STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第三章 9.『カヤトの信』
ザッ ザッ ザッ!!
小気味よく銀色の刀身が振るわれ、カラフルな綿のようなものと、ようく見ると小さな黒っぽい石片が空中に飛び散る。

「・・・・一体は外したか。ちっ、腹といっても範囲が広いからな、そうそう連続では当てられないか」

面倒くさそうに何度も舌打ちを交えて、ガイルはぼとぼとと地面に落ちた二羽のハトを一瞥し、危機感を感じて上空へ逃げた残る魔獣を見上げた。その隣で、ステントラもオートを構えながらバリバリと頭をかく。

「あーあ、バズーカ使おうにも弾丸残り少ないしなぁ・・・・的さえあれば百発百中お手の物だけど、的がほとんど見えないんじゃな」
「お前、確か魔法使えたろ。この際なんでもいいからぶっ飛ばせ」
「無茶言うねえ!? 俺に出来るのは探査と通信、あとスクロールの効力をちょっとばかし高めることぐらいだっつーの!」
「使えねぇ・・・・」
「何かおっしゃいましたかガイルくん?」
「ほら、二人とも来るよ」

相変わらずな言い争いをしているガイルとステントラの後ろから、魔術で宙に浮いたまま杖に腰掛けている青い顔のエイルムが声をかけてきた。彼の声に、バッとそろって空を見る。
仲間が二体一瞬で片付けられたことで引いていた残る魔獣は、自棄になったのか唐突に方向転換してそのまま突っ込んできた。思わず、にやりと笑みがこぼれる。

「楽になった」
「どーかん」

ステントラは肩をすくめて、軽くガイルの肩をオートのグリップで叩いた。
とっ、と足音が響いた一瞬後には、すべて終わっていた。

「・・・・さてと、とっとと行くぞ」
「あーあ、町中の動物魔獣になっちまって、もういくら吹っ飛ばしてもキリがねーよな」
「それでも未だに死人が出たとか、そういう報告無いのがこの町だよね。普通の町だったら壊滅しててもおかしくないけれど」
「だから『変人の町』なんだろう」

ガイルは二人と並んで通りを歩きながら、ちらりとすれ違う人々を眺めた。旅芸人と思しき者たちは恐れと混乱の表情を浮かべ、ぎこちなく駆けていくが、このフィロットの住民たちはなぜか楽しげだった。子どもも大人も、男も女も関係なく、素手だったりおもちゃだったり明らかな武器だったりを構えて「魔獣どこだぁー!」「『ガレアン』に負けないわーっ」など叫んでいる。
まるで、お伽話の戦士たちの集う町・・・・。

「あっ、ガイルさんにエイルムさん、ステンレスさんですねっ!?」
「オイこらそこの一般隊員!!? かなーり久々なボケかましてんじゃねぇよっ!!」
「あっ申し訳ありませんでしたステンシルさんっ!」
「・・・・」

『鳥』を持ったまま走り回っていた、年若い『ガレアン』隊員の青年が少し慌てた様子で駆け寄ってきた。三人は歩みを止めないまま、用件を告げるよう促す。

「あの、先ほど北通りの隊員たちと連絡が一時途絶えまして・・・・先ほど復活しましたが」
「連絡が途絶えたって、通信隊員全員戦闘不能とかになってたのか?」
「い、いえ、それが・・・・」

そこで、隊員の表情が始めて負の方向へと傾く。

「『北通りに配置されていた全隊員』と、連絡不能になっていたんです」
「「「へ?」」」

全隊員、ということは。

「まさか、レイドとカッティオとも、てこと?」
「は、はい、副リーダーたちの班は、未だに・・・・」
「何があったんだろ、ちょっとヤバイね」

エイルムは難しげな表情をして、顎に手を添える。ステントラも眉根をよせて、隊員に尋ねた。

「さっき復活したっていったよな。どことだ?」
「北通りと、町長宅前の中央通りとの交差点・・・・第一クロスです」
「って、第二クロスこことだいぶ離れてるじゃないか。あー、チェルフロア使えたらなぁ」
「お前はしばらく休んでろ。次は血ぃ吐くぞ」
「あのー、それでその復活した班からの最初の通信が、これだったんですが・・・・全隊員に配信されて」

ぴ、と向けられたメモ帳に、三人の視線が向けられる。そこに書かれた、慌てているような、恐怖に震えているような、もしくは両方ととれるガタガタな筆跡の字を読み終えて、三人はそろって眉をひそめた。

「『ナイトメアもどきに厳重注意』?」



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



急遽治療班として、道ばたに倒れている怪我人の治療をしながら町中を歩き回っていたミリル、ティルト、メミィ(彼女に手当は不可能だが)は、路地を抜けた先で待ちかまえていたシュリンメルトの姿に、一瞬呆然とした。

(なんでしょう、あの大きな黒馬は)

伝説録などによく書かれている魔物、悪夢馬ナイトメアに酷似していると思いつつ、気配からして普通の動物なのだとやっとミリルの頭の中で整理がついたときだった。
中途半端に翔夜と雨李のせいで興奮してしまっていたシュリンメルトが、鼻息荒く三人の方へ突進してきたのだ。

「姉さん、メミィ―――・・・・っっ!!」

ティルトの叫びが響き、唐突に消える。眼前に迫る黒馬を、隣に立つメミィと共に震えることも許されないまま眺めていたミリルだったが、その馬蹄に蹴散らされる寸前、腰に腕を回され、思い切り後方へと引っ張られた。
ざっ、と地面と靴底がすれる音を聞いて、ミリルは我に返った。まっすぐに、自分をはね飛ばそうと迫ってきたシュリンメルトの異様に光る目を思い出してしまい、やっと恐怖が沸いてくる。

「・・・・ったく、今頃震えてんじゃねーよ。こっちはこっちで気絶してるし」

と、聞き慣れた、しかしいつもとまったく異なる口調の声が頭上から響いてきた。のろのろと顔をあげると、普段柔和な表情を浮かべているはずの双子の弟が、別人のようにその目を鋭くさせて、ミリルを見下ろしてきていた。
いや、別人なのだ。

「ニネル、ありがとう」
「はん」

ティルトと相反する人格であるニネルの横顔を見上げ、彼のもう片方の腕に抱えられているメミィの頬に手を伸ばす。怪我は当然無いようだが、ぐったりと完全に気を失っている。

「近くに別の人間もいるな。かなりギリギリまで気配隠してるが・・・・俺は戻る。あとは弟となんとかしろ」
「弟、って、あなたも私の弟だと思うのだけど」
「違うな。お前の弟は、このティルトヘタレだけだ」

そう言い捨てて、彼の首がカクッと下を向いた。腕からも力が抜け、ミリルは「きゃ」と小さく悲鳴を上げてその場にへたり込む。メミィは、無情にも気絶したまま瓦礫の散らばる地面に落とされ、鈍い音を響かせていた。・・・・確実にこぶになっているだろう。

「・・・・あー、姉、さん? メミィも、大丈夫?」
「私はね。メミィは今ちょっとニネルが落としちゃったから、頭打ったかも・・・・」
「え」

ティルトは落ち着いた様子でメミィを抱き上げ、ほんの僅かに血の滲む額を確認した。静かに治癒魔法を唱えて、彼女をその背に背負い、姉の手を引いてその場からとっとと退散しようとした。
が。

「ヴィヒヒヒイイイイ!!」
「やっ」

ヤバイと短く叫びかけ、ティルトは姉の手を乱暴に引き、今まで隠れていた路地のさらに奥へと走った。その後ろから、よだれをまき散らしながらシュリンメルトが追ってくる。

「ティル、ト! ちょっと離して・・・・」
「バカ言わないで早く逃げ」
「離しなさいっ!!」

鋭い言葉に打たれ、ティルトの足がガチリと止まった。そんな彼の手を一度、強く握り返した後、ミリルはくるりと後ろを向いた。狭い路地をドカドカと進んでくるシュリンメルトに、向き合う。

『我は 豊穣を 授けん』

スッと、ミリルが手のひらをシュリンメルトの方へ向けて、肘を伸ばしたままゆっくり胸の高さまで持ち上げた。あと数メートルというところで、シュリンメルトは突然足を止め、その場で戸惑ったように足踏みをしている。
ずり落ちかけた眼鏡など気にせずに、ティルトはミリルの背をぼうっと眺めていた。今の言葉は、どこかで聞いたことがある。そう、確か・・・・。

(『創世記』だ)
『卑しきは 我が豊穣の恩恵 その身に与えぬ』
『恵まれし大地に 芽吹く生命 我が血肉をその身に宿す』

いつの間にか、ミリルの朗々とした声に聞き入っていたティルトだったが、ふとその背の向こうに立つシュリンメルトに目をやる。
シュリンメルトも先ほどのティルトのように、じっとミリルの声を聞いているようだった。その瞳にすでに険はなく、残酷さを表しているようだった鋭い光も見えない。

(『カヤトの信』・・・・確かに、獣王の祈霊いのりだまなら、魔獣じゃない場合沈静の効き目も期待できる。それに、姉さんが詠唱してるなら神力もギリギリ大丈夫だ)

がんばれ姉さん、と唇を噛みながら、ティルトは詠唱を続ける姉の背を見つめた。
ミリルは全神経を集中させて、薄目を開きながら詠唱を行っていた。視界は、ぼんやりと目の前に巨大な黒い生き物が立っているのが見える程度。だが、不思議と先ほどまで感じていた恐怖は、微塵もなかった。

(怯えていたの?)

『カヤトの信』は、その昔この地上に大神と共に獣を作りだしたという獣神・・・・または獣王・・・・カヤトが、生みだしたばかりでただただ残酷な本能に生きる獣たちを鎮めるため、つくられた唄とされている。
この唄の力を知る者が使えば、すさまじく神力を消費する代わりに、異なる種族の生物たちの気を静めて、さらに深く力を引き出せば、意思疎通すら可能になるというものだ。
今、ミリルはシュリンメルトとの意思疎通の一歩手前にまで来ていた。だが、まだ完全にその域に入っていないというのに、ミリルにはシュリンメルトの感情の波が自分の方へ溢れてくるのを感じていた。

(大丈夫、あなたの不安は、なに?)

意識が飛びかける。ここに来るまで、何十人もの怪我人を癒すため神力を使ってばかりだった。
それでも、ミリルはそこに立って、そっとシュリンメルトの意志に触れようとした。
そのときだった。

(強制帰還・即時遂行)
「え?」

強引すぎる術介入で、ミリルの意識ははじき飛ばされた。そのまま、その場に気を失って倒れてしまう。

「姉さん!!」

叫ぶティルトは、目をこれでもかと見開き、メミィを背負ったまま姉の方へ飛び出した。『カヤトの信』が完成しきらないまま中断された今、シュリンメルトはまた暴走を始めるに違いない・・・・。
だが、シュリンメルトは鼻息荒く地面を二度、三度と蹄で蹴りつけた後、別の脇道の方へすいっと入り込み、あっという間に走り去ってしまった。

「・・・・一体?」

その場には、気を失っているメミィとミリルを抱えて途方に暮れながらも、シュリンメルトの行動に首をひねるティルトが一人、残された。