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□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第二章 6.魔物使い 遮へい物も何もない森の外……フィロットに向けてゆるやかな下り坂になっている草原を、二人の奇妙な兄妹が疾走していた。本来ならばものすごく目立つ行動で、あっという間にフィロットの門前やぐらで監視をしている《ガレアン》隊員か、一般兵に見つかってしまうはず、なのだが。 フィロットからは、なんの反応もない。 「すっばらしい限りだなッ!! 僕らのまとう姉上特製の隠密防護布はッ!! 体に巻けば意識されることが無い限り見つからず、口に巻けばこれまた意識をかすめ『そこに何かがいる』と思われない限り声も聞こえないッ!! おかげで僕はこーんな大声で話しているというのになんのアクションもしめされていないッ!! しかしなぜだろう、とても僕らにとって有利すぎる状況だというのにこの反応のなさは嬉しさを通り越して失望を感じ……結論を言おう、ものすごくへこむッ!!」 「長々しいどーでもいい演説をどうもありがとうですの~。でも、確かにこんなに目立つようにしているのに、オールシカトとはいくらあたくしたちでもご機嫌がどんどんどんどん斜めに傾いていきますの~」 横暴なことを言いながら、二人はあっという間にフィロットの城門……町の東に位置するそこから、少し北にずれたところに辿り着いた。 目の前にそびえる城門を、背を限界までそらして見上げる。兄の方は適当なところで止めておいたが、妹はそのまま体を反らし続け、ぺたりと頭が地面に付いてしまった。 「おやおや、大丈夫かフィリーナッ!! 手を使わないほぼ円形ブリッジをこんなところで披露しても、観客になりうるのは僕一人ッ!! だが構わない、我が妹の華麗なる技をこの目にしてよいと思われるのは僕だけなのだからッ!!」 「またやってしまいましたの~。でも、ファルスお兄様もおんなじことができるのに、きちんと止められて……はぁ、あたくしやっぱりまだまだ修行が足りないんですの~」 「何、僕もフィリーナも若いのだから時間はたっぷりあるさッ!! だがしかし、僕としては修行も大切だと思うがそれよりも兄妹としてさらに親好を深めるということも重要だ」 「あたくしの心は修行:お姉様:お兄様で表わすと、今のところ4:5:……」 フィリーナの言葉に、隣で背を反らしながら声高に笑っていたファルスの声が止まる。 「……10ですの~」 「キャパオーバー大いに万歳ッ!! だが、何かこのような展開にデジャヴを感じるのは一体ナゼなのだろうか。僕らはまだ登場して間もないはずなのだけれどッ!!」 「はるか彼方におわす神のお一人が、きっとあたくしたちの高度で愛に満ちあふれている会話についてこれなくなっただけではありませんの~。気にしてはいけないのですーよ~?」 「それもそうだなッ!! はっはっはっはっはッ!!」 「ではいい加減仕事をしちゃいましょうですの~」 言って、フィリーナはそのまま地面から頭を離し、時間を巻き戻すかのようにして起き上がった。ファルスも妹に会話を打ちきられ、一人笑い続けるのも空しいと感じ、姿勢を正す。 ……数分後、城壁に向かって何やらぺたぺたカリカリと手を動かし、作業を終えた二人は「ふぅ~」と息を吐きながら額の汗(でてないけれど)を拭った。 「ではではッ!!」 「ではでは~」 二人はにんまりと、いたずらを仕掛ける子どものような笑みを浮かべて、すたこらさっさとまた森の方へ走り去っていってしまった。 一方その頃、ケゼンと翔夜に救出(八割方は自分で、だが)されたステントラは、無惨な姿をさらす森番小屋を見て口をへの字にし、応急手当を受け包帯だらけのネーリッヒを見て顔色を変えた。 「だっ、大丈夫かよネーリッヒ? なんか乾燥した寒天を水に戻して柔らかくしてしまったような雰囲気じゃねーかっ」 「例えが謎すぎるわド阿呆。ああ、ネファンももういい」 イスから立ち上がろうとしたネーリッヒは、無言で差し出されたネファンの手を押しのけて、戻ってきた三人に告げた。 「森の中から、魔物共がなだれこんできてな」 「「魔物!?」」「…………」 ケゼンと翔夜は顔を見合わせ、ネファンは珍しく眉根を寄せた。ステントラに至っては、下唇を強く噛んで拳を握りしめている。 「具体的に、なんだったか分かるか?」 「ラビラットやプロムなんか少なかったな。それでも、ホレー、化けコウモリ、スカルマン、ああエイドスネークもきたか」 「えっ、エイドスネークって……」 「マジでヤバイんじゃねぇか。単体ならまだしも、んな大量に……」 「……そいつらは、ここを襲って、どこへ行った……?」 苦々しげに、握った右手を左手に叩きつけるケゼンの隣で、ネファンが顔をわずかにしかめたままネーリッヒに尋ねた。ネーリッヒは額に手を当て、ぎっと歯を食いしばりながら頭を横に振る。 「分からないんだよ。ホレーや化けコウモリ程度なら、あたしでもなんとかなったんだがね。スカルマンやエイドスネークに攻撃されて気絶して、本当に、今生きてるのが不思議なくらいさ」 「町の方へ襲撃がきた、というのはなさそうですね。緊急の鐘が鳴ってないし」 さて、魔物たちはどこへ行ったのか。この様子だと、森の中へまた戻っていったというのが一番それらしいが……。 「ていうか、なんで今更になって魔物なんぞが来るんだぁ?」 ケゼンが大きく首をかしげて、独り言にしては大きな声量でつぶやく。しかし、彼の言葉はその場にいた面々全員の心境だった。 魔物、つまり下位魔族は、基本的には人を襲わない。彼らの住処が荒らされるか、こちらから攻撃を仕掛けない限り……干渉さえしなければ、地上で彼らはほとんど無害な種族といってよいのだ。 「……いや、一個だけ可能性がある」 だが、《地上》に残る魔力と自身の持ち得る力だけを頼りに生きる彼らを、手なずけ、操ることのできる人間達が存在している。 魔物使い。剣士や魔法使いなどの職とは違う、天性の才を持つ者ものだけがなれる職。 「ケゼン、うるさい音がするって言ってたよな」 「ああ、びゃあーとかぴゃーとか、叫び声みてぇな鬱陶しい音だ」 「魔物使いは基本的に『音』を操って魔物たちに指示を出す。もし、今回の襲撃相手が魔物使いなら」 《魔界》に帰ることも出来ず、《地上》で生まれ《地上》で死ぬ運命にある下位魔族たちは、しかしそれでも他の生物と比べものにならないほど頑強な肉体を持つものが大半である。暴走した魔物の討伐には、それ専門の傭兵集団が向かうことも、無いわけでは無いのだ。 そんな彼らを操る術を持つ魔物使いが、今回の異変の黒幕であるならば。 「魔族もヤバイが、今回は……本格的に、町が壊れるかもしれない」 ステントラの言葉が重い。窓枠から外れた硝子が、かしゃん、と澄んだ音を立てて砕け散った。 |