□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第二章 5.何か絶望的な気配 ケゼン、ネファン、翔夜の三人は、ネーリッヒの住む森番小屋の前で立ちつくしていた。 つい数分前に《ガレアン》の三人がやってきて、ネーリッヒと会話をし、水晶玉を預けて離れたばかりだというのに。……小屋は、とにかく壊せそうなところはすべて壊されていた。 「ば、ばーさん!?」 真っ先にケゼンが我に返った。真っ二つにへし折られて玄関先に捨てられている扉を飛び越え、小屋の中へ入っていく。ネファンと翔夜も、それに続いた。 小屋はそれほど広くない、キッチンとテーブル、イスの置かれた居間。そしてさらにせまいネーリッヒの寝室があるばかり。ネーリッヒは寝室の床に、あちこちから血を流しながら倒れていた。手元には、粉々に砕け散った水晶の欠片が散らばっている。 「おいばーさん!! 生きてるか、死んでねぇよな!?」 それを見たケゼンは、ネーリッヒの男嫌いを完全に頭から吹っ飛ばして、がくがくと彼女の体を揺すった。それを見た翔夜が、大あわてで止める。 「ちょ、こんのバカ素人!!? 怪我人そんな馬鹿力で揺さぶってんじゃねーよ!!」 「どぶふっ!」 脳天に回し蹴りを食らって、ケゼンはネーリッヒから離れさせられた。すかさずネファンが彼女の体の様子を見る。血塗れにはなっているが、床に血だまりが見当たらない。それほど深い傷は負っていないようだった。 と、そこで細く長く息を吐きながら、ネーリッヒが目を覚ました。血が流れ込んでいるせいで、左目がうまく開かなくなっている。それでも、必死に辺りを見回して、硬直した。 「……なんでお前らがあたしの家の中にいるんだいぃいいいいいいっっっっっ!!!!!」 「「っぎゃあああああああっっっっ!!?」」「…………」 ネーリッヒを中心に、紫電が舞った。バヂバヂバヂィッとすさまじい音が響き渡り、すでに砕かれ破かれていた寝室は、一面焦げ臭い匂いを漂わせていた。 翔夜は雨李を外に残してきてよかった、と心底安堵しつつ、まだしびれの残る体を叱咤してネーリッヒに声をかけた。ケゼンは目を回しているし、ネファンは口を開きそうにない。 「あ、の……ぶっ倒れてるときにはすごく焦ったッスけど、すごく元気ですねぇ」 「おおお前らがこの小屋の中に入りやがってるせいじゃゲホグホッ」 「……落ち着け、ネーリッヒ」 やけどを負った手のひらに視線を落としたまま、ぼそりとネファンがつぶやいた。背をさすろうと伸ばされた翔夜の手を叩き落とし、必死に息を整え、ネーリッヒはここで何があったのかを三人に話し始めようとした。 だが、出血のせいか視線は虚ろで、話される内容もいまいち掴めない。翔夜はいつも持ち歩いている革袋から、(ウィリン製ではない)フォンターを取り出し、ネファンに押しつけた。 「これで、とりあえずネーリッヒの怪我を治して安静にさせててください。俺とケゼンで、森の方に異変が無いか調べて来るッス」 そう言うなり、翔夜はまたケゼンの頭を蹴りつけた。意識が回復したケゼンは翔夜に引きずられ、雨李と共に森の中へ入り込んでいった。 「なぁ、お前この森に入って抜けれんのか?」 「自信はない。けど、それほど深く入り込まなければ、あるいはって思ってる」 「俺も……なんかこの森、妙にざわざわすんだよな」 言って、ケゼンはぶるりと身を震わせた。翔夜はゆっくり森の中を進みながら、あちこちに存在している『痕跡』に目を細める。 獣のものにしては巨大な足跡、木々につけられた爪痕、へし折られた太い枝、抉られた地面。……何かがこの森にいたのだ。それも複数。 「……これ、は」 翔夜は覚えのある独特な匂いに、はっきりと眉根を寄せた。隣を見れば、ケゼンも目の前の足跡を渋い表情で見下ろしている。もともと旅人であった彼ら だから、分かる。 これは、さすがにまずい。 「すぐ町の方へ報告しにいったほうがいいな」 「ああ。……?」 翔夜の言葉に、ケゼンは一言で答えて、首をかしげた。斜め上を身ながら、周囲をきょろきょろと見回している。と、急にその動きが固まった。 ヒュ――――― …… がすっ 「っっっだああぉああああああ!!?」 「あ、お帰り雨李」 ケゼンの無防備だった後頭部に、がっすりとそのくちばしを突き立ててきた雨李は、くるりと旋回して翔夜の差し出した腕に止まった。ぐぁあ、と低い声で鳴きながら、翔夜の頬にすりよる。 「てっ、てめぇバカ鳥!!!? ちょ、赤い噴水が止まらねぇぞ!! 洒落にならないからやめやがれって、翔夜お前も微笑ましげに眺めてねぇで叱れよぉっ!!」 「いやー、こればっかりは何度やってもなぁ。ていうかまずケゼンの方から雨李に歩み寄る努力をしろよ」 「お前、それ言っちゃう? 俺がそいつと顔突き合わせる度に頑張ってるの、一番見てるよな?」 「あれ頑張ってるっていうか?」 言い捨てて、翔夜はグルッと鳴いた雨李の言葉に目を見開く。 「え、へんなもんがある?」 「はぁ?」 雨李が飛び立った。二人は顔を見合わせ、全速力で斜め前の空を斬るようにして飛んでいく雨李を追いかける。そして、実にへんてこなものを見つけた。 大体、地上からは三メートルほど……ケゼンの身長よりも腕二本分ほど高いくらいだろうか。その位置に、太いつるや荒縄、ワイヤー、包帯、糸などでまだら模様を描いている、奇妙な繭があった。周りの木々につるが絡みつき、固定させている。 「なに、あれ……」 「ちょっと黙ってろ」 ケゼンに鋭く言われ、翔夜は口をつぐんだ。数秒、自然の音のみがその場を支配する。 「……あの繭、なんかあるぜ。くそ、剣士でもいりゃあな」 「魔族じゃない?」 「いや違う。匂いがしねぇ」 珍しく真面目な顔で断言したケゼンの言葉を信じ、翔夜は繭の上空を旋回していた雨李に、つたを切り裂くよう命じた。ワイヤーや荒縄は無理でも、基本的に、繭を構成しているのはつるである。それならば、雨李のくちばしと爪で問題なく引きちぎれる。 急降下してきた雨李は、的確につるだけを切り裂いていった。たまにワイヤーに体をかすめそうになるが、ギリギリのところで回避する。 そんな地道な作業を繰り返して、十分ほど経った頃。 ブチリ 「っ、中から!?」 翔夜は慌てて雨李を下がらせる。繭の中から、何かが引きちぎれる音が確かに聞こえてきた。ぶち、ぶつりっ、と。それに続き。 銃声。 ドパァン ドドドパパパパッ ドチュンッ!! ダラララララッッ ずたずたになった繭から、ぶらん、と上半身を上下逆さまの状態で現した人物を見て翔夜とケゼンは目を丸くした。 「「ステンレス!?」」 「シリアスなところで最早定番となっちまったボケかましてんじゃねぇえええええっっっ!!!」 ステントラは怒りのボルテージマックスな様子で、盛大に舌打ちをしながら両手に構えたリボルバーとライフルを残りのつるに向けた。 一斉掃射。 「…………すご」 「たく、また変なの来やがったみたいだな」 どしゃ、と完全に解放されて地面に降ってきたステントラは、呆然としてる二人の視線を受けながら、忌々しそうに吐き捨てた。 食事を終え、カリナとベリア、そしてフランツは自宅である宿屋へ帰っていった。ヒュゼンも、まだ何か言いかけてはガイルに殴り飛ばされ「てめぇ明日覚えてやがれよーっ!」と陳腐な捨て台詞と共に消えていった。 一人残されたガイルは、ゆっくりと立ち上がりつつ腹部に左手を添える。そろそろとそこを撫でて、もう完全に塞がったと再確認しては、ほっと息をつく。 (ていうか、良く生きていられるもんだな、俺も) 本来なら、あの十五、六の頃に死んでいたはずなのに。 思わず過去の消し去りたい思い出を紐解いてしまい、ガイルは頭を振って気を紛らわせようとした。 と。 「っ!!!?」 限りなく小声で、できるだけ小声で、しかし肺の中の空気をすべて押し出すようにガイルは叫んだ。目を見開き、脂汗を額に浮かべ、近くのてすりを掴んだまま顔を俯けた。バクンバクンと、しばらくぶりに心臓がフル稼働している。 あり得ない。あり得ない『何か』の気配……というか予感を感じ取った。産毛がすべて逆立っているように思える。背中がまだぞわぞわする。 (なっ、なんだってんだチクショウ、一体!!!!?) また震えが来る。この感じは、そう、昔ステントラと二人で旅をしていた頃、襲撃してきた魔族の一匹が冷たく長い舌でべろりと彼の首筋を……。 「う、おえ」 吐き気を催し、その場にうずくまる。視線はゆらゆらと彷徨っていたが、ふとあるものを目にして自我が戻ってくる。 鈍い灰色で、金色の、一つ目……魔鳥。 「なんで、あんなんが」 全身に残る、この奇妙な怖気を振り払うように、ガイルはまた立ち上がった。 どうにも、これからとんでもないことが起こるような気がしてならなかった。 |