□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第四章 11.戦人 ゆらり、と唐突に民家の屋根の上に現れ、崩れた城壁を眺める人影。暗い緑の髪が風になびき、その一房一房を束ねている水晶の飾りが揺れる。 「んふふ、まあなかなかやってるじゃないの、あの子たち」 赤と黒を基調とした、暗殺者と言うには派手派手しく、踊り子と言うには不健全すぎる露出度の高い衣服を纏った女性、ヴィンスは、にんまりとあまり上品ではない笑みを浮かべた。 しかし、空を見、地上を見、町の外と中の様子とを素早く見比べ、急に眉をひそめ唇を尖らせる。ぎゅ、と腕組みに力を込め、どろどろと、暗い感情を滲ませながら。 「でも、イマイチよねぇ。全然、魔物に襲われてるってのに、絶望したりなさ過ぎよ、この町ホントに馬鹿なんじゃないの? こっちは完璧に潰す気満々だって言うのにぃ」 空からはあの兄妹たちが呼び寄せた援軍の、空中戦が得意な魔物達。地上にもまだそれなりの数が残っているし、中にはすでに町の中へ侵入しているものも。 だというのに、この町の住人たちは力強く、ともすれば楽しんでいるかのように戦い続けている。自分たちがやられる未来など、はなから想像していないかのように。その姿は、今まで裏社会にその身を置いていたヴィンスから見ても『異常』……。 「つまらないわ、つまんないわ、つまらなさすぎんのよ、とっととくたばりやがれ」 がじ、と紫色の塗料で飾られている長い爪をかじり、そのまま人差し指の腹を犬歯で裂く。とろり、と流れ出る深紅に、しかしヴィンスはため息をついた。 「やっぱ自分でやるのじゃ、意味無いわね〜。ああっ、ペルソナ様ももうちょっと……短剣ザックリ抜いてその上で踏んで鞭をびしばしまきびしザクザクあああああっ。まずいわ、かなり興奮して来ちゃったぁ……」 そっと、右の二の腕を撫でる。そこには黒に近い赤に染まった布が巻き付けられてあり、一見するとヴィンスの衣装の一部のようにも見えるが……布を染め上げているものは、彼女自身の血液。 「それぐらいやっちゃってくださっても構わなかったのにむしろ全力で推奨しますのに、はぁ、ペルソナ様ってば奥手なんだからぁ」 言葉の使用方法を盛大に間違えながら、ヴィンスは次に、恋する乙女のように儚げなため息をつく。内容の全ては、乙女どころか変態の其れであるが。 「あぁ、お願い事考えるのもこれくらいにして、と。あの子たちのおかげで部下達も侵入できるようになったし、そろそろこっちもこっちで動くことにしようかしらぁ。よっと」 そう言って、ヴィンスは自身の腰布に繋いでいた、水色の宝玉を手に取った。じっと血と同じ色の瞳で見つめると、宝玉が中央から明滅し始める。それに唇を近づけ、ささやくように言葉を紡ぐ。 「ファルス、フィリーナ、聞こえてるかしら?」 『お、お姉様! 聞こえているにきまっているですの〜。お姉様のお言葉が聞こえないなんて、どこの世界にもいるわけがないのですの〜。いるとしたらそれはよほどのとんまかとんびかろくでなしですの〜』 『はっはっは、その通りだな我が妹ッ!! 姉上ッ!! こちらは上々、もうすぐ、我々も出陣いたしますッ!!』 「そぉ、それならいいわ。あと何か報告とかはなぁい?」 『そうですわね〜、強いて言えーばーこの町の人間やっぱりとち狂ってますのーよ〜。そろそろ諦めてもいい頃ですの〜』 『はっはっはッ!! それは一から十まで同感だよフィリーナッ!!』 「そーう。あたしも今ちょうどそう思ってたトコよ……じゃ、やるべきことは、分かるわね?」 『はい、姉上(お姉様)のお望みのままにッ!!(ですの〜)』 楽しげな兄妹達の返答に、満足そうに頷いて、ヴィンスはさらに告げる。 「ああ、あとそろそろ教えてあげてもいいわよぉ。あなたたちが代表して、ね」 『代表、ですの?』 「そうよぉ」 「この町が、一体誰に舐めたマネをしたのか、ってことを叩き込んでやりなさい」 大気が凍りつき、言葉は刃のような鋭さを帯びる。だが、宝玉の向こうから聞こえてくるのは、やはり一切合切の雰囲気を無視した気楽な声。 『わっかりました姉上ッ!! それでは、我々も町へ向かいますッ!!』 『きちんと名乗り上げられるよう、ちょっと練習とかもしたいけれど、我慢するですの〜』 「ふふふふふ、よろしくぅ二人とも」 また、あのだらしない口調に戻って、ヴィンスは宝玉から顔を遠ざける。宝玉の光は急速に失せ、ただの水晶のように戻ったところで、それを腰布に取り付ける。 そして、再度城壁と空とを眺め、左手で顔を掴むように覆う。ぴいっ、と鋭い口笛がしたかと思うと、彼女の背後に、全身黒ずくめで一ミリたりとも肌を露出させていない影のような人間達が現れた。彼らは皆片膝をつき、ヴィンスに向けて頭を垂れる。 「さあ、殺戮喜劇(ショータイム)はこれからが本番よ?」 崩壊した城壁、その周囲はまさに血みどろの戦場、地獄絵図、という表現がぴったりであった。 迫り来る魔物は尽きることなく、むしろ、増加しているようにも見え、住人たちの中には戦意を失いかける者も出る始末。そういった者達から、次々と致命傷を受け、脱落していく。 「メルティナ、援護ーっ!!」 「とうとう単語で命令ですか」 そう言って、しかしいつも通りため息までつく余裕はなく、レイドの叫びにすぐさま応える。体の奥底で精神力を練り込み、特殊な『唄』を歌うための力とする。口を開けば、そこから飛び出るのは人の聴覚で補足することの出来ない、魔物にとっての不協和音。 ぎちっ、と音を立てるように硬直した魔物達に、皆、思い思いに攻撃を仕掛けていく。炎の刃に氷の弓矢、火薬の詰め込まれた瓶に、ゾンビのような容貌の魔族には回復薬を投げつける。 「上空からも来ます!!」 どこからともなく注意が飛ぶ。一瞬の隙をつき、空の様子をうかがえば、醜い怪鳥たちが大口開き……。 「守護っ!!」 次の指示と共に、薄く黄色に色づいた魔力が、地上と上空とを遮る壁となる。怪鳥の口からはき出された炎弾の数々は、完全に防ぎきることこそできなかったが、大半は壁に力を奪われ、コントロールを失い見当違いの方向へ飛ばされていく。 《ガレアン》の制服を着て、頭上に向けて片手を上げていた二人の隊員がニヤリと笑う。そんな彼らの背に向けて、副リーダーから声がかけられる。 「おっ疲れさぁ〜ん! というわけで今度はほら正面正面!!」 「ぎゃああせっかくタイミングばっちりで炎防いだのに、次オーガとか鬼!! 副リーダーのほうが鬼だっ!!」 「ざけんなぁこちとら剣使えねーんだぞ、至近距離で大弓使わなアカン俺はどーなる!!?」 「だったらなんで最前線配置なんだよっ!! すっこんでろよ!!?」 「だってみんな楽しそうだったんだもん〜っっ!!!」 「ガキになりやがったチクショウ四十路オヤジが泣き真似してんじゃねえよっ!!」 「おじさんで泣き寝入り許されるのはリーダーだけよぉ」 「うぉおなんだそのひいきは!? って、リーダー向こうでガチ泣きしてるしぃいいい!!!」 血が飛び、汗が飛び、……怒声歓声笑い声がごちゃ混ぜになって響き渡る。 変わらず魔物達のど真ん中で、軽快なステップを踏んでいたレイドは、いつの間にか背中合わせになっていたティルトに尋ねる。 「怪我人は?」 「増えてきてます、もう続々と。なのに戦おうとして……もう、この空気が麻薬みたいなものですね。皆さんだいぶ目がやばいですもん」 言いつつ、掌に集めた魔力を具現化させ、細かな風の刃を宿した竜巻と発生させる。それを魔物の群れに突っ込んで、思い出したようにティルトが言う。 「そういえば城壁の方ですけど、エイルムのアームルドが効力を失いました」 「え、エイルムどうしちゃったわけ?」 「エネルギー切れで、一応重症患者扱いですね」 「あーあ、無茶しちゃって……」 「あの、それでその後なんですけど、城壁の守護担当が」 そこで一度言葉を句切り、くいっと眼鏡を押し上げるティルト。何か、光の反射した眼鏡のレンズのせいで、表情がうかがい知れないところが怖い。 「フォンターフル装備のウィリンが」 「こっわ!!!? それ本気で怖いよ!!? 同士討ちになったりとかしてない!!?」 「おそらく……」 「なにそのまるで不治の病にかかってしまった患者に『あなたはもうダメです……』って宣告しなきゃならないお医者みたいな表情!!! 手遅れなの? あの子もう末期!!?」 レイドがひとしきり叫んだところで、先ほど城壁を崩した爆破と大差ない威力の爆撃音が轟いた。プラス、僅かながら人の絶叫も。先の爆破と違うところと言えば、立ち上る煙が純白なところか。 「あれって何人か道連れにしたよねぇ」 「とにかく、あの辺りも頑張ってます、と。けど、やっぱり町の中も心配なので、何十人か戻っていきました。掃討して、物資を運んで戻ってくると」 「それは嬉しい、ね」 と、レイドの構えていた剣が下から上で勢いよく振り上げられた。その軌跡に沿うように、巨大なかまいたちが現れ、何体もの魔物を斬り飛ばし、目標へ達する。 しかし、その目標……上の中程度のレベルの魔物へヒットする瞬間に、かまいたちは霧散した。あまりに場違いな光景に、レイドやティルト、周囲の住人たちも瞠目する。 「はーっはっはっはっはッッ!!!! 愉快だ、愉快だよフィリーナッ!! 彼らの、《変人の町》の住人たちの顔を見てご覧ッ!! 皆、僕たちの姿を見て恐れおののいているよッ!!」 「お兄様、違いますの〜。あの視線はどう見ても『ああ、なんか空気読めない頭弱そうな奴が来やがったよ』という感じの視線ですの〜。ということでちょっと黙ってた方がよいと思いますの」 「はっはっはッ!! ……え、フィリーナ今僕のことなんて……」 「というわけで、初めましてですの〜」 その凶悪な魔物たちの、あろうことか頭の上に平然と立っている少年少女。黒髪だが前髪の一部が白く染められており、好奇心や快楽の色に染まっている大きな瞳は白銀。肌の色は褐色で、だぶだぶの服を重ね合わせている。それぞれ額の右寄り左寄りには、太陽と月を模した刺青が。 「あたくしたちは、ファルスとフィリーナ、二人合わせて、魔物使いのルデオス兄妹ですの〜」 「そっそうともッ!! そしてこの襲撃の主犯ッ!! そしてこの襲撃の主犯にして……ッ!!」 ばっ、と滑稽な動きと共に、二人は声を揃えて高らかに宣言する。 「「虚構のなかの真実を手に入れんとする《ゼト》の筆頭戦闘員であるッ!!(ですの〜)」」 《ゼト》。 住人たちは軽く息を呑み、レイドは瞳にギラリと妖しい光を宿す。 自分たちが一体、どこの誰と対立し戦闘を行っているのか……それがはっきりと示された、その瞬間。 |