□ すべては生きるために・・・・ - 4)友と涙 孤児は、減ったそばから補充された。 近隣の町村から馬車がやってきて、兵士はなにも分からない孤児たちを乱暴に牢獄へ放り込んでいく。 最初に連れてこられた百二十人ほどの孤児たちは、今や三十人弱。 みな牢獄で餓死するか、それに耐えても練兵場で打ちのめされて死ぬかで消えていった。 しかし、ガイルは残っていた。 もう何十回と、兵士たちの理不尽な攻撃に耐え、ここ数ヶ月ではその斬撃を予測し、回避することができるまでになっていた。 彼がリレイア・ゼノンへ連れてこられて、もうすぐ四年が経過しようとしていた。 ココレア戦争は激しさを増し、すでにミットビア国とボルガル国の軍は疲労の色を見せ始めていた。 三百年ほど『戦争』などとは縁がなく、若干平和ボケのきらいが出てきた両国にとって 四年間も戦争状態を続けることは相当負荷がかかった。 しかし、どちらも一向に譲る気配はない。 リレイア五世は完全に狂い、ただひたすらに、純粋にこの残酷な戦争を楽しんでいた。 和解など考えない。 そんな言葉すら、頭にはない。 ミットビア帝国は荒廃し、国民も、兵士もすべてが入り乱れた。 国全域に、死のベールが覆い被さった。 そして、時は来る……。 選抜された孤児兵士たちはゼイ・アーガー、『死すべき歩兵』という名をリレイア五世より受け 国境付近のリア山脈・・・・ココレア戦争の激戦地へ向かわされることとなった。 ガイルや、ほかの孤児・・・・いや、兵士たちもまともな装備、食料を配給されぬまま つつけば崩れて灰になりそうな馬車で戦地へ向かう。 ただ一言。 帝王、リレイア五世からの言葉を胸に。 『我が国、我が勝利がために、行け』 ・・・・それは、宣告。 勝利のために、死んでこいと。 孤児たちは・・・・兵士たちの間で『生きる屍』と呼ばれるようになった孤児兵士たちは 絶望せず・・・・むしろ心の奥底では喜んで、出発した。 激しく揺れる馬車の中で、孤児たちは戦いを待っていた。 ガイルは剣を眺め、鞘に戻す。 彼は、絶望も、喜びも、なにも感じていなかった。 ただ、自分が死ぬか、相手を殺すか・・・・それだけを考える。 ふと、周りを見る。 あの兵士たちの『訓練』に耐えたのは 主に十五、六歳の孤児たち・・・・今では、二十ほどの年齢に達した者たちばかり。 ガイルと同じぐらいの年齢だった孤児たちは、あっという間に死んでいった。 (・・・・どうして、死ななかったんだろう・・・・) ぼんやりと、自分の手を見る。 生傷が絶えない手、鋭い爪のある手、泥と土にまみれた手。 (結局は、同じコトなのに) 戦場で死ねと、国のために死ねと言って、兵士たちは『訓練』をした。 その言葉を鵜呑みにしたわけではないが、ガイルは、ここでは死ねないと訴える本能に従い、ただ耐えた。 生きたいと。 しかし、こうして戦場に向かう今、その気持ちは霧散していた。 まるで、その願いが叶ったかのように。 「・・・・これから、死ぬというのに」 ボソリとつぶやく。 誰も、ガイルのつぶやきに気づいた者はいなかった。 孤児兵士たちは、すでに前線での戦闘を終え撤退してきたという、 つまりは、押し返され逃げ帰ってきた『はずれの兵士』たちと合流させられた。 はずれの兵士たちとは、戦争が始まる直前に召集され、適当な訓練を受けたただの農民たち。 ・・・・ほとんど孤児兵士たちと似たような境遇の者たちの集まりのこと。 毎日の農作業で体を鍛えているとはいえ、農民たちもただの一国民。 くわの代わりに剣を持たされ、すきの代わりに槍を持たされる。 それだけで、ただそれだけの装備で、危険な最前線へと送り込まれた兵士たち。 疲れ果て、絶望していたヘリウスは、テントからはい出て、こちらに近づいてくるものの正体を確かめにいった。 敵兵ではない、ボロボロの馬車。 野営地にたどり着いたそれは、中から半端な装備の青年や少年たちを降ろすと、さっさと退散していってしまった。 ヘリウスは、それを見て顔をゆがめる。 (・・・・こいつら、は・・・・) ガリガリにやせ細り、骨と皮だけというのがぴったりの、吹けば飛ぶような体つきの者たちばかり。 目は虚ろになり、歩くだけで全身が震えていた。 孤児兵士たちはぼんやりとその場に立っているだけだったが、やがて一人、また一人とそこに座り込んでいく。 外の空気に異変を感じ、テントから現れたはずれの兵士たちは無表情に彼らを眺めていた。 そして、その視線は一点に集まる。 ただ一人座らず、周りを取り囲む兵士たちをにらみつける少年。 美しい若草色の髪を適当に束ねたその少年は、孤児兵士を代表してしゃべり出した。 「我らは、帝王リレイア五世のもとよりゼイ・アーガーの名を受け戦いに来た。 そして、帝王直々の命も授かってきた。心して聞け」 ただ淡々と、声というよりはただの音を発しているようなしゃべり方をするその少年は、なおも続けた。 「そなたらは我が矛、我が盾にして、ボルガルの憎き兵たちに制裁を与えよ。 リア山脈を越え、一人でも多くの者の血を流させよ、一人でも多くの首を勝ち取れよ。 ・・・・以上、帝王リレイア五世からの命である」 少年の声はピタリと止み、力が抜けるようにへなへなとそこへ倒れてしまった。 ヘリウスは無言のまま、地面に膝をつき・・・・。 「・・・・この、ど畜生があぁっ!」 腹の底から怒鳴り声を上げて、地面を殴りつけた。 それに続き、周りの兵士たちも怒りをあらわに剣や槍といった武器を地面に投げつける。 「こ、の・・・・言うだけ、言って・・・・ここ、まで」 もう一発、地面に拳をめり込ませ、その状態で動かなくなる。 顔を上げれば、怒りや悲しみ、絶望をあらわにする農民仲間たち・・・・。 そして、どこからか連れてこられた、哀れな少年たちが映る・・・・。 と、今にも涙がその頬へこぼれそうになったヘリウスの脇を、誰かが駆け抜けていった。 「皆さん、ここは寒いですから・・・・今、たき火を!」 「リール・・・・」 自分の身長の半分もない、小柄な少年・・・・リールを見て、ヘリウスは我に返った。 傲慢な支配者の命を聞いて、憤っていた自分・・・・。 だが、今ここへ連れてこられた、あの少年たちは? なにも映さぬ虚ろな瞳、まるで抜け殻のようだが、かたかたと寒さに体を震わせている。 泣いているひまなど、ありはしない。 「・・・・くそっ」 最後に一言だけ吐き捨てると、ヘリウスは立ち上がり、仲間たちにたいまつや薪を持ってくるよう言う。 集められた木々は、自分たちが持っていたものの三分の二以上・・・・だが、それを惜しむ理由などなかった。 はずれの兵士たちは、着の身着のままでやってきた孤児兵士たちに非常食をふるまい、毛布を貸し、その体を暖めさせた。 リールは孤児兵士たちの間を歩き回り、リレイア五世からの伝令を述べたあの少年にも毛布を渡した。 だが、少年は毛布をまた別の少年たちにかけてやる。 「あ、君もこれ」 「いらない」 少年、ガイルはぶっきらぼうにそう言うと、立ち上がってリールの持っていた毛布を奪い取り 周りの兵士たちにバサバサと掛けていった。 あ然としながらそれを眺めていたリールだったが、やがてにこりと笑ってガイルの隣に並ぶ。 「君も、食べにいってきなよ」 「いらない」 ガイルは睨むようにリールを見る。 リールは若干困ったように笑い、言った。 「それじゃ・・・・手伝って」 ・・・・はずれの兵士や、なんとか動ける孤児兵士たちは どれもこれも不足している物資の中で、なんとか山の寒さを逃れようと考えた。 後は俺たちに任せろ、とヘリウスや大人たちに言われ それでも何か雑用を探していたリールはふと、野営地から少し離れた場所で一人座り込んでいるガイルを見つけた。 二つの小さなカップに半分ほどのお湯、 ・・・・お茶の葉もないため、本当にお湯だけを入れて、リールはガイルに近づいていった。 「・・・・なんでわざわざたき火から離れるんだい? 体、冷えちゃうよ、はい」 「ん」 ガイルは素直にリールの差し出したカップを受け取り、お湯を少しだけすすった。 「あ、僕はリール。リール=レコルトっていうんだ。君は?」 「・・・・ガイル」 「へぇ」 少しだけ驚いたような顔をして、リールはガイルの顔を見た。 「『ガイル』かぁ・・・・響きも意味も、とってもかっこいいな」 「意味・・・・?」 「そうだよ。確か、ティカで大昔に使われていたっていう古代語で、ガイルは『風』って意味なんだよ?」 なにやら誇らしげに説明するリールを横目でちらりと見て、ガイルは思った。 話し方も、歩き方も丁寧で、農民の子供とは思えない。 さらに古代語の知識まで持っているなんて、このミットビア帝国の農村ではありえなかった。 ガイルと目のあったリールは、にこりと笑って言う。 「・・・・農民の子供に思えないって、思ったでしょ?」 「・・・・ああ」 「ふふ、確かに、僕は農民の子供じゃないんだ。 こう、いくつかの農村をまとめるのが父さんの仕事で、 まぁ・・・・そこそこに首都の人たちみたいな生活ができてたんだ」 誇らしげな口調の中に、だんだんと悲しみが混じってくる。 「でも、戦争が始まって、村の人たちがみんな兵隊として国に連れて行かれて。 ・・・・しまいには、父さんや僕まで連れてかれた」 途中で、父さんともはぐれちゃって、とリールは暗く、寂しく笑って言う。 「・・・・すごく、怖かった。農村のおじさんたちとかと一緒に、牢屋に閉じこめられて・・・・。 乱暴な下等兵には無茶苦茶にされたし、ね」 「・・・・俺たちも、そんな感じだ」 いきなりしゃべり出したガイルに、リールは少し驚いたような顔になる。 「孤児だから、身よりもないし、どこかで死んだところで誰にも迷惑がかからないから。 鍛えて、適当な兵士になれば、楽だって」 「迷惑、って」 「・・・・どう、して、俺、死ななかったんだろ・・・・」 ガイルの言葉に、リールはゆっくりと目を見開く。 ガイルはのばしていた膝を抱え、膝の上にあごを乗せた。 幼い頃は、ずっとこうして、町を歩く人々を眺めていた。 そして、ある日。 「・・・・そう、か」 ガイルはふと、どうして自分が『生きたかった』のか分かったような気がした。 『いよっシュルツ・・・・じゃなかった、ガイルだったっけ? オイ大丈夫か〜?』 『俺はステントラってんだ。変な名前だろ〜?』 『ガイル・・・・俺、お前のことここ数年ずっと探してたんだよ。はぁ〜、会えてよかったマジ』 いてもいなくても、変わりはしないという自分に、手をさしのべてくれたあの青年に。 『・・・・お前・・・・女か?』 『お・・・・い、しっかり、しろよ』 『慌てて奪い返したんだよ。てめぇのじゃねーだろってな』 理不尽な現実に泣いて、ガイルの行動に驚いて、一度そこで死のうかと考えたガイルを呼び戻してくれたあの少年に。 「・・・・もう、一度・・・・会、い・・・・」 「・・・・」 リールは、じっとガイルを見ていた。 見ていることしか、できなかった。 ぼそぼそと、彼はつぶやきながら ガラスのようなその瞳から 小さな、しずくを、流していた。 なにもすることなど、できることなどないけれど。 「・・・・ねぇ、ガイル」 ガイルは、答えない。 ただ前を、暗い闇を見つめて、涙を流し続ける。 「僕も、会いたい人がたくさんいる・・・・だから、死ねない。死のうなんて、考えられない」 リールは、自分の方でも、目から何かがこぼれ落ちるのを感じていた。 「だけど、さ・・・・も、耐えられそうに、なくなったら、一緒に、こうやって・・・・泣こう?」 そうすれば、一人じゃないって思えるから。 ガイルの目が、少しだけ大きくなり、涙が一気に落ちる。 「そして、また・・・・生きて、会おうって、みんなで、がん、ばって・・・・うぅ」 リールは、今まで押し込めてきた思いの奔流に飲み込まれ、 ガイルは、急に泣き出したリールにとまどいながらも、やはりどうするべきか分からず、ただ、泣いていた。 そんな少年たちを後ろからヘリウスが見つめる。 自分は、まだ未練もあるが、いくらかしたいことをしてきたと思う。 けれど、あの子たちは、まだ未来があった。 それなのに・・・・。 「・・・・ざけんじゃ、ねーよ」 思わず舌打ちをしそうになるが、なんとか押さえる。 ・・・・それから、ヘリウスは泣き疲れて、茂みの中で眠ってしまったリールとガイルをテントの中へ運び込んでいった。 明日は、すべてを巻き込む、激しい戦いになることを予想して。 |