STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第三章 8.その既視感は
 フィロットの町は、雰囲気だけならば、いつもとそう変わりはなかった。
 すれ違いざま、変人たちのうわさ話をし、軽く笑って、去っていく。彼の変人たちのうわさ話をして、心から笑っていられる住民たちも、また奇人。
 そして、今は。

「おっ、引っ張り出してきたのかい? その防具」
「やっぱ引っ張り出してきたって思うか……これでも毎日手入れしてたんだけどなぁ」

「あ、そのスタッフ懐かしいわね! 現役時代のでしょ、お子さんに譲ったんじゃ……」
「私の魔力じゃなくて、旦那の方の神力受け継いじゃったのよね。だから用無しだったの」

「おおいちょ、爺ちゃん! なんか知らんけどこの錆ちまったアックス、研ぎ直してくんね?」
「うぉおおアホんだらぁ!!! こんな上質な鋼のアックス錆させやがって!?」

 《ガレアン》からの、通達。些細な異変。察知したのは変人たち。

『《祭り》が始まるよ。さぁ、準備をしなくちゃ。今回は僕らが舞台をつくる』

 すべてはこの言葉だけで、住人たちはほぼ一年ぶりに自ら《祭り》の準備を始める。以前の《祭り》は、未だ未完成の舞台にずかずかと、どかどかと人が入り乱れ、町にも相当なダメージが与えられてしまった。
 今回は、そんな風にするわけにはいかない。
 通達が来たのだから。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 とても楽しそうに見えて、恐怖心や緊張を無理に押し隠している様子もない住民たちを眺め、ウィリンは町長宅のテラスでため息をついた。
 なぜ彼女がここにいるのかというと、襲撃と聞けば真っ先に自分を鍛冶工房の地下室に押し込む祖父から逃れるためであって、しかし、すでにそこには襲撃に関して情報を集めんとする祖父が訪れていた。祖父の仇敵とも言える(らしい。本人談)町長の家、それでもやっぱり強度は鍛冶工房など軽くしのぐらしく「一歩も敷地から出ちゃいけませんっ!」などと言われてしまう始末で。

「そーよね。《変人の町》の住人なんだもん。今までやられっぱなしだった方が夢みたいなんだわ」
「もともとこの町は、流れもんの戦士たちが築いたところだからなぁ。普通に暮らしてるだけじゃなくて、冒険者みてぇな職を身につけている大人も大勢いることだし」

 その隣で、いつも通りの格好に、ハチマキだけ紅白のちょっと豪華なものに変えているゴーゼンがつぶやいた。ウィリンはちらりとゴーゼンを見やり、ふところから試験管を取り出す。ゆらゆらと揺れる、中身のフォンターを見つめながら、彼女は。

「ねぇ、じいちゃん」
「なんだい、ウィリンちゃん」
「あたしね、今よく分かんない」

 にっこり、というには、いささか獰猛な気がする、高ぶった感情を抑えつけているような笑みを浮かべて。

「《ガレアン》の通達が来たとき、結構……久しぶりだったでしょ? なんていうか、ちょっと怖いし、一体どんなヤツらがくるのかドキドキしたりするんだけど」
「そりゃあ当然だ」
「でも、ね? それ以上に楽しみなの」

 指先で、試験管を弄ぶ。

「ねぇ、普通の女の子は、こういう襲撃があるかもしれないってとき、怖がって家に閉じこもって震えているみたいだけど、あたしは絶対そんなの嫌。あたし自身、まだエイルムとかティルトに教えてもらってもなかなか上手くいかない未熟者だから、直接戦えるわけじゃないけど……」

 めらめらと、孫娘の瞳の奥で燃えるというか煮えたぎっている感情に、ゴーゼンはごくりと息を呑む。

「もう、通達が来たときは別ね。みんなに爆弾扱いされていようが、もう《祭り》が終わるまでは気にしないことにするのよっ。いくらでも、いくらでも投げ込んでやるわっ! そう、これだけじゃない。あたしが作ってるのはフォンターだけじゃないのよ……他にもティルトのところからちょっとかっぱらってきた薬草とか、エイルムから借りパクしたままの魔導書とか、手元にゃいろいろあんのよウフフフフっ!」
「うぃっ、ウィリンちゃーん!? 燃えているのはものすごく分かったから!! 今この町のど真ん中で爆破なんか起こしたら、めっでしょ、めっ」
「ジジイあんたの中であたしは一体いくつだあああああ!!!」
「永遠の少女いや赤ん坊だよ愛しいわしの孫娘っがほうっ!!!?」

 腹部を勢いよくつま先で蹴り飛ばされ、ゴーゼンは床を転げ回る。テッド直伝の怪しい笑みをたたえたまま、額に青筋を浮かび上がらせているウィリンは、指の間に挟んでいた十数本の試験管を白衣に戻し、代わりに泥水のようなものが入った丸底フラスコを取り出した。

「おじーちゃーん? 今あたしが楽にしてあげるからねー?」
「ど、ドヴェリム町長……? この場合我々はどう対処すれば」
「ほっとけ。最愛の孫にとどめ刺されるのならば、あのロリコンジジイも本望だろうよ」

 けっ、とテラスと通じる部屋から、ドヴェリムと男の声が聞こえてきた。ゆらりと振り返ってみれば、《ガレアン》の制服を来た四十代ほどの細身の男である。

「どーもっ、ドヴェリムさんと隊員さん、ちょっと待っててね? ほんと、ちょっとだから」
「さ、さすがにマジでやるのはどうかと思われます!? ので、自分は至急行動を!」
「あ、ちょ、何すんのよッ!! いいのよ今ちょうど《祭り》始まるかもしれないんでしょ!? ハイになっちゃった住民がうっかり手を滑らせましたとかそういう報告しとけば問題ないって!!」
「何サラッととんでもなく真っ黒なこと吐いてらっしゃるんですか!! ダメです、これ以上はダメです! さあその不気味すぎる……って沸騰してませんそれ!?」
「当然よ、このフラスコ、魔法陣を組み込んでるから大丈夫だけど、中身は千度を軽く超えているわ。も、どろっどろよ? 蓋を開けた瞬間にすべてが終わるわ。だから離しておじさん!!」
「ぃいけませんってええええ!!?」
「…………はぁ、ウィリン、それくらいにしておけ。ゴーゼンならもう復活済みだチクショウめ」
「はっ、ドヴェリムよ、てめぇ杖なんぞつきやがって。やーい軟弱ジジイっ」
「んだとこのロリコンジジイ!? こちとら毎日書類と格闘な頭脳戦やってんだよ!! 毎日かなづち振り回してる不良のてめぇなんぞと比べんなぁ!?」

 いつの間にかじじい同士が喧嘩で盛り上がっていた。取り残されてしまったウィリンと隊員は、ほっとしたような無視されて腹が立つような。
 そっと隊員を押しやって、両腕の拘束を解いてもらい、ウィリンはぎゃあぎゃあと若者の言葉遣いで舌戦を繰り広げているじいさん二人に向けて。

「やかましいのよ」

 可愛らしい桃色……ではなく、なにか不透明なショッキングピンクの試験薬を、それぞれの顔面に向けてぶっかけた。彼女の背後で、ぶっ!? と隊員が勢いよく吹き出す。
 いや、はたから見ていた隊員だったから吹き出すぐらいでよかったものの、ぶっかけられた当人たちにとっては大問題である。

「ウィリンー!!? ここここれは一体、一体なんの効果があ!?」
「おおおウィリンちゃん特製のお薬を貰えるなんてッ! おじーちゃんはもう感激の涙が止まらないよ!!」
「黙れぇ変態があっ!」
「ドヴェリムさん、安心して〜。それただの色水だから。ほら、絵の具のニオイするでしょ?」

 ケロッと答えられて、二人の動きが止まる。くんくんと服の袖についた水のにおいをかぎ、ホッと一息ついた。……一方は肩を落としたが。

「ウィリンちゃん、おじーちゃんを騙したんだねぇ」
「うっさい耄碌ジジイ。……で、なーんかあたしもテンション下がっちゃったし。ドヴェリムさんとおじさん、なにしにきたの?」

 ぽりぽりと頬をかきながら尋ねるウィリンに、二人は苦笑を返すことしかできなかった。

「いや……通達の方なんだがな」
「え、何? まさかあの女たらしか偏食のおバカ、早とちりしたとか!? みんなもう盛り上がってきてるっつーのにってかあたしが一番テンション高くなりたいのにー!!!」
「おお落ち着いてください! 通達は続行、むしろ…………完全武装で、と」

 ぴたり、と暴れるウィリンの手が止まった。そして、やけにきらめいた瞳を目一杯見開いて、隊員に詰め寄る。

「え、それなに? それって本当の話? ほんっとーに、全力大暴れってこと!?」
「はぁ、なんでも、ケゼンさんや翔夜さん、ガイルさんとかから、魔物が絡んできているようだという情報が流れてきまして」
「……ふーん? あいつらが、ね。それは確かに完全武装じゃないと」

 はしゃぐ子どもの様子そのままだった、ウィリンの目が据わる。腕組みをして、ブツブツと小さな声で続ける。

「魔物ねー。前回とか前々回は人間だったけど、なんでまた」
「人間も絡んでいる確率が高いようです。ケゼンさんや雨李が察知したという奇妙な音、ステントラさんの報告で、魔物使いが使用する笛の音だとか」
「魔物使い? それって、よくお伽話の悪者に出てくるアレ?」
「はい、ちなみに、ガイルさんを始め町のあちらこちらから、魔物使いが偵察用として使うという噂つきの魔鳥を見たという報告も」
「…………みんな、何かしら情報掴んであるのね〜」
「とても助かります、情報が多ければ多いほど《祭り》の準備もはかどりますし。もう、確実に何かが起こること間違いナシでしょう」

 さらりと言ってのけた隊員に、ウィリンは先ほどの戦闘欲丸出しなものとは打って変わって、年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた。
 多少常識的に見えようが、この町に住んでいる以上は周りの人間に毒されていてもおかしくない。むしろ、この隊員はまだまだ序の口。まぁ、どれほどこの町の色に染まるかは性格も大きく関係するので、彼がこれ以上『変人』に近づくかどうかなど。

「相手が人間だろうが、魔族だろうが、私たちには関係ないものね。ただ、《変人の町》にちょっかいだすからには、《ガレアン》どころか住民総出で、それなりの報復覚悟してもらわなきゃっ」



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 さく、と草を踏む軽い音が響いた。

「さて……仕掛けは施したッ!! フィリーナ、我が妹、これから僕らがさらにすべきことはなんだろうねッ!?」

 くるりと道化師めいた動きで振り返り、満面の笑みを浮かべるファルス。そんな彼の笑みに、これまた深窓の姫君のような淡い微笑で答えるのは、フィリーナ。

「もちろん、あたくしたちが舞台へと降り立つ、そのための唯一の行動ですの〜」
「フレシアたちも頑張ってくれたからねッ!! 魔族という人智を越えた相手にも、過去の盗賊山賊たちと変わらぬ態度を貫くフィロットの『変人』と噂される住民全てに拍手をッ!! そしてこのルデオス兄妹が仕掛けた罠を、ほぼ自力で脱出したメカニックのステントラ、森番襲撃直後に到着してとどめを刺すことを諦めさせたケゼン、翔夜、ネファン、メインは姉上のお怒りを買ってしまった剣士ガイルッ!! 彼らにも賛辞を」
「お兄様長ったらしすぎますの〜。でも、フレシアの情報を掴んだだけで、あたくしたち魔物使いの存在を嗅ぎつけた《ガレアン》内部の魔物オタクにも、ちょっと敬意を表しますの〜」
「おおっ、フィリーナ、君が僕以外の人間いや生物を褒めるなんてねッ!! 姉上はまったく別物だがッ!!」

 はっはっはッ!!と愉快そうに、しかしどこか不快そうな笑い声をあげて、ファルスはふところからあの笛を取り出した。同時に、フィリーナも。

「「それでは、第四楽章突入!」」

 きぃきぃと、笛の音とは思えぬような不快な音が鼓膜を震わせる。だが、兄妹はうっとりとお互いの奏でる音に聞き入って、ますます激しく、演奏を続けていく。
 ふらり、ゆらりと、彼らの周囲を人ならざる影が取り囲んでいく。