□ 第六巻 儚き夢の答え - 第三章 11.目覚める力 夜が明けて、フィロットに突撃しようとそれぞれが準備をしながら、話し合いをしているとき。 「どうしたんですかークウォンツさん?」 話し合いの席からはずれ、彼に呼び出されたティルーナは、不思議そうに首をかしげた。そんな彼女を前に、軽く腰をかがめながら話をしているクウォンツも、首をかしげる。 「ティルーナは、僧侶だけど治癒が使えないって言っていたよね。どうしてだかとか、考えたことある?」 「ああ……そのことですかー」 ティルーナはむむう、と唸りながら、自分が一応僧侶と名乗り始めた頃の記憶を手繰り寄せる。 この地上に住む者は、誰しもが必ず神力と魔力と、人間特有の力である霊力をその身に宿している。普通の人間であれば霊力が僅差で多いが、それでも初歩といえる魔法の類は、練習すれば誰でも使えるはずのものなのだ。もっとも、神力が少ない者がそれを補強するには信仰が、魔力が少ない者には贄が必要となるのだが。 「僧侶っていっても、信仰心もそんなにない不真面目僧侶なんですよー。この町に来るまでに私のことを面倒見ていてくれたのが教会の方だったので、その方を手伝うために、まあ名目だけでもーと」 「しかし、僧侶を名乗るくらいなら、神力行使の基礎くらいは教わったのでは」 「教えてもらったんですけどねー? どんなに正しい手順を踏んでも、一切発動しないんですよう」 他の者の神力や魔力が注がれた魔法具を動かすことは出来るのに、いざ自分の力でそれを動かそうとしても無理。詠唱もあっている。手順も完璧、なのに何故発動しないのか……教会側も、不思議がっていた。 「まあ結局、私の信仰心の薄さでしょうと言われてお終いでしたけどねー。それで、今更ながらなお話をどうして?」 「……いえ、お手伝い、できるかと」 「…………はい?」 一瞬何を言われているのか分からなかったティルーナだったが、その言葉の意味を理解すると、逆にクウォンツに自分から詰め寄る。 「つっ、使えるようになりますか!?」 「え、た、多分似たような力なら、できると思うけど……君のポケットに、昨日は無かったモノが入ってない?」 彼に指摘されて、ティルーナは思わずぎくりとする。 「え、どうして知ってるんですかー? ひょっとして、影から見てました?」 「ううん、漏れ出す力にちょっと、覚えがあって。取ったりしないから見せてくれない?」 「はあ……」 言われて、素直にポケットから白い羽を取り出すティルーナ。それをじっくりと眺めていたクウォンツは、そっとその上に自身の手をかざした。ぼんやりとした霧のようなものが、羽にまとわりつき、消えていく。残された羽は、薄く金色に発光していた。 「え、ええっ!? 今、今何したんでしょうかっ!?」 「少し力を整えただけだよ。……君は、この羽にどんな力が宿っているか、知ってる?」 「え、急にそんなこと……」 言われても、という言葉を飲み込んで、ティルーナは羽を見つめる。 そういえば、この羽をくれた少女のことを以前、とある理由で追い回していたことを思い出した。これは彼女の一部。ということは、彼女の力の残滓を宿していても、全くおかしいことではない。 口の中が乾くのを感じながら、ティルーナは小さい声で言う。 「……ひょっとして、願い事を叶えてくれるとか、そんな感じなんですか?」 「うん、だけど、今さっき僕の力を受けて、それはちょっと変化した。君が望めば、君が得たいと思っている力を得られる効果にね」 手のひらよりも小さなその羽を、ティルーナは何も言わずに見続ける。と、そこへ黒い人影が音もなく近づいてきた。 「おーまーえーなああああああ」 「え、あ、痛い痛い痛いステントラちょ、痛いってば!? 髪、髪の毛抜けるっ! ハゲになっちゃうよ!?」 「これだけ長けりゃどっかこっか円形脱毛症になろうが隠れて分からんだろーよっ!!! お前ティルーナになに吹き込んでやがった!? いや見れば明らかなんですけどねっ!!!」 ぐいぐいぐいと遠慮容赦なくクウォンツの三つ編みを掴んで引っ張っていたステントラは、輝く羽を大事そうに持っているティルーナを見て、どはぁーと疲れ切った感満載な溜息をついた。 「……ルーちゃん、それ、使うつもりか?」 「うっ、だ、だって、あの、その、さすがにクウォンツさんのお話を鵜呑みにはしてないですよー? でもでも、やっぱりちょっと気になるというかー」 「本当だ」 さらりと返ってきた肯定の言葉に、がちん、と彼女の動作が止まる。 「本当だよ、それ使えば、多分ティルーナも治癒でも何でも使えるようになる。……けど、危険性も増す」 いつの間にか、クウォンツと立ち位置を入れ替えていたステントラは、ティルーナの顔をのぞき込みながら厳しい声色で続けた。 「お前さ、そんな唐突に新しい力を手に入れても、自分を見失わないでいけるか?」 それは、覚悟を問う言葉。努力も過程もすっ飛ばして手に入れる力を、扱うための。 「……ステントラさんがなんだか大真面目な顔して大真面目な台詞を吐いてるですよー! 明日明後日にでもこの近辺にお酒の雨が降りそうですー。あ、むしろ銃弾の雨ですかっ」 「おいちょっとルーちゃん? 俺確かに真面目―ってムード満載でしゃべってたよな? ていうか死ぬから。お酒の雨は感動モンだけど後者は死ぬからすべからく」 「大丈夫ですよー」 笑いを交えて、彼女は答える。いつでも、ティルーナのこの笑顔に弱いステントラは、うっと困った様子で言葉を詰まらせる。 「私を誰だと思っているのですかー、大陸のありとあらゆる食材を十年で食いつぶす自信を持つ女の子ですよ? 治癒の力の一つや二つ、あっという間に使いこなす自信だっておおありですー!」 「ルーちゃんそんな野望持ってたの!? いや待って、それ本当にやらかしそうだから待って」 ステントラの言葉は、先のティルーナの台詞に対してのようにも、また彼女が羽を使おうとしていることに対してのようにも聞こえた。何かを恐れているような、そんな彼の肩を、髪を整えたクウォンツが掴む。 「……っ」 彼に耳打ちされたステントラは、一瞬表情を消し「うー」と子どものように呻いた。しかし、それからは何も言わず、ティルーナの頭を乱暴に撫でてその場を離れていく。 「あ、ステントラさん?」 「大丈夫、彼のことは。……使い方はわかる?」 クウォンツはステントラを追いかける素振りを見せながら、右手で白い羽を指さす。ティルーナは少し無言で、しかし最終的には頷いた。 「なんとなく、ですけど」 「十分だと思うよ。じゃあ、終わったら戻ってきてね」 そう言って、クウォンツも本当に離れていった。適当な木の幹に寄りかかって項垂れているステントラを見て、苦笑を浮かべる。 「やっぱり、怖い?」 「当然だろ。力が使えないのは『使えないようにしている』からだ。それを解放して……余計なことまで思い出したらどうする」 「あの子なら、大丈夫なんじゃないかな」 クウォンツは振り返る。森の中で組んだ両手を胸に押し当てているティルーナは、うっすらと金色の光を帯びていた。どうやら、雰囲気からすると暴走することなく成功したらしい。 もう一度、ステントラを見やる。彼は苛立たしげに髪をかきむしって、幹から体を離した。 「そろそろあいつらにも不審がられる頃だ。戻るぞ」 「あれ、ここじゃあもともと不審者扱いされてるんじゃなかったっけ?」 「お前も言うようになったよなチクショウ」 今だフィロットが《ゼト》に蹂躙されているとき、そこに乗り込もうとしている住民たちの、直前のやりとり。 切り裂かれ血を吸い込んですっかり重くなった服を脱ぎ捨て、適当な民家から勝手に代わりの服を取ってきたガイルは、それを着込みながらティルーナを振り返る。 「んで、あの鳥の羽の力とクウォンツのよく分からん力が混ざって、お前は治癒もどきを習得したと」 「はい、これやっぱり便利ですよー」 言って、ティルーナははさみを片手にガイルの髪に手をかける。乾いた血で毛先がほとんどくっついてしまっているので、その分だけ適当に切ってしまおうというのだ。 他人に髪を触られるのが嫌いなガイルだったが、その間に自分も剣の点検をしなくてはならないので、しぶしぶ彼女に任せている。まあ、これだけ長ければ少し切り間違えても悲惨なことにはならないだろう。 「で、その後ステントラ、エイルム、ケゼン、クウォンツとお前の五人で魔物の無力化に向かって、ニナとウィリンがそのまま撹乱に回ったのか」 「ある意味クウォンツさん一人で向かってもよかったんですけどねー? ステントラさんが魔法で調べてみたら、ガイルさんの近くに魔物使いさんたちの反応もあったもので、じゃあみんなでそっち行っちゃいましょうと」 しょきしょきとはさみを動かして、血のついた部分を切り落としていくティルーナ。と、そこまで話したところで、家の扉が開かれた。銃を構えたままのステントラと、ぐったりしているエイルムを背負ったケゼンが家の中へ入ってくる。 「エイルムはもう駄目だな、つーことでケゼンを護衛にしてこの家で待機ってことで」 「はいよー、ってか肩ぬるぬるする……こいつ意識飛ばしてから血ぃ吐きやがった……!」 「こっちも大体準備できましたよー。ね、ガイルさん?」 「ああ」 血と脂を拭き取って、元の輝きを取り戻した刀身をじっくりと眺めたあと、ガイルは椅子から立ち上がる。髪もうっとうしさが少し減り、気持ちばかり軽くなったように感じられた。 「なーガイル、いっそコレを機にばっさり切っちまえば楽なんじゃねーの? つーかなんで伸ばしてんの女顔なのによぉ」 「この状況で地雷を踏み抜くお前を褒め称えてやる首飛ばすぞッ!!!」 「やめてー!!! ただでさえ少ない戦力お前が減らすんじゃねーよっ!?」 エイルムを背負ったままのケゼンに対しても容赦なく無表情で斬りかかるガイルを、ステントラが必死の形相で止めた。盛大に舌打ちをして、ガイルは完璧に据わった目で同居人を見下ろす。 「……やっぱ剃ろうか、髪」 「やめとけ、悲しくなるからマジでやめとけ」 「常時殺意振りまいてればいいだけだろクソッタレ」 「ちょっとどうしちゃったのこの子!? 一日顔合わせなかっただけですごい荒んでる!!!」 喚くステントラの頭を叩いて黙らせ、ガイルは剣を握ったまま玄関の戸を開く。 「魔族は無力化した。あとは黒ずくめとか分かりやすいほどに悪役のツラした奴ら潰していけばいいんだろう……集まっているのは」 「時計台のある広場。けど……少し妙だ」 事前に魔法で調べてあったのか、ガイルの質問に即答するステントラ。だが、彼は眉を寄せて、自身の疑問を口にする。 「誰かもう向かってるのかは分からんけど、人間の反応が順に消えていってるんだよな。ちょっと、不味いかもしれん」 「じゃあとっとと行くぞ。……って、待て。お前ここに残ってろ」 「ぐえーです〜」 そのまま家を飛び出そうとしたガイルは、しかし彼よりも先に家の外へ出ていたティルーナの首根っこを掴む。そのまま家の中へ押し戻そうとして、二人の肩をステントラが叩いた。 「今のルーちゃんが役に立つのは本当だし、俺が後ろで守っておくからさ。ほい、ちゃっちゃと行こうぜー」 「わーい! 今日は置いてけぼりにされないですっ!」 「つか、ここにルーちゃん一人残しても絶対また抜け出すだろうしな……」 「…………お前らな」 呆れつつ、ガイルはそれ以上もう何も言わずに、ただ軽く首を左右に振って、外へと足を踏み出した。 |