STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第四巻 賢き獣の宴 - エピローグ
後日。

「うぅーん、カッティオくんもエイルムくんも、なかなかいい感じに絶不調ですねぇえフフフ」
「そこぉ!? なんかお日様に透かすととっても綺麗なバイオレットでバイオレンス、かつデンジャラスな試験管薬を引っ込ませろ!!」

くるんくるんと腰掛けている診察イスを回転させながら、テッドはたぽたぽと二本の試験管を揺らしていた。そんな彼の正面で、重病人二人が静かに眠っているベッドを背に、一人フランツが必死の表情を浮かべている。

「あはははは? フランツくんも、ツッコミとなるとヒジョーに口が悪くなるねぇ。うんうん、お父さんもお母さんも結構口が悪かったからねぇ。血のなせる技、もうしっかりとベリアちゃんにも受け継がれてるみたいだし!! ツッコミ一家万歳!!」
「なんですかその家族漫才みたいなネーミング。本気でやめてください」

フランツは深くため息をついて、ベッドの方を振り返った。
カッティオの方は、もともとの健康管理がずぼらだったせいで倒れたらしいので同情の余地皆無だが、あの襲撃事件以来、エイルムは魔力の消費が激しすぎたためずっと昏睡状態に陥っている。
小脇に抱えていた、軽装兵士用の兜を装備して、フランツはテッドの診療所の玄関に向かった。戸脇に立てかけていた愛用の槍を取り、テッドに一礼していく。

「では、またお見舞いに来ます。・・・・絶対お二方に変な薬点滴しようとか考えないでくださいね」
「オーケーオーケー、じゃあこっそりこの特製急須で抹茶色な精神安定剤をば」
「そーゆーの全般的に禁止だっつってんだろー!?」

ひとしきり怒鳴って、フランツは乱暴に玄関の戸を閉めた。どかどかと乱暴な足跡が遠のいていくのを聞き、テッドはやれやれと肩をすくめる。
手に持っていた小振りな急須と、怪しい薬で満たされた丸底フラスコを戸棚に戻し、テッドは眠っている二人の顔色をうかがった。カッティオはすでにフランツの怒鳴り声で目を覚ましていて、テッドが枕元にやってきた途端、ぱちりと両目を開いた。

「・・・・やかましかったが、まぁ、あとで礼を言っておくか」
「いやですねぇ、本当に投薬なんてしませんよ?」
「お前の言葉は、こういう場合信用ならん。というか、そう言われて目の前でぐーすか眠れるか実験体永久募集中科学者」
「私は医者ですけど、ああ、でもこの町には、目の前で無防備に意識落としてくれる人間がいますからねぇ。彼で十分事足りてますよぉ」

にやにやと嫌な笑みを浮かべながら、テッドはエイルムの顔色も確認し、一度頷いて枕元を離れた。
がま口の革鞄の中へ、いろいろな薬を放り込んでいく彼の後ろ姿に、カッティオは眉を寄せて尋ねた。

「わざわざ出向いて行くのか?」
「彼の方も、そーとー重傷でしたからね。まっ、やれるだけのことはやりましたし、実際バカみたいに治ってきてますから、自宅療法でも構わないでしょう」

そう言いながら、テッドは白衣の上にさらに真っ黒なコートを着込んで、緩くマフラーを巻き、ひらひらと片手を振りながら診療所を出て行った。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「フラヴァー、止まってよぉ!」
『なぜだ。お前も、俺の背で風を受けるのは好きだと言っていただろう』
「速すぎ! あと、みんなを置いていっちゃ駄目だろ!」
『面倒な・・・・』
「ぶつぶつ言わないで、団長の所に戻るよ」

シュリンメルトは、フィロットの正門を抜けた瞬間に一気に加速し、本隊からずいぶんと離れたところまで来てしまっていた。ぐいぐいと遠慮無くシュリンメルトのたてがみを引いている真新しい獣使いの衣装をまとったビリーに、本隊にいた一座の獣使いの一人が不安げな眼差しを送る。クランは苦笑しながら、彼の背を叩いた。

「安心しなさい。ビリーに任せておけば、シュリンメルトは大丈夫だから」
「いえ、それはもう十分見てますから、分かりますよ。けど、ねぇ・・・・」

まったく、とため息をつきながら、獣使いはぼやいた。

「ビリーのヤツ、なんでこんなに黙ってたんでしょうかね。俺がここに入ってきたのが七年前だから、あいつはもうとっくにここの一員だったでしょう? 地方のサーカスとかで、ちょっとは人を見る目も鍛えてたと思ってたんですけど、俺もやっぱり彼は無才だと決めつけてました」
「私も、彼が動物と楽しそうに遊んでいるところなんて、ほとんど見たことありませんでした。いつも彼は、動物たちと遊ぶことよりも、彼らの生活環境を整えることに一生懸命でしたし。他は、ひたすら玉乗りの訓練でしたから」
「彼は、きっと伸びます。いえ、伸ばしてみせますよ。そりゃもう俺なんか超えるくらいに」
「ええ、シュリンメルトも一緒ですけど」

途端に表情を引きつらせた獣使いに、くすくすと笑いかけて、クランはこちらへ駆けてくる黒馬とその背にある少年を見つめた。
彼の未来は、どんどん開けていっていた。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



とくとく、と容器から粘りけのある薄茶色の液体が流れ落ちて、真っ白な包帯にしみこんでいった。
数種類の薬草を煎じた薬水漬けの包帯を、手際よく彼の腹部に巻き付けて、その上からさらに厚めの布を巻いていく。他の場所の傷にも軟こうを塗りつけて、テッドは立ち上がった。

「ま、こんなとこですかね。とりあえず増血剤も飲ませておきますけど、いやーガイルくんっていつも顔白いから、よく分かんないですねぇ」
「さんきゅーテッド。お代は・・・・ごめんガイルが復活するまでツケといてくんない?」
「利子が弾みますねぇ。実に楽しみにしておりますよぉ」

くくく・・・・と低い笑い声を響かせて、テッドは鞄のがま口を閉じた。全身を小刻みに震わせて、首をあっちやこっちに曲げながら笑い続けるテッドの姿に、さしものステントラも青くなった。そそくさとドアの陰に隠れて、出口を手で示す。

「りょ、領収書はどうぞこちらで〜」
「メモに書いておきますよぉ。あと、こっちはティルーナちゃんの精神安定剤です。あの子もあれから目を覚ましていないんですよねぇ」

水に溶かして舐めさせてやってくださいねぇ、といいながら、テッドは藍色の液体が半分ほど入っている小瓶をテーブルの上に置いた。部屋を出ていく間際に、ぽんとステントラの肩を叩く。

「無駄そうなこと、関係のないこと、絶対に人が話したくないようなことはお聞きしませんよぉ。ご安心を? 私は町一番のお医者なんですからねぇ。守秘義務っていい言葉」
「いや、言葉自体はものすごくありがたいんだけど、テッドの口からそーいう言葉が出てくるってとこに猛烈に違和感を感じマス!? ていうかあんたにかかれば、患者のプライバシー漏れずに筒抜けだろーが!!」

愉快そうに階段を下りていくテッドの後ろ姿を睨みながら、ステントラはため息をついた。ガイルの部屋の窓から、テッドがそのまま家を出て行ったのを確認し、カーテンを閉める。
安らかな表情で眠り続けるガイルと、その隣で丸くなっているティルーナの姿に、ステントラは唇を引き結んだ。そっと彼らの眠るベッドに近づき、二人の額に手を当てる。

「ルースナー、約束は守る。まだ、二人を待ってやらないとな・・・・?」

小さく、一言二言つぶやくと、二人の額に当てられたステントラの手から、若草色と橙色の淡い光が漏れた。まず、ガイルの額から手を離し、若草色の輝きが消えるのを待つ。そして、ティルーナの額からも同じように、橙色の光が消えるのを見つめていた。
ふと、ステントラはガイルの髪に目をやった。鮮やかな若草色をしていた髪は、その大半が薄く紅色に染まっている。この際だから、一気に切ってやってはどうだろうかと町の人間には提案されたが、ステントラはそれを拒んだ。

「髪、短くなったら、それこそ『シュルツ』が目覚めるかもしれないからなぁ」

そう言って、ステントラは少し乱暴にガイルの髪を一つにまとめ、握りしめた。その手元を金色の光が包み、光が収まったあとには、欠片も赤みのない若草色の髪が流れていた。

「これでよし、と。あーあ、言い訳大変だなぁ・・・・よし、いっそのことガイルむっつり説を立ち上げっか。でも本人に半殺しにされそーだな」

と、そこまで行ったところで、ステントラは振り返った。誰もいなかったはずの彼の背後には、三つの人影が現れていた。
一つは、長い杖を構えた小柄な老人。もう一つは、薄紫色の髪を緩くまとめた神経質そうな眼鏡の青年。最後の一人は、天井にぶつかりそうなほどの体躯に獣の耳と尾を持った大男。

「ホーセイのじいさんに、メアに、カヤトか。じーさんとは夏に会って、メアとカヤトは・・・・リシェラのことで天界に出向いて以来か」

さらりと彼らの名を呼んで、ステントラはまず、メアとカヤトと呼んだ青年と大男に一礼した。

「フィロットのヤツらと、ガイルとを助けてくれて、ありがとな」
「やめろ。お前に頭を下げられると、首筋に寒気が走る」
「おう、それに、今回はさすがに地上担当のお前だけじゃ、面倒なことになりそうだったからな。獣の力もなかなかだったろ?」
「シュリンメルトにも、霊力重ねがけしただろ。あいつ、精神体が破裂するんじゃないかって、見ててヒヤヒヤしたぜ」
「あの道化師がそばにいたから自制すると思ってなぁ! まぁ実際どうにかなったんだ。細かいこと気にすんなって」
「気にするわい阿呆。なんでこうも連続して、『ティカ』の禁忌に触れるようなことがこの町で起こるのだ。魔界の方には適任なヤツを送ったが、天界の下級精霊どもはだいぶん荒れておる。・・・・矛先が、お前に向くかもしれんぞ。この町を造りあげたお前にな」

ホーセイの言葉に、ステントラはにやりと笑みを浮かべた。その表情に、メアはため息をつきながら頭を振って、カヤトは楽しそうに獰猛な色を瞳に浮かべる。

「そんときは、やってやるよ。謎の集団さんともども、お相手お待ちしておりまーす」
「ステントラ、『シュルツ』の・・・・ガイルの体は、そろそろヤバイ。さすがの私でも、彼のより人間に近い魂を黄泉から引きずり戻すのは、結構な手間なんだ。あわよくば黄泉の道から現世へ復活しようと機会を狙う死者だって、ごまんといるからな」
「分かってる。だから、もうコイツらが死にかけないようにする。今回は俺が甘かったからなぁ。こいつだけで、どうにかできると思っちまってた」

ステントラはジャケットの裏から、がちゃりと小さなリボルバーを取り出した。その鈍色に輝く銃身に、カヤトが「げっ」と呻く。

「ステントラ、それしまえ。俺、あんま銃って見たくねーんだよ。最近はそれでバンバン獣たちが殺されたりしてるのが伝わってくるからさぁ」
「あ、ああ、悪ぃ」

慌てて銃をしまい込み、ステントラは顔を上げた。

「やんなるけど、やるしかねーよな。こちとらカミサマだっているっつーことだし・・・・過去の亡霊どのには、とっとと退散してもらおうぜ」
「ああ」
「おうよ!」
「うむ」

四人の拳が、ごつりとぶつかり合った。