□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第三章 9.魔軍襲来 「なぁステントラぁ、俺ら二人だけでいいんかよ?」 「まぁ〜お前だったらそこらの人間なんか比べらんないぐらい頑丈だし、盾にちょうどいいからな!」 「ざけんじゃねーよ、俺のアッパー食らってしゃべれた人間が何ほざいてやがる」 「え、あのときお前泥酔状態で意識なんて無かったんじゃ!?」 「いや〜身体は言うこときかなくなるんだけどな、記憶はばっちりあるぜっ!! 他にもアデレーナ相手に脱げ発言しちまって死にかけたりとか」 「オイ、お前そんな……命どころか男の尊厳奪われるような、恐ろしすぎる一言」 「言うわけねぇー……言いかけたけど」 「いいい言いかけたのかよ!?」 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、ステントラとケゼンは未だ森の中を歩き回っていた。森の奥へ入っていくにつれて、何かが腐敗したような独特な……魔族の臭いが強くなっていく。 「分かったこと《ガレアン》に伝えるとき、俺の名前出さなくていいっつったけど、出してるかね? 妙なところ律儀だからな、ネファンも翔夜も」 「お前も律儀というかなんというか……こんな広い森闇雲に動いたってよぉ、そうそう魔物なんぞにばったり遭遇、なんてあり得んだろ。ま、こんだけ臭ってりゃ説得力なんざねぇけどな」 ふぁ、と大きくあくびを一つして、ケゼンは顔をしかめた。口からため息とは言い難いほど、大量の呼気を吐き出す。 「まっじぃ。めちゃくちゃ吸い込んじまった、この臭い」 「ごしゅーしょーさん」 がちゃがちゃと、右手に構えているリボルバーを点検しながら、ステントラはどうでもよさそうに返した。武器の準備を続ける彼の姿を見て、ケゼンも太もも部分に巻き付けていたベルトから、上腕ほどの長さの棒を四本抜き取った。二本ずつ結合させて、ぐるぐるとバトンのように回す。 と。 「「!!!」」 ステントラは泡のように現れた気配に身を固くし。 ケゼンは聞こえた音色に怖気を誘われた。 「ステントラぁ、来るぜ!!」 「あーあ、ったく、一体どんくらいいやがった……」 プロム、ビッグラット、フレアバットにスカルマン、ホレー、エイドスネーク……普段ならば近くで見ることもないような魔物たちが、殺気をその身にまとって二人を取り囲んでいた。 やぐらの上で、先ほど《ガレアン》の隊員に呼び出されたばかりのフランツは、監視窓のふちを握りしめ目を見開いた。 「あ……魔物、が……」 今まで、お伽話の中でしか聞いたことの無かった魔道の獣。それが、こうして目の前に迫ってきている。 魔物の群れはトールの森から、ぞろぞろと、うじゃうじゃと、真っ黒なかたまりとなって湧き出てきていた。いつか図鑑で見た可愛らしい姿のラビラットやプロムはもちろん、最早おぞましさと恐怖しか感じられない異形の姿までさまざま。 「っ!」 「フランツくん、緊急の鐘を―――ッ!!」 見張りやぐらの鐘は、敵に占拠された場合を考えて、登録された人間にしか鳴らすことが出来ない。そこにいた隊員はもともと門前警備の者で、登録はされていなかった。 「《鳥》でも連絡をお願いします!」 そう言って、フランツは監視窓から弾かれるようにして離れ、急勾配な、はしごと見まごう階段をのぼる。その先に見えた粗末なロープに手を絡ませ、勢いよく、何度も引いた。 ガラアアアアンッッ ガラアアアアンッッ ……ガラアアアアンッッ 見張りやぐらの緊急を告げる鐘の音が、フィロットの町へと木霊した。 町の至る所で《祭り》の始まる瞬間を待っていた住民たちは、掻き鳴らされる鐘の音に獰猛な笑みを浮かべ……硬直した。 敵は、魔物。 《ガレアン》から通達が出された際、確かにそんな情報も噂レベルで流された。だが、それが現実となっただなんて、誰が信じられようか? 「ああ〜、本当に来ちゃったみたいだね。まだ種族の報告は受けてないけど」 「下級がほとんど。中位魔族はまだ確認されていないとのことだ。報告ならもう《鳥》できているはずだが。給料泥棒」 「そのけなし文句絶対使う場面間違えてると思うよ?」 あっけらかんといつもどおりの調子で繰り広げられる、賑やかな会話。門前の大通りに並んでいた住民たちは、ちらりとやってきた青年たちを見る。 《ガレアン》の制服を軽く着崩して、支給される量産品ではない、個人の持ち物である細身のロングソードをベルトに引っかけているレイド。対して、一分の隙もなく制服を着込み、やはり量産品ではない洗礼を受けた聖剣を装備しているカッティオ。 そして、そのさらに後方に見知った……見知りすぎた人物たちが、列を成していた。 根っからのヘタレと称される《ガレアン》リーダー、その補佐で、珍しく制服ではなく幾重にも薄い布を重ね合わせた服装の女性、町長の娘に聖職に就く双子、身体の弱い魔術師まで。 「何々? この雰囲気ー。みんな魔族相手だからってちょっとビビちゃったりしてるの」 「そりゃあビビるよ。下手したらそこらの傭兵かき集めたより強いと言っても、魔物を相手にしたことなんてほとんどないし……」 まだ青い顔で、やや杖にすがりながら歩いているエイルムの言葉に、ニナは人差し指を立てた右手をチッチッと横に振った。 「父さんとこにさっき行ってきて盗み聞いたんだけどね? ウィリンちゃんなかなかいいこと言ってたわ! 『相手が人間だろうが魔族だろうが、《変人の町》にちょっかいだすからには、《ガレアン》どころか住民総出で、それなりの報復覚悟してもらわなきゃ』ですって! たーのもしいっ」 途端、周りの空気が変わった。異様な熱気が、爆発的な勢いで高まっていく。 男も女も、若いも老いも関係なし。みなそれぞれの武具防具を構え直し、なにか吹っ切ったような表情で、彼らの周りに集い始めた。やれやれと肩をすくめるニナの服の袖を、おどおどと縮こまっているフェラードが引っ張る。 「に、ニナさんニナさん、なんでそんなふうに煽っちゃうんだい。こここういう仕事は本来、我々《ガレアン》が処理すべきで」 「そーいって私たちの進撃を止められたことがあったかしらぁねぇ? リーダー」 きゃいんっ、とまるで怯えきった子犬のような声を上げて、フェラードは両手をばたつかせながらメルティナの元へ戻っていった。そんな彼の態度に、周りの住人たちも口々に。 「やーっぱフェラードさん、言い返されっと弱いなぁ」 「気合いじゃぁ気合いー! ほれぇリーダーなんじゃろぉが、そんなへっぴり腰でどうするっ」 「あらあら、そこらへんは副リーダーさんたちがきっちりしてくれるんじゃなくって?」 「いや! そこの色ボケは全部カッティオさんに丸投げしていく可能性大だからな」 「メルティナさーん、クラウンの防護衣装も可憐で素敵ッス痺れるッス〜!!」 「ていうかエイルムさん死にかけてない!?」 闘志をたぎらせ、笑顔で進軍する。すべては町を守り……己の生活を守るため。 結局は自分のため。なんて素晴らしき自己中心的思想(エゴイズム)! 「あ、みなさんいい感じにテンション上がってますねー。ほらネファンさん、置いてかれますよ」 「…………」 「待てってば!! あたしのこと置いてくんじゃないわよっ!!」 「ウィリンちゃんまっちくれぇ〜!」 「ええいっ襟首掴んだまま走るでないわ変態ジジイがっ!」 「ははっ、みんなだいぶそろったみたいだねぇ、前線部隊」 再度、鐘が掻き鳴らされた。他の、まだ不安げな表情であった住民たちも、一人、また一人と加わり、お祭り騒ぎに加わっていく。 と、門前広場に到着したところで、レイドはやぐらの窓を見上げた。軽く手を振ってみると、窓から鈍色に輝く兜と、勢いよく振り返される手が見えた。くすっと、隣で笑い声が漏れる。 「フランツくん、頑張ってくれましたね。彼も……?」 「それはもちろん、彼の意思を尊重しますが、そうですね。フィロットの男ならば、この《祭り》に参加しないわけにはいかないでしょう。ということでミリルさん、これが終わってからゆっくり夜の語らいでもいかがでしょう? 図書館の蔵書倉でも教会の懺悔室でもかまいま」 「この期に及んで何を口走っている阿呆ッッッ」 「あの……チェンバースの教会はホーセイ神様を祀っているので、懺悔室はありませんよ?」 「姉さん、まともに対応したらダメだから。こっち来てその人から全力で離れて」 そうこうしたやりとりの間に、やぐらの隊員から《鳥》を使ってのメッセージが送られてきた。 『下位魔族、個別に視認できる程度にまで接近中。開門はどれほどで行うか、指示をお願いします』 「んー、あんまりちゃっちゃと門を開けるのもアレだし、かといって、門ギリギリまで引きつけるのも危険だよね」 「まず、魔物が町に襲撃かけてくるという時点で状況が危険きわまりないからな。しかも、その裏にまともじゃない人間が絡んでいるかもしれないというし……まぁ」 「やること変わらないじゃない! とにかくぶっ潰せばいいのよ!!」 勢いよく飛び出してきた白衣の少女に、カッティオは今まさに自分がそれを言おうとしていたんだが、と早口でつぶやき、さらさらと手帳に返信を書き入れた。 『一分後、開門』 「さて、こんな張り切った祭りっていつぶりだっけ? 別にいいけど。さあ」 暴れよう。 |