STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第二章 7.準備万端
 ガイルはベルトから剣を鞘ごと外し、左手で無造作につかんだまま通りを歩いていた。普段の彼よりも、少しだけ遅いペースで。
 その頭上を、気味の悪い……魔物としか思えない灰色の鳥が、民家の屋根の上を移動しながらついてきていた。

(俺のことを追いかけてきてんのか……? なんで魔物なんぞが町に入ってきてんだよ)

 苛立たしげにため息をつき、ガイルはとにかく、人通りの多いところを目指していた。理由は明快。人通りが多いところには大抵《ガレアン》隊員もたむろしている。彼らにあの魔鳥のことを教えてやらなければ、と思っていた。
 だが、閑散としている住宅街の通りを抜けようとしたところで、三人組の隊員たちと鉢合わせした。

「あ、ガイルさん! お怪我の方は大丈夫なんですか?」

 その内の一人が、軽く敬礼をして心配そうに尋ねてくる。ガイルの方は顔に覚えがないが、おそらく数週間前の事件の時、あの場にいた隊員の一人なのかもしれない。

「まあ、歩ける程度には大丈夫だ」
「そうですか。……あの〜、ガイルさんほどの実力者に、こういうのもなんなのですが」

 躊躇うように口をつぐんでしまった隊員の代わりに、もう一人の隊員が続ける。

「今、レイド副リーダーからちょっとした通達がありまして。『また何か起こるかもしれないから、チーム組んで町中の警備を強化しとけよ☆』という」
「本当に『ちょっとした』通達だなオイ。つか軽すぎんだろ言い方がっ!!」
「おお俺たちだってそうツッコミいれましたよ!! なんでわざわざ『☆』いれるんですか!? けどそう《鳥》で返信したら、副リーダーから受信したページ真っ黒になったんですよ!? ……死ぬって思いましたマジで」
「ほんっとうに怖いんですよアレっ!! たまにやられる先輩とか見たことありますけど、しばらく魂魄が抜けたようで仕事なんぞ一年出来なくなってしまうとかっ」
「だぁああガレアンの内情なんぞどーでもいいわぁっ!!」

 ガイルは愚痴大会を今まさに開こうとしていた隊員たちの肩をぐわっしと掴み、ざっと辺りを見回した。先ほどの鳥は、近くの民家の上空を旋回している。

「おい、あの鳥見えるか」
「え、鳥ですか……?」
「ああ、あと、ここからどんな姿形してるかも分かるヤツがいればいいんだがな」
「そういうことなら俺に任しといてくださいよ」

 そう言った若い隊員は、じっと旋回する鳥を見つめ始めた。数秒して、驚きに目を見開く。

「あ、れ……魔物、魔鳥じゃないですか!?」
「なぁにぃっ!!?」

 他の隊員も慌てた様子で鳥を見つめる。だが、彼らの視線に気付いたからか、鳥はさっと身を翻すとどこかへ飛び去っていってしまった。

「魔鳥……あのタイプ、どんなんでしょうね。ちらっとしか見えませんでしたけど。ちょっと調べてもらいますか、その手のオタクに」
「魔物オタクなんぞ《ガレアン》にいるのかよ」
「オタクというか知識をどん欲にむさぼりくっているというか。意外といますよー? 今まで暗躍してきた裏集団の名称、主な活動丸暗記してるヤツとか、世界各国のゲテモノ料理をそっくりそのまま再現できるヤツとか……あ、でもティルーナちゃんとメミィさんがデフォでやっちまうか」

 なにやらカリカリと《鳥》に魔鳥の特徴を書き込んだ隊員は、その手帳のページを破りとって中に放り投げた。投げられたページは溶けるように消え、しばらくすると別のページが隊員の手帳の中に現れた。急いで書いたのか、少々雑な字だ。

「えー、と……灰色に、金の一つ目……の魔鳥というのは、知能はそれほど無いとされていて、無害な魔物に分類されている。攻撃力もなく、普通の鳥のように射かけるだけで死んでしまう。……かなりマイナーな情報としては、魔物使いたちが偵察用に使う……という未確認情報あり。だそうです」
「魔物使い? そんなんいるのかよ」
「……あー、思い出した。そうだ、あの鳥どっかで見たことがあるように思ったんだ。魔物使いかよこんちくしょう」

 額に青筋を浮かべまくっているガイルに怯えながら、隊員の一人が恐る恐る尋ねる。

「え、っと。ガイルさん、魔物使いって知ってるんですかい? てか見たことがあるみたいな」
「会ったことがある。んで、殺されかけた」

 盛大に舌打ちをしながら、魔鳥の飛び去っていった方角を睨みつける。背後で、隊員たちは「ひぃい!?」と小さく悲鳴をあげていた。

「ガイルさんを殺そうとした!!?」
「ありえない。あああり得ないとも。あんの鬼畜全開ボルテージぷっつんしたらもうどーにもとまらないガイルさんに、喧嘩ふっかけるようなヤツがっ!!」
「「「いるはずねぇっ」」」
「何そこでシンクロしてんだっ!! ガキの頃の話だぞ、今よりはまだ大人しかったっつーの!!!」
「あれ、もしもしガイルさん? 今さりげに墓穴を掘りわぎゃあああああっっっ!!!?」

 青銀という珍しい髪の色をした老け顔隊員が、命の危機にさらされ本能のままに絶叫と共に飛び退った。そして、その後頭部を何かまたかたーいものにぶつけて……。

「「ぐほぉうっ!?」」

 悲鳴が二つあがった。
 ずるずると崩れ落ちる隊員、そしてその後ろで顔面を押さえながら地面を転がる茶髪の青年。かなりのダメージを受けたようで、転がるのをやめたあとも、しばらく地面に俯せになって震えていた。

「ヒュゼン……に、フランツ、ニナか」
「ガイルさん、あれからずっと町の中歩いていたんですか」
「えぇ〜? 守銭奴ガイルにあるまじき時間の浪費方法ね。熱でもあんの?」

 がちゃがちゃとやかましい金属音を周囲に響かせる、フル装備姿のフランツと、いつもどおりの普段着に手甲をつけただけのニナが口々に言った。

「お前ら、なんで戦闘装備なんだ。まさかレイドのヤツ、とうとう一般人にも協力しろっつってきたのか」
「そのまさかだったりしてぇ〜」

 ぐりぐりと復活の遅いヒュゼンの背中を踏みつけながら、ニナはへらへらっと笑ってみせた。その隣で、ちらちらと二人の姿にツッコミを入れたそうなフランツが続ける。

「なんでも、多少なりとも戦闘の心得がある人間は、《ガレアン》も一般人も関係ないからとりあえず準備しておけよ、という……最早命令文が出回りまして」
「せめて要請だろーが。いや、一般人に戦闘要請だす時点で終わっているか」
「でもさー、ぶっちゃけあたし、そこの三人組と対決して五分で勝つ自信あるよ?」
「お前のスペックは一般人じゃねぇよ」

 笑顔で隊員たちを指さすニナに、ガイルがため息と共にツッコミを入れた。

「あ、でもガイルはテッドの診療所とかで安静にしてたほうがいいんじゃない? 今まで寝たきりで、まともに体動かせるようになったの、一昨日くらいからでしょ」

 すると、それまでの笑みを引っ込めて、目を見開き口元に人差し指を当てながら、ニナが鋭くつぶやいた。ぎくりと肩を震わせて、ガイルは無意識のうちに腹部の傷口近くをさまよっていた左手を下げる。

「テッドさんのところなら安心ですし……いや安心じゃない、診療所自体の防御力はそこらの要塞顔負けだけど、要塞の中がカオスパレードならむしろ袋のネズミ……っ」
「一人で取り返しの付かないボケ発言撤回してくれてありがとうよフランツ」

 投げやりにいいながら、ガイルは顔をしかめて唸り続けているフランツの頭を、兜ごしに軽く叩いた。すると唐突にフランツは顔を上げ、不思議そうにつぶやく。

「でも、なんでまた《ガレアン》以外からも人員要請なんてしてるんでしょう? 最近の事件でも、まぁ、エイルムさんとかガイルさんとか、『なんちゃって一般人』の方々に解決手伝ってもらいましたけど。なんか変なことありましたっけ」
「ぅう、変なことっていやぁ、アレだろ……兄貴とかが飛び出してったアレ」

 ぼそぼそと復活を遂げたヒュゼンが答える。その回答に、その場にいた全員が深く頷いた。

「ま、ねぇ。あのケゼンが警戒状態だとして、誰かに連絡したり、誰かに直接会ってたりしたら、確かに危ないとは思うわね。最近のフィロット、受け身ばっかりだし」
「……最近の、フィロットは?」

 きょとんとした表情で、ガイルはニナを見下ろす。訝しげに彼を見返したニナは、「ああ」ともらして両手を合わせた。右へ左へ視線を彷徨わせ、なかなか先を口にしない。代わりに、フランツが話し始めた。

「ガイルさんがこの町に来て、まだ一年も経ってないですよね、確か。……あれ? なんかもう何年も住んでるような気がするんだけどな」
「まぁ、そうだな。俺たちがここに定住決めたの、去年の秋ぐらいだから」
「って、ええ嘘っ!!? さ、さすが生粋の変人町に馴染みすぎじゃね?」
「ちょっとお前黙ってろ冷静に話させれや」
「ガイルさんが冷静になって下さい。さすがにそこで肘の関節壊したらヒュゼンさんが哀れすぎますから。ってか半年でこうも馴染んじゃう人いるんだなぁ」
「お前も話を進めろ」

 フランツは取り残されオロオロしていた、変人レベル低めの《ガレアン》隊員たちを見回りの役に戻し、一度咳払いをした。

「えー、と。この町、まぁ昔から旅人もほとんどよりつかない《変人の町》として、たまになんでかヨーゲンバードの不思議観光名所って名前があがったりもしたりしたんですが」
「……観光もクソもねぇよなここ」
「ずばりそうなんですけどね!! ともかく、そんな風に名が知れて、ごく、ごくまれにですけど……わかりやすく敵襲が来るようになったりとか。結構」
「はぁ、観光客呼ぶどころかカモと見なされたと」
「ええ。たいがい、攻めてくる前にいろいろな方法で先回りして先手打ちまくって再起不能にして首都に叩き込んでいましたけどね。一時、賞金首の検挙率トップにもなりました」
「お前の話し方はこの町を褒めてるんだかけなしてるんだかさっぱりなんだが」
「あ、あはは〜。どっちだと思います?」
「知るか」
「あ、具体的な対処法はね〜、ミリルやティルトの遠見とかで敵の動き把握したり、あたしみたいなアサシン職の人間が真夜中に逆奇襲かけたり、ちっちゃい頃から才能発揮してたウィリンちゃんの発明品投げ込んだり、エイルムが魔法でどかーんだったり、翔夜が来てからは鳥を操ってもらって情報収集と上空からの強襲同時進行したり〜……まず町の中に入ってこられた盗賊さんあんまいなかったわね」
「…………」

 変人たちの熱烈大歓迎オンパレードである。ガイルはちょっと遠い目をして、過去この町を襲撃したという命知らずな野郎共に内心合掌した。

「けど、最近の敵は……あのテンションのやたらと高い盗賊たちとか、なんでか町中への侵入を許してしまいましたし」
「次はトールの森でなんかあったんでしょ。あそこの森、ミリルたちの遠見が通用しないから、まぁしゃあないっちゃあしゃあないんだけど」
「で、この間の魔術師たち。もう攻め込まれすぎよー。だから、レイドとかメルティナとか、これ以上やられっぱなしじゃないんだぜ? みたいな心境なんじゃない」
「ほとんど私怨じゃねーか。複数形のタチ悪い私怨だな」

 はぁ、とため息をつくガイルであったが、続いて投げかけられたフランツの問いに言葉を飲み込む。

「そういえば、ガイルさんはこのあとちゃんと避難場所に行くんですよね? 行かなきゃダメですよね? つい二日前くらいまで寝込んでたんですから、今回ばかりは戦闘参加はダメですよ」
「…………」
「あっはっは! まーあんたの気持ちも分からなくもないけどぉ〜、運動不足だった分、一気に発散できるかもしれないんだし。けどまぁ、結局何も起こりませんでした、めでたし、みたいなこともあるかもだし」

 お気楽に笑うニナに、その場にいた男性三名は深くため息をついた。