STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第五巻 輝きし宝の夢 - 第四章 14.落っこちた
 びゅっ、と空を切る音と共に、ヴィンスは足音もさせずに民家の屋根へ着地した。気配の殺し方も完璧。絶対に、気付かれていないだろう。

「ふっふぅん。みーつっけた」

 無意識のうちに浮かび上がってくる笑みに、体の震えを押さえることができない。
 自分でも、少し、この反応は異常だと思う。たかだか抹殺対象を肉眼で捉えただけで、ここまで自分が興奮することなど、未だかつてなかった。ただ、『抹殺対象』というくくりをのぞけば、唯一人、敬愛する頭領のことが頭に浮かぶ。

「あぁーん、ペルソナ様とあの気に食わなさすぎる苔むし頭を比べるなんて……っ! あたしったらどーかしちゃってるわね」

 言って、ぺろりと上唇を舐め上げる。
 彼女の視線の先には、通りを駆ける、若草色の輝き。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「っはぁ……! ちくしょう、なんかさらに町の中に侵入してきてねぇか、こいつら」

 頭部を斬り飛ばし、剣を振った勢いを殺さないまま駆け出して、ガイルは適当な民家の陰に隠れた。どちゃりと生々しい音をたてて、魔物の死骸が一つ、増える。

「ったく、これもあの時のやつが言ってた、『計画』のうち……なのか?」

 立ち止まり、周囲へ気を配る。と。
 頭上で、風が動いた。

「っ!?」

 慌てて空を見上げると、逆光で漆黒のシルエットとなっている人間の姿が見え、その人間は、ガイルめがけて落下してきているところだった。
 気配を読み取れなかったことが不可解ではあったが、今はこのフィロットも魔物がうろつく危険地帯。他の変人達ならいざ知らず、シルエット的にその誰でもない人間を、レンガ敷きの地面に叩きつけられるのを眺めていられるほどガイルは外道では、ない?

「め、んどっ」

 剣を逆手に握りなおし、人影に刃が突き刺さらないようにして立ち位置を調整。数秒後、どさっという音と共に、ガイルの腕の中には一人の女性の姿が。

(ま、さか気付かれるなんて、ね! でも、わざわざ受け止めてくれたのはありがたーいことかしらっ)

 普通の男ならば、この美貌、この格好、そのすべてに戸惑い、魅了されるだろう。そんな絶対的な自信が彼女、ヴィンスにはあった。今も、蠱惑的な真紅の瞳は彼の空色の瞳をとらえて放さず、武器もなにも持っていない右手でしっかりと彼の肩を掴み、ぐいとその豊満な肢体を押しつけ―――。

「……っ!!!」

 彼の顔色が変わった。さぁ、彼もまたとりこ。左手の内には、いくつものナイフ。

「く」
(……く?)

 唇を……どころか、全身を震わせ始め、鳥肌まで立てている。そこまで私の美貌は罪なものかしら、と悦に浸ったその瞬間。

「臭ぇえええええええええええええっっっっっっっ!!!!!」

 世界がブレマシタ。
 声を上げる暇もなく、せっかくレンガ敷きの道路と衝突を避けたヴィンスは、ぐるりとその場で一回転、遠心力を追加した投げ技をガイルに決められた。普通に抱きついているなりしていたのならばともかく、お姫様抱っこではそうそう抵抗も出来ない。
 ヴュオンッッッ! とおかしな音を立てて、彼女の体は近くの塀に激突、轟音、粉塵爆発(?)。

 ごぉおおおおおお………ん…………

「はっはっ、はぁっ! あぁあ臭いなんだこれ、うえっ、アデレーナの数倍ひどいイヤ数倍なんてもんじゃ……おぅえ…………ひぐっ」

 魔物の腐敗臭にも耐えきったガイルだが、香水ローションファンデーション、その他諸々の化粧道具の匂いという圧倒的で攻撃的な波状攻撃には膝を屈してしまった。
 レンガの間に突き立てた剣にすがり、冷や汗を垂らして口元を片手で覆う姿はシリアス以外の何者でもないが、そのような状況に仕立て上げてくれた原因はひどく間抜けであった。

「つ、か……なんだ、今のヤツ。あんなん、この町にいたか?」

 いるわけない。知らないわけがない。ガイルとはまた雰囲気の違う硬質な深緑の髪に、燃え上がる炎のような真紅の瞳。この町で一番グラマラスな肢体を持つアデレーナと張り合えるほどのスタイルに、……戦闘慣れした気配。

(ひょっとして、あれが)

 自然と、ガイルの目が細くなる。

「魔物使い?」
「……うふ、うふふふふ、うっふふっふふふふふ〜ぅん……」

 ガイルのつぶやきに応えるように、もうもうと砂埃の舞う瓦礫の山の中から怪しげな笑い声が響いてきた。ぱんぱんと服の裾を払い、そっと深呼吸をして、剣を構え直す。

「おい、なんだ、お前は」
「ああ、いいわ、本当に」
「………………は?」

 殺気を込めて瓦礫を睨みつけるも、返ってきたのはうっとりとした女性の声。少し息づかいも荒くなっており、何か……得体の知れない何かを、そのときガイルははっきりと感じた。そう、この感じは、襲撃を受ける直前に全身を貫いた悪寒と同じ。

「…………」
「ガイル。ファミリーネームはなし。ナイトの職につく。《ガレアン》に協力はするも、入団の意志はなし。この町の変人筆頭の一人。そして、そして……」

 がら、と瓦礫の一部が崩れた。むくりと起き上がったその女性の顔は、伏せられていてよく見えない。

(見てはいけない近づいちゃいけない関わったら俺は終わる)

 ぱ、と脳裏にそんな言葉がひらめいた。途端、ガイルは踵を返し逃走態勢に入る。

「こんっっっっっっな暴力的でしかもイケメンだったなんて知らなかったわああああああああああああああっっ!!!」
「だああああああ来るんじゃねえっっっ!!!?」
「ぶぎゅっう!!」

 すさまじい跳躍で、あっという間にヴィンスはガイルとの距離を詰めてきた。もう、これ以上ないほど、魅力的で美しい、傷だらけの満面の笑みを浮かべて。その不気味さに、ガイルは思わず振り向きざま峰打ちで彼女のむき出しな脇腹を狙う。

「くっ、ぁあっ、顔を見てまだ十分と経っていない人間にそこまで容赦なく攻撃を加えられるなんてっ。あたしまだ何にも言っていないのによぉんっ。まぁこれっくらいの力は持っていて当然って思ってたけど……」

 しかし、クリーンヒットだったにもかかわらず、ヴィンスはやはり満面の笑みのまま再度跳躍。ガイルの正面へ回り込み、顔面の筋肉をすべて強張らせ引きつらせている彼を、抱きしめた。

「っっっっっっっっっっっっ!!!!?」
「やっぱやーっめたぁあああ!! ペルソナ様、ああペルソナ様、貴方のことも忘れはしませんわ。しかし貴方はちょっと私のことほっぽりすぎたのです! これからはオシゴトの上だけでの関係を保ちましょう、私は、私は、ガイル様についていきますわあ―――――っっ!!」

 敬愛の念が、あっさりと、新たな『愛』によって打ち倒された瞬間だった。

「っざっけんなテメェなんだっあぁああああ臭い鼻がイカれるっ!! ってどこ触ってどぁああああっっ!!!」
「ひゃっうぅ〜ん!!」

 ボゴッガンドガッ!! と容赦なく剣でヴィンスの体を吹っ飛ばし、ガイルは後方へ飛び退いた。全身鳥肌が立っている。しかも、何か男の理性が悲鳴を上げるようなことされたぞオイ。
 真剣に、今まで向き合った敵の中で一番コワイ。恐怖の余り紙のように白くなってしまった顔をヴィンスに向けて、ガイルは思った。

「ああ、ガイル様、そんな峰打ちなんてお心遣いはけっこう……。もう、斬ると言わず串刺しでもめった刺しでも何でもきちゃってくださぁいっ!!!」
「や、やり辛い……やり辛すぎる、なんだコイツマジで!!?」

 絶叫をあげながら、もうどうにもこうにも彼女に近づきたくなく、結局攻撃することができないガイル。そんな彼を遠目から愛おしげに、恍惚として見つめるヴィンス。

「あらあらあらら、ガイル様、前に私とお話ししたのにもう忘れてしまったのぉ? そう、でもあのときはお互いほとんど顔も見えていなかったから仕方のないこと、そう、そうなのよ。あの時貴方にひん死の重傷というか本当に殺すつもりの一発を叩き込んだはずなのに、貴方は生きている、生きているのはもう運命なのねぇ……っ」
「……声、だけ? ひん死の重傷って、まさか」

 震えが、収まる。そっと、左手が痛む腹部の辺りにあてがわれた。
 遠くで怪しく微笑む彼女は、赤く塗料が塗られた指の爪の先を唇に当て、ため息をつくように応えた。

「そう、私はヴィンス=ミルナ。もうこの際だから全部言ってしまうけど、暗殺集団《ゼト》の第一幹部。この町にはね、捜し物をしに来たのぉ。とーっても、欲しいものがあって、ね? 私の場合、欲しいもの、もう一つ増えちゃったみたいだけどぉ〜?」

 唇から指が離され、ゆっくりと、緩慢な動作でガイルに向けられる。

「ガイル様、我々が求めし秘宝《聖鋼石》とともに……私のもとへ、否が応でも来てもらっちゃうわ」



To be continue…