□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第四章 12.There Here ぜい、ぜい、と荒い息が、静まりかえった大通りに木霊する。額の汗を拭い、一度大きく息を吸い込もうとして……ガイルは咳き込んだ。 「っうえぇっ……ち、くしょ、なんだって魔物の血っつーのは、こう……ああー気分ワリィ」 言い捨てて、軽く持っていた愛剣を振り抜く。銀色の刀身にまとわりついていた緑色の血液を払って、残りを破り取った服の裾で拭う。逆の手に持っていた鞘をベルトに固定し、むき出しの剣を軽く肩に当てて。 「ぎょぐおっ!!」 「ウゼェ」 背面から振り上げ、手応えを感じ振り返る。下あごに深い剣筋をつけられたオーガが、白目のない真っ黄色の瞳でガイルを睨みつけてきていた。 「ぎょっがぁっ」 「ちっ、喉までえぐれなかったか……」 ぼそっと何かつぶやいてから、ガイルは剣を構える。軽く踏み込み、一瞬でオーガの背後へ回り込む。人間離れしたその速度に、人外のはずのオーガすらついてゆくことは叶わず、ただ、彼の残像を追うばかりで。 「ひゅっ」 呼吸音と共に、白い煌めきが行き交う。とん、とオーガから数歩離れたところに着地したガイルが息をつくのと、背中と後頭部に無数の斬撃を受けたオーガが、大量の血液をまき散らして倒れ込むのは同時であった。 「……ったく、まさか、また城壁壊されたんじゃないだろうな」 ぐるりと周囲を見渡してみれば、雑多な魔物達の死骸が散乱していて、鉄臭さと腐敗臭とが支配する最低最悪の舞台となっている。しかも、その血液も粘着質なものから油のように滑るものまで様々で、実に移動しにくい。 と、びくりと鱗が垂直に生えだしている魔物の腕が跳ね飛び、ガイルの背後から飛びかかってきた。振り返り、叩き落とすには動作が一瞬遅く―――。 バシュンッ! 「……あー、サンキュ、どっかの誰か」 「いやいや、確かに通りすがりの住民Aだけれど。どっかの誰かはなくないかね?」 路地裏からひょっこり出てきたその男は、朗らかな表情を浮かべ丸眼鏡を掛けた初老の男で、どこかの少し寂れた本屋の奥にのんびり座っていそうな(実はズバリそうだったり)雰囲気を漂わせている。まかり間違っても、ボウガンを構えて緑色の血の海を革靴でちゃぷちゃぷと歩いてくるなんて、ことは。 「…………」 「おや、どうしたのかねガイルくん。苦虫を十匹くらい噛みつぶしそうになったけれどあわやと言うところでかわしたはずなのに結局一匹噛んでしまったような表情は」 「逆に分かりづらいわ。いや、他の変人共は『半年でよくここまで馴染んだものだ』とか言ってくるけど、実際にゃいろいろ割り切れないようなことにもかなりな確率で遭遇してて、なんというか……ああ、反応しづれぇんだよやっぱりよ」 「はは、ガイルくんはなかなか順応能力高いと思うけどねぇ」 「さすがに目の前で温厚という言葉が具現化したようなおっさんに、ボウガンで命助けられるシチュエーションにまですかさず対応できん」 はぁー、と深いため息をついて、気配を探る。すると、他の路地裏や大通りの曲がり角からぞろぞろと城門付近で戦っているはずの人間達が現れた。 「ああ、この辺一帯はとりあえず片付いたと思うが。城門突破されて戻ってきた住民諸君」 「ぐっ、ガイルがものすっごいムカツクけど、まぁ六割方正解だから仕方ないわね……」 「六割方?」 「まぁー訂正箇所は大きいトコと小さいトコと? ッスかー。まぁさらっと言ってしまえば、突破されたのは城門じゃなくて城壁、戻ってきたのは掃討作業もあるけれど、前線へ物資を補給するためってのもあるッスから」 「ああ、その声翔夜か」 住民達の間からひょっこり顔をのぞかせた翔夜は、気味の悪い魔物の血液など気にも留めず、素早くガイルに近づき無理矢理剣を鞘に収めさせた。 「おい」 「ガイルさん、今の自分の顔色分かってますかね。ステントラ並みに白くなっちゃって、どうせ腹の傷も痛むんでしょーに」 ぎくり、とガイルの肩がこわばる。その様子に、翔夜はニマッと気の抜けた笑みを浮かべた。 「つーことで、あっちの家の中ででも休んでおいてくださいッスね。とりあえずは」 「待て、俺もここは常識人だと言うことでツッコミを入れさせてもらう。勝手に人の家の鍵粉砕して突破してんじゃねぇよッ!? 家主にどう言い訳するつもりだぁっ!!」 「あらいいのいいの、どーぞガイルちゃんあがってってちょうだいな〜」 「つーか家主ここにいるのかよ、しかも俺の名前『ちゃん』付けで魔女ッ子なおばちゃん―――!!!」 「魔女ッ子は女性全年齢対象でアコガレの的なのよッ!? なぁに、ガイルちゃん、ひょっとしなくても私のラブリィボンバァハートでも食らっちゃいたいの!?」 「そんな魔法あったらドン引きだわぁああッ!!! 精神的に一発KO狙ってんじゃねぇよ……ッ!!」 「あなた全年齢対象のところツッコミしないのね、このエセフェミニスト」 「ぼそぼそ俺にツッコミを入れてくるのはどこの誰だ……」 「ガイルさんハイハイへこんでる暇があったら家に入っててくださいね〜、と?」 ぎゅ、ぎゅっがぁ…… がが…… グオォオオオ 再度、獣の咆吼が響き出す。皆、それぞれの武器を手に構え、周囲へ散らばっていく。先ほどまでのふざけた雰囲気は、一瞬で払拭され。 「あ、ガイルさんなに家から飛び出してるッスか!! 休めっつったでしょーに」 「休めるかああああ!!! そこのオバハンの家だからうっすら予想はしてたがそんな予想は粉々に粉砕、塵となってしまったわあああっ!!! あんな強烈きわまりない少女趣味ハウスでどう休みやがれと言いやがる……っ」 「いや、大丈夫ッス。ガイルさんならむしろレースとかリボンとか日傘とか構えてたら一瞬で馴染みます」 「てめぇ首から上すりつぶすぞ」 ちゃき、と剣を抜き、やれやれと肩をすくめる翔夜の隣で、ガイルもまた、臨戦態勢を取り直した。 咆吼は、すぐそこにまで迫ってきていた。 「あらあら、あろうことかこの町の《ガレアン》というものは、この程度で音を上げてしまうんですの〜?」 「はっはっはッ!! 恐るるに足らずというのは正にこういうことを言うのだなッ!! 見よフィリーナ、人が点のようだッ!!」 「何かまた激しくデジャヴなのですけど中途半端にもじったせいでおかしくなってしまったセリフをありがとうございますの〜お兄様。しかし、さすがに点と言うほど小さくは見えませんの〜。素粒子レベルですの〜」 「ははっ、最早目に見えるものですらないねッ!!」 「……ふざけちゃってるねぇ」 額に浮かぶ汗の玉を乱暴に拭い、レイドは兄妹と兄妹の乗りこなす魔物を睨みつけた。 彼らが唐突に現れ、名乗り上げ、直接魔物達に指示を出すようになってから、格段にやりづらくなった。今までひたすら力押しだった魔物達が、引き際を覚えてしまったのだ。そのため、今まで無我夢中で攻撃することしか頭にないところを反撃して倒す、という手っ取り早い方法が使えなくなった。そうなると、小手先の知能戦で勝利を手にしていた者たちも、次々に脱落していき、残るは魔物と並ぶかそれ以上の実力を持つ者……生粋の変人たちばかり。 「かかかカッティオぉおお―――!!? 死んじゃう死んじゃう死んじゃうよぉおおおッ!!!」 「自分でどうにかしろファイターだろうがっ!!!」 上司の絶叫に舌打ちと怒声を返し、カッティオは詠唱省略の神法を行使する。格段に威力が下がったそれは、一度きりでは魔物を倒すに至らない。完全な詠唱をしようにも、その間彼の体は非常に隙だらけ、格好の的となってしまう。そこまで考えて、思わず歯ぎしりをする。 「メルティナ、どうだ」 「私の暗示も効果がなくなりました。どうやら、クラウンの『唄』よりも魔物使いの力の方が勝っているようですね。全く、あんな気味の悪い子どもに負けるとは」 「気味悪いっつってもさー、メルティナの服装ぶっちゃけあいつらに似てね」 「黙りなさい野生馬鹿を兄とするトサカ野郎」 「ごぶふぅっ!?」 「メルティナ……自分の手でこちらの戦力を削るな」 ため息と共にツッコミをいれ、カッティオは剣を下げる。代わりになにも握っていない左手を目の前に差し出し、ぼそぼそと何事かつぶやく。ある程度知能がある様子の者達は後退し、野性的で本能的な魔物は、隙ありと突っ込んでくる。 「……グロア」 途端、カッと光線が放たれた。全てを浄化する、いっそ暴力的な光の渦。神力を直接攻撃術に転じる唯一の神法、『グロア』。 しかし、それはあまりに強大な光。駆け出しどころか、並以上の実力を持つであろうプリーストのそれを上回る威力のものを、カッティオはあっさりと放ち、そして。 「きぼじわるい……」 「なぁ〜にやってんのぉ!!」 「…………」 真っ青になって倒れ込みかけた。その両脇を、ニナとネファンが援護する。グロアの光に焼き尽くされたもの以外にも、体の一部をかすっただけで、まだ行動不能に至っていない魔物達が残っている。それを二人は片っ端から潰していった。 「ラシル」 と、彼らの体を半透明の白い光が覆う。ネファンがちらりと脇を見やれば、他の《ガレアン》隊員に守られながら援護魔法を放つミリルの姿。隊員達が負傷し、陣が崩れたかと思えば 「ラ・ハディア」 あっさりと高位治癒魔法を放ち、体勢を整えてしまう。その間にも、肉体強化や属性強化の術をひっきりなしに詠唱し続けていく……。彼女の神力もまた、そこを尽きるのは時間の問題。 「さぁーあ、とっととここを通過し、町へ侵入せねばッ!!」 「そうですの〜、あたくしたちは町の中にいろいろと御用事があるのですの〜。と言うわけでとっととそこをどきなさいですのぉ……」 クスクス、けらけら。 癇に障る笑い声。瞳。表情。態度。 「ホント……お子様だった頃の自分見てるみたいで、ぶち殺したくなるなぁ」 魔物の口からはき出された岩石をかわしながら、レイドは一人ごちる。 城壁前の彼らの戦いは、さらに、熱く。さらに、残酷に。 ……天秤は、傾こうとしている。 |