□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第四章 13.新たな音色 住民達と魔物使いとの正面衝突より、少し前。 ぷひぃ、と間の抜けた声とともに息を吐き出し、ぐるりと右足を軸に一回転する。その動きに振り回された鉄棒が、四体もの魔物を一気に近くの木の幹へ叩きつけ、押しつぶす。 「最後だぜー! おい、ステントラ、そっちゃぁどう―――」 ドパパパパパパッパ ドドッドムッ ドギュッ ドパァンッ! 「……遠慮容赦ねぇ音だよな、マジで」 「遠慮容赦してたらこっちがやられちまうんだよ」 ばさっと漆黒のマントを翻し、ステントラは頬に飛び散った緑色の血を乱暴に拭った。辺りの気配を探り、銃をホルスターにそれぞれ戻して、地に倒れ伏す魔物達の死骸を見下ろす。 「……ゴメン、しばらく、そっち行けないな、俺」 「ん、どうしたぁ捨て鉢?」 「その間違い方はどうよ!? 『ステン』どころか『ステ』どころか、最早カタカナですらねぇじゃねぇかっ!!」 鋭くツッコミを入れて、鼻息荒く死骸を迂回する。一瞬ケゼンは眉をひそめるが、特に気にすることでもないかと、へラリ、笑い出す。 「にしても、一旦襲ってきたら止まらなかったなぁオイ? トールの森もずいぶん魔物臭くなっちまって……」 言いかけて。 ゴッ!! 盛大な爆発音。ステントラは勢いよく音のした方へ体を向け、ケゼンを置いて走り出した。背後から彼が何か叫んでいるが、後からまた聞けばいい。 今の音の原因は、魔法によるものとは考えづらかった。魔力や神力の乱れが全くと言っていいほど感じられないし、魔物特有の炎弾攻撃などにしては、威力が大きすぎる。……近年の魔物達は、それこそ過去、数多くの地上に住まう人間達を絶望の淵へ追いやったことがあるとはいえ、魔界との絆をほとんど断ち切られ、能力が低下しているのだ。 (まあ、どこぞの器用なヤツが力の底上げしてやってるという案も、無くはないが) 森を駆け抜け、見慣れた獣道に合流し、一気に飛び出す。何度か深呼吸をして町の方角を眺めてみれば。 「んなっ!」 追いついたケゼンもまた、あんぐりと口を開ける。丘の上からよく見える、その光景に。 黒い塊のように見える魔物の大群が、フィロットの正門前に殺到していた。たまに赤や青、緑などの魔法が具現化した際の色彩が弾け、そこここで力の渦が発生している。 しかし、そんな乱戦まっただ中の正門前から、魔物がある場所を目指して流れを作っていた。……春先に、ふざけた盗賊団がやってきたときのように崩壊した城壁に向けて。さらには、上空から新手の魔物まで集まってきている始末。 「お、おい、ありゃあどうなってんだ……。さすがに、気力でどうにか出来る域じゃねぇぞ」 《変人の町》特有の《祭り》の気配にあてられていないため、ケゼンはあの戦場にいる住民達より遙かに常識的な言葉を口にした。と、ちらりと横に立つ黒ずくめを見やる。普段ならここで「なにお前がまともそうなこと言っちゃってんの!?」とツッコミがくるはずなのだが。 「……ケゼン、俺たちは森で待機。町の様子を外からうかがったままにしとこーぜ」 「え、ツッコミ無しっ!? 俺がこんな状況でこんなこと言っちまうのもなんだけど、もうちょっととんちんかんな俺の発言を期待してくれてたりとかそういうの無し!?」 「この状況でどうお前ボケかますつもりだったん!? むしろお前のさっきの発言には全面的に肯定の意を表わしたつもりなんだがな脳みそ筋肉野生人っ!!」 ぎゃあぎゃあと言い合っていた彼らだが、唐突にわき上がった気配に口をつぐみ、遅いと自身を叱咤しつつ小脇の茂みへ身を隠す。それとほぼ同時に、獣道とも繋がっていない場所から、それは現れた。 (デルデオっ!? つか、デカ……そこらの民家くらいあんぞ) それは割れて平たいかたつむりのような殻に、赤紫色のたるんだ肉を押し込んで、これぞ魔族という雰囲気を漂わせていた。魔力や霊力の他にも、神力がたゆたう《地上》には決して現れることの出来ないはずにも関わらず。 さらに驚きなのは、そんなデルデオが二体並んで進行していたこと。そして、その頭部にひょろりとした人影が見えたこと。 「……魔物使い、か。あんの気違い野郎だけじゃなかったってことだな。くそ」 「気違い野郎? お前一体何の話してんの」 「いや、これはちょっとガイルのトラウマにもなっているほどだから、俺がここでお前に漏らしちまえばおそらく俺にもトラウマが植え付けられるあの緑によって……ッ!」 中位魔族の頭上で、実に楽しげに歌い踊る少年少女を、ステントラとケゼンは茂みの中からじっと眺める。それぞれ拳を握りしめ、彼の魔物の前にその身をさらけ出し、敵の増援を防ぐという選択肢を頭から振り払う。 急いても意味はない、町の人間達なら大丈夫だろうと胸の内で繰り返して。 ぽろろ ん ―――…… 儚げな竪琴の音色が響き、それに合わせるように、彼の背後から風が吹き上げた。 なびくその髪の色は、まるで透明な氷のような青銀。開かれた目は黒曜石のごとき輝き。そして、彼の者の額には金と銀のサークレット。 「デルデオが召喚されたなんて、あり得ないって思ったけど」 そっと世界を見下ろせば、肉の焼ける匂い、魔物の腐臭、飛び散る赤と緑の鮮血。 その中で、あり得ないと判断していたものの姿を確認して、彼は顔を歪め、竪琴を握る手に力を込める。 「デルデオさんたち、自我を奪われちゃってるんだね。他にも、みんな」 人間と魔族が、こうも全面的に殺し合う。そんな光景、彼は未だ見たことなかったし、これからだって見たくもなかった。 「……魔族の性質は歪められ、いつからか悪の象徴とまで言われるようになってしまった。でも、そんな中でも、また《失われた時代》の頃みたいに、みんなが隔たり無く交流できる……そんな世界に、確かに近づいてきていたのに」 そのすべてを、数百年の時をかけて天界と魔界が修正してきたものを、また徹底的に破壊し尽くそうとするものがいる。 もう、《ティカ》は《すべてを生みだせし者》に頼ってはいけない。 「大神様、魔王様、言いつけを破ります。僕は、やっぱり《地上》が大好きだから」 再度、目を閉じる。ふわりと意識の奥底から浮かび上がってきた映像が、だんだんと、鮮明になってくる。 そこにまず映し出されたのは、人間や魔物の攻撃で瓦礫の山と化している町の中、若草色の煌めきが駆けめぐり剣を振う姿。 次に、閉じられた聖堂の中、多くの同年代の子供たちと共に座り込み、何かを思案している様子のオレンジ色の髪をした少女の姿。 最後に、森の茂みの中でたくましい男と並び、魔物たちの進行を無表情で見送ることしかできないでいる、黒ずくめの青年の姿。 「三人とも、まだ動くときではないね……ステントラも、大丈夫じゃないよね。あの顔、もう魔界に行って魔王様に顔合わせられないって絶対思ってるし」 ゆらり、と彼の体が前のめりになる。足先から順に、白と黒の煌めきを受けて消えていく。 『お前は女みてぇな顔してっけどよー、根性はそこいらの男の比じゃねぇっ! と俺は信じてるぜっ』 『あんたは強がりすぎんのよ! ちょっと泣きたいときとかあたしのところ来なさい。あたしが代わりに泣いてやるわっ!』 「はい、本気で根性見せるときが来ました、頑張ります。そして、今日も貴女のところに行くつもりはありません。……怒られるなぁ、怖いなぁ」 そのつぶやきを最後に、彼の姿は完全に消え去った。 フィロットの町の、ちょうど上空から。 |