STRANGE - カゲナシ*横町

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S T R A N G E




□ 第六巻 儚き夢の答え - 第二章 4.竪琴の青年
 小石の一粒も、目の前の瓦礫の山から落としてしまわないように、そっとその場をあとにする。つい数分前にやってきて思わず立ちすくんでしまった、城門があった場所。

「これは、一体どこから修理費出るんでしょうか~」

 そっと吐いた息にのせるように、呑気なことをつぶやく。なるべく目立たないように瓦礫の間へ身を滑り込ませたティルーナの顔からは、普段から浮かべている笑顔すら消えている。そして、彼女のまわりには今、味方となりうる住民達の姿は一つもない。
 ティルーナは、たった一人で聖堂を抜け出し、この城門付近までやってきたのだ。

「ちょっと無謀でした、えへっ」

 ちろっと舌先を出しながら、僅かばかり強張った作り笑顔を浮かべる。
 臭いがするのだ。先ほどから、こちらを射抜かんとしているかのような視線を共に。その視線が示す相手の気は、殺気。

「戦闘要員でもないのに、出しゃばるものじゃないです、ねっ」

 言いながら、城門付近をうろついていた魔物の残党の攻撃をかわす。ガイルも、ステントラもおらず、その上身一つで、巨大な狼のような魔物三体と対峙するというこの状況。

「死んでもおかしくはない、ということですか~……」

 むしろ、足をすくめたまま、先ほどかわした一撃で血の海に沈んでいたほうが自然な流れ。けれど、現にティルーナは攻撃を読み、かわし、明らかに俊敏と見える魔物を前にして、

「では、頑張って『死んだらおかしい』雰囲気を創りましょうか」

 愛剣を構えるガイル、愛銃を構えるステントラ。
 彼らが浮かべるのとそっくりな、気楽で、不敵な笑み。

「僧侶ティルーナ、そうそう死にはしませんよ~!」

 そう宣言して、彼女は脱兎の勢いでその場から逃げ出した。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 時は、小一時間ほど前へと遡る。

『城門が破られたらしい』

 小難しい顔をして報告しに来たその少年は、言ってすぐに「まあどうにかなるだろ」と一笑に付した。それを見た他の幼子たちも、この町の大人達が一筋縄でいかないことは身を以て……まだ三年足らずしか生きていないような子でさえ、知っているので、思ったことはただ一つ。

『じゃ、終わるまでやっぱりここで待っていよう』

 手に手に、それぞれが武器と出来そうなものを握りしめ、彼らは現状維持の道を選んだ。攻め入ってきた者に居場所がばれないように、なるべく息を潜め、小さい子がぐずり出したら、全員がそろってあやして……。

「ぁあー、ヒマだ……前ん時はみんなで町中走り回ったのに、今回は無しかよ。こんな狭苦しいトコにガキだけ押し込んでさぁ」
「文句言うんじゃないわよアイル。ベリアみたいに大人しく本で積み木……ぷふーっ想像したら笑えてきたわ! 腕白坊主が本持ってること自体おかしいわよね!」
「俺が本読んじゃ悪いのかよ!?」

 一心不乱に本を積み上げていくベリアの隣で、アイルとセザが小声で互いを罵倒する。まわりの子供たちも、それぞれの世界に入っていて、特に気にも留めなかった。
 きぃ……
 この場で一番冷静だったはずの、いつでも笑顔の絶えない少女が、無言のままに隣の部屋へ移動してしまったことなど。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 そして、不吉な予感を胸に聖堂を抜け出したティルーナは、心の奥底から響いてくる自身の声の赴くままに走り出す。背後からは魔物の荒い息づかいが聞こえてくる。さらには、薄れるどころかちょこまかと逃げ続ける少女に対し、膨れあがる殺気。

「まさか、私単体に殺気が向けられるような日が来るとは、思いも寄りませんでした~」

 瓦礫の上を飛び越えて、すかさず陰に身を隠す。つい数瞬前までティルーナの背中があった場所に、鉄製の矢が何発か打ち込まれた。
 魔物に追いつかれる前に隠れていた瓦礫から飛び出し、町の外へ向かう。さまざまな魔法や兵器の力で破壊された城壁は、ひどく不安定で、たまに頭上から瓦礫の塊が落ちてきたりもする。

(それでも)

 彼女は走る。極限の状態で、体にどんな傷を負ってでも。
 胸にくすぶる不安を取り除くため、自分のしたいことをする。

(町の、外へ)

 理由は自分でも全く分からない。正面切って向かえば五秒で自分を肉塊にしてしまえるような敵に追いかけられている、この状況からしてみれば、聖堂に残っていた方が明らかに安全だ。応援を頼もうにも、戦闘が得意な知り合いが今どこにいるかなど知るよしもない。
 けれど、なぜだか聞こえてしまうのだ。魔物がびくりと反応する不愉快な音に混じって、かすかに、澄んだ竪琴の音色。ただこの状況の中で、ティルーナの不安をなだめてくれる音。
 この状況を打開してくれると、そう思える音。

(町の外に、何かがあるんですっ)

 響いてくる方角は、トールの森。
 何かと町が襲撃されたときには、あの森にも縁があるなぁと思うティルーナだったが、くん、と自身の周囲の空気が変質したことに気付く。

「魔法ですか~……」

 もう瓦礫の影に隠れている暇など無い。すでにティルーナは、何の遮へい物もない、クレーターが幾つも開けられた『町の外』へと到達している。そこに待ちかまえていたのは、手負いながら戦意を失っていない魔物たち。
 森は、すでに見えているというのに。

「……万事休す、ですか?」

 いっそ、都合のいい奇跡でも起きてくれ。そう願った瞬間、まだ崩れていない城壁の上部から、淡い橙色の光が吹き出すのが見えた。一度空へ向けて解放された光は、すぐさま城壁を伝って地面へ到達、土塊を吹き飛ばす火柱となって、ティルーナに狙いを定めてくる。

「あーあ、せめて属性打ち消しの魔法くらい、頑張って習得するべきでした~」

 ぷらぷらと両手を振って、困ったような笑みを浮かべる。こればかりは小手先の体術では意味がない。ティルーナはいっそ清々しいと形容できそうな表情になり、自身に迫る火柱を、ぼうっと見上げ。

 ダ メ で す よ

 間近に迫った熱が、弾けるように消えてしまった。いつの間にか、左腕を軽く誰かに掴まれている。視界が歪み……そして、歪みが治まったあとの光景は、どうしても行きたかった場所。

「え? トールの森、着いちゃいましたね?」

 きょとんとしたまま、目の前に鬱蒼と広がる木々を見上げる。以前、騒ぎの折に訪れたときよりもやや寒々しい雰囲気が漂っていた。軽く視線を巡らせると、ほぼ大破したネーリッヒの森番小屋が見えた。

「あ、ネーリッヒさん……!」
「大丈夫です、あそこには誰もいませんし、死体とかもなかったですよ」

 駆け出そうとした寸前、また、誰かに左肩を掴まれ止められる。

(そういえば、さっきの炎のときも)

 くるりと振り返ってみてみれば、見慣れない青年が、そこに立っていた。
 腰の辺りまでのばされ、ゆるく三つ編みにされた銀髪。金と銀の細工が為されたサークレットを額にはめ、少年のような大きめの瞳は、漆黒。簡単な刺繍の成されたマントを羽織っており、幾つかの革袋を背負っている。
 しかし、そんな彼の姿のどこよりもティルーナが注目したのは、彼女の肩を掴んでいるのとは反対の手に抱えられているもの。

「……綺麗な竪琴ですね~」

 シンプルなU字型の胴に、銀色の弦がピンと張られている。胴は彼のはめているサークレットに似ていて、うっすらと水色が混ざった透明感を持っていた。

「あ、ええ、ありがとうございます」

 唐突に竪琴の方を褒められた青年は、若干戸惑った様子で返答した。そんな彼を見上げて、ティルーナは再度くびをかしげ、

「それで、どちら様でしたっけ?」
「えっと、そっちが普通最初に言うべきところではないのでしょうか……」

 青年はティルーナの肩から手を放し、苦笑を浮かべて頭を下げた。

「旅の吟遊詩人、クウォンツ=ラドフォードです。シェンズへ向かう途中だったのですが、道を間違えてしまって……えっと、トールの森ということは、あの町はやはり、《変人の町》なのですね?」
「そうですよ~、今は《変人の町》というか最早狂人の町って言った方がしっくりくるかもですけど。絶賛蹂躙中ですね!」
「満面の笑みで言うことですか!?」

 びしっと人差し指を立てて言いきるティルーナに、クウォンツは信じられないとでも言いたげな……実際思っている様子で突っ込む。

「それはそうと、さっき助けてくださったのは、クウォンツさんですよね?」
「ああ、はい。思わず飛び出してしまって……あの、他にも怪我をしたところとかありませんか? 治癒魔法も一通り扱えますので」
「あ、町の中を走り回っていたときに、ちょっとこすったりしちゃいました」
「見せてください」

 クウォンツは竪琴をマントの下にしまい込み、ティルーナの腕や膝のまわりを丁寧に診ていった。そして、血と砂と泥で汚れている傷を見つけると、

「ハルマ」

 ぽう、と彼の手のひらに淡い白の光が灯り、傷口へと吸い込まれていった。汚れを水と布で拭き取ってみれば、傷は跡形もなくふさがれていた。

「わぁ、ありがとうございます~。私、僧侶なのに自分じゃあ治癒できなくて、ちょっと困ってたんです」
「……治癒が、できない?」

 明るい調子で話されたティルーナの言葉に、クウォンツは一瞬眉根を寄せる。だが、口を開き、なぜ? と問いかけようとした瞬間。

「あああああああああああぁぁぁぁぁっぁああああああっっっ!!!?」

 森の方向から、あらん限りの腹筋と呼気を使って放たれた渾身の絶叫が響いてきた。両耳を押さえて振り返る二人の視線の先にいたのは、口元を引きつらせ、ガクガクと全身を振わせている漆黒の男。

「あ、ステンレスさん森にいたんですかぁ~」
「俺はステントラだルーちゃんよ! ていうかいい。もう俺の名前の言い間違いとかそんな些細なボケはいいっ!!」
「お決まりのボケをお決まりのツッコミで返しておきながら今さらな発言ですね」
「なんっっっでお前がここにいるんだよぉおおっっっ!?」

 後半、ぼそっとつぶやかれたティルーナの言葉のことはあえてスルーして、ステントラは冷や汗を浮かべながら、ずびしっとクウォンツを指さした。

「え、ええっと、道に迷ってこっちに来てしまったんですけど、現状を見てしまいましたし何かお手伝いできることはないかなあと思いまして」
「お前が出てきたらより一層事態は混沌と化す。悪いことは言わん、お前は帰れ!!!」
「嫌です」
「即答!?」

 つん、とクウォンツがそっぽを向けば、ステントラがぐしゃわしゃがしゃーっ!、と自身の髪を引っかき回した。そんな二人の様子に、ティルーナはパチパチと小さな拍手をしながら言う。

「クウォンツさんは、ステンシルさんとお知り合いなんですかー? すごい偶然ですね」
「ステントラだから! もう一回ボケなくていいから……って、お前も何哀れみの視線を!?」
「ううん、そんなにややこしい名前だから覚えてもらえないんでしょうねって、もう少し発音しやすい名前に改名したらどうです?」
「それ素で言ってるんならブットバスぞ」
「わぁ、この感じなら知り合いレベル普通に越えてますね! なんだかいつもガイルさんにつっこまれているステッカーさんが必死になってツッコミをしている姿は滑稽です笑えますっぷふー!」
「明らかな嘲笑!? え、俺ってそこまで立場格下げされてんのティルーナ?」
「……今の状況で言うことじゃないと思いますけど、楽しそうですね、ステントラ」

 ぎゃあぎゃあと低レベルな言い争いを始めかけたステントラとティルーナは、クウォンツの静かな言葉に口をつぐむ。彼は、森の方からのんびりと歩いてくる、鉄棒を担いだ男の姿にスッと目を細めた。

「あの、森の方から来る人は?」
「ん、ああ、あいつも町のヤツだな。……さっきまで、凶暴化した魔族の片付けやってたんだよ」

 ステントラの声が若干低くなり、クウォンツの肩が震える。さらさらとした銀髪で彼の表情は覆い隠されてしまったが、ティルーナには彼が全身から『悲しみ』の感情を溢れさせているのが分かった。なぜなのか、その理由は分からないけれど。

「クウォンツさん、大丈夫ですか~?」
「……ん、はい、大丈夫です。ありがとうございますね」

 そういって顔を上げたクウォンツは、とても大丈夫と言い切れる様子ではなかったものの、ティルーナはそれ以上踏み込もうとは思わなかった。代わりに、ドタドタとこちらへ近づいてきたケゼンに顔を向ける。

「ケゼンさんも、町の外にいらしたんですねー、全く野生の勘というものは恐ろしいくらいな威力です……って、なにか臭いですケゼンさん!」
「おぉお再会したと思ったらイキナリ『臭ぇ』とはゴアイサツだなティルーナ! 臭いの元は多分、森ん中で仕留めた魔物の返り血とあと内臓関連……」
「解説不要ですっ! 今のケゼンさんなら『歩く生ゴミ』の称号を手に入れられることでしょう!」
「……え、俺そんな臭ぇ?」

 あんまりすぎるティルーナの言葉に、本気でへこんでしまったらしいケゼンは、一気に全体のテンションを下げてしまった。町の方を眺め、次にこの場にいる顔ぶれを確認する。

「で、そっちの銀髪兄ちゃんは」
「偶然通りすがった旅の者で、ステントラさんの友人で、吟遊詩人をしています、クウォンツ=ラドフォードです。あなたがケゼンさん、ですか」
「おお、ケゼン……あれ、俺ファミリーネームあったっけ」
「そこから既に忘れてるとかぁ!? ラセレクトンだよラセレぷっ……噛んだ」
「ステントラさんの名前以上に覚えづらく言いづらい名前を発見しました。これを十回以上連続で早口で言えた方はいらっしゃるのでしょうかー?」
「その場しのぎな適当質問をでっち上げているようで、ヤバイルーちゃん、それすげぇ気になる」
「お前ら人の名前をなんだと思ってんだヨ……」
「え、えっと、なんだかだんだん緊迫感が欠けてきたんですけれど、いいんですか? ここ、町の方からだったら結構見えるような気もするんですが」

 クウォンツの言葉に、三人の動作がピタリと止まる。トールの森へ向かう丘の上に、遮へい物になりそうなものはほぼ無い。それこそ、森の中にまで逃げ込まなければ、姿を隠すなどできるわけもない。
 と、次の瞬間、マントをばさりとたくし上げたステントラは、がっしとケゼン、ティルーナの襟首をひっつかみ、勢いよく森へ向けて走り出した。

「ぐほぉっ!? す、すて、ステクルァあああ! ぐびが、じまっでるっづーの!」
「おお、足が地面に着いてないです私空飛んでるも同然です~! もれなく呼吸困難で死亡フラグですがっ」

 担がれた二人がぎゃんぎゃんと騒ぐが、そんな彼らの声も飲み込まれてしまうような気迫と共に、ステントラは叫んだ。

「っおい、クウォンツ! お前も帰らないっつーんならとっとと来いっ!」

「『コレ』をどうにかしたいんだろ!? だったら手伝えっ好きにしろ!」

 弾かれたように、伏せ気味だったクウォンツの顔が上がる。
 呆然、驚愕、そして、歓喜。

「はいっ!」

 そう応え、詩人もまた、走り出す。



◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「逃がしたか」
「橙色の髪をした子ども。いや、子どもとも思いたくない。あの身体能力……狂っているな」
「ヴィンス様にご報告を」
「まだ計測中だ。後にしろ。他の報告は」
「は、町の中の住民達もあぶり出してはいますが、どうにも。地の利を生かされ反撃されている班もあります」
「具体的な結果を」
「完全に監禁できただけでも、まだ百名強ほどかと」
「戦闘意欲は、監禁している間にも削いでおけ。計測のときにまた抵抗されては面倒だ」
「は……」

「早くしなければ。『贄』は我等から選ばれることになるぞ……」