれあがったかと思うと、瞬きをしていた間にあら不思議、厄介なことに変わりはないが、動物だったときよりもたちの悪い魔獣のご登場・・・・というわけである。
しかも、魔獣たちは最初一体しかいなかったはずなのに、その一体に苦戦している間にいつの間にか五体にまで増加していた。『ガレアン』隊員の中には魔法攻撃を扱えるものもいたので、その隊員を攻撃の要としてきたのだが、そろそろ限界でもあった。

「メルティナ、お前の『唄』は通用しないのか」
「耳がないのか、とくに効果はみられませんでした。近くの民家の窓ガラスを数十枚割るだけで」
「長官補佐、頼みますからホント町の破壊に荷担しないでください。被害広げないでください」

迫る魔獣に矢を射りながら、隊員がため息をつきつつ小声で訴えた。そのとき。
ドガンッッ!!
轟音と共に、一体の魔獣の体毛がぱっと散る。「ぎょぎゅーっ」と外見に相反するような気味の悪い鳴き声を上げて、魔獣は轟音の響いてきた方向をつぶらな瞳で睨みつけた。

「ステントラ、お前あのまま部屋の中で湿気て全身に苔でも生やしてたんじゃないのか」
「その言いぐさは本当に傷心まっただ中の人間にかけるものじゃないよねガイルくんっ!? しかもちゃんと応援にきたってーのにさぁ」
「その割に大したダメージではなさそうですが」
「あっはっはー、やっぱ銃ダメかー、魔法しか無理かー」
「役立たず」
「なにをー!!」

絶叫しながら、裏路地から飛び出してきたステントラは、立て続けにリボルバーの引き金を引く。六発全弾、確実に魔獣の体を撃ち抜いたはずなのだが、当の魔獣はけろりとしている。
舌打ちするステントラを尻目に、今度はメルティナとガイルが動いた。別の隊員グループを吹っ飛ばしてこちらに突進してきた魔獣と、ステントラが攻撃した魔獣、二体まとめて攻撃する。

「っと」「ふっ」

冷気を帯びた鞭が二体を素早く打ち据え、人の目に見えないほどの速度で振るわれた剣から巻き起こった鋭いかまいたちが、一瞬硬直した魔獣の身を切り裂く。

「ぎょぎゅががぁああっ!!」
「まだ倒れませんか。まあ元々、クラウンの技もナイトの技も、それほど魔力を練って使用するわけではありませんからね」
「・・・・俺は、あと一発撃てるかどうかというところなんだが」
「ガイルー、それは主人公として情けなさすぎるぞー。お前の唯一の人外技じゃねーか」
「黙れ一番異世界ファンタジーぶち破ってるヤツが言うな」

舌打ちをしつつ、ガイルはまた剣を構え直す。先ほどまで隣にいた狩人の隊員は、少々隊形の崩れた別グループに向かっている。空を漂う魔獣は、依然減らないまま・・・・。
と、そこで、視界の隅を赤い何かが通り過ぎた。あまりの早さとその意外さに、ガイルは理解したものの、とまどう。ステントラとメルティナも、同様に驚いていた。

「右に陣 上に印 チャージャー発動」

ふわりと、魔獣たちと同じように宙に浮いている赤髪の魔術師エイルムは、右手をそっと己の胸の前に差し出して、短く詠唱した。濃い魔力の固まりが、真っ白なもやとして・・・・他人の目に見えるほどにまで高められていく。

「開放 テナショット」

すい、とその手が差し上げられた。今まさに別グループの隊員をその爪で切り裂こうとしていた魔獣まで、がちりと固まる。
エイルムの手の上で、もやがはじけた。いや、はじけるなんてものでもなく・・・・目に見えない、魔力の爆発だった。音なき音が、魔獣どころか周囲にいた人間まで若干巻き込む。

「うっ」「あ」「んごっ」

ガイル、メルティナ、ステントラもそろって顔をしかめた。それぞれ魔術に馴染みの少ない職であったからまだよかったものの、『ガレアン』隊員の魔法使いやウィザードたちは、あまりに強力な魔力の波を食らってひっくり返っている。
さて、エイルムの放ったテナショットをそれぞれ打ち込まれた魔獣たちはといえば、隊員たちのものとは段違いのその威力に、実にあっけなく地上へ落ち元の動物の姿に戻った。

(ん?)

そんな、地面でのびている動物の内一匹を見たとき、ガイルとステントラは小さく首をかしげた。しかし、ふよふよとまだ浮かんだままでいるエイルムが近づいてきたので、とりあえず。

「エイルム、突然の登場ものすごくありがたく思ったんだがな、あの馬鹿みたいな威力の魔術は一体なんだ」
「え、一応無属性のテナショットだけど」
「嘘つけぇ!? 魔法使いとして必ず使えなきゃならん初歩中の初歩魔術、あんな威力でぶっ飛ばされてたまるかぁ!! しかも何気にチャージャーで魔力増強してたし! そんなんいらんだろお前なら!」
「だって、五体も一気に元に戻すには、やっぱりもうちょっと術の強化しといたほうがいいかなーって」

そこで、エイルムの言葉を聞いていたメルティナが眉をひそめた。

「元に戻す・・・・ということは、あなたはあの魔獣が暴れまくっていた動物だと、知っていたのですか」
「ああ、うん、まあね。さっきも一体元に戻したし」

でもなんであんなことに・・・・と、ぶつぶつつぶやきながら腕組みをするエイルムを見て、ガイルはステントラの肩を叩いた。

「ん?」
「お前・・・・見えたか?」
「あ、なになに、ひょっとしてガイルも見えた? さっきのやつ。俺はばっちり」
「真っ黒なゴーグルしてるくせに、よくまあそんなに動体視力がいいもんだ」
「え、なに見たって?」

エイルムとメルティナが、きょとんした表情で二人を見つめる。ステントラは肩をすくめ、ガイルがぶっきらぼうに答えた。

「さっき、落ちていった魔獣・・・・というか動物の体から、こう、妙に黒っぽい石みたいのが飛び出してきた。あっという間に砕けたから、あまりよく見えなかったが」
「黒っぽい、石?」

思わずエイルムの顔が引きつる。エイルムはそのまま視線をステントラにずらし、こう尋ねた。

「ステントラ、それってやっぱり・・・・いやもうさっきからそれしかないだろうなーって思ってたんだけど、確定?」
「あの厚化粧魔術師しかいないだろ。おおかた、昨日お前が吹っ飛ばしたオリジナルの魔獣の石、その欠片かき集めてばらまいたとか」
「うーわー、そういえばすっかり忘れてたけど、僕また向こうに行かなきゃいけないんだった。あーでももう移動してるかも」
「・・・・二人とも、この騒動の犯人を知っているのですか。エイルム、あなたの口ぶりだと、なにやら居場所まで特定できているようで」
「いや、二十分くらい前までなら分かってたんだけど、僕もけっこう派手に動いちゃったし、たぶんもうそこにはいないと思うな。うん、・・・・馬鹿じゃなかったら」
「まぁ、馬鹿っちゃあ馬鹿だったが、ドーセインとかああいうやつらよりは、まだ考える能のある馬鹿ってところだな」
「ステントラ、お前も知ってるのか。てか、昨日ってなんのことだ」
「「話せば長くなることで」」

そこで、ステントラとエイルムは昨夜、旅芸人一座が町に入ると同時になにやら動き出していた、怪しい魔術師と武具鍛冶士(ブラックスミス)の二人組と戦闘をしたこと、その際、魔術師がさきほどの魔獣そっくりな、オリジナルの召喚魔獣を繰り出してきたことなどなど、本来なら真っ先に治安維持部隊である『ガレアン』に通達すべき事柄を、今ようやく語った。
案の定、話を終わりまで聞いたメルティナの視線は冷たい。

「・・・・とっととそれをしゃべってきてくれれば、もう少し隊内で警戒態勢をとれたものを」
「あ、あはは、ごめんなさい」

さすがのエイルムも、まともにメルティナと視線を合わせられずにあらぬ方を見ている。ステントラはといえば、すでにメルティナのほうなど見ようともせず、らんらんらーなどと虚ろな声で歌う始末。

「で、今はその魔術師の行方は分からないのですね?」
「うん、さっきまで漏れ出してきていた魔力が、感じられなくなってて、もう追いかけられない。ひょっとしたら町からでたのかもしれないけど・・・・」

とりあえず、敵前逃亡などという言葉が似合わない(昨夜はその道を選んだが)イルミカだ。エイルムという天敵を放っておいたまま、この町を離れることはないだろうと踏んでいた。

「じゃあその魔術師を探しつつ、まだいる魔獣を狩っていく・・・・というのが、面倒だが今のところできることか」
「魔術師を叩ければ、これほど楽なことはないのですが。仕方がありません」

ガイルとメルティナが、うんざりといった様子でそうつぶやいた。そこでエイルムははたと思い出して、三人に告げる。

「そういえば、さっきまでティルーナとか、アイルにベリア、あと一座の子供と一緒にいたんだけど」
「「「は?」」」

見事にハモった。

「ティルーナがなんでお前と? というか、ベリアまで一緒にいるのか・・・・」
「アイル、ですか。あのガキ、言いつけ確実に破ってますね。さてどうしてやりましょう」
「め、メルティナー、弟には優しくしてやれよーって、こりゃ聞いてねぇな」
「四人は一応、被害が少ない南通りの隊員のところへ預けてきたよ。怪我もないし、大丈夫だけど」
「あいつらが並のことで怪我なんぞするものか」

すっぱりばっさりガイルに言い切られて、エイルムははぁとため息をついた。

「じゃ、あの子たちのことも伝えたところで、とっとと魔獣を動物に戻すことにしよう。なんかまた鳴き声が近づいてきてるし。怪我人多いみたいだし」
「なら、俺たちはそこでぼーっと、お前が魔獣吹っ飛ばしてくの見てればいいのか」

ガイルは実にどうでもよさそうに言い捨てて、そのまま近くにあった割合キズの少ないベンチに腰掛けた。それを見て、エイルムはぱたぱたと手を振る。

「あ、いや、ガイルもステントラも、動物に埋め込まれてたっていう欠片、見たんでしょ? どこから飛び出してきたとかも見えた?」
「腹」
「それじゃあ、そこを狙って、頑張って・・・・なんか昨日からずーっと魔法使いっぱなしで、すごい僕も疲れてるから。げほっごほっ」
「一番命がけじゃねぇかよ。って、お前なんか段々顔色悪くなってきてるぞ!」

エイルムの病弱さをやっと思い出したガイルとステントラは、小さくため息をつきつつそれぞれの獲物を構えた。メルティナはいつの間にか『鳥』を持って、誰かと連絡し合っている。

「・・・・色ボケ副リーダーおよび偏食副リーダーからですが、あちらも魔獣と応戦中のようで。あちらには魔術師隊員があまり配置されていませんでしたからね。けっこう苦戦しているようです。これから来る魔獣を迎え撃ったら、そのまま北通りのほうへ向かって欲しいとのことで」
「カッティオはクルセイダーだろ? なら神法でもなんでも使ってやりゃ、エイルムより早くカタがつくんじゃ」
「こんな時に限って栄養失調のため貧血気味だそうです、あのシラガ」
「あの偏食家ーっっっ!!」

苛立ちのあまり、ガイルは叫んでつっこんだ。その声を聞きつけて、また新しい魔獣が一体、ふわりと彼らの目の前に現れる。

「きゅっぎゅきー!」
「ウザい」

ギランと眼光鋭く、殺気のかたまりとなったガイルは剣を水平に構え、あの欠片が埋め込まれているであろう魔獣の腹へ向かって跳躍した。