STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第四章 14.禁じられた術
怪我をした足を引きずりながら、クランは安静にして待っていろと言われたにもかかわらず、町長宅を抜け出していた。そこに集まりつつある『ガレアン』隊員の目を盗みつつ、足を進めていく。
詳しくは知らないが、この町長の家の庭園や裏の林で激しい戦闘があったであろうことは、クランも気付いていた。激しい怒声に、剣戟の音が響き、魔力と霊力がぶつかりあう・・・・。
そこで、戦闘の気配が収束する直前に、クランの耳は確かにあの暴れ馬の蹄の音を聞き取った。獰猛ないななきに滲む憤怒の感情。そして、それら全ての音や気配に混じって、ビリーの叫びが聞こえてきた。あの激しい戦闘のうちに、彼のような子どもが巻き込まれれば、どうなってしまうか。そう思って、クランは必死に彼の名を呼んだ。

「ビリー、どこにいるのよ、ビリー!」
「・・・・え、あ、団長!? 怪我してるんだから、動いちゃ駄目だよ!」
「ビリー!」

やっと見つけた、小さな道化師の姿に心底安堵して、クランは駆け寄りざま彼を抱きしめた。「だ、団長?」と耳元で戸惑ったようにビリーがつぶやく。クランは、より一層抱きしめる力を強めた。
目をつむり、そっと彼の小さな頭を撫でていたが、ぐいっと左頬に生暖かく湿り気のあるものが押しつけられ、思わずぎょっとする。少しビリーから体を離して見ると、目の前に漆黒の毛並みと真紅の瞳を持つシュリンメルトが立っていた。

「ブルル・・・・」
「あ、シュリン、メルト」

クランはこくん、と小さくつばを飲み込んだ。少し視線を泳がせながらも、やがてゆっくりと彼の横顔に手を伸ばす。

「あなたが、ビリーを助けてくれたのよ、ね」
『違う。自分の方が助けられた』

クランの手を振り払い、否定するように頭を激しく振るシュリンメルトを見て、彼女は目を見開いた。その隣で、ビリーは照れくさそうに頬をかいている。

「お互い様だよ。あの魔術師だって、最後にフラヴァーがぼっこぼこにしたんじゃないか」
「フラヴァー?」

ビリーの口から出た聞き慣れない名前に、クランはきょとんとする。ビリーは「あ」とつぶやき口元を手で覆ったが、ぎろりとシュリンメルトに睨まれ、視線を下げる。

「えっと、シュリンメルトに、僕が勝手につけちゃった名前・・・・『暴れ馬』なんて、全然そんなふうに思えなくて、新しい名前つけてあげるよって言って提案したら、それでいいって言われたから」
「・・・・?」

たどたどしく話されるビリーの言葉に、クランは眉根を寄せた。その理由を「勝手なことをした自分を怒っている」と勘違いしたビリーは、涙を浮かべ慌てながら謝った。

「ご、ごめんなさい団長! でも、フラヴァーって名前はみんなが見ていないときに使えばいい、というかみんなの前で使うなって注意されたから、みんなに知られなかったらいいかなぁ、って思っちゃって!」
「ちょっと待って。ビリー、あなた誰にその名前を使ってもいいと言われて、みんなの前で使うなと注意されたの?」
「え、誰って・・・・」

今度はビリーの方がきょとんとした表情を浮かべ、迷わずシュリンメルトを指さした。シュリンメルトは大きく鼻を鳴らし、どしっとビリーの頭の上に顎を載せる。

「あなた、シュリンメルトの言葉が分かるの!?」
「え、う、うん・・・・シュリンメルトだけじゃないよ? 他のみんなの言葉も分かるし」
「みんな、って?」
「えぇ? えーっと、白犬のハクラとか、他の犬たちもそうだけど・・・・あ、あと兎のみんなとか、あんまりしゃべってくれないけどライオンのボルガンとか、フラヴァー以外の馬車馬のみんなとかー」
「・・・・とにかく、一座の動物たちみんなと話せるのね」
「一座の動物だけじゃないよ。いろんなところの動物と話せるよー?」

何を言っているんだ、と言わんばかりに胸を張るビリーを見下ろし、クランは小さくため息をついた。得意げな表情から一転、また泣き出しそうになったビリーに視線を合わせ、クランはその頬をそっと両手で包んだ。

「ビリー、それはとっても素敵なことよ。誰も彼もが、持っているような力じゃないわ。胸を張ったって、全然おかしくなんかないの」
「え、みんなの声、団長は分からないの?」

クランの言葉に、逆にビリーが驚いた。いつも一座の練習などをしているとき、団長に限らず獣使いの面々は、動物たちと見事に息を合わせていくつもの芸を行っていたから、当然彼らもみんなの声が聞こえているものなのだとばかり思っていた。
ええー、と言いながら口を開けっぱなしにしているビリーに、クランは苦笑しながら続ける。

「分からないわ。ビリーには、私たちが動物たちと会話してるように見えていたの?」
「そうだよ。だって、団長も獣使いのイリアやフレカットも、動物たちが「ここに来て」とか「そこじゃない」って言ったら、すぐに動いてたんだもん」
「私たちが彼らと会話してるように見えたのは、経験よ。実際に彼らと言葉を交わすなんてことはできない。私なんかだったらせいぜい、彼らの喜怒哀楽なんかを感じ取るので精一杯ね」

そう言ってビリーに笑いかけ、クランはふと気配を感じ立ち上がった。いつの間にか、二人と一頭の周囲には魔獣化から解放され、疲れ果てていたはずの動物たちが集まっていた。一座の動物もいれば、この町のものもいる。
と、クランがやってきた茂みの方から、数名の『ガレアン』隊員と一座の少年たちが現れた。若い隊員たちは面倒くさそうな表情を浮かべ、少年たちはビリーの方と地面とに視線を行ったり来たりさせている。

「団長さん、まだこの辺は場の力が不安定なんですから、あんまり出歩かないで下さいよ。ああ、ビリーくんだったか、君とそっちの馬の活躍は聞いたよ・・・・ご苦労様」

にこ、と一人年かさの隊員に笑顔を向けられ、ビリーはほんのり顔を赤くさせてぺこりとお辞儀をした。
つかの間、ほのぼのとした空気がその場を取り巻いていたが、後ろから別の若い隊員が少年たちの背や肩を軽く叩いて、クランとビリーの方へ押し出した。

「ああ、他の一座の人たちや、そこの子供たちのおかげで、魔獣化した動物たちもだいぶ回収できましてね。で、彼らがビリーくんに会いたいというものですから、連れてきたんですが」

それでは、と一礼して隊員たちが去っていったあとも、その場に残された少年たちはなかなか動かなかった。しかし、その中でも小太鼓叩きの少年が、意を決した表情になり、一歩ビリーに歩み寄る。

「・・・・あ」
「・・・・その、なんだ」

あからさまに怯えて、クランの影に隠れてしまうビリーを見て、小太鼓叩きの少年は僅かに表情を歪めた。クランは少年たちを見比べ、そっと自分の背からビリーを引き離す。戸惑うビリーは、クランによって少年たちと向き合わされた。

「え、うあ」

泣きそうなビリーに、顔をうつむけながら頭をかいている少年。
ひょっとしたら、何分もこんな状態が続くのか、とうんざりしかけたクランだったが、シュリンメルトが唐突に沈黙を破った。ぶぅるるる・・・・と低くいななき、歯を見せる。すると、それに続くように怯えるビリーの周りを、威嚇の体勢を取っている動物たちが囲んだ。

『どうした、とっとと用を済ませていけ』
「う、わわ、なんだよみんな。なんで怒ってんだ!?」
「シュリンメルト、落ち着いてってば! 他のみんなも!!」

怖じ気づく小太鼓叩きの少年から視線を逸らし、ビリーは厳しい声で動物たちに呼びかけた。途端、シュリンメルトはあっさり引き下がり、他の動物たちもゆっくりとビリーのそばを離れていく。

(なんてこと)

ビリーの力に感嘆していたクランだったが、視界の隅で人影が動くのが見えた。静まった動物たちから視線をあげてみれば、少年たちはみな、そろってビリーに頭を下げていた。

「今まで、ごめん。ずっとお前のこと、馬鹿にしたりしてさ」
「え?」

驚くビリーに、小太鼓叩きの少年はばつが悪そうな顔を向けた。

「お前さ、本当に何もできなかっただろ。玉乗りも、バトンも、踊りも歌も、力業だってできないし。でも、俺たちもお前も一生懸命やってるのに、お前のそばには団長がいっつもいてさ・・・・なんか、悔しかったっていうか、俺たちの方が芸が出来るのに、なんでお前ばっかりって、思ったりもして」

思わぬところで自分の名が出てきて、クランはぎくりとした。確かに、あまりにも芸が上達しないビリーにつきっきりで直接芸を仕込んでいたのは自分だ。だが、そのことが他の一座の子供たちにビリー自身が嫉妬される原因でもあったとは、まったく気付かなかった。
小太鼓叩きの少年は、いつも鋭かった目元を和らげ、どこか泣きそうな表情になってビリーにもう一度頭を下げた。

「お前、本当はすごかったんだな。シュリンメルトに触っても蹴り飛ばされたりしないどころか、あっさり背に乗っちまうんだもんよ。他の動物も、お前の言うことはきちんと聞くみたいだし」
「でも、僕はこれしか、みんなはいろんな芸ができるし・・・・」
「しか、って言うなよ。ていうか、よくこんな長い間そんな獣使いの才能、だーれにも気付かれないでいられたよな? シュリンメルトと組める少年獣使いなんて、最高じゃないか」

言葉の最後に、僅かな羨望を滲ませて少年は口を閉じた。堪らない、といった様子でそっぽを向いてしまった小太鼓叩きの少年に、ビリーは「え? えぇ?」と戸惑いながら、視線をクランやシュリンメルトに向ける。
クランは、小さくため息をついて、傍らの黒馬のたくましい首筋を叩いた。

「私にも過ちがあったようね、まったく・・・・。それに、あの子の才にもこれっぽっちだって気付かないなんて。でも、これからあの子の一座での道は定まったわ。シュリンメルト・・・・あの子のこと、よろしく頼むわね」
『言われずとも』

シュリンメルトは満足げにいななき、近づいてきたビリーにその鼻面をすりよせた。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「さぁーて、連絡連絡ー。本部と通信つなげてねー」
「なんで今の今までダウンしてたあんたが、ここで意気揚々と指示飛ばしてるんですか」
「ん? いやだなぁ当然副リーダーだからだよっ」
「カッティオさああああん!!! このスカボケ常春男どうにかしてぇ!!」
「無理だよムリムリ。あいつテッドのところで、むこう一週間はダウンだなって宣告されてたから〜」
「だああああ!!」
「俺のカツラあー!!」
「・・・・やかましい」

ガイル、ステントラ、エイルムの三人は、どたばたと大騒ぎしている『ガレアン』隊員の面々を、ぼけぇーっと玄関前の段差に座って眺めていた。ガイルはちらりと、騒ぎの中心にある黒い固まりに視線を向ける。
あの後、シュリンメルトをはじめとする動物たちが、よってたかってイルミカをタコ殴りにし、次いでステントラによって身動きをとれなくされたゴルセディオにも殺到した。魔術も使えず、体術も封じられた二人は・・・・特にイルミカの方は、あっという間に御用となったわけで。

「あの二人の処分、どうなるんだっけか。前の盗賊団みたいに首都送りにするのか」
「いやー、首都の方から高位魔術師呼んで、がっちり枠を固めてからの輸送になるから、それまではここで捕縛したまんまだと。・・・・ていうか、一応俺ら一般人なんだし、普通ここにいたら駄目じゃね?」
「ステントラ、この状況で自分を一般人に分類できると考えている君の思考回路って、本当に驚きだね」
「うわお、なんかエイルムがものっそい毒舌チックに!? なんかガイルにちょっと似てきたよ魔法使いサン!!」

にこやかなままのエイルムから距離を取り、ステントラは縮こまった。ぐるんと首が回され、ゴーグルがガイルの血にまみれた横顔を映す。彼の髪はほどかれたままで、ところどころ黒くなった血が付着して、絡まっていた。

「でも、お前はやっぱ帰ったほうがいいって。ティルトのところとか行って、薬もらってこいよ」
「別に。血はなんでか止まってるし、そんなに疲れてない・・・・むしろ」

そこで言葉を切り、ガイルは躊躇うように自身の手を見つめた後、ぽつりとつぶやいた。

「まだ、戦い足りない。そんな気がする」

そう言って膝の間に頭を埋めたガイルの肩を、ステントラは軽く撫でた。
エイルムはちらりとガイルに視線を送ったが、小さく頭を振って頬杖をついた。確かに彼は今回の戦いで、今までにないような力を振った。だが、『ガイル』であることはまったくもって変わっていない、と思う。珍しく落ち込んでいるらしいガイルに、何か適当な言葉をかけてやるべきか逡巡していたエイルムだったが。

「お前、何を・・・・?」

周囲を歩き回っていた隊員の足音が、消えた。ガイルとステントラが勢いよく顔を上げる。
黒い固まり・・・・ロープや封魔具でがんじがらめにされていたはずのイルミカが、その身を無理矢理起き上がらせて、フードを振り払った。隣で全ての武装を解かれ、ぼんやり座り込んでいたゴルセディオも戸惑っている。

「なっ」

イルミカは、諦めていなかった。エイルムでも聞き取れないほど高速に、先ほど中断された詠唱が連ねられる。赤い唇が、忌まわしい術式を紡いでいく。
エイルムが段差から立ち上がったとき、ガイルとステントラはすでにイルミカの両脇に達していた。隊員たちを跳ね飛ばし、イルミカを見据える。
けれど、イルミカはどちらの顔も見ようとしなかった。いや、意識がなかった。瞳孔の開いた橙色の瞳は虚ろで、焦点が定まらず、ただ口元の筋肉だけが『動かされている』。

「暗示、だと? なぜだ、あの女・・・・ここまで!」

イルミカの隣で、ゴルセディオが呻いた。イルミカの暗示を解こうと、必死に縛り上げられた両手で彼女の脇腹を叩くが、詠唱を止める気配はない。
立ちこめる不穏な気配に、レイドは一般隊員たちを即刻下げた。次いで、魔法隊員たちに命じてイルミカの周囲に結界をはらせようとする。エイルムもその援護に入ろうとしたが、もう火の玉を作るだけの魔力も練ることができなかった。
そして、『来る』。

「えいしょう、かんせい」

イルミカの封魔具が弾け飛び、彼女の周囲の場が重さを増した。ゴルセディオは地面に押し倒され、ガイルとステントラは膝が砕けそうになった。ガイルが視線を巡らせれば、自分たちより少し離れたところにいるレイドや隊員たちも、肩に重い荷を担いでいるような体勢になっており、エイルムに至っては横倒しになったまま動かない。
と、イルミカの体が、解けた。

「お、おい・・・・」

ステントラの頬を、汗が一筋滑り落ちていく。彼のゴーグルに映るのは、濃い化粧をした女魔術師の姿ではなく。
真っ黒な、霧。
最初こそ、人の形を模していたそれだったが、ゆるりと周囲に広がり、爆ぜた。
誰かの絶叫が響き渡った。