□ 第六巻 儚き夢の答え - 第三章 9.ハイテンション・バトル 「……おい、あれ生きてる?」 「うん、生きてる生きてる。でも、なあ」 「おーい、あれはヤバいって、絶対」 「いや、助けに行けたらなぁとは思うんだけど」 ひそひそと小声で会話を交わす《ガレアン》隊員たち。彼らの視線の先には、彼らよりもやや離れたところで転がされているボロボロの人影。長さがばらばらになってしまった、若草色の髪が散らばっている。 「ガイル、意識ある? とりあえず聞いとく」 同じくらいボロボロで、隊服も至る所が切り裂かれているレイドが、いつもの軽薄な笑みも無しに無表情で問いかける。その隣には、泥だらけの白い人影が倒れ込み、荒い呼吸を続けている。 と、皆が注目する中で、もぞりとガイルが身じろいだ。 「ん……」 「あ、起きてた!? まさかの!?」 髪を振り乱したまま、ガイルは薄目を開いた。ただ、左目の方は固まった血と周囲が腫れているせいでうまく瞬きが出来ない。 「ってぇ!? く、そ……あー死ぬ。マジ死ぬ」 「うん、今のガイルの状況じゃあそれ洒落にもならないから」 隊員の一人が言うと、他の者達もそろって一度頷く。 体中痛みのない箇所はなく、すでに痛みの限界値を超えていたガイルは、自分でも驚くくらい周囲の状況を確認できた。とりあえず、今はあの拷問ドM女はいないらしい。 ほっと息を吐きつつ、後ろ手に肘から手首まで五カ所、左右の腕を縛りつけている鎖を引っ張ってみる。音が鳴るだけで、取れそうにもない。 「ちっ、なんでこんなバージョンアップしてんだよ!」 「いや、ガイルが全力で抵抗したからだろ」 「だんだんさぁ、俺どっちが拷問受けてんだか分かんなくなってきた。はたから見てて」 「だよなぁ。カッティオ副リーダーもやられたアレ、なんだっけ、首つりみたいなの? あれ普通すぐに意識なくなるだろうに、確か両足ジャンプでドロップキックかましてたよね」 「……あー、そんなこともやらかしたっけ」 ぼんやりとしたまま、背後から聞こえる隊員たちの会話に耳を傾けるガイル。微妙に彼から反応が返ってくることで、隊員たちも脳内麻薬が分泌されているかのような妙なテンションで話し続ける。 「で、その度にあの女の方は笑顔で吹っ飛んで、ガイルは血反吐を吐くと」 「あーもう最終的にはどっちの血が飛んでんの? ってなぁ」 あははひゃひゃひゃ〜、と笑い合う隊員たち。レイドは彼らを見回し、足先で隣の同僚をつついた。 「カッティオ、君は起きてる? 俺もうダメかも」 「そのわりによく口がまわっているようですが」 「メルティナもかなり早口だよね?」 「……とうとうフェラードが気絶しましたので。少しだけ心労から解放されましたが」 「うん、こんなときまでお疲れ様〜」 おざなりな労いの言葉をかけて、レイドはふうっと息を吐く。ちょっとだけ遠い目をして、 (あーこのタイミング逃すと、多分またしばらく無理かな。よし、昔習ったの、忘れてないな。うん、軽蔑の視線くらい耐えるよ僕は) ガシャガシャガシャ ……しーん 「色男レイドの命がけマジック〜。ほら完璧に鎖もロープも枷も外れたよ?」 「明らかに縄抜けの応用ですね。剣士と見せかけて実は盗賊でしたかこのげすが」 「想像通りの反応アリガトウメルティナ! そしてそこ地味に意識取り戻して茫然としてんじゃねぇよカッティオ!!!」 いつもの態度などかなぐり捨てて、レイドは不機嫌そのものの表情でメルティナの拘束に手を添える。しばらく何かいじる様子を見せると、メルティナの枷もあっさり外れてしまった。 「ふ、ふふ、みな僕のことなど軽蔑すればいいさでもそれは盗賊という職の皆様にも当然向けられてしまうわけで、無実な盗賊職の人もちゃんと」 「黙って手を動かしなさい」 「はいすみません」 とりあえず次々と手近な隊員たちの枷を外していくレイドだが(その手際の良さにさらにメルティナは視線を冷たくした)、何より数が多い。しかも、レイド自身も相当痛めつけられているので、あまり素早く動くことができない。 「さあて、目標は全員だけど、いつあいつらが戻ってくるかってね。あーもうこんな指導権全部あっちって状況、嫌だよもう」 「文句言ってる暇があるならキリキリ手を動かしなさい」 「……おい、一番重傷なの絶対俺だろ。助けやがれ誰か」 小さいコントを繰り広げるレイドたちに向けて、ガイルがぼそぼそと訴える。枷を外してもらえた隊員たちが、慌ててガイルのそばへ駆け寄り、彼を拘束する鎖や傷の状態を確認した。 「うぁあ、こここのままだったら化膿するって」 「なんかこの鎖、鍵ついてるわよ。ものすっごい厳重ね……」 「ちょ、副リーダー、ガイルさんのも外してくださいよー!」 「あーもう誰か他にもいないわけ!? 縄抜け鍵開けスキル保有者っ!」 「「「「いや、いたら使ってるからそんなスキル」」」」 全員でつっこみ、とりあえず隊員の一人が、ポケットに入っていたハンカチでガイルの顔から土を拭おうと手を伸ばした時。 ぎぃ、いい 後ろで、扉が開く、音がした。 「「「「「……………………………」」」」」 「あれ、ヤベ」 中途半端な姿勢で手を止め、冷や汗を垂らす副リーダー。隊員たちのココロは一つだった。 「「「「「レイド副リーダーが最初に縄抜けしましたよぉっっっ!!!」」」」」 「ううう裏切り者共てめぇらぁああああああっっ!!?」 絶叫、さらにまた絶叫。このまま阿鼻叫喚の地獄絵図となるかと思いきや。 「ほっほ、まだまだ威勢は良さそうじゃの。ほれ、安心せい。一応敵じゃないぞい?」 「……えぇ?」 数十分後、ガイルは適当な紐で髪をまとめ、細い通りを疾走していた。 「ぐ、けほっ……ちくしょ、まだ完全には治ってないか」 それでも、拷問の際につけられた切り傷や腫れた部分は、《ガレアン》の治癒術者のおかげでだいぶマシになっている。保険にと傷口に巻かれていた包帯を、周囲に人がいないことを確認して勢いよく引き裂いた。 「うし、動きやすくなった。ってことで……どうしたものか」 しばらく考えて、とにかく一度町の外へ離脱するかと考えつく。《ガレアン》は《ガレアン》で動くようだったので、とりあえず一般人なガイルは早々と押し込められていた支部を抜け出してきたのだが。 「ま、適当に走ってりゃ」 支部の中で適当に拾った剣を振り、 「こういう輩もくっついてくるしな」 ごく自然な動作で、背後から強襲してきた黒装束を一撃で叩き伏せる。登場同様、一言も発さずに倒れた黒装束を蹴り飛ばし、適当に時間稼ぎがてら拘束しようかと手頃なロープを探し、 「あーあ」 「ぐっ」 また振り向きざま、ガイルは面倒くさそうに剣を振るった。今度は別の黒装束が、水平方向に吹っ飛んでいく。 「……とにかく行くか」 出会った黒装束はとりあえずことごとく返り討ちにし、ガイルは適当なところで裏路地から表通りへと飛び出した。そのまま突っ切り、隣の路地へ飛び込もうとすると。 キィイッ 「この辺は魔物かよっ」 どでかいコウモリのような魔物も切り捨て、先へ進もうとするが、濃厚な魔物特有の臭いを感じて顔を引きつらせる。 「……。ちっ、次の路地まで表か」 一度引き返し、再度表通りへ飛び出した瞬間。 「あ? あ、ああ―――ぁッ!? 見つけたぞ見つけたぞフィリーナッ!!」 「ええ〜、そんなに繰り返さなくてもわかっていますわよ〜お兄様〜。若草色の長髪、ですもの〜。お姉様の言ったとおりですわ〜? 人の色素じゃないですわーね〜?」 「……なんだ、コレ」 目の前に現れた、ふざけた口調の少年と少女のことも驚きだが、何よりガイルは彼らが乗っている魔物のほうに言葉を失った。 「で、かっ……!」 「ということでッ!!」 「さっそく捕獲なのですわ〜」 ぴん、とほぼ本能のままに回避行動を取ると、つい一度瞬きするぐらいの時間差で、ガイルが立っていた場所に、魔物が口から吐き出した触手が何十も伸ばされた。そのうち何本かが石畳に直撃し、轟音を響かせる。 「ふむッ!! その身のこなし素晴らしいかぎり、姉上も惚れ込むのはわかるかもしれないッ!!」 「いいえ〜、お姉様のことだから、そういうのよりもこの人の性癖につられたような気がいたしますわ〜」 「……おい、お前ら、あの気違い女の……ヴィンスとかいうヤツの弟か妹か?」 油断無く剣を構えつつ、ガイルはぼそっと尋ねてみた。 「まさかまさかまさかッ!! 姉上は敬愛しているからこそ姉上と呼んでいるのであって、血縁関係ではないッ!!」 「でも〜、わたくしたちとしましては、ほとんどお姉様に育てられたも同然ですの〜。よってお姉様はお姉様なのですの〜? なんだか自分で言って混乱してきましたの〜、お兄様お願いしますわ〜」 「はっはっはッ!! 分かったよフィリーナッ!! ではいざ参るッ!!」 「やりづれぇっ!!! こいつらなんかやりづらい空気しか出してねぇっ!!!」 またも飛んできた触手を、かわして叩き落として切り落として、ガイルはすぐさま逃走にうつった。デルデオの背の上で高笑いをしていたファルスは、フィリーナに服の裾を引かれて我に返る。 「はっはっはッ!! なんだいフィリーナッ!?」 「全力で逃げられてますわ〜?」 「な、何ィッ!! それは一大事二大事三大事ッ!! そんな言葉があるかは知らないがとにかく逃してはおけんッ!! とっつげきッ!!」 「はいですの〜」 二人は同時に笛を取り出し、とても、とても楽しげな表情で不快な音色を響き渡らせた。彼らの足の下で、デルデオが震える。フィロットの中で、魔物の気配がより濃くなっていった。 |