□ すべては生きるために・・・・ - 3)戦いと忘却 ガイルを含めた孤児たちは、リレイア・ゼノンの一角へ放り出された後、別の兵士たちに宮中へ引っ立てられた。 手足を鎖で繋がれ、さながら囚人のように。 ずるずると地面を這うことしかできないものは即刻列から外され、別の場所へ連れて行かれた。 そしてまた、他の馬車から降りてきた孤児たちのうち五人が 兵士たちに連れて行かれるのを眺めて、ガイルは理解した。 役立たずは、足手まといはいらないのだと。 そして必死に孤児たちが歩いて、たどり着いた先は牢獄だった。 「ガキども、ここがテメーらの部屋だ」 ガン、ガン、ガン! と耳障りな音を立てて鉄格子が開かれる。 一つの牢に五人ほど・・・・大柄な少年たちはバラバラに収容された。 「はん、こんなの使えるのかよ」 「せめて、人並みに精をつけてやらねぇとなぁ? 国境が首都と離れててよかったぜ。まだ食料はあるだろ? なんならリレイアさまのお夕食、くすねてきたって悪かぁねぇ」 くくく、と低く笑いながら、二人の兵士は牢獄を出て行った。 残されたのは、もはやしゃべる気力すらない孤児たち。 「・・・・ち、くしょ・・・・なん、だってんだよ・・・・この」 意識を取り戻したらしい十五、六歳の少年が、涙を浮かべながらつぶやいた。 ガイルは無言で、四つん這いになって彼の下へ行き、隣に座り込んだ。 ぺし さわさわと、ガイルは少年の頭に手をのせて、あやすように、励ますように軽くなでた。 少年の表情が驚きに変わると同時に、だらん、と腕が落ちる。 ガイルも、もう限界だった。 すべてを投げ出してしまいたかった。 その反対にもう一度、あの青年に会いたかった。 けれど、自分たちに今この暗闇から抜け出す術はない。 「・・・・お前・・・・女か?」 「違う」 もうしゃべる気力すら残っていないはずなのに、ガイルは無表情のまま速攻で否定する。 少年は顔をくしゃくしゃにゆがめたまま、笑った。 「そ、か・・・・悪い、な」 ごくわずかに、頭を横に振って、ガイルは周りを見た。 それぞれ壁によりかかったり、床に寝ころんだりして、みな泥のように眠りこけている。 お腹がすいてのどもカラカラだったが、今は眠るほかなさそうだ。 「・・・・すぅ」 気がつけば、少年も静かな寝息を立て始めていた。 ガイルはそんな彼の寝顔を見つめ、壁によりかかり、静かに眠りについた。 ・・・・眠ったのはほんの十数分だったのか、それとも数時間に及んだのか、誰も分からない。 だが、牢獄の戸がきしむ音で、孤児たちは目を覚ました。 かちゃかちゃと、金属がぶつかる音が聞こえてくる。 そうして現れたのは、十人ほどの兵士たちだった。 「お〜らぁよぉっと。さっさと起きねぇかノロマども。食らえや」 ガンガンッ! と乱暴に格子戸が開けられて、きっちりと人数分のパンや水、 十粒ほどの干しぶどうをのせた盆が滑り込ませられた。 孤児たちの目がきらめく。 一人が勢いよくパンとカップを手に取ると、他の孤児たちも我先にと食べ始める。 中には、幼い孤児の分まで食らう不届き者もいたが。 「はん、食えるんならまだいいか」 兵士たちは、食料に群がる孤児たちを、まるで家畜でも見るような目で眺めていた。 ガイルはぼうっと動かなかった。 お腹も、のども、飢えと渇きの極限にまで達していたが、もうどうでもよかった。 このまま意識を手放せば、楽になれると、そう感じた。 けれど。 「お・・・・い、しっかり、しろよ」 震える声が、ガイルを呼ぶ。 うっすら目を開けると、目の前にあの少年が膝立ちになって、ガイルの顔をのぞき込んでいた。 「・・・・ったく、死んだかと思ったじゃねーか」 少年はニヤリと笑って、かたいパンと欠けたコップを差し出してきた。 余計なことを、と一瞬思ったが、ガイルは目の前にあるそれに、本能を押さえることができなくなった。 少年からパンをひったくり、バリバリとかみ砕く。 ボソボソとした生地を、水で一気に流し込む。 わずか数十秒で済んだ食事だったが 一週間以上飲まず食わずだったこともあるガイルにしてみれば最高の食事といえた。 「よ、し。食ったな」 少年もそれを見て満足そうにうなずき、ガイルの隣に移動した。 「ん? 俺ならあそこでもう食った。他のヤツがお前の分にまで手を伸ばしててな、慌てて奪い返したんだよ。 てめぇのじゃねーだろってな」 「・・・・・・・・」 ガイルは答えない。 兵士が盆を下げていく。 そしてまた、牢獄の戸は閉じられた。 ある程度、肉体的にも精神的にもゆとりができた孤児たちは、それぞれ自由に行動を始めた。 ・・・・といっても、牢の中限定だったが。 これからどうなるんだろうと話し合う少年たちもいれば 絶望していきなり叫んだり黙ったりする少年もいた。 あとは眠ったり、石壁を爪でひっかいたり、格子をゆさぶったり。 ガイルは重くなってきたまぶたを、全く抵抗せずにおろした。 ガイルが次に起きたとき、周りは妙に静かだった。 (・・・・?) 不審に思って立ち上がり、ふらふらと格子へ近づく。 あの少年や、同じ牢にいた幼い子供たちのうち三人がいなくなっていた。 この牢にいるのは、ガイルともう一人の少年のみ。 他の牢も、見える範囲では数人の孤児がいなくなっていた。 「・・・・・・・・」 「あの、でかいヤツなら連れてかれた」 ボソリと、残されたもう一人の少年がつぶやく。 緩慢な動作で振り返り、ガイルはゆっくり少年に近づいた。 「・・・・他の、子供は?」 「三人、兵士に連れて行かれて、一人は、死んでた」 淡々と、少年は語る。 ガイルはこくりとうなずいて、またもとの位置へ戻ろうとした。 そのとき。 バァンッ! 牢獄の戸が勢いよく開かれ、ギィギィときしむ音と共に牢獄中に反響した。 入ってきたのは、ガイルを捕まえた兵士の二人組。 「さぁって、他に使えそうなのはっと・・・・」 カツカツと、二人は牢をのぞきながら歩き回り、ガイルを見つけて立ち止まった。 「あ、あのガキ。この牢だったのかよ。気づかねぇ〜、影うっす」 「ほぉ、ちゃんと立ってるじゃねぇか。・・・・コイツにすっか」 「そーだな。・・・・おら来いまりも」 「なんで、まりもだ」 「はん、うっせーよ緑頭。なんなら菜っ葉でいいだろ。・・・・よっ」 兵士は軽口を叩きながら牢のカギを開ける。 さっさとガイルを抱えると、もう一人が立ち上がる前に牢のカギを閉めた。 「へっ」 暗い表情でにらみつける少年を鼻で笑いながら、兵士たちはガイルを連れて牢獄の外へ出る。 連れ出されたのは、地下練兵場だった。 「ギリス、エナン」 「はっ」 先ほどまでの気だるげな雰囲気はどこへやら 頭の先からかかとの先まできっちり合わせて、二人の兵士は敬礼した。 ザッザッとこちらに歩み寄ってくるものがいたが ガイルは首をガク、と下に向けていたので、その顔を見なかった。 「・・・・ふん、なかなか従順そうなガキを連れてきたな。おい、顔を上げろ。名前を言え。 なければつけてやろう。そうだな、No.0062だ」 「・・・・ガイル、だ」 勝手にキカイのコードのような名前をつけられそうになって ガイルはややむきになって答え、顔を上げた。 目の前に立つバッジやエンブレムのじゃらじゃらついた軍服を着た男は わずかに驚いたような表情をつくり、瞬時に消し去った。 「ふ、ふ。生意気なところもあったのだな。いいだろう。まず準備室で適当に検査しておけ。 病持ちでは敵わん。・・・・路上人間の病ほど、 また兵士たちは敬礼、じゃらじゃら軍服の男はさっさとその場を離れていった。 それからのガイルの生活は、あの路上生活以上の『地獄』だった。 おざなりな健康診断を受け、適当な木の棒を渡されたガイルは、そのままの格好で練兵場の一角へ歩かされた。 そこにはすでに二十人ほどの孤児たちが集まっていて、ガイルと同じようにボロ切れに木の棒という 子供同士のチャンバラごっこのような風体だった。 だが、ズカズカと歩いてきた二人の大柄な兵士たちは。 「ガキども、耐えられたら、もっとマシなもん用意してやる」 そう言うなり、片方は長剣をかたどった木刀を、もう片方は柔らかい材質のムチを振り始めた。 体力も気力も限界だった孤児たちは、狂ったように笑う兵士たちに叩きのめされていった。 木刀はもちろん、ムチも革や鉄製でないとはいえ孤児たちのわずかな命を吹き消すのには十分すぎた。 十分後、そこに立っていたのはわずか二人・・・・ガイルと、十三、四歳ほどの少年だけだった。 地に伏せ、永遠に動かない他の十八人の孤児たちを眺めて、兵士は鼻を鳴らす。 「はん、たったこれだけかよ。まぁいい。オラ勝ち組、こっち来い」 そして二人はがたがたの体を無理矢理動かし、兵士についていった。 兵士たちの休憩室に用意されていたのは 今のものよりはまともな革の服と、下品に食い荒らされた、しかしまだ温かい食事。 「服はそれだ。メシは俺らの残りカスで済ませ。ックック」 ・・・・そうして、ガイルは空腹を満たし、部屋で眠り、また別の孤児たちと共に兵士の乱暴に耐えた。 日に日にエスカレートしていく横暴、減っていく孤児。 楽になりたいのならば、死にたいのならば、戦場で死ねと叩き込まれた。 本能だけが残り、ただひたすらに耐え、生き延びた。 心は、とうの昔に壊れていた。 ステントラのことも、未だ会えない少年のことも、忘れ去って。 |