□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第三章 10.狂想曲 リィ―――――――― ビョロ―――――――― 金属同士がこすれるような甲高い音に、地鳴りのようなおどろおどろしい低音。そんな音色をかわるがわる奏でていきながら、兄妹は跳ねる、踊る。 「っさあーあフィリーナッ!!」 「なんでしょう〜お兄様」 普段よりもさらに数段、わざとらしい抑揚をつけて二人は呼び合う。 笛を片手に、もう一方は、お互いへ伸ばして。 恭しく頭を垂れる、魔獣の背に乗り。 「最後の音色を……ッ!!」 「あたくしたちも、本陣も、出撃ですの〜」 複雑な指遣いで笛にあけられた細かな穴を押さえ、太古より祖先が伝えてきた音を、カナデ。 オトガ キエサル ムオン シュウエン シ そんな世界が、広がりゆく。 剣戟に、爆音に、殺気に、酔いしれる。 「ほっ!」 相変わらず気の抜けた声をあげながら、レイドは剣を一閃した。ぶちり、と肉を引きちぎる嫌な音とともに、振り抜いた方向へ深緑色の体液がまき散らされる。それを軽やかにかわして、ぴたりと白髪の青年と背中合わせになった。 「カッティオー、何体倒したかとか数えてる? ちなみに僕は」 「言わんでいいッ」 ぼう、と剣先に神聖な純白の光を灯し、一気に振り切る。神力をまとった斬撃は、いとも容易く魔物の分厚い鱗や装甲を貫いていく。 「数える暇があるなら、あっちの固まりぶっ飛ばしてこい」 「言われなくてもそうするけどさ。にしたって、多いねぇ」 言いざま、剣を突き出す。ぶよぶよとした醜い肉に食い込んだそれが、勢いよく振り払われると同時に、その魔物の頭部へ棘つき鉄球が命中した。 「あ、レイドさんの獲物だったのかよ? いやースマン!」 「別にいいさ、まだまだこんなにいるんだし……ッ!?」 そこまで言いかけて、レイドは頭上を仰ぎ見た。魔物特有の悪臭が、気配が、さらにひどくなっている。戦闘で体液をぶちまけただけとは思えないほどの濃さであった。……増援が、やってくる。 「カッティオ、あれって」 「ちっ、いちいち人を呼んで―――……」 カッティオの表情も固まる。鉄球を引き戻した体格のいい男も、そんな彼らに補助魔法を放っていた老婆も、青年も、女性も、老人も、魔物を蹴散らして。 頭上より迫り来る、新たな魔物。 「上からもッ」 刃仕込みのブーツで魔物を数体吹っ飛ばしながら、ニナは勢いよく振り返った。けれど、攻撃の手はゆるめられない。地上の魔物達は、こちらが隙を見せた瞬間、一斉に飛びかかってくる。 掌ほどの分厚く重々しいナイフをベルトから引き抜き、魔物の腕を斬り飛ばしたニナは、感じ慣れた気配を背後に後退する。追撃してこようとした魔物は、しかし、その顔面に複数の投擲ナイフをめり込ませ、絶叫を上げる。 「メルティナ、ありがと」 「はい……しかし、このままでは埒があかないどころではありませんね。少々無鉄砲が過ぎたようです。ハイになっても捌ききれないとは」 「まぁ魔物が相手なん」 だしね、と彼女の唇が動く前に。 ゴッ!! 頭上から近づいてくる魔物でも、地上にはびこる魔物でもなく、爆撃音が響いてきたその場所は、城壁。 「……ずいぶんと、用意も周到なようです」 以前攻め込んできた、盗賊団の砲弾を受けたとき以上の損傷具合だった。町の奥深くまで、城壁を構成していたレンガの固まりが吹っ飛び、いくつもの民家が押しつぶされ倒壊している。爆発の収まった今もまだ、ガラガラと不安定な場所から崩れ落ちていっている。 と、今まで隙が出来た瞬間に飛びかかってきた魔物達が、爆発音が収まるか収まらないかというときに、一斉に町へ向けて突進し始めた。 「全員町を守れ―――ッ!!! バケモン共を町の中に入れるなぁあっ!!」 地を、大気を震わせる大喝。それに呼応して、さまざまな場所から雄叫びが上がる。 「アームルド」 すとんっ、と空中から降り立ったエイルムは、ちょうど崩れた城壁の真下に、ガリガリと、乱暴に円を描いた。四本足で移動する魔物は、もう目と鼻の先……だったのだが。 轟、と、先ほどの雄叫びとは違う地響き。魔物の動きがぴたりと止まり。 「大地よ、飲み込め」 エイルムによって、静かに命じられる。 とたん、大地が揺れ、砂埃が舞い上がる。周囲にいた人間は、巻き込まれないようにと瞬時に退避した。後に残されるは、困惑し、しかしそのあまりの数により身動きのとれなくなっている魔族達。 それらが、呑まれた。 ぐごぉおおおおおおおおおおっっっ!!! 轟音と共に、大地が裂けた。絶叫を上げ、鈍重なものから次々と生まれ来た暗がりへと落ちてゆく。 光り輝く魔法陣を四方に展開し、真剣な表情で杖を握るエイルムの頬には幾筋もの汗が。この地割れを引き起こす『アームルド』という魔術は、幻影と現実とが入り交じった複雑な魔法である。多大な効果は、多大な被害とも言い換えることができ……端的に言うと、コントロールがひどく難しいのだ。 (お願いだから、みんな、頑張って逃げてよね……ッ) 町の住民達がこの地割れに呑み込まれてしまえば、術者である自分でも助けられるかどうか……いや、助けることは叶わないだろう。たとえ魔術の発動を止めたとしても、呑み込まれたものはすべからく、永遠に闇と土に囲まれることとなるのは変わらない。 ひゅんっ、と別の気配が頭上をいくつも通り過ぎていくのを感じ、エイルムは顔を歪めた。とうとう、魔物の侵入を許してしまった。他の住民達も気付いたようで、何人かが町の中へ入ろうとし、地割れに巻き込まれかけて歯がみしている。 ここで魔術を止めるわけにはいかない。けれど、町の中の魔物は、どうにかして始末しなければ。 ティルーナは、周囲の子供たちと楽しげに会話をしながら、内心焦っていた。くすぶるようにして存在していた不安もまた、今では決して無視できないほどにまで膨れあがっている。 「皆さん総出なんですもん、大丈夫です……」 「ティルーナ、なにごちゃごちゃ言ってんだよ」 そう言いながら、相変わらず生意気な態度をとっているアイルがティルーナの隣に座り込んだ。それにつられるように、ベリアも近寄ってくる。 「そうだよ、ルーお姉ちゃん。《ガレアン》の人たちも、みんな頑張ってくれてるんだから、大丈夫だよ!」 「けどさ、ガイルのやつはまだ回復しきってないんだっけ。あいつもすげー強いんだろ? あんま喧嘩とかしてるトコ見たことないけど」 「ケンカならいろんな人としょっちゅうしてますよ、ガイルさんは」 「口げんかならな〜。けど、実際拳とか剣とかで戦ってるところは見たことないんだよなぁ。ま、俺がガキなせいで、そういう状況にあったことがないからだろーけど」 「ガイルさん、結構優しいよ!」 「「優しくする相手選んでるんです」んだよ」 いっそロリコンと呼ぼうか……と真剣に思案しているアイルに、命知らずとツッコミをいれることもせず、ティルーナはもう一度自分たちの周囲を眺めてみた。 開放された、ミリルとティルトの管理している図書館と教会……その中には、子どもの姿ばかりがあった。以前、盗賊団が襲撃してきたときもパチンコで応戦していた少年達もいる。彼らは戦うことを許されず、ほぼ強制的にこの臨時避難所へ送られてきていた。 「……よーし、誰も外に出てねぇな」 と、教会の扉が開かれ、剣を携えた人影が入ってきた。ぐるりと子供たちを見回して、その男、ヒュゼンは大きく頷く。 「ヒュゼンさんは行かないんですか〜? 誰よりもテンション高く敵陣へ突っ込んでいきあっという間に返り討ちにされて星になるというオチは」 「んな決まりきったギャグ定番のヤラレオチつけてたまるかよチクショウ。俺はここの確認したらすぐ城門行って参戦だぜっ!」 ぐっ、と拳を握り込み、目を輝かせながら声高に言い放つ。そんなヒュゼンを見上げながら、子供たち……特に少年達は、盛大なため息をついた。 「あーあ、俺あと五年くらい早く生まれてたら、みんなと同じとこで戦えたかもしれねーのに」 「その前に、お前狩人の職狙ってんならちゃんと弓の練習しとけよな! つーか矢が逆方向に飛んでいくってある意味別の才能?」 「う、うっせぇな! あれはーあれだ、狙ってんだよ!!」 「危うくステントラの脳天に当てかけたこともあるよな〜。あのあとあいつマジギレして、見てた俺らまで蜂の巣にされるとこだったんだぜっ」 「私音痴だけど、メルティナさんみたいなクラウンになりたいなぁ!」 「「「いや、自覚してんなら諦めろよ」」」 どっと笑い声。今、ここから少し離れたところでは、揶揄もなく命をかけた戦いが繰り広げられているというのに。そして、その戦いへ身を投じようとしている青年も、また。 「おーし、じゃあもし魔物がこの辺りまで来たときの対処法は、全員覚えてんな? あと、教会だったら見張りは……おい、セザ! 出てこい怠慢使い魔ッ!!」 「なーによニワトリ頭のノー足りんッ!! その部分的に色の違う前髪がホンモノで、残りはヅラじゃないかって噂がまことしやかに流れているのをご存じないのかしらぁ?」 「ざっけんじゃねーよ全部自前の地毛に決まってんだろ、誰だ、んな無茶苦茶な噂流しやがったヤツぁ!?」 「同じく噂のむっつりスケベェロリコンさん」 「あ、の、マリモーっっっ!!!!」 ふうわりと、空中に溶けるようにして現れたのは、全てが空色の小さな少女だった。全体的な大きさは、ヒュゼンの掌二つ分ほど。薄い空色の布を身体に巻き付け、銀色のブローチでくくっている。足下まで伸びた髪もまた、水晶のような薄い水色。 「マスターがお願いっておっしゃったから、あたしは子供たちの面倒見ることにしてるの! マスターの指示は絶対だもん、あんたなんか確認に来なくったってぜーんぜんへっちゃらよ!」 「……くっ、ミリルの使い魔とは思えねぇぐらい性格わるっ」 「なんか言ったへなちょこ剣士!! あんたなんか一生かけたってあのガイルにゃ勝てないのーよーっだ!」 「んだとぉっ!?」 「ヒュゼンさんヒュゼンさん、そろそろ行かないとまずくないですかー?」 本気の火花を飛び散らしていた人間と使い魔の間に割って入り、ティルーナはヒュゼンを教会から押し出すようにしてつぶやいた。はっと我に返り、ヒュゼンはセザに指を突きつけながら言い捨てる。 「てめぇ、ぜってー泣かす!!!」 「……そういうセリフ素でいう人、もうこの世からは絶滅したとばかり思っていたんだけど」 んだとぉおお!!? とまた叫びだしたヒュゼンを教会の外へ押しやり、ティルーナは扉を閉めた。 「さて、また見回りの大人が誰か来るまで、私たちはのんびりまったり遊んでましょう! なるべく騒がないようにして」 ぽん、と両手を合わせ、集まってきていた子供たちを見渡しながら、ティルーナは不安を押し隠し、いつもの笑顔を浮かべて言った。 |