STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第六巻 儚き夢の答え - 第三章 10.悪ならざる魔
 ひゅんっ、と空を切る音が響き、その音のもとを振り向きざまにはじき返す。
 今まで駆け抜けてきた道を半分ほど引き返したところで、ガイルは苛ついた様子で息を吐いた。

「な、ん、だ、よ、あのクソガキ共ぉおおおおおっっっ!!?」
「クソガキとは無礼千万失礼にも程があるッ!! というわけでそんなのどうでもいいのでとっとと捕まりたまへッ!!」
「自分で失礼だとか憤慨しながらどうでもいいと流してんじゃねーか!?」
「あら〜、お兄様はもともとあんまり深く考えないタチですの〜、わたくしもですけれど〜でも馬鹿にされたのはちょっと嫌ですの〜。ねえーお兄様〜?」
「あああフィリーナッ!! 君が馬鹿にされたってッ!? 許せん、あのコケ緑万死に値するッ!!」
「誰がコケ緑かぁモノクロ野郎がっ!!」

 ふわりと飛び上がって、ガイルが着地した地点は民家の壁……そこを、重力に引き寄せられる前に駆け抜ける。それを見て、ファルスとフィリーナは驚きの声を上げた。

「おおっ、まるで大道芸人のようではないかッ!! 素晴らしい、いくらでも風船を飛ばしてやろうッ!!」
「まあ〜、普通の人でも少しなら走れますけれど〜、さすがに地上二メートル地点を五メートルというのは、ほとんど空中を走っているようなものですわ〜ね〜。ぱちぱち〜」
(ちっ、言ってることはさっきからふざけまくってんのに、あの魔物の攻撃だけは隙無しかよ)

 二体のデルデオが並んでこちらに迫ってくるのを尻目に、ガイルは一気に通りを駆け抜け、今し方垂直面走行を見せた民家とは逆側にある民家の壁に足をかけた。

「あら〜? また同じ事をする気ですの〜?」
「はっはっはッ!! そんなことをして逃げられるわけでも」
「ないが、なぁっ!」

 駆け上がり、二階の屋根の縁をつかんで方向転換、また大袈裟なくらい驚いている兄妹に向けて、壁を蹴り、飛び出す。すぐさまデルデオの触手が飛んでくるが、むしろかすめるものは足場にして、瞬きの間にガイルはフィリーナの乗るデルデオの背に到達した。

「フィ、フィッリィイイイイナァアアッ!?」
「おいこら黙れうぜぇ」
「さすがにわたくしもうるさいな〜と思ってしまいましたの〜お兄様〜。わたくしはまだ大丈夫ですわよ〜?」

 無表情で小首をかしげるフィリーナを前に、ガイルは寒気にも似た感覚を覚えた。目の前の少女の首を斬り飛ばす絶好の機会でありながら、ガイルはデルデオの背を強く蹴りつけて、彼女と距離をとった。
 すると、銀色と灰色の入り交じった何かが、どこからともなく複数体現れて衝突する。ぐちゃり、と硬質そうな外観からは想像も出来ない生々しい音を響かせて、それはゆっくりと浮き上がった。

(あのままあそこにいたら、今頃はぶっ潰されてた……ってか。魔物の増援とかふざけてんのか、あいつらっ)

 素早く辺りを見回すと、民家の影や空の上から、種々雑多な魔物たちが湧きだしてきた。生物の返り血を浴びた魔物特有の悪臭に、ガイルは顔を歪める。

「はっはっはッ!! そろそろデルデオは使い物にならなくなってきたところだッ!! ゆくぞフィリーナッ!! 第二ラウンド開始ッ!!」
「やる気満々ですわーね〜、お兄様〜」

 ファルスとフィリーナは今まで自分たちを乗せていたデルデオの背を蹴ると、宙に浮いていた灰色の岩石にしかみえない魔物に飛び移った。彼らが離れた瞬間、既にダメージの限界を迎えていたデルデオは、うめき声一つあげずに倒れ込み塵となってしまった。
 余計に攻撃の届きにくいところへ移動してしまった兄妹の姿を見つめていたガイルだったが、やがて自分を取り巻く魔物の群れに視線を移し、半ば諦めた様子でため息をつく。

「そろそろこっちもエネルギー切れになりそうなんだがな……」
「何ッ!! では早々楽になってしまいたまへッ!! 何も僕らはそちらを殺そうとしているわけではないのだからねッ!!」
「殺しそうになるのはー、そちらがお姉様に気に入られて〜しまったからですから〜。ある意味自己責任ーということなのですわ〜」

 フィリーナの言葉が途切れた瞬間、ガイルが四方八方に放ったかまいたちが十数体の魔物の首を切り落とす。しばらくは首無しのままもがいていた胴体もあったが、すぐに大人しくなる。
 エネルギー切れが近いと言いつつ、ほぼ全力に近い威力で霊力行使をしたガイルは、それでも倒れることはなかった。

「誰が諦めるっつったよ、あぁ? ―――全員、ぶっ飛ばす」

 空色の瞳に陰ることのない殺意をぎらつかせ、ガイルは剣を振りかざす。
 兄妹がいつの間にか手に持っていた笛の音に合わせて、集められた魔物たちが統率のとれた動きでガイルに迫る。それを淡々と、時に自分の身をわざと犠牲にしながら、ガイルは処理していく。特に硬い甲殻を持つような魔物でない場合は力任せで、持っている場合はなけなしの霊力を纏わせた状態で両断する。
 やがて、集めた魔物が三分の一程度にまで減らされてしまったところで、ファルスは笑みしか浮かべていなかったその顔を、思わず引きつらせた。

「か、彼は正真正銘完全無欠に化物だねッ!? そうは思わないかいフィリーナッ!!」
「ええ、さすがのわたくしも、あまり言葉になりませんわぁ〜」
「ごちゃごちゃとっ!」

 飛行型の魔物をあらかた撃墜したガイルは、地上でもがく魔物を切り伏せながら、返す刀で頭上の兄妹に向けて真空刃を撃ち出した。それも、一撃ではなく同時に四撃。
 どれも別方向から直撃のルートを進んでいたはずだったが、ファルスとフィリーナを乗せた岩石型の魔物は音もなく上昇し、するりと真空刃の攻撃から逃げおおせる。ぴったりと魔族の上で寄り添っていた兄妹は、それぞれの鼻先をかすめながらも直撃はしない真空刃に、大仰に驚いた様子を演じる。

「ああっとぉッ!! 僕の前髪が数本持っていかれてしまった、なんったることかぁッ!! ってフィッリィイイーナッ!? 君の前髪は最早『パッツン』ではないかねッ!!」
「あらーめちゃくちゃイメチェンですわーねぇ? お兄様、わたくし新しい髪型似合ってますこと〜?」
「もっちろんだともぉッ!! ……お、おおッ!?」

 バッと勢いよく両腕を広げたファルスは、左腕に鋭い痛みを覚えて身を縮こまらせる。肘から手首のちょうど間に、深い刀傷が刻まれていた。鮮血が溢れ出る傷口を見下ろしつつ、ファルスは今までのふざけた口調を取り去って、周囲を見渡す。

「お、お兄様!?」
「大丈夫だよフィリーナ。どうやら、あの真空刃は追尾ができるようで……驚いた、これにはひどく驚かされた! まさか魔術師でも何でもない、一剣士が発動後の真空刃も操れるとは!」
「てめぇに褒められても、欠片も嬉しかねぇ」

 いつの間にか、人外と認定されそうな身体能力で、岩石型魔物と同じ高度にまで飛び上がっていたガイルは、おそらく最後の一発になるだろう竜巻を纏わせた剣を目の前に構えた。狙うはもちろん、兄妹。

「ぐっ」
「あああ……」
「っくぞ……ぉ!!!」

 剣先を揺らすだけで、刃から竜巻が解き放たれる。それは確かに、ガイルの狙い通り……兄妹の首へ吸い込まれていくはず、だったのだが。
 ばくり、と兄妹の乗っていた岩石型魔物が半ばほどで真っ二つに割れ、その中にみえた空洞へと竜巻は吸い込まれていった。あまりの光景に、停止から落下運動へと転じようとしていたガイルは、思わず目を見開く。

「よしよくやったッ!!」
(まずい)

 空中では、人間の身体能力のみで方向転換するなどという高等な技は、さすがのガイルもできはしない。しかも今の一撃で、霊力も気力も何もかもすっからかんである。
 そんな満身創痍な状態へ、さらに左右より容赦なき追撃。

「さあて、これで終いとしようッ!!」
「おやすみなさいですわぁ〜」

 兄姉がそれぞれ乗っていた魔物が、磁石のように引き寄せられていく。その合間にガイルの体を巻き込むコースで。

(…………あー)

 治癒魔法だ、気合いだ、なんだで誤魔化していた体は、とっくに限界を向かえていた。いや、ヴィンスの拷問じみた行為が終わっていた時点で、ガイルは戦うどころではない状態だったはずなのだ。今ここに立っていられたのも、すべては―――。

「……けほっ」

 思わず、血を吐き出した。視界が暗くなり、感覚が鈍る。
 息が、苦しい。

「まだ諦めちゃダメですよー」

 そこで、声が聞こえた。この場にそぐわないのんびりとした、聞き慣れた少女の声。なぜ、と思うよりも早く、淡い金色の光がガイルに向かって放たれた。

「「なっ!?」」

 驚きの声をあげる兄姉に向けても、別方向からそれぞれ攻撃が加えられる。片や凶悪な鈍色の弾丸、片やすべてを溶かし焼き尽くさんとする劫火。

「吹っ飛べよドッチクショーッ!!!」
「いたずらはここまでだよ」
「「っくう!!」」

 路地裏から飛び出してきた二人の人間の姿に、光に包まれたままガイルは思わず笑みを浮かべる。どこにいるのかと思えば。
 そして、落下を続けたガイルは石畳に叩きつけられるのではなく、がっしりとした誰かの腕に抱きとめられた。まだ若干朦朧としている意識の中で、その人物も確認する。

「ケゼン……」
「おー、ガイル久しぶりに会ったなっ! いやてか、そういややっぱ昨日会ったばっかのはずなのに、どうしてここまでボロクソなんだ?」
「テメェやっぱ馬鹿だろ」

 片腕で胴の部分をキャッチされたガイルは、軽い身のこなしでケゼンから離れる。どういうわけだか、今までにないほど体に気力が満ちている。襲撃が起こる前だった昨日の朝にも感じていた、脇腹の違和感さえ払拭されていた。

「完治、してるのか?」
「はい、させていただきました〜」

 状況にそぐわない、間延びした少女の声。先ほど絶体絶命の場面で諦めかけたときにも聞こえたそれに、ガイルは眉をぴくりと動かす。

「ティルーナ、なんでお前そこにいる。ガキは全員奥の聖堂やらに避難させてたはずだったろうが、お前含めて」
「えへへ〜直感に従って町の外までダッシュして、ステントラさんたちと合流してましたー!」
「阿呆が」

 今までヴィンスや兄妹に対してツッコミを入れるため、さんざん怒鳴ってきたガイルは疲れ果てた声色で呟いた。最早、開き直った態度を前に怒る気にもなれない。だが、大方合流したというステントラたちによって説教済みだろう、と彼は判断する。
 ケゼンではないのだが、なんだかとても久しぶりに会ったような気がするティルーナの顔を見下ろして、ガイルはなんだか無性に笑いたくなった。

「で、その直感とやらに従った上で、お前治癒使えるようになったってのか」
「厳密には、ミリルさんが使うような治癒とは、ちょっと系統が違うらしいんですよね? でも、私にはいまいちよく分からないので治癒ってことでいいです〜」

 ぼんやりとした金色の光を両手に宿したまま、ティルーナはさらにガイルの方へ近づいていく。彼女がそのままガイルの血塗れの体に触れようとしているのに気づいて、ガイルは少しばかり慌てて後退する。

「おい、汚れるから離れてろ。あとまだ魔物が……」
「ガイルさんの体、まだ治癒する余地ありと判断ですー。あと魔物に関してなら、よく周りを見てください」

 追い払おうとした手を掴まれると、そこから光がガイルの体へ流れ込んでいく。瞬く間に満ちていく気力に驚きつつ、ガイルはそっと周囲を伺った。そして、絶句する。
 今まで兄妹に従って町を蹂躙していた魔物達が、一体残らずとある男の前に座り込んでいた。男は透明な輝きを放つ竪琴を構えたまま、近くにいたとある魔物の頭に触れる。

「お疲れ様、辛かったね、怖かったね……もう、こんなことしなくていいよ」

 クウォンツは慈愛に満ちた目で、大人しい魔物の頭を撫でていく。すると、魔物はグゥウ、と唸って、顔を上げた。先ほどまで淀んだはずの赤黒い目は……救われる者の光を宿していた。

『みこサマ、みこサマ、おじひ、アリガト』
「うん、さ、みんなも元の場所へお帰り」

 そう言って、持っていた竪琴を静かにかき鳴らす。その音色に、ガイルのそばにいたケゼンが目を閉じて大きく息を吐いた。

「すげぇや……気分悪いのが抜けてく。あの竪琴、笛の音と真逆なんだな」

 と、その場にいた誰もが静かな感動を味わっていたところで。

 ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!

「ちくしょっ!」
「ぐっ」

 その場にいた人間でまともに動けたのは、ステントラとクウォンツのみ。彼ら以外は魔物もすべて、唐突に吹き鳴らされた甲高い笛の音に顔をしかめる。神経を逆なでるその音は、奏者の精神状態を表わしているようだった。
 赤い顔をして笛を握りしめている魔物使いの兄妹は、近くにいた魔物に鋭い視線を向ける。その表情に、先ほどまであった余裕は欠片も見られない。

「何をしているのだッ!! 僕らの命令を無視して、何を勝手に帰還準備などしているッ!? お前達がすべきことはただ一つ、姉上の障害たりえるものすべてを撃破することだッ!!」
「というか、ど〜うしてわたくしたちの命令が、解除されたのーでしょう〜?」

 動かない魔物に怒鳴り散らすファルスの隣で、同じように笛を吹いて少しばかり荒い息をしているフィリーナが、戸惑い顔でつぶやく。クウォンツは石畳の上で混乱状態にある彼らを見、小さく溜息をつく。そして、隣に立っていたステントラに言った。

「あの子たち、僕に任せて」
「お前以外誰がいるんだよ。行ってこい、で、説教してこい。そりゃもうトラウマになる勢いで」

 べしっと背中をはたかれて、軽くむせたクウォンツは、竪琴を奏でながら兄妹に近づいていく。頭を垂れながら彼の行く道を開いていく魔物達を見て、兄妹は改めて、自分たちの洗脳が彼らに届いていないことを知った。

「な、な、何故……、何故ッ!?」
「あなたも〜、魔物使いでーすの〜?」
「違うよ」

 後ずさる兄妹達の前に立つクウォンツの目は、魔物に見せていた温かな感情の一切が見受けられなかった。彼は最後の一音を奏でると、竪琴を腰の留め具に引っかけ、両手を自由にする。それを見た兄妹は、もう一度笛を吹こうと手を動かした。
 パァンッ
 ……乾いた音が響いたのは、その直後だった。ファルスは右頬を、フィリーナは左頬を叩かれて、茫然自失の体となる。

「君たちは、勘違いしている。何が魔物使いだ。彼らには彼らの生き方がある。魔物使いは本来、彼らと人との橋渡しをすべき存在なんだ。君たちがしているような『調教』なんてもの、間違っている」

 兄妹の頬を叩いたことで振り上げていた両手を静かに下ろし、クウォンツは静かに続ける。

「もう、この地上に自らの欲のために人を襲おうとしている魔物はほとんどいない。彼らも普通の動物と同じだよ。動物よりも少し頑丈で、変わった姿をしているだけ……。争いを広げているのは、人間のほうだ」

 兄妹は目を見開き固まったまま、同時に膝をついた。まるで糸の切れた操り人形のような彼らを、最後にクウォンツは悲しげな目で見下ろす。そして、彼自身もひざまずくと、そっと二人を抱き寄せた。

「僕らは……したいように、していただけ。みんなが、言うことを聞いてくれるから」
「お姉様が、教えてくれましたの、よー。彼らを使えば、貴方たちは、もっと、もっと高みにいける、と」
「自分の力を使わないで、ただ踏み台だけ増やして手に入れた高みは、どうだった?」

 もう、彼らは何も言わない。二人の戦意が完璧に失われたことを確認して、クウォンツは顔だけ振り返った。ステントラ以外の人間も、笛の暴走から回復しており、大人しい魔物達を前にして妙な表情を浮かべている。

「なあ、こいつらは……」
「もう洗脳は欠片も残っちゃいねーだろうよ。ってわけで、とっとと帰れお前らあっ!!! 解散解散っ!!!」

 叫んで、ステントラはまたどこからともなくバズーカを取り出し、構える。銃口を真上に向けて、三度ほど連射した。今度は体をじかに震わせる爆音が、辺りに響く。
 その爆音に驚いたのか、魔物達はそれぞれ喚きながら、バタバタと慌てた様子でその場から逃げていった。残された瀕死の魔物達も離脱しようとしているのか、もぞもぞともがいている。クウォンツは地面に転がったままの彼らを痛々しい表情で見つめながら、ガイルやケゼン、ステントラに向けて頭を下げた。

「彼らを楽に」
「ああ」

 言われて、手際よく処理をしていく。やがてその場に生きている魔物が一体残らずいなくなったのを見て、ガイルは大きく息を吐いた。本当に、何が何だか分からないまま、《ゼト》からは魔物使いという一大戦力が失われてしまった。
 ガイルは先ほどまでやかましくて仕方がなかった兄妹に目を向ける。ひょっとしたら、彼らには魔物達の本当の声が、聞こえていたのではないだろうか……そんなことを思って。

(くだらないことといえば、くだらないかもな)

 無言で近づいてきたティルーナの頭に無意識のうちに手をやって、ガイルは今度息を吸い込む。
 それは、魔物の腐っているもののような血と、鉄臭い人間の血の味がした。