□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第一章 4.捕獲 ぶわりと全身の羽毛を逆立てた雨李をなだめながら、翔夜は険しい表情を浮かべていた。 先ほどから、これで三度目である。常人にはおよそ感じ取れない、おかしな匂いがそよ風を伝わってくる度に、雨李は羽毛を逆立てる。口をわずかに開き、威嚇を続ける。 「雨李、何があるんだい?」 翔夜が優しく問いかけると、雨李は頭を上げ、じっとある方向を見つめた。目を細めて、翔夜もそちらを見る。 と、一人と一匹の視線の下―――彼らはとある民家の屋根の上に立っている―――を、見慣れた人物が二人、走り去っていった。ケゼンとネファン、という少々珍しい組み合わせである。 「へぇ……野生人ケゼンが動いたか」 彼の勘は、人類がとうに忘れ去ってしまった『動物としての本能』に繋がるもの。雨李が感じ取れたものを、彼もまた感じているのだろう。 翔夜は身軽に屋根から飛び降りると、ケゼンとネファンに追いつくため、勢いよく走り出した。先に雨李を飛ばして、様子を見る。しばらくして、雨李を見たケゼンの悲鳴が聞こえてきた。 「だっああああ!!? んだこのバカ鳥ぃっ!?」 「雨李はバカじゃないけどなぁ」 「…………」 苦笑を浮かべつつ、翔夜は失速した二人に並んだ。ネファンがちらりと彼を見やり、また前方に視線を戻す。彼が一瞬前に見た、背中に常時くくりつけている弓矢に手をかけて、翔夜は真剣な表情で問いかけた。 「ひょっとしなくても、戦闘がありそうな感じッスか?」 「……ああ」 「うるっせぇ音が、森の方からガンガン響いてくるんだよ。ったく、こないだの騒ぎで、まだ動物たちもびくついてるっつーのによ」 「今回もまた、動物を操るようなヤツらなんスかねー」 ほの暗い、負の感情が翔夜の瞳に浮かぶ。狩人という職についているので、彼の動物たちを思う心は人一倍強い。言葉が分かるのは鳥類だけだ、と言っているが、彼はどんな動物も大切にしようと考えている。 「いんや、動物だけ操るにしちゃ、なんか……」 翔夜の言葉に、ケゼンがあいまいな表情で返す。彼らの目の前には、もう町の外へと続く門が見えており……それは、開かれていた。 「お、《ガレアン》三人衆じゃん」 「あまり一括りにして欲しくはないのですが。あなたたちがここまで全力疾走してくるなんて、何かあったのですか」 門をくぐり、今まさに閉門の合図を出そうとしていたメルティナが眉をひそめる。その後ろで首を回していたレイドも、興味深げな表情で近づいてきた。 「森に用があるんですよ。雨李とかケゼンとかが反応してるので」 「ついさっき、ネーリッヒのところへ行ってきたが、特に変わった様子は無かったぞ」 カッティオが小さく首をひねりながら、しかし三人に道を空ける。あっという間に《ガレアン》の三人の横を通り過ぎて、ケゼンたちの背が小さくなっていった。 「……メルティナ、カッティオ、一旦本部に戻って戦闘準備を。あの盗賊団騒ぎとか、魔術師襲撃のときみたくまた後手に回るのはいい加減飽きた」 二人は振り返り、誰よりも早く門に背を向けて歩き出した青年のあとを追う。その背後でゆっくりと、門は閉じられていく。 「……くわぁん」 上空で、ばさばさと不格好な翼を広げた灰色の鳥が旋回した。 「ち、ちくしょうっ、アデレーナのおバカっ! こんなにした挙げ句、ネーリッヒのところへ行ってこいとかもう刑罰以外のなにものでもないね」 頭にいくつもたんこぶをくっつけて、ゴーグルのふちからぼろぼろと涙を溢れさせているステントラは、女物の服や酒が入った袋を片手に、ネーリッヒの小屋へ向かっていた。 またビリビリ食らうのかな〜、嫌だな〜、と考えながら、沈鬱な面持ちを浮かべていたが、ふとトールの森の方へ視線を向ける。何か、心の奥底がざわめく嫌な予感がした。 「…………」 近くの木の根元に袋を置いて、ステントラは適当なところから森へ入っていった。例え無鉄砲なテッドやウィリンであっても、森への出入りは森番の小屋の前からという言いつけを破ったことはない。森番の監視の下、決められた場所から出入りをしなければ、永遠に森から出ることは叶わず、また誰からも見つけてもらえないと言われているからだ。 だが、ステントラはそのまま迷い無く奥へと足を踏み入れていった。森の木々はさわさわと枝を揺らし、まるで彼を歓迎しているかのようだった。 「動物が、またいなくなってんのか」 正確には、隠れてしまっている。木の根の奥などで、震えながら縮こまっている。 「どうなってん―――」 そこで、ステントラの言葉は途切れた。 びぃうんっ、と鋭く空気を切り裂く音と共に、何かが全身をがんじがらめに縛り上げてきたのだ。 「なんだっ!?」 見下ろし、ぎょっとする。丈夫そうな太いつるもあれば、触れただけで肉が切れそうなワイヤーまで、とにかく様々なひも状のものが絡みつき、四方八方に伸びている。体も持ち上げられ、地面がひどく遠く感じられた。 「く、そったれ、やっぱまたなんか来やがったな!!」 銃やナイフには手が届かない、叫び声を上げようとすれば、すかさず荒い縄が猿ぐつわとなって口を塞いだ。暴れることも満足に出来ないままのステントラを中心に、空中に銀と緑と茶色の、まだら模様のいびつな繭が出来上がった。 「ふ、ふふふふふッ!!」 「うふふふふ〜」 楽しげな、本当に楽しげな男女の笑い声が、小さく響いた。 |