STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第六巻 儚き夢の答え - 第一章 3.トクベツ
『………ルー………』
(ん)
『……いる、が……………ガイルってば』
(な、ん?)

 耳を何かの膜で覆われているような感覚がして、その向こうから、ぼんやりとした声が聞こえてくる。少しずつはっきりしてはくるけれど、まだ、細かいところはよく分からない。

(呼ばれてる……んだよな)
『ねぇー、……ませんよ、が……ん』
『え、―――ントラ……で』
(んん?)

 何か、今かなり身近な人物の名前が聞こえてきた、ような気がした。
 途端。

『ザイルとか?』
『いや、もっと言っちゃってガーゴイルとかさ!』
『ガブリエフ……』
『最早誰だよ』
「まさかの言い間違え戦法ッッッ!?」

 そこで、ガイルはがばりと勢いよく起き上がった。ツッコミを上げつつ、ほとんど予備動作無しでの行動だったので、半端ではない激痛が脇腹を襲う。

「がっぼ、ごぁああ痛ぇえええええええええっっっ!!!」
「あ、ガイル起きたー! 起きたほんっとよかった!」
「いやぁさすがステントラ式呼びかけ法。ツッコミ体質には強いな……」

 とりあえず何か言っている外野はあとでどうにかするとして、ガイルはとっさに脇腹を押さえようと両手をひいた。だが、ガシャン! と鉄同士がぶつかる音がして、今度は別の箇所に痛みが走る。

「ッッッ!?」

 これにはさすがのガイルも、声もなく悶絶するしかできない。
 しばらく地面の上でのたうち回り、痛みが適当なところまで治まったところで、周囲の状況を確認する。
 とりあえず、薄暗い。倉庫の中ようで、驚くほどに広い。地面はよく踏みしめられ整えられた土で、雑草の類がほとんど見られない。
 一体ここはどこだ、こんなところがフィロットにあったか、と首をかしげるガイルだが、自分以外にこの場にいる顔ぶれを見て、納得する。

「なるほど、《ガレアン》とこの施設か」
「地下練兵場だ。一般の者には関係のない場所だから、お前は少し混乱しただろうな」

 ぼそりとつぶやく。すると、それに答えるように、聞き覚えのある声が奥の方から聞こえてきた。その声の主のまわりを囲っていた隊員たちが、ずりずりと移動する。

「カッティオ、お前も捕まってたのか……ああ、城門突破されたんだっけ」
「なんでそれを、町の中にいたお前が知っている?」

 現れた人物、白髪を肩よりも下の位置で切りそろえている無表情の副リーダーは、少々眉根を寄せてつぶやいた。

「いや、俺の方も………………イロイロあって」
「……ああ」

 ガイルの言葉の間の長さと、髪で隠された表情を眺め、カッティオは「触れてはいけない」という空気を察知、別の話題を投げかけた。

「ただ、突破されたあと、町の中でもそこそこ戦えて、魔力や神力を持っているヤツらがことごとく『殺さずに』捕らえられたんだが……どうにも分からない。目的も手がかりも一切が不明だから、推理の仕様もない」
「ふぅん……? で、カッティオ、一つ尋ねたいんだが」
「なんだ」

 腹部の血は止まっているらしい。ガイルはゆっくりと身をよじらせ、カッティオの方へしっかりと顔を向ける。

「お前、その拘束のされか」
「俺は捕虜だ俺は捕虜だ俺は捕虜だ俺は捕虜だ俺は捕虜だ俺は捕虜だ……」
「がっガイルさん、そこはツッコミいれないであげてください!!! すでにこの人存分に敵味方から見境無く精神攻撃ストレートに決められてるんですからあっ!!!」

 隊員の中からはいずり出てきたカッティオの副官が、涙目鼻声で訴えた。
 隊員たちやガイルは、ロープや手錠、鎖などで両手を後ろ手に、両足も膝までしっかりと拘束されている形で、移動することもままならない。だが、カッティオのそれはなぜか、他のものの上を行く形だった。
 他の隊員たちと異なり、まず隊服の上着をはぎ取られたワイシャツにズボンという身軽な格好をしており、その上から、全身の寸法を計算し尽くされたような縛られ方をしていた。いっそ、縄が衣服の模様に見えてくる。

「それ、緊縛ぷれ……」
「そこぉおおおお!!? 何も言うな何も見るなお願いしますからぁあああっっっ!!!」

 フォローの叫びが、悲痛なとどめにしか聞こえない。
 体育座りのまま(その体勢しかとれないらしい)、カッティオはぶつぶつと暗い顔でなにかをつぶやきだし、そのまま会話へは戻ってこなかった。数秒してもその状態で、ガイルは小さく舌打ちを漏らす。

「……ていうか、なんで俺だけヤツらから離れたとこに転がされて」

 なーんとなく分かるような、分かりたくないような、そんな距離がガイルと《ガレアン》隊員の間にはあった。具体的には、五メートルかそれ以上ほど。会話をするのに困りはしないが、何か含みを感じさせる。
 突然、脳裏に女の高笑いが響いて、反射的にガイルは体を震わせた。

「俺は普通だ俺は普通だ俺は普通だ俺は普通だ俺は普通だ俺は普通だ……」
「って、なんかガイルさんも思考回路トラブってる!? ヤバイよ、実力者二人なんか完璧に沈められてる……恐るべし《ゼト》!」
「いや、この状況でそんな楽しげに実況解説いれるお前の神経もさすがなものだよな……」
「ううっ、すんすん、なんで、なんで僕こんなスマキ状態なのぉ〜……な、投げられちゃう……海に投げられちゃうよぉ!」
「すごい子どもくさい台詞がオジサンの声で聞こえてくるよ……もういい加減諦めて泣き止んでくださいリーダー」

 これまたちょっと離れたところから、他の隊員たちの声が聞こえる。で。

「え、あ、なんだ、ガイルのヤツ目、覚ましたの? どれどれ、あいつはどんな縛り方されてるのかな」
「注目点はそこですか……しかも、それを見てただただ笑うために、縛られた状態での歩行を会得した貴方には呆れ果てるというか見下げ果てるというか」
「褒め称えてくれる?」
「戯れ言はどうぞ高いところで」
「いや、だってここ地下じゃん」

 そういった緊迫感のない男女の会話が、人混みの中から近づいてくる。うめき声をあげながら、ガイルはさらにごろっと寝返りを打って、その人物たちが現れるのを待つ。

「……レイド、メルティナ」
「やほー、あ、なんだ普通じゃないか。カッティオの方が数十倍面白かったね。でもあれどういう基準だったんだろ……女顔ってのがキーじゃないのかな」
「どうやら賭けは外れたようで。では、貴方のここ三ヶ月先までの給金をリーダーやその他諸々の胃腸の弱い方々への治療費として頂きます」
「え、ちょ、そんな賭けした覚えは……!」

 がっちりと両足を二種類の鎖で繋ぎ止められたレイドは、腰の辺りで手錠をはめられた両手をがっしょんがっしょん鳴らし立てた。騒がしいことこの上ない。隊員たちやメルティナも眉をひそめ。

「黙らっしゃい」
「へっ―――!?」

 まさかの、拘束状態からのドロップキックが発動した。仰向けにその光景を眺めていたガイルも、あ然とする。

(両手足と魔力封じても、メルティナは戦闘可能なのか。まあそんな予感はうすうすしていたが、実際目の当たりにすると)
「迫力が違うな」
「そこ、ガイル? しみじみと言わないで。迫力だけじゃなくってこれ威力もかなりのもの……っ」

 容赦なく蹴り飛ばされたレイドは、げほごほと俯せのまま咳き込み、土埃も吸い込んでしまったのか、それからしばらくは何もしゃべらず、ただ酷い咳を続けるばかりだった。ちなみに、ドロップキックを決めて自身も地に倒れ伏したメルティナは。

「姐さんお疲れ様でした」
「本日もお見事な蹴りっぷりでした」
「次のリクエストはかかと落としでお願いします」
「今リクエストが入ったもの、入れた人へ現在進行形で発動させても構いませんが」
「「「お疲れっしたぁあ!!!」」」
「…………え、まさか、これ日常?」

 あまり目にしない《ガレアン》内での掛け合い。それを目の当たりにしたガイルは、「ああもうこういうヤツらがこの辺の治安維持してるとかもうどうでもいいや」と手っ取り早く、自分の精神安定のために現実逃避体勢へ入った。
 その瞬間。

 ごぉん

「「「……」」」

 ガイルや、カッティオ、レイド、メルティナ、隊員たちの動きが止まる。低い音と共に、この練兵場と地上とを結ぶ通路の扉が、重々しく開かれた。
 そして。それは、もったいつけずに飛び出してきた。

「がっいっるっ様ぁああああああああああああああああっっっ!!!」
「!!!!!!!!!!!」

 空気が凍った。時が止まった。時空が歪んだ。何か異世界が見えた。
 とりあえず、その飛び込んできた人物を見、さらにその人物が喜色満面の笑みで叫んだ言葉の意味を咀嚼し、飲み込み、理解したところで。

「は?」

 ……最早絶叫すらあがりませんでした。

「ガイル様ガイル様ガイル様ぁああっ! ああ、貴方がここに放り込まれてからかれこれ三時間十二分三十二秒……私は、私はぁ」
「ちっ、来やがったかド変態……!」

 鼻息荒く、身をよじらせながら近づいてくるヴィンスの姿に、ガイルは気味の悪い魔族を見たときのような怖気を感じ、ずりずりと必死の思いで後退した。《ガレアン》隊員たちはまだ茫然自失としているらしく、反応はない。

「どちらかというと、私も縛られる方が好きなのですけどぉ、きゃっ」
「頬を染めて女らしく言っても、その台詞自体が変態のそれだ、気付け、気色悪い、そして世の塵となって地中へ帰れ」
「あらあらぁんガイル様ったら、縛られて地に這いつくばったお姿だというのにそんな強気な言葉が出てくるなんて……っ。ああもう本当にツボ過ぎるわぁっ」

 やがて、ヴィンスがガイルのもとへと追いつく。カッ、と靴音高く立ち止まり、ビシッとまるで敬礼のように伸ばした右の手のひらを左の頬へ、ちなみに逆の手は腰にぴたりとはまるように添えられて。

「ぉおーっほほほほほっ!!!」
「…………元祖、女王様笑い降臨」

 これ以上この笑い方が似合う嫌な女がいるだろうか? しかも、そんな女にこれ以上ないほど熱を帯びた視線を送られている身としては……いっそ死にたい。

「てめぇ、一体、何しにきやがった」
「それはぁ、この練兵場へということかしら?」
「それも多少はあるが、実際はどうなのか、分かってるだろう」
「ふふっ、そう、そうね……私たちゼトが、この町に来た目的でしょう、それしかないわよねぇ〜?」

 ぐっと身を乗り出し、鼻の先がこすれ合いそうになるほどヴィンスはガイルと顔を近づける。

「ガイル様は……《聖鋼石》、って〜ご存じかしら?」
「せいこう、せき? せきって、石か?」
「あら、その様子じゃ知らないよう……って」

 不規則に揺れていたヴィンスの体が、ぴたりと止まる。何かくる、とガイルが身構える前に、
 がばちょ

「やんもうなんだか戸惑い顔のガイル様もいいわぁっ」
「「「「「!!!!!!!!」」」」」

 これまた、唐突にだらしない笑みを浮かべたヴィンスは、やっとこさ上体を起こしたガイルに抱きついた。そしてそのまま、彼の顔を自身の豊満な胸に押し当てるように抱きしめ続ける。

「なっが、ガイルのくせしてなんかオイシイ想いを……っ!?」
「レイド、正気に返りなさい。あれはどう見ても地獄です。ガイルの髪の毛が警戒心マックスの猫のしっぽのように膨れあがっているでしょう」
「え、あそこまで神経通ってんの?」

 外野の声がちらほらと戻ってくる。だが、そんなものを気にしている暇はない。

「っっっだあああああああああああああああああっっっ!!!!」
「う、かぷっ!!!」

 ガイルは腹の底心の底からの大絶叫をあげて、先ほどメルティナがレイドへ向けて放ったドロップキックに勝るとも劣らない、無茶な体勢からの容赦ない投げ技を披露してみせた。びゅっ、と空を切り裂く鋭い音がしたかと思うと、ヴィンスの無防備な体が、受け身も何もとらずに地面へ叩きつけられた。

「ヴィンス様……!」
「よせ」

 彼女と共に練兵場へ現れて、その奇行に《ガレアン》同様気を失っていたらしい黒装束の人間が、町の人間に吹っ飛ばされた上司を見て、攻撃態勢に移る。だが、それはヴィンス自身に止められた。

「っはぁ……綺麗ですごく効く投げでしたわぁ……。あと、そこの下っ端、私とガイル様の間であることに手を出したら、お前の全部を終わりにしてやる」
「は、はっ」

 すごく効く、と言いつつも、投げられる前と変わらぬ身軽な動きでヴィンスは立ち上がる。すでに、ガイルに攻撃を仕掛けようとした部下へは一切目もくれず、ただただ、うっとりとした視線をガイルに送り続ける。

「はあ、ああ、これ以上の痛みといえば〜……ガイル様、そういえばまだほとんど流血沙汰にはしてくれてませんわよね……そればっかりが残念よねぇ」
「待て、お前は流血沙汰にすら快感を覚えるのか!? 真性だ……」

 再び、近づくヴィンスと退くガイルという構図ができあがる。しかし、先ほどとは少し違うイベントが、ここで起こった。

「先ほど、《聖鋼石》と言ったか」
「……あら、誰か知ってるわけ?」

 一転して、ヴィンスの瞳に暗く冷たい闇の色が宿る。声の方を探ってみれば、目立たないように体育座りをし続けていたカッティオが、ぼそぼそと小さな声で続けた。

「確か、神でも魔人でもない、ただただ強大な力を持った者が創りだしたと言われる……想像上の、夢物語の産物」
「違うわよシラガ」
「しらっ……」
「……もう、フォローできません、ふがいない部下で申し訳ありません副リーダー……」

 がちん、と硬直してしまったカッティオのことなど、目を逸らした瞬間には頭の端からきれいさっぱり忘れ去って、ヴィンスはぼうっとした様子でつぶやく。

「《聖鋼石》は、実在する……我等に奇跡と幸福を運んでくれる……」

 やがて、その表情は空中ではなく、地面に倒れ伏す一人の男へ向けられる。

「さあ、これから少し、忙しくなるわぁ……もちろん、ガイル様の担当は私だけれど、誰にも、譲るつもりなんてないわ」

 ガシャガショ ぎぃんっ バシィンッ

 金属音、金属音、金属音。
 だいぶ昔に、何度も、何度も聞かせ続けられたその音に、ガイルの体が無意識のうちに震える。

(ああ、懐かしくて、コワイもの)
「ガイル様」

 その声は、愛しい者を呼び寄せようとするもの。
 彼女の目には慈愛にも似た、狂気の色。
 その手にあるのは、鈍い輝きを発する、様々な『道具』。

「では、計測と、拷問を始めましょう」

 ぎらりと、薄暗がりの中で、ヴィンスの真紅の瞳が輝いた。