□ 第六巻 儚き夢の答え - 第二章 5.聖鋼石 夕暮れ時、腐敗臭の漂うトールの森でティルーナ達はたき火を囲んでいた。ステントラとケゼンが集めてきた木の実をかじりながら、ティルーナはちらりと離れたところで横になっている人物を見やる。 「エイルムさんも、この森に逃げていたんですねー」 「なんか、崩落した城壁を魔法でさらに守ってたところぶっ倒れて、重傷者扱いのままフィロットが攻め落とされたとか言ってたな。で、奴ら意識のある奴らから順に拘束していったから、エイルムのいるところまでに確認に来られて魔術封じられる前に転移してきたんだと」 たき火の中に突っ込んでいた拳大の木の実を引っ張り出し、手袋をはめた手で皮をむき実を食べながら、ステントラはエイルムがここに至るまでの経緯をざっくりと解説した。 「けど、あのまま転移先に俺たちがいなかったら、こいつ魔物のエサになってたよな……」 「だぁよなー、よだれダラッダラの魔物のど真ん中に放り出されてたもんな。慌てた慌てた! まー慌てたおかげで倍くらい早く魔物片付けられたけどなぁぐふぉっ!?」 複数の実を一気に頬張りながら、手を振り回してその時の状況を説明しようとするケゼンの腹部に向けて、ステントラは鋭い手刀を繰り出した。ポポポンッと幾つかの木の実がケゼンの口から飛び出し、たき火の中へ特攻していく。あっという間に黒こげになってしまった。 「ごふっ……うえ、何すんだぁステントラ!」 「魔族関連に関しては話題これでストップなー。おらクウォンツ、お前もとっとと木の実食えよ。どーせ最近また食事抜いたりしてんだろー」 隣でぎゃんぎゃんと騒いでいるケゼンはオールスルーで、ステントラは大きな葉に乗せられた焼き木の実をクウォンツに差し出した。暗い顔で俯いていた彼は、はっと我に返った様子で木の実を受け取る。 「いえ、そんなことないです、よ? いただきます」 「あむ、もー私より年上の男の人がご飯抜いちゃうなんてダメですよぉ〜、あっという間に倒れちゃって餓死ですよ? 私の倍くらいは食べないとですっ!」 「「いや、それは食い過ぎで死ぬから」」 目を輝かせ拳を握りながら言いきったティルーナに、ステントラとケゼンはそろって真顔になり、その前でパタパタと片手を振った。 と、そこでマントにくるまっていたエイルムが、もぞりと身じろぎをした。お? という表情で彼を見つめるティルーナ達。そして。 「……う、あ……ふう、ん? は、よぉ」 ごろりと半回転、そのまましぱしぱと両目を瞬かせて、エイルムはまだ疲れの残る声を出した。長い深紅の髪に落ち葉や土が絡まり、ひどい状態だ。 「おはよーさん、エイルム。少しは休めたか?」 「……ええ、とりあえず、意識はだいぶはっきりしてます。魔力はあんまり回復していませんけれど」 ゆっくりと、近づいてきたティルーナの手を借りて上体を起こしたエイルムは、自分の心音にあわせて何度か深呼吸を繰り返し、軽く頭を振って、たき火の周囲の面々を確認した。ステントラ、ケゼン、ティルーナに……。 「……そちらは?」 やや警戒を含めた声色で、エイルムはクウォンツを見やる。木の実をかじっていたクウォンツは苦笑を浮かべ、ちら、とステントラに視線を送る。ため息をついたステントラは、頬杖をつきながら口を開いた。 「クウォンツ=ラドフォード。俺の旅先の知り合いで、吟遊詩人だ。このへんで道に迷って、偶然ここに来たんだと。魔法もある程度使えるから、連れてきた」 「あからさまに怪しくないですか」 「いいや、確かに状況は怪しいが、身の上だけは保証する。コイツは《ゼト》の側じゃねーよ、エイルム」 「そうですよ〜、私なんて魔法で吹っ飛ばされそうになったところ、助けてもらいましたし」 あっけらかんと言ったティルーナを見て、エイルムはまた首をかしげる。 「そういえば、ティルーナもどうしてここに? 戦闘力のない人や子どもは、みんな町の中に残していたはず……」 「飛び出してきちゃいました」 テヘ、と可愛らしく舌を出し、小さなゲンコツで自身の額を叩くティルーナ。と、三方向から同じくらいの長さのため息が響き、すぱすぱすぱん、と連続して小気味よい音が響く。 ステントラ、ケゼン、エイルムからそれぞれ一発ずつ平手を後頭部にもらったティルーナは、その辺りを軽くさすりながら頬を膨らませた。 「なんでなんですかー!」 「まったくもーこの子はー!!! お馬鹿にもほどがあるだろーがっ! なんでわざわざデンジャラスゾーンへ飛び込むかなぁっ!?」 その後もねちねちと小言を言いながら、ティルーナの額をつつきまくったステントラであったが、適当なところで場を収め、改めてエイルムに町の状況を聞いてみた。 「城壁の外で戦っていた人達は、全員拘束されました……が、いくら抵抗しても、意識を刈り取られるだけで、命まで奪われた人はいませんでしたね。そこがまず奇妙な点で、あとは、黒ずくめ達が言っていたと他の負傷者たちの噂で聞いた単語が、また妙で」 「どんな言葉だ?」 「《聖鋼石》と」 途端、話を聞いていたクウォンツが真っ先に変な表情を浮かべた。そんな馬鹿な、と言いたげな表情で、一言呟く。 「まさか、それを探しているとか?」 「ええ、この町にあるだの、見つけ出すだの……そんなことを言っていたらしいです。僕が直接耳にすることはありませんでしたけど」 「あり得ません」 あっさりと。ばっさりと。クウォンツは額に手の平を当てて呟いた。その動作を見て、エイルムもこくこくとなんどか頷く。ステントラに至っては「馬鹿くせぇ」と一言漏らして俯いてしまい、いまいち話が分からないティルーナとケゼンは、互いに顔を見合わせて肩をすくめた。 「あの、せいこうせきって何なんですか〜?」 「あ、ルーちゃんとか知らなかったっけ。超絶不思議物質《聖鋼石》のお伽話」 「なんですかそのお間抜けな異名は」 お伽話ならあいつの方が詳しい、とステントラに指名されたクウォンツが、彼に代わってティルーナとケゼンに解説をする。 「《聖鋼石》というのは、とあるお伽話の中で出てくる拳大の石のことで、神々にも匹敵する強大な力をもった存在が造りあげたって言われているんです。その力は、神力を魔力に、魔力を霊力になど、性質の異なる力へと転換することができ、さらにそれ自体も莫大で純粋なエネルギーを持っていたと言われています」 「……あんまりにも夢物語すぎる石ですねー? それって魔術師とかの皆さんが頑張って自分の魔力を高める修行とかしてるの、完全に丸無視じゃないですか〜」 「うん、実際そんなものどこにもないし、理論上あり得ない。そんなの世の術士たちなら、種族を超えてでも理解してるっていうのに……」 「そんなもんをマジになって血眼に探してるから、あんなイカれたメンツが集まるんだろうな」 ちっと舌打ちをして、ステントラはゴーグルの縁を指先で叩く。そんな下らない理由で、どうしてフィロットが狙われ、襲撃されねばならないのか。理由は全く持って予想も出来ないし、たとえ分かったとしても理解したくもないが。 「とにかく、奴らをどうにか痛めつけて追い出さないとな。奪還計画ここに始動ってか」 たき火を囲んでいる面々は、そのステントラの言葉にそれぞれ想いを込めて頷いた。クウォンツも、静かな表情で胸に手を当てている。 「僕は、お役に立てることがあるならば、どんなことでもしますよ。何せ、お人好しですから」 「それも自分が殺されかけても笑ってるぐらいのな……」 かくして、日が落ちきったトールの森にて、フィロットをいかにして奪還するかという変人達の緊急会議が開かれることとなった。 |