STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - 第四章 15.揺らめく呼び声
嫌な予感がした。
『彼』が危ないと、死んでしまうかもしれないと。
だから、急いだ。
目覚めた力は、一時だけのものだから。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



またかよ、と心の中で毒づいて、ガイルはゆっくりと周囲の気配を探った。
イルミカが使ってきた錯乱魔術攻撃のときと、ひどく状況が似ている。だが、周囲を取り巻く闇の強さが半端ではない。いつまでたってもビジョンは訪れず、結果、何も見えない暗闇の中でじっとしていることしかできない。

(あの場にいた人間は、みんな取り込まれたのか)

手は、まだ鞘から抜かれていない剣の柄を握りしめている。イルミカの異様な様子に呆然として、あの場で剣を抜けなかった自分を激しく後悔した。抜刀の技は、あまり使ったことがない。
しかし、心のどこかでまだ戦闘が続いていることを喜んでいる自分がいる・・・・ということが、ガイルの思考回路を蝕んでいた。殺し合いはたくさんだと、そう考えて生きてきたはずなのに。あの戦争で、自分は数え切れないほどの人間を殺したというのに。

『心中葛藤まっただ中ですけど、おっじゃまっしまーすぅ?』

と、そこでこの場にそぐわない、馬鹿のように軽い調子の女の声が聞こえてきた。思わずがくり、と剣の柄から手を離しそうになるが、慌てて気を引き締め、気配を注意深く感じ取ろうとする。

『あっはは! 意味ないわよ、あたしはそこにいないものぉー』

ぴっ、と頬が何かに触れた。途端、炎を近づけられたかのようにその部分が熱を持つ。とろりと、薄く頬の皮が切り裂かれていた。

「一体、お前は何だ。あの厚化粧じゃないな・・・・ったく、面倒な展開だ」
『厚化粧ったら、筆頭魔術師のイルミカかしら? そーねぇ、あたしはあの子の上官、とでも教えてあげときましょーか? ま、もうあの女なんかどーでもいいけど。失敗しちゃったしぃ?』
「失敗・・・・お前、この町に何の用だ」

ガイルはゆっくりと目を閉じ、立ち上がった。足の幅を広げ、腕の力を抜く。

『何の用って、そっりゃあ』

女の声が、軽いまま続けられる。

『あたしたちの「計画」を、馬鹿みたいに邪魔してくれる人間をまとめて消すっていう用だけどぉ』
「はっ、どうせろくでもない『計画』なんだろーな。こういう時、相手は常にセオリー通りでつまらない」
『内容も聞いてないうちから偉っそうねー。ま、話す気はないけど?』
「というか、邪魔ってどういうことだ。お前らみたいな存在不審すぎるヤツと、そう何度も会ったことは」
『春の終わり、ドーセイン率いる『白い小鳥』の奪取を妨害。夏、これはまぁ任せた人間も失敗だったけど『イースティト遺跡爆破』を妨害。そしてこないだは、偵察の男を一人・・・・殺害』
「殺害?」

女の言葉に、ガイルは眉をひそめる。十中八九、森の中で実に怪しげな雰囲気をまとっていたゼンシュという男のことだろうが、あの男は森の中で取り逃がしてしまったはずである。

『あと、今回の筆頭魔術師、ブラックスミスの襲撃失敗・・・・ホント、嫌になるわぁその町・・・・特に、あんたがね』

ぱちっ、と何かが弾ける音がした。瞬間、全身の肌が一気に泡だった。
なにが。
ドシュンッ

「が、ぁ」

ごぼ、と口から血塊が溢れた。何か鋭い巨大なものに貫かれた腹部から、どろりと血が流れ出て、量の太ももを伝っていく。がん! と剣を震える手で抜き放ち、地面に突き立てようとした。だが、剣先ははじき返され、かたかたと揺れ動く。たまらず、膝をついた。

「ごほ、げふっ」
『あらいっがいー? そろそろ意識無くなっててもおかしくないんだけどぉ』
「・・・・る、せ。何も腹に穴ぁ開けるのは、初めてじゃねぇんだよ」

全身が震える。思わず大口を叩いてしまったが、その『一度目』のときも出血多量で意識を失い、あわや死にかけた。このままだと、気を失うのは時間の問題・・・・だが、こんな状態で戦えるわけもない。

『邪魔されたどの計画にも、町を狙った襲撃にも、妨害者としてあんたのことが書いてあったからねー。ここらへんで、消えて?』

ぴん、と周囲に何かが張り巡らされたような気配がした。重くなるまぶたを必死に持ち上げていると、体中に細い糸のようなものが巻き付き、締め上げてきた。じりじりとそれは動いており、このまま一気に滑らせれば、ガイルの体など一瞬で細切れになってしまうだろう。
最初に傷つけられた頬の傷に糸が食い込み、ガイルはたまらず悲鳴を上げた。さらに傷が抉られ、冷たくなってきた肌のうち、そこの部分だけが焼きごてを押しつけられたかのように熱くなる。

「鬱陶しいんですよとっとと吹っ飛べっていうんです!!!」

と、酷く聞き慣れた、少女の怒鳴り声が闇を貫いた。ぱっと糸が霧散し、視界が鮮やかになっていく。
一度まばたきをしてみれば、ガイルはなぜか玄関前の石畳部分にしゃがみ込んでいた。少し離れたところに、立ち位置の変わらないステントラの後ろ姿が見える。

「う、うわぁああ!?」

と、近くの『ガレアン』隊員が悲鳴を上げた。ガイルは自身の足下を眺める。あっという間に、まだ明るい赤をした血だまりが広がっていく。

(・・・・限界、かあ)

ぼんやりとそう思って、ガイルはとうとう意識を手放した。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



隊員の悲鳴に続き、かしゃん、どさっと人の倒れる音が響いた。ステントラは音の方を振り返り、思考が停止した。目の前の光景と、広がり、強まる鉄くさい匂いが、彼の意識を過去へ引きずり落とそうとする。

「が、いる?」

ほぼ同時に、レイドがそれに気付いた。血相を変え、いつもの冗談めかした態度を潜ませて、隊員たちに指示を飛ばす。
血だまりの中、若草色の長い髪が散らばっていて、どんどんそれも赤くなっていく。
彼が、死ぬ。

「っ!!」

もぞりと、視界の端で何かが動いた。振り返ると、どろどろとしたスライムのような、真っ黒い異物が触手を伸ばしていた。それは、つい先日見たあの化け物に、酷く似ていて。

「ステントラさん! ちょっと何ぼーっとしちゃってんですかああ!!」
「って、え、ティルーナ・・・・!?」

町長宅の庭園と町の道路とを隔てる、小さな門から飛び込んできた小柄な影に、ステントラは息を呑んだ。
ティルーナは勢いよく隊員たちの間を駆け抜けて、ステントラの隣に並んだ・・・・かと思えば、あっという間に彼を追い越し、勢いを殺さないまま蠢く異物めがけて跳び蹴りをかました。

「うざったーい汚いものには天誅ですー!!!」
「んな無茶苦茶なー!!!?」

触手が伸び、ティルーナの髪に触れた。瞬間、淡い橙色の光が爆ぜて、触手が根本から消し飛んだ。そして、他の触手がティルーナの体を叩きのめそうとするよりも、一歩早く。
どぷんっ
ティルーナの跳び蹴りのかかとが、盛大にスライムの体にめり込んだ。太もも半ばまでスライムに飲み込まれて、自分から突っ込んでいったティルーナも顔をしかめる。

「ステントラさんこれ取ってくださーい!」
「あ、アホなのこの子はー!! そんな意味不明すぎる物体Xと、そんなお気軽にスキンシップしてるんじゃねぇえ!!」

怒鳴り散らしながら、ステントラは息を吸い込み、一歩スライムに向けて踏み込んだ。ぴり、と周囲の空気が凍り付く。それほどの、プレッシャー。
だが、その同居人の発するプレッシャーにも、ただ一人ティルーナだけはけろりとして、硬直したスライムから足を引っこ抜こうと四苦八苦していた。ときたま、細かく震える触手がゆっくりとティルーナの体に触れようとするが、その都度例の橙色の光に打ち消されていた。 と、そこへ。

「みんな、どうしたのー!?」

甲高い、聞き覚えのある少年の悲鳴に、ティルーナは「ん?」と首をかしげた。
小さな林地帯と庭園の間に生えている茂みから、目に見えるほど濃い銀色の霊力をまとった黒馬が飛び出してきた。それに続き、同じように銀色の力をまとう、動物たちが次々と。

「・・・・なん、で? なんであんな、獣に霊力付与なんて」
「・・・・」

必死に上体を両腕で支えながらつぶやくエイルムの言葉に、ステントラは思わずにやりとした。この状況で、獣たちにこれほどの力を付与できるほどの能力を持ち、自分たちに加担する者は、彼の記憶の中でも『彼』ぐらいである。
獣たちは獰猛に咆吼し、ティルーナが足を突っ込んでいる方とは反対側のスライムの体に突撃した。爪で切り裂き、牙で食いちぎられ、本体から引きはがされていくスライムは、どんどん弾け飛んで消えていく。

「み、みんなあ」

ビリーは茂みから、よってたかって何かに敵意をぶつけている動物たちの姿に目を丸くした。と、その何かに張り付いていた動物たちが、一気に離れる。彼らが攻撃していたもののおぞましい姿に、ビリーは身を震わせた。そして、ようやくそのすぐ近くに立っている少女の姿にも気付いた。

「ティルーナさん!?」
「あ、ビリーさん、こんにちはー」

へにゃん、と笑って、ティルーナは呑気にビリーに手を振ってきた。と、最初の大きさよりも二回りほど小さくなったスライムが、その身をよじる。

「おおっとぉ」

片足を飲み込まれたままのティルーナは、慌てて残された足で跳ねた。けんけんの要領で、スライムと共に移動する。・・・・シリアスな場面なのに、ひどく間抜けだった。

「動くな」

だが、ステントラの一声で、スライムはぴたりと止まる。

「シュリンメルト、だっけか。そいつ、潰してくれ」
『言われずとも!!』

高らかにいななき、シュリンメルトは振り上げた両前足をスライムめがけて叩きつけた。彼の足も、ティルーナと同じようにスライムの体にめり込んでいく。
そこで、ふわりとティルーナのスライムに埋もれた足の近くを橙色の光が取り巻いた。同じく、シュリンメルトの全身を包んでいた銀色の光も、一気にスライムの体へ注ぎ込まれていく。
二人の光がスライムの中へすべて消えた瞬間、ぼこり、とスライムがふくれた。ステントラはすかさず、ふところから今まで使ったどの拳銃よりも古びている、小さな護身用リボルバーを取り出した。一気に狙いを定め、引き金を引く。
リボルバーにしては酷く軽い音が響き、弾丸がスライムに命中した。どぱ、と鈍い音を立てて、スライムは破裂する。自由になった足を素早く引いて、ティルーナはバックステップでステントラの隣に並んだ。

「ルーちゃん、あんたって子はなんつー無茶を」
「怪我はしてませんよ。私のことよりも、彼でしょう」

ティルーナの言葉に、ステントラはぎくりとした。まだ、血の臭いは漂っている。

「けれど、まぁ彼も大丈夫でしょうね。・・・・まだ、私たちは死ぬわけにはいきませんから」

ごくりと、つばを飲み込む。ステントラは、いつもと口調の違うティルーナを見下ろした。二人以外には聞こえない程度に、声量を抑えてささやく。

「ティルーナ・・・・いや、『ルースナー』・・・・?」
「『シュルツ』は、まだ目覚めていないようです。けれど、片鱗は現れ始めています。私の方は、まだ彼よりも不安定です」

ティルーナはそっと、ステントラを見上げた。困ったように眉を寄せて、小さく首をかしげる。ティルーナならば、こんな、悲しげな表情は浮かべない。

「ごめんなさい、ステントラ」

まだ、忘れさせてあげておいて―――――。

ティルーナの体がぐらりと傾き、その身をステントラが受け止めた。しゃがみこんで、軽い少女の体を胸に引き寄せ抱きしめる。
顔を上げると、弾けたスライムはすっかり消えて無くなっていて、それのあった場所にイルミカが痙攣しながら倒れ伏していた。あんなものを呼び出してしまったのだから―――しかも自分の体を器にして――――最悪、精神を打ち砕かれてしまっているかもしれない。

「・・・・わーったよ、ルー」

ぽつりとつぶやいて、ステントラはティルーナを抱き上げた。
ようやく、すべてが終わった。