□ 第六巻 儚き夢の答え - 第四章 14.深淵のヒカリ 浸食していく。侵略していく。 彼らの存在を、『それ』は恐るべき勢いで汚染していく。 ……闇の中に身を潜めるは、もはや、人に非ず。 「さあ……魅せてみろ」 くつり、と冷たい笑い声が、聞こえた。 変化は、一瞬にして唐突。 「なん、だっ……!?」 次々と崩れ落ちる死体たちを気味悪げに見ていた街の住民達も、漆黒に染まった足下の魔法陣に驚き、おののく。赤黒く乾いた血で構成されていたはずのそれは、ただ、暗い闇の色に変わっていて。 そこから異形が飛び出した。 「副リーダーッ! こいつら剣効きませんよ!?」 真っ先に斬りかかった隊員の一人が、手応えのなさに驚きながら報告を入れる。それに続いて、他の住人たちも漆黒の異形たちに攻撃を加え、騒然とする。 異形は、様々な姿を持っていた。大猿のようなものもいれば、獅子のようなもの、鳥のようなもの、蜥蜴のようなもの、大きさもまちまちで……唯一それら全てに共通していることと言えば、その全身が影のような漆黒であること。毛並みや鱗が、ではない。まるで影のような、その存在。 「ぐおっとぉお!?」 「うわじょぉっ!!」 同時に獅子へ飛びかかったケゼンとヒュゼンは、自分たちの攻撃が相手の体をすり抜けると同時に、お返しとばかりに繰り出された爪や牙が自身の肉を裂く感触を得て、後退する。 「こっちの攻撃は効かないくせに、向こうのは効くってか……!?」 「反則過ぎますね。『唄』も効かないようですし」 呆然としているケゼンの隣で、喉に手を当てながら顔をしかめているメルティナが吐き捨てる。 と、広場の一角で、半径五メートルほどの巨大な魔法陣が、地面に垂直に現れた。純白のそれは緩やかに回転しており、瞬きの間に収束、異形に向けて放たれる。 「…………」 「あれ、エイルムさんが《ガレアン》の魔法部隊に教え込んでた最終手段じゃないッスかね? ……あーあ、すり抜けてるよ。かっわいそーに」 周りに人が多いからか、愛用している大剣ではなく小回りの利くショートソードを両手に戦うネファンの隣で、弓に矢をつがえたまま回避行動ばかりとっている翔夜が溜息をつく。 異形達は住民に襲いかかりながらも、その場に倒れる死体達を次々に飲み込み、出現直後は揺らめかせていた体を確固たる者にしていた。しかし、それでも彼らの体に、人々の一撃は届かない。 「ああ、ペルソナ様……あの方のお力……」 「それが黒幕か」 僅かばかり意識を取り戻したらしいヴィンスに向けて、ガイルはかまいたちを放つ。それを軽く身を捻ることでかわしたヴィンスは、逆に彼と距離を詰める。戻ってきたかまいたちが、彼女の髪を一房持っていった。 「あの方は絶対、あの方は全て……さあガイル様、踊り狂い楽しみましょうっ!!!」 意識は戻っても、やはり思考に狂気は残ったまま。高らかに笑い続けるヴィンスをナンの感情も宿っていない目で眺めたガイルは、至近距離で複数のかまいたちを発動させる。竜巻のような勢いをもつそれらは、ヴィンスの身を切り裂かんと迫った。 しかし、そこで思いもよらない発見をする。一撃をかわしたヴィンスの前に、偶然か、大猿の異形が飛び込んできて、残りのかまいたちに切り刻まれたのだ。 「は?」 先ほどから周りの様子を見ていたガイルは、しかし自身のかまいたちに全身を切り裂かれ、溶けるようにして消えてしまった異形に思わず放心する。ふと気づくと、視界を横切る自身の若草色の髪が、ぼんやり発光していることに気づいた。 「なんだ、これ……」 「ガイルっ!」 一瞬周りのことを忘れて、自分の身に起こった異変に意識を傾けたガイルは、しかし同居人の焦った声を聞いて我に返る。辺りを見回すが、なぜかヴィンスの姿が見えない。 舌打ちをしつつ、ガイルはステントラの元へ駆けた。彼の傍らで寝かされているティルーナを見て、眉をひそめる。彼女の髪も、ぼんやりと橙色の光をまとっていたのだ。 「おいステン、こりゃ一体どういう……」 「ガイル、ティルーナを頼む。俺もちょっとこれは手を出さなきゃまずい」 「ちょ、おいっ!?」 言うが早いか、ステントラは銃器をその場に投げ捨て、広場の中心へと駆け出して行ってしまった。残されたガイルは「ああもう!」と罵り声を上げながら、負傷したままのティルーナのそばに立つ。そこへ、巨大なコウモリの姿をした影が飛び込んできた。 「目障りだ」 言って、ほとんど本能のままに剣を振るう。 剣先から放たれたかまいたちは、実にあっさりと、コウモリを両断してしまった。 ティルーナのそばを離れたステントラは、理由も言わずに残してきてしまったガイルの方を振り返りたい衝動に駆られつつ、自身が為すべきことを確認し直した。 (《バグ》の干渉を確認。ぜってぇ潰す!!!) やがて、彼は血にまみれた時計台の入り口に辿り着く。大した距離は走っていないが、大きく息を吸い、吐いて、心身を落ち着かせる。 そして、彼はゴーグルに手をかけた。 ―――。 一瞬の金色、そして白が、その場にいたものすべての視界を埋め尽くす。 彼らの視界が元に戻ったとき、広場全体を覆っていた血塗れの魔法陣と漆黒の異形達は完全に消え去っており、何が起こったのか分からなかった住民達は、しかしやがてすべてが終わったことを知り、歓声を上げる。 その中でただ一人、異形をその手で消すことが出来た剣士が、馴染みの人物がこの場のどこにもいないことに気がついた。 「…………ステントラ?」 |