STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第四章 13.強襲
「そーれそれそれそれぇっ!!」
「うぎがっ!?」
「せ、先輩だいじょぶッスかぁあああ!! ああ、カツラが!」
「おんのれ、先輩のカツラの敵ー!」
「てめぇら邪魔だー!!!!」

空中を滑空しながら、次々と魔法弾を打ち込んでくるイルミカを睨み上げながら、ガイルは自分を援護している(つもりらしい)『ガレアン』隊員たちを、逆に吹っ飛ばした。

「ぎゃあああ!!!」
「が、ガイルさんナゼに私たちを!?」
「お前らのしてることは援護じゃなくて妨害だっっ!! んな玉砕覚悟であの厚化粧に突っ込んでっても意味ねぇだろ!? むしろ気絶したお前らが足場狭めて戦いにくいことこの上ない!!」
「今何気に厚化粧とかいいやがったわねこの苔頭ー!!」

イルミカは勢いよくガイルに接近し、その手に構えていた四つの光球を投げ込んできた。即座にその場から逃げたガイルは無傷だったが、彼の周囲にいた隊員たちは光球の爆発に巻き込まれ、そこらの木や茂みに頭を突っ込ませていった。
一座の動物たちが入れられていたと思しき檻の残骸をちらりと見て、ガイルはため息をつく。バラバラになった鉄格子と並んで、気絶はしているが怪我らしい怪我は見あたらない、頑丈な隊員たちが倒れている。

「片付いた」
「ああ、まぁそうだろうな・・・・」

そのとき、奥からひょっこり戻ってきたゴルセディオは、諸刃の剣をくるくると危なげなく弄びながらガイルに視線を向けた。もう一方の手に持っているモーニングスターには、土ばかりがこびりついている。

「ここの『ガレアン』は、強いのか、弱いのか、さっぱりだ。誰一人、息の根を止められなかった」
「あいつらを殺せる人間は、そうそういないということだ」

遅い段階で気絶してしまったものを含んでも、一番重傷と思えるのは吹っ飛んだカツラがガイルの風で細切れにされた隊員のココロの傷であろう。身体的な傷は、どれもこれも軽傷である。

「ま、運がいいだけじゃないんだろうが。スパルタだからな、この地区の訓練は」
「あとは、お前だけ・・・・」

気絶している隊員たちには目もくれず、ゴルセディオはガイルに向き合う。イルミカはゆったりと降下してきて、ゴルセディオの隣に立った。新しい光球を生みだして・・・・眉をひそめる。

「ちっ」

パパパパパッ!
短い破裂音が響き、ほぼ同時にイルミカとゴルセディオの周囲に簡易結界が張り巡らされた。五つのうち三つの弾丸はゴルセディオが直接はじき、残り二つは結界によってそっくりそのまま反射された。

「あー、ちょっとは上手くいくと思ったんだけどな」

両手にオートを構えながら、ステントラは茂みから全身を露わにし、ぼやいた。その後ろから、しきりに手の甲で口元の血を拭っているエイルムが現れる。

「隊員の人たちは、みんな脱落したみたいだね。でも、よくまぁ生きてるね・・・・全員ほぼ無傷?」
「わお、でもメルティナ辺りが見たらシゴキ決定だな。・・・・なんで殺さない?」
「殺すつもりだったわよ、そこの苔頭も隊員も。けどねぇいくらやっても致命傷になりゃしない。一体何なのよ」
「シュリンメルトを手放さないで、彼らの相手をさせていればよかったんじゃないですか。わざわざまた町の方に解放して・・・・」

エイルムの言葉に、イルミカはにんまりと笑って答えた。

「他の『ガレアン』隊員とか、町の手練とかが来たらさすがに面倒だもの。もうことの中心がココだってことは周知だろうから、近づいてくる人間吹っ飛ばしておいてもらおうと思って。ふふ、あの精霊憑きの暴れ馬に対抗できる人間が、一体どれくらいいるのかしらねぇ?」
「精霊憑き・・・・?」

ガイルはイルミカの言葉に、眉をひそめる。エイルムはため息をつきながら、わずかに天を仰いだ。

「なるほどね・・・・。獣の身ながら、あの威圧感は何なんだろうって思ってたけど、そうか。生まれながらの精霊の加護を宿しているわけだ。だから、中途半端に魔獣化もされていなかった」
「あのバカ馬ったら、せーっかく可愛くなれるチャンスだっていうのに、全力で拒否しやがったの、よ!!」

言い切って、イルミカは銀色に輝く掌をエイルムとステントラに向けた。彼女の身長ほどもある、三日月の形をした白銀の刃が二人に殺到する。

「いや、誰だってあんなフワモコになってお前になで回されたくなんかねーよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ! もう、悪趣味だから、あんまり使いたくないんだけど・・・・!」

エイルムはすかさず血塗れの手に、さらに血を吐きかけて短く詠唱した。ぼこり、と粘着質な音を立てて彼の血は膨れあがり、前方に飛び散った。真紅に輝く血が触れた刃は、一気にその輝きを薄れさせていく。

「無に陣 無に印 チャージャー発動」

瞬間、刃がぱんっと軽い音を立てて破裂していった。げ、というような表情を浮かべるイルミカを見て、エイルムは次の詠唱にうつる。

「詠唱省略な、縮小版ワイド・バースト!!」
「え、嘘、そんな高位魔法の詠唱省略ー!!?」

ステントラが隣で盛大にツッコミを入れた次の瞬間、エイルムの目の前に現れた半透明の魔法陣から五種類の光が漏れだした。五つの属性魔法が、イルミカとゴルセディオへ炸裂する。

「詠唱、破壊!」

慌てているのか、少々上擦っている声でイルミカは空中に簡易魔法陣を書き上げた。銀色に発光するそれは、ワイド・バーストと衝突した瞬間砕け散る。結界が揺れ、ゴルセディオはイルミカを乱暴に抱えてその場から脱した。
轟音のあと、二人が立っていた場所は大きく土が抉られ、クレーターになっていた。しかし、周囲に転がる隊員たちには被害が一切無い。そうなるようにと加減をしていたとはいえ、見事だとエイルムは感心した。

「ったーく、やっぱりコレしかないか・・・・」

ゴルセディオに抱えられたまま、イルミカは渋い表情で両手を広げた。掌の輝きが分裂し、それぞれの指先に集約される。そして指の間を開いたまま、ぐるりと空中に五重の円を描いた。

「魔力装填・制限解放・・・・」

イルミカは円の中心に両手を突っ込んだまま、どこか虚ろな表情でぼそぼそと詠唱を始めた。途端、ガイル、ステントラ、エイルムの神経が逆立つ。彼女を起点として、何か得体の知れない気配がフィロットを浸食していく。

(この気配、昨日の夜の・・・・!)

不安や恐怖といったものが、押さえ込もうとしてもわき上がってくる。知らず、全身を震わせていたエイルムの隣から、ステントラの怒声が飛んだ。今まで聞いたこともないほど、鋭い。

「貴様、それがどういう類の術式か理解しているのかっ!!」
「すて、んとら?」

口調も普段の軽いものとまったく違う。まるで別人だった。エイルムは恐る恐るステントラを振り返ろうとするが、視界の端を鮮やかな色が横切るのを見て、ぎくりとする。
ステントラの声で我に返ったガイルは、無我夢中で走った。
『あの流れを破壊しなければならない』。それ以外は考えられなかった。破壊することができなければ、すべてが無となる。だから。

「『絶対に、止める』」

常人には一筋の光としか捉えられないほどの速度で繰り出されたガイルの剣筋を、ゴルセディオが受け止めた。ぎちぎちと、ぎちぎちと、二人の剣がせめぎ合う。

「『邪魔は、許さない』」

ゴルセディオは至近距離でガイルとにらみ合い、顔をしかめた。玄関前で斬り結んだときと、そう変わらない状況である。しかし、ガイルはここに来るまでにかなりの出血をしていたはずだし、霊力もこれでもかというほど行使している。これで死んでいないのが、おかしい。

(・・・・いや、なんだ?)

ふと、気付いてゴルセディオは呆然とした。ガイルの体は、どこもかしこも血みどろである。白い上着も、半分以上が赤黒く染まっている。
けれど、彼の足下に血は飛んでいなかった。
つい数分前に切り裂いた傷から、新しい血が流れていなかった。

「っ!!」

思わず、ゴルセディオは剣を引いた。すかさず、ガイルの剣が脇腹を狙って繰り出される。モーニングスターの鎖で剣の自由を奪い、彼はぼそりとつぶやいた。

「お前は、『ヒト』か?」

無音になった。淡々と続けられるイルミカの詠唱以外は、何も・・・・。
ガッガッガッガッガッガッ・・・・!
だが、そこへだいぶ聞き慣れた感のある、馬の駆ける音が響いてきた。何やらものすごい勢いで近づいてきている。イルミカ以外全員が僅かに身じろいだ一瞬後に。

「ヴィッヒイイヒヒヒヒィイイイイイ!!!!」
「んぎゃああああ!!!?」
「うっきゃああああああ!!?」

茂みをかき分け・・・・いやベキバキと根こそぎ押し倒して、猛り狂う暴れ馬が姿を見せた。その背にまたがる道化師姿の少年は、涙を浮かべて絶叫している。男四人が思わずポカンとしているなか、シュリンメルトは過たずイルミカのもとへ跳躍、彼女の頭上に蹄を振り下ろした。

「あっ危ないじゃないよー!! ていうかせっかくウマイとこまで出来てたのに!!?」

呆然と霧散した魔法陣を見つめていたイルミカだったが、目の前で鼻息荒く睨みつけてくるシュリンメルトに猛然と食って掛かり始めた。そのとき、彼に付与していた魔石の気配が綺麗さっぱり無くなっていることに気付く。

「・・・・解放? 嘘でしょちょっとぉお!!」
「あなたですか、彼に、あんな酷いことをしたのは」

そこで、イルミカはようやっと馬上の少年の存在に気付いた。どこかで見たことがある、気弱な道化師。ポンと手を鳴らし、イルミカは思い出した。

「ああ、そこのバカ馬がだーいじ大事にしてた一座の落ちこぼれくんかぁ。ったく、面倒なことしてくれて」

イルミカはシュリンメルトと距離を置き、ゴルセディオを近くに呼び寄せようとした。しかし、先ほどまで大規模な術式展開に魔力を注ぎ込んでいたため、行使にタイムラグが出来た。一向に形にならない魔力に、イルミカは苛立ちを隠しきれなかった。

「こ、この!」
「あ・・・・」

ちゃっ、という軽い音とともに、ゴルセディオのこめかみへ銃口が突きつけられた。ちらりとガイルから目を逸らし、銃の持ち主を見やる。いつの間にか、すぐ隣へ移動していたステントラは、にやりと不敵な笑みを浮かべて引き金に指をかけた。

「動くなよ。ようやっと、いい感じにことが運ばれてきたぜ」
「ふん」

ガイルは盛大に鼻を鳴らし、一際鋭くゴルセディオを睨み上げて剣をひねった。ゴルセディオの手からモーニングスターが滑り落ち、彼の剣が自由になる。
必死に魔力を練るイルミカを見て、ビリーはぎゅっとシュリンメルトのたてがみを握りしめた。このちょっとした林のようになっている町長宅の庭に来る前に、彼もまた玄関前の惨状を見てきた。本来、常人ならば感じることも出来ないはずなのに、濃密な魔力、霊力の気配が漂い、地面はえぐれ、草花は灰となり、動物たちがぐったりと倒れ伏していた。

「あなたがたが、全部」

裏方の仕事しか任されたことは無いけれど、いつだってビリーは行く先々での公演を楽しみにしていた。一座の面々が日々努力し、磨き上げてきた芸に笑う人々を見るのを、楽しみにしていた。
なのに、とビリーはイルミカを見つめる。派手なメイクに暗い色のマントを羽織っているこの女性は、今もなお何かを壊そうとしている。

「もう、止めろ!!」

今までのビリーの人生でおそらく、一番の大声であっただろう。そんな怒声をあげて、ビリーはイルミカを見下ろした。
途端、魔獣に変化させられ、ぐったりとしていたはずの動物たちが茂みから飛び出し、イルミカに殺到した。