□ 第六巻 儚き夢の答え - 第二章 6.無情なる時 いまいちこれといった解決案が出ず、ステントラたちがうめき声を上げながら頭を抱えている間に、すっかり日が暮れてしまった。薄暗い森の中で、たき火の明かりが酷く目立つ。 「しかたねーか、そろそろ休むぞ」 「え、でもまだ考えが」 「寝てる間にでも各自で考えておいてくれな、あ、ルーちゃんそこの土被せて」 「はーい」 ステントラに指示されるままに、ティルーナはたき火の上へばっさばっさと土を撒いた。しばらくすると火が消え、木の葉の影から漏れ出す薄い月明かりだけが光源となった。 途端に周囲の状況が分からなくなってしまったティルーナは、たき火に土をかけていたときと同じ姿勢のままで固まってしまい、手だけをわさわさと動かしていた。 「えーっと、皆さんどこですかー?」 「あ、お前夜目効かないっけ?」 「というか、今まで目の前にたき火がありましたから、強い光に慣れちゃってて、まだ何にも見えませんよ?」 「じゃーほら、ちょっと左腕つかむぞ」 ステントラの声がだんだんと近づいてきて、いくぞーという合図と共にティルーナの左腕がつかまれた。そのまま案内されて、しゃがみ込む。 「ほい、ここエイルムの隣な。こいつのマントにでも入れてもらえ。俺とケゼンで見張り交代するから」 「え、僕は大丈夫ですよ」 暗がりから聞こえてきたクウォンツの声に、ステントラは小さくため息をついて答える。 「いーやダメだね。お前もエイルムほどじゃないが、体力無い。すぐバテる。まるきり後方支援。ということで強制休養。寝ろとにかく」 「うわ、ひどい。ステントラたちの方が疲れてるのに。……その、戦って」 「俺とケゼンの体力と回復力舐めんな。というわけで苦情は受け付けません、明日の朝までオヤスミナサイっ!」 「なあー、俺最初か?」 「そうだな、てめぇ最初じゃねーと確実に寝たまま朝を迎えるだろっ! 三時間は見張りしてもらうからな。その後から俺だ。しゃーねぇ……」 「おぉっ、悪いなぁ不審者あ」 「コルァアアッッッ! 名前の言い間違いどころか失礼極まりないボケこんなときにかましてんじゃねぇっつのおおおっ!? 撃ち抜くぞ?」 「ツッコミ過激じゃね!?」 「とっとと休もうよ二人とも」 呆れかえって素の口調になったエイルムにたしなめられて、ステントラとケゼンはすぐに大人しくなった。ごそごそという物音が少しして、やがてそれも聞こえなくなる。静寂。 「……ティルーナ、おしりとか寒くない? マントそっちに敷いてもいいんだけど」 「いえ〜、エイルムさん仕様のマント、意外ともこっとしてて気持ちい〜ので十分ですぅ……」 他人の体温、心音がすぐそばに。軽くエイルムの体に寄りかかりながら目を閉じたティルーナは、自身の体がずしりと急に重くなったように思えた。 (また、ずいぶん緊張していたんですね〜。自分のことなのに、全然分かりませんでした) そして、あんな襲撃があった後だというのにもかかわらず、意外なほどすんなりと、ティルーナは深い眠りへと落ちていった。 「…………ん?」 ある程度休息を取り、ケゼンと見張りを交代した(何気にうたたね状態だったので一発引っぱたいておいた)ステントラは、オートを両手に構えてゆっくりと片膝立ちになった。 正面からやや左側の茂みに、ゴーグルで隠された目を向けながら、ゆっくりとその方向へ地面と平行にオートを構える。 タンッ と、短く一発。 「ひゃっ!?」「な、なななん!?」 「ぅう……ふぉおわあああ」「ん、今のって?」「うーもう朝ですかぁ?」 「……襲撃? ステントラ」 茂みの奥から響いてきた、二人の女の悲鳴。それに続くように、銃声で意識が引き戻されたケゼンたちが、もそもそと起き上がってきた。 「いや、違うな」 銃を下ろし、ほっと息を吐く。がさがさがさと茂みを乱暴にかき分けて、そこから現れたのは……。 「ウィリンさん、ニナさん!!」 夜目のだいぶ効くようになったティルーナは、すぐさま嬉しげに名を呼んだ。しかし、彼らを見て立ち止まったのはニナだけで、頭に大量の葉っぱをくっつけたウィリンはずんずんと目標の人物の前まで早足で近づいていく。 「っくぉおらステファニーっっっ!!? あんっ、あんたねぇこんな暗い中銃なんてぶっ放してんじゃないわよぉおおおおおっっっ!?」 「そのタイプの言い間違いは全力で嫌だあああああだだだあぐごばばっばばばばばっっっ!!!」 銃をしまい込みスタコラと逃走しようとしたステントラだったが、すぐさま捕まり、遠慮無く襟首をつかまれ揺さぶられ叩きつけられのやられっぱなしであった。彼がだいぶ再起不能に近い形になったところで、気が済んだ様子のウィリンは満面の笑みを浮かべる。 「あらっ、奇遇ねみんな。よくあそこから逃げられたわねー」 「その言葉、一言もいじらずにお二人にお返しします〜。ていうか確実にお二人捕まってましたよね〜?」 人差し指を頬に当て、首をかしげながら不思議そうにティルーナは言う。くるくると持っていたサバイバルナイフを回しながら、ニナは強い苦笑を浮かべて答えた。 「んー、まあ脱獄って感じがいっちばん強いかなぁ。フィロットなのに、たったあれだけの人数の黒服に占拠されちゃって、もーカナシイやら腹立たしいやら」 「ニナはともかく、ウィリンはよくそんなことできたね?」 乱れた髪をまとめ直しながら、エイルムは感心しきりといった表情でウィリンを見下ろす。勝ち誇った笑みを浮かべたウィリンは、表情とは裏腹に「ち、ち、ち」と可愛らしく指を振った。 「ふふん、エイルム、あたしが正攻法、正々堂々あの黒服にぶつかったとでも思ってるわけ? 甘いわね、あの反則技だらけな奴らのさらに裏を突いて遊び半分で抜け出してやったわっ! 案外効くのね、レトロな笑い薬」 「この子シリアスターンで何やっちゃってんの!?」 「愉快だったわよー。奴ら覆面とか衣装とかで完全防備って感じなのに、ちょっとそこらの笑いダケとかその他諸々の薬草のエキスをカオスに混ぜた薬品振りまいたら、途端に笑い出して呼吸困難になって気絶してんの。気絶した中でもヒーヒー笑ってるから、あたしやっと『ああ、コイツらも一応人間だったのね』って感心しちゃって」 「……それ、絶対なんかおかしな化学反応起こしてる。きっとその黒装束、笑いだけで済んでないって」 やや青白い顔でつぶやくエイルム。何か、ウィリンの言った『カオス』という単語に思うところがあるらしく、しばらく口元を押さえて虚ろな視線をどこか遠くの方へ向けていた。 「………………。い、いやまあとにかく、お前らが偽物ってわけでもないだろうからそこら辺はいいとして」 「え、いいんですか?」 ひどく驚いた表情でこぼしたクウォンツに、ステントラが答えるよりも先にウィリンとニナが食いつく。 「で、この新たなイケメンさんは誰? 誰なの? なんかちょっと気弱そうに見えて強い意志が見え隠れするタイプと見たわ〜、こういうのいい男なのよねーあたしの好みじゃないけど」 「ニナ、しゃべるのやったら早いわね……」 目をキラキラさせながらにじり寄るニナに、クウォンツは若干身を引いて他の人間に助けを求めるかのように視線を巡らす。やや引きつった苦笑と共に、ステントラが答えた。 「そいつはクウォンツ、俺の知り合いで、旅の吟遊詩人。なんでもこの辺り通りすがったときにティルーナのこと助けてくれたみたいでよ。すげぇ『ぐうぜん』で、このままフィロット奪還の手伝いまでしちゃうよーなお人好し」 「お人好しでいいじゃないですか」 「お前のは度が過ぎてんだよ。もうちっと閉じろ、開放的すぎるだろお前の場合」 そこで二人の口げんかが始まりそうな雰囲気だったのだが、エイルムの問いかけで空気がまた緊張を取り戻す。 「ねえ、二人がここまでやって来る間に見た限り、町の様子はどう?」 これに対し、ニナとウィリンは顔を見合わせ、あまり浮かない表情で答える。 「ウィリンのは特殊な例だけど、あたしみたく戦闘能力高い人間は、かなり厳重に監禁されてるわー。ちょっと危ない人もいるし、みんなだいぶ戦意が鈍ってきちゃってる。なんとか逃げ続けてる人も町の至る所にいるんだけど、黒装束と魔族とが連携して町中徘徊してるから、全員捕まるのは時間の問題かな」 「あと、あいつらちょっとだけ言ってたんだけど、どーやら元締めは《ガレアン》の支部を使ってるみたい。あそこ、確かに敷地広いし、部屋多いから……利用しやすかったんでしょうね」 二人からもたらされた情報を反芻して、ステントラたちはほぼ同時に苦々しい顔つきになる。町の中の人間とも、上手いこと連携をとることは難しそうであった。 「……で、結局ニナさんとウィリンさんはどうやってその閉鎖状態の町から、この森までやってきたんですか。徒歩ですか?」 「もちろん、転移魔法なんて器用なことできないし、スクロールも持ってないしね」 「あたしは自分の作ってたフォンターもどきっぽいのとか使ったら、なんか体軽くなってヒャッホー! って感じだったわ。すんごく楽しかったんだけど、あれのレシピどこいったか分かんないのよねー」 「ウィリン、それもう作っちゃダメだから。確実にトリップしてるだろ……」 項垂れるエイルムの隣で、ティルーナはムムム……と難しげな表情になり、一言。 「つまりは……気合いですね!」 「「そうそれっ!」」 握り拳に親指だけを突き出した形で、爽やかな笑みを浮かべる女性陣。そんな彼女たちを見て、男性陣はそろって思った。 (こいつら《ゼト》を越えたよ) |