STRANGE - カゲナシ*横町



S T R A N G E




□ 第六巻 儚き夢の答え - 第四章 13.その夢の答えは
 老人は重苦しい雰囲気をものともせずに、軽い足取りでティルーナとステントラの方へ近づいていく。血の気のない顔で倒れ伏すティルーナを抱き上げると、短剣に繋がるワイヤーを指でなぞって切断する。あまりにあっさりとした光景に、ヴィンスもガイルも言葉を失った。

「ほれ、どうしたステントラ。同居人たちが頑張っとるところ、お前さんだけ先に寝てるとはどういう了見だ全く」

 少女の頭を軽く撫でながら、老人は面倒くさそうに傍らの青年を仰向けにする。血塗れのゴーグルを光らせて、ステントラは乾いた笑い声を響かせた。

「じいさん……怪我人の扱いはもうちょっと丁寧に」
「阿呆、見たところほとんど塞がっとるわ」
「いや傷は塞がってるかもしらんけど、まだ内臓弱ってるし!」

 盛大に反論しつつも、ステントラはのろのろとした動作で身を起こし、老人の手からティルーナを受け取る。彼女の髪に自身の血がつくのを見て、思わず顔をしかめてしまう。
 一方、少女を預けた老人は、彼らのそばを少し離れ、ヴィンスとガイルに相対する。好々爺のごとき風体からは想像もつかないような威圧感が、その身から放たれていた。

「さて……そちらの嬢ちゃんは、何かいろいろ勘違いをしとるようだの。何度でも言わせてもらうぞ。『聖鉱石は存在しない』」

 老人の言葉を聞いて、ヴィンスはいつも通り、鼻で笑ってすべてを右から左に流してしまおうとした。
 しかし、何かが引っかかった。次いで、重たい鈍器で脳をじかに殴られたかのような衝撃を受け、よろめく。

「え……ああ……?」
「ふむ、なかなか強力な暗示……いや、『書き換え』じゃな。五段階中、わしでも突破できたのは第三までか」

 よろよろと後退していくヴィンスを怪訝な目で見ていたガイルは、苦々しさの入り交じった声でつぶやく老人の言葉に、目を見開く。

「暗示? こいつ、そんなもんかけられてたのか」
「まず、《聖鋼石》の御伽噺なんていう、単にそういうものがありました、ですまされるものを心の底から信じている時点で、おかしいのだよ……あとはステントラ、お前の領分じゃないのかね」
「もうちょっと待って? 修復に手間取ってる」

 振り返られたステントラは、ティルーナを抱えて座り込んだままだった。老人は顔をしかめつつ、ふと強烈な視線を感じて顔の位置を戻す。そこで、あからさまに胡散臭そうな様子で彼を睨むガイルと、目があった。

「ほっほー、何かな若人よ? ほれ、そんな怖い顔するでない」
「じいさん、あんた……何者だ?」
「ふむ、通りすがりのお人好しな……」
「そんなんあのクウォンツとか言う吟遊詩人で間に合ってる」

 ガイルが鼻を鳴らしながら答えると、老人の動きがぴしりと音を立てて停止した。

「…………ステントラ、まさかとは思うが、あやつ本当にここに来とるのか」
「あー、魔物追っ払うのを、てつだってイタダキマシテ」
「………………どうして、こう、こいつら……」

 がっくりと肩を落とす老人の姿に、先ほどから助けられてばかりの身でもあるため、さすがに哀れみの念を覚えるガイル。
 老人はしばらくそのまま固まっていたが、やがて大きく息を吐くと顔を上げて、ガイルと目を合わせながら複雑そうに笑った。

「もっと言うなればの、お前さんとは前にも会っとるぞ。ほれ、イースティトの乗合馬車で、お前さんと嬢ちゃんを兄妹みたいだと言っただろうて」
「……ああ、あのときの?」

 ずいぶん昔のことに感じられる事柄を引き出されながらも、ガイルはうっすら残る記憶に首をかしげる。では、それがなんでまたこの町に、と重ねて問いかけようとしたところで、老人がそれを遮る。

「まだじゃ」
「は」

 何が、と言いかけて、傍らで膨れあがった殺気に反応したガイルは、ワイヤーに絡みつかれたままゴロリと回転して、その場から離脱する。その直後、細長い柄のハンマーが石畳を粉々に叩き割った。あのままぼうっとしていれば、粉塵ではなく彼の内臓が飛び散っていたことだろう。
 すでに正気とは思えない様子のヴィンスは、引きつった笑みを浮かべて手のひらサイズから拡大させた魔法具らしいハンマーをくるりと回す。

「本人の意識は、強制解除の影響で閉じているらしいの……今動いているのは、破壊しそこねた暗示の悪あがきか。ステントラ!」
「だあああああもうっ!!! この魔法陣やっぱなんか仕込まれてやがったっ治り遅いっ!」
「頑丈だからといって構わず飛び込むからそうなるんじゃタワケッ!」

 老人は叫びながら、手に持っていた杖を真横に振る。それと同時に、ガイルを拘束していたワイヤーがバッと弾けた。

「悪いっ」

 一言言って、ガイルは再度振り上げられたヴィンスのハンマーを身軽な動作で避ける。避けるついでに斬り込んで、まだ隠し持っていた短剣であっさりと防がれてしまった。
 と、そんなガイルの後ろから、ステントラのおののく声が響く。

「あ……っくしゅみ」

 わらわら、わらわらと。首の無い死体達が、ゆっくりとした動作で広場の中に入り込んできていた。彼らの姿を認めたらしいヴィンスは、さらに笑みを深くして腕を振る。
 彼女の動作に応答するように、五体の死体が勢いよく地面を蹴った。よく見ると、死体の足下と魔法陣から伸びる血の糸が繋がっており、おそらくそこから操っているのだろうということが推測できた。

「て、いうかな……っ、どうして他の奴らは広場に来ねぇんだ、一番怪しいだろうがっ!」
「最初にその女が言ってただろーが! 大方他の奴らは結界にでも何でも阻まれてるんだろうよ。俺やティルーナが入れたのは、お前に近すぎたせいかもな」
「じゃあ余計にそのじいさんどっから来たんだよ!?」

 叫んで、ヴィンスのハンマーと短剣を受け流しながら、背後に迫っていた黒ずくめの死体の攻撃にカウンターを加える。しかし、カウンターで吹っ飛ばした死体の両脇から、また新しい死体が飛び込んできた。今度は、血にまみれていてよく分からないが……住民だろう。

「ふっ」

 しかし、ガイルは躊躇わない。すでに死んでいるのだ。……そう割り切りつつ、今はいっそ頭のない状態の彼らに、一抹の安堵を抱いたのも事実ではあった。
 ぞくぞくと増える死体たち。主にヴィンスと交戦しているガイルの方へ集まってきているが、老人やステントラの方にも行っていないわけではない。今だ動けないステントラたちを庇いながら、老人は面倒くさそうに杖を振るった。

「まったく、どこの世代かは分からんが、ここの住人が教会を建ててくれたことに、今ほど感謝したことはないぞ。今頃キーオやイニゼルがやきもきして、メアが怒り狂っておるじゃろうて」
「基本的に地上のヤツしか干渉できないように作ってあるからなぁ……いつの間にか教会出来てましたーってのには、さすがにびびったけど。上手い具合に抜け道になってくれたな」

 苦笑混じりに答えて、ステントラは自分の右手をゆっくりと握り、開く。よし、と小さく頷いて、彼は意識を失ったままのティルーナを、そっと地面に横たえる。ナイフこそそのままだったが、老人の最初の術で出血はほとんど収まっていた。

「多分いける……かな? 動いたらまた血ぃ出るかもだけど」
「とっとと働かんか、馬鹿モン」

 そう言って、二人は背中合わせになる。老人が素早く杖を振り上げるのと、ステントラが両手に銃を構えて引き金を引くのは同時だった。一気に十数人の死体が、同胞を巻き込んで吹っ飛んでいく。しかし、もとが死体なので、吹っ飛んでいってもまたすぐに立ち上がって、こちらへ向かってきてしまう。限りなく勝算の低い消耗戦だった。

「く、そ……やっくに立たねぇ変人共だなったく、口ばっかかぁ!?」
「反論したくても反論しきれない我が身が憎いね!!!」

 そこで、聞き覚えのありすぎる声が、広場内に響いた。ぱあん、と硝子の割れるような甲高い音に続いて、人々の怒声と足音が飛び込んでくる。

「うえっ、何コレグロパーティっ!? いつからここ《変人の町》じゃなくて呪術の町になったのよ!」
「うーあー悲惨なことしてくれちゃってー。ていうか、そこの女首謀者ってわけ?」

 目の前の死体に顔をしかめながら、極彩色の薬品をぶっかけるウィリンと、両腕にはめたかぎ爪で死体の両腕を切断したニナが言う。

「二人とも、ちょっとどけて!」

 後方から響いたティルトの声に、二人は弾むようにして飛び退る。目の前に現れた死体の一群に顔をしかめながら、ティルトは先ほどから詠唱を続けていた神法を放つ。

「こういう邪悪さたっぷりなのには、神力行使が一番だよね」
「同感っ」

 そこから少し離れたところで、一般隊員に支給される安物の剣を振るっていたレイドが、城門前で放った大技をもう一度見せる。白い粒子は風に乗って、死体を飲み込み消えていった。
 突撃して、広場の状態を察した住民達は、恐るべき連携で神力行使出来る者を中心に態勢を立て直した。そして、着実に死体の数を減らしていく。

「《変人の町》っていうか、傭兵の町だろ絶対……」

 呆れ果てた声色でつぶやき、ガイルは思わず笑みを浮かべる。どんな名前でも、もう構わなかった。
 虚ろな視線を彷徨わせながら、ハンマーを握りしめているヴィンスを睨みながら、ガイルはこれで最後だと決意をかためながら、風を纏わせた愛剣を構える。……思えば、この力もいつの間にか息をするように行使できるようになっていた。

(そういえば、俺は、力の行使が、苦手じゃなかったか?)

 戦いの最中、ふっと湧いて出た疑問。
 その僅かな逡巡の間に、新たな展開がやってきた。