□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第一章 2.眼は追う 黒地に黄色や銀の装飾がちらほらと見え隠れする《ガレアン》の制服が、三つほど並んで丘を登っていた。右から順に、黒、白、茶色。 「この間の魔術師襲撃に関しては、トールの森は機能しなかったのでしょう?」 「そうなんだけどねー、それよりももうちょっと前の事件に、森が絡んでたみたいだし。そうだろ? カッティオ」 「ああ、もしまたあの時のように、森の中で……命知らずが襲撃の準備をしているとすれば、まぁ森はネーリッヒに手を貸すだろうが、一人だけじゃ心許ない」 「《ガレアン》から人員を割こうにも、トールの森相手ではむしろ足手まといになります。私たちくらいでしょう、ネーリッヒと肩を並べられるのは」 淡々と告げるメルティナに、レイドは肩をすくめて返した。 三人は、トールの森の森番をしているネーリッヒの元へ向かっていた。ここ最近続く、奇妙な町への襲撃。一つ目は明らかにトールの森からやってきていて、二つ目は森の中でなんとかけりをつけた。ついこの間の魔術師は、森を通過した形跡が残っていないが、それでもこれからまたあのような襲撃の際、トールの森を通らないとも限らない。 「ま、しょうがない。そうなったらなったで、町の人間狩り出すしかないね。僕らと違って、彼らは行動を縛るものがないし」 「一般人を守る《ガレアン》の副リーダーとしては最低最悪の発言にして意見ですが、それが一番この町じゃ手っ取り早いですね。ですが、ガイルは無理でしょう」 「それでも、もう既に町中を歩き回っているようだったが」 三人の間に、沈黙が流れる。そうこうしているうちに、ネーリッヒの住む簡素な木造の小屋へたどり着いた。 レイド、カッティオは小屋から少し離れたところに立ち、メルティナがドアをノックした。ネーリッヒの男嫌い対策のためだけに彼女を連れ出したとも言える。さすがに、いつもならば「自力でどうにかなさい」と見捨てるメルティナも、こればかりは引き受けざるを得なかった。女性が居なければ話が進まない、仕事にならないから。 「……なんだい、メルティナに変な虫にシラガかい」 扉を開けて現れた黒髪の老婆は、盛大に鼻を鳴らして、男二人に向けて手を振った。その手からぱちりぱちりと紫電が舞っているのが、ちょっとコワイ。 「《ガレアン》が来たってことは、この間の騒ぎも含め、そうとうやばそうなことになってるのかね」 「これからもまた、襲撃が続くかもしれませんので。いつものことですが、今回はあなたにこれを預けます」 そう言って、メルティナは上着の内ポケットから、手のひらサイズの水晶玉を取り出した。銀色の金具で取り付けられた台座があり、そのまま机の上に置ける仕様になっている。 僅かに片眉を上げて、ネーリッヒは水晶玉を受け取った。 「異変が起こったとき即座に連絡するように、かい」 「貴方の霊力を流し込むことで、リーダー、副リーダー、そして私を含める補佐官数名の《鳥》に反応が起こるよう仕掛けを施してあります。他にもいろいろと。ちなみにいじったのはエイルムとテッドですので」 「……前者はまだ信じられるがな。テッドも一枚噛んでるのかい」 「一枚どころか十枚ぐらい噛んでるかもしれないけどねー? 回復したてのエイルムがまた寝込んじゃったくらいだから」 へらへら笑いながら、遠くで一言付け加えるレイドに向けて、ネーリッヒはテナボルトを放った。抜きはなった剣を避雷針に、レイドはとっさに地面に伏せる。隣に立っていたカッティオも、同じく伏せた。しかし、雷はなぜかレイドの剣先には向かわず、彼らの真正面の地面を吹き飛ばした。 「ええー? 魔法だからってそんなんアリ!?」 「魔法だからこそ出来る芸当だろう。避雷針なんぞという小細工はあたしには効かん」 泥と砂埃にまみれひっくり返った二人は、つばを吐き出しながら立ち上がった。 「……そういや、今までの襲撃犯から、ヤツらの所属だの背後だのそういうところは洗い出せたのかね?」 「あー、えー、えっとぉー?」 ネーリッヒの問いかけに、メルティナはレイドを眺め、カッティオはジト目で睨み、レイドはあやふやな笑みを浮かべて視線を宙にさまよわせていた。カッティオも一部を請け負ってはいるが、この一連の襲撃に関して主導権を握っているのはレイドの方である。 十秒経ってもまともな返答が返ってこなかったため、ネーリッヒはもう一度……今度はマジなテナボルトをぶっ飛ばした。 すぐそばの木の上から、あの灰色の鳥がまた、彼らをじっと見下ろしていた。 「今日の分の薬はこれですねぇ。だいぶ一日の量も減ってきましたけど、油断は禁物ですよ〜?」 「わかってる、テッド」 差し出された小瓶の中身を一気に飲み干して、エイルムは顔をしかめた。いつも頭頂部でひとまとめにされている赤髪は下ろされ、ベッドの上で踊っている。 エイルムはまだ、テッドの診療所で寝泊まりをしていた。いや、数日前には一度回復して自宅にも戻れたのだが、《ガレアン》からの依頼をテッドと共にこなしてまた倒れてしまったのだ。 「あー、今年は僕、家よりもここでの入院生活の方が長くなるんじゃないかな……」 「がっぽりお代がいただけるので、万々歳ですけどねぇ〜?」 「僕だって、もうそんなにお金残って無いんだからね」 ため息をつきつつ、エイルムは小瓶をテッドに突き返した。いつも通りのへらへら笑いで小瓶を受け取った彼は、眼鏡をくいっと押し上げ、そのまま奥へと引っ込んでいった。 しばらくして、カララン……と小さな鐘の音が響いた。こつ、こつ、と控えめな足音が小さな病室に向かってきて、入り口からひょっこり顔を覗かせる。今日は整備が無かったのか、作業着姿ではないメミィが人の頭ほどの小振りな花束を抱えてやってきた。 「あ、あの、エイルムさん……お加減はいかがですか?」 「ん、だいぶ楽になってきたかな。久しぶりだねーメミィ。ここのところ、全然会ってなかったし」 「そっそそソウデスネ!」 「ミリルやティルトとかと、四人で集まることもあんまりしなくなったしなぁ。今度、また教会の裏手でお茶でもしよっか」 「えええーと、えーと、はい、はい!」 メミィはゆっくり深呼吸をして、花束をベッドの隣に置いてある棚の上に飾り、壁際に並んでいた丸イスを引きずってきて、ちょこんと腰掛けた。エイルムは適当に、テッドから借りた診療所の地味な寝間着を整え、手早く髪をまとめた。 二人は特に何かを話す風でもなく、ときたま窓の向こうからぴぃぴぃと鳥の鳴く声が聞こえてくるだけ。 「ね、メミィ」 「はい?」 突然呼びかけられて、少しうとうとしていたメミィは一気に目を覚ました。 「メミィは、さ。魔法ってどんなものだと思う?」 「え……」 魔術師に「魔法とは?」と尋ねられて、まともな回答を返せる一般人がどこにいるのだろう、と頭の片隅で思いつつ、メミィは思うことをぽつぽつと言ってみた。 「人や、動物たちとか、生きる者を幸せにもするし、不幸にもさせる、諸刃の剣……でしょうか。神様の力の欠片と言われている神法だって、扱いを間違えれば人々の意識を封じ込めてしまうし、魔術だって、とても攻撃的だーって言われてますけど、エイルムさんみたいな人が使えば、立派に人助けの手段にもなると思います」 「ん、そうだね……諸刃の剣、か」 ポツリと。 「ねぇ、諸刃どころか、柄やつばも鋭い刃で出来てる剣は、どう思う?」 「え、ええ? そんなの、持つだけで傷だらけになっちゃうじゃないですか。振り回しでもしたら、指が切れちゃいますよ」 「うん、他人を攻撃するだけじゃ飽きたらず、自分自身をも傷つける剣……僕はね、この間の襲撃で、そんなものを見た」 「……魔法じゃ、ないんですか?」 「魔術とも、神法とも言えなかった。いや、使っていた人は魔術だって断言していたけど。まず、詠唱の形からして異なっていたからね。魔術が命令で、神法が祈りなら……あれは、キカイの演算だ」 「キカイ」 魔法と対極の存在であると言われている代物。メミィは目を見開いて、どこか遠くを見つめているエイルムの横顔を眺めた。 「あとから思えば、あれは、全く新しい『第三の魔法』なのかもしれない。けど、僕は手を出したいとは思えない。神法を一度かじってみようかと思ったことはあるけど、そんなこと、あれに関しては思いたくもないな」 「そんなに、恐ろしいものだったんですか」 メミィの言葉に、エイルムは弾けるような勢いで振り返った。 「なんだか、全然、正体もなにもわからないものを見て、怖がってるようにみえます、よ?」 「……うん、怖がってる。だって、まだ三十も生きてはいないけど、その人生の大半を魔法について考えながら生きてきたんだ。大抵のことなら解決に導ける。そう思ってたのに、手も足も出ない」 はぁ、とため息。メミィはうつむくエイルムに、どんな言葉をかければいいのかとオロオロしていたが。 「エイルムくんー、そういえば新しいクスリを開発したのだけど。疲労回復と銘打ってるはずだから、試してみませんかねぇ〜?」 何やら怪しげなセリフを吐きながら、首を左右にカクカクと振って、テッドが奥の部屋から現れた。その手に握られている試験管の中で、たぷりたぷりと揺れているのは、ルビーのように輝く真紅の液体。 真紅。 赤い……液体? 一瞬、エイルムの思考が停止。次いで、テッドの「あ」というつぶやき。 「っぎゃああああああああぃいやあああああああああああ!!!!?」 最後の最後に、メミィの絶叫。 その後、メミィと同じくエイルムのお見舞いと言うことで診療所を訪れた、チェンバース姉弟(主にミリル)によって、メミィは沈静化された。ついでにテッドの毒としか思えないクスリも、ティルトが没収した。 ……やはりここにも、窓の向こうから彼らを見つめる黄色の眼。ただ、この診療所の近くの木にとまっていたその鳥は、グラグラと木の上で体を前後左右に大きく揺らしていた。 完璧に、メミィの絶叫の直撃を受けていた。 |